08 ファーザー
――間違いない。30メートルだ。
高度計に示された数値が見間違いでないのを確認し、バンカはクセ毛の金髪を掻いた。
標準的なアーマシング――それにはサウリア軍の『ケンタウロス2』も含まれる――の全高はおよそ20メートル。
計器の示す値を信じるなら、いま、彼らが乗り込んでいる機体は、通常の1.5倍の巨体である。
それは事実である。なぜなら、先程まで向き合っていた筈の敵アーマシングを、今は見下ろしているからだ。
「僕たちはいま、ファーザーの中に居るんだ」
確信のこもった声でヴォルテが呟く。
紺色のパイロット・スーツの襟元をゆるめるヴォルテ=マイサンは、驚きと歓喜の入り混じった表情を、なおも端正な貌で取り繕おうとしていた。
「どうしてンなこと分かんだよ?」
「右腕にドリルだ!」
口端に笑みを浮かべ、ヴォルテがコクピット側面のモニターを指差す。
相変わらず響く脈動音。バンカが唖然とするのを尻目に、ヴォルテは黙々とコンソールを操作し、“いつも通り”戦闘シークエンスを踏み始めた。
正面に見下ろす敵機『デュラハン重装型』は、首の無い上体を仰いでこちらを見上げている。
突然の巨大乱入者に、敵もまた混乱をきたして様子を見ていたようだ。
だが、両脇に2機を従えたデュラハンの、首の無い襟が赤、黄、黄、と発光するや、ファーザー正面のデュラハン重装型は盾と大鉈を構えた。
交戦体勢である。
「バランス調整完了!」
時を同じくして、ヴォルテも声をあげる。
「ドゴゴゴゴゴゴ」
「ギュンギュンギュンギュン」
さあいくぞ、の掛け声代わりに、ファーザーのエンジンが回転数を上げ、脈動が重低音の早鐘を打ち始め。
「やるしかねえってか! ええと、武装は両腕……左の方は使用不可、ええいド畜生! ってことは、使えるのは――」
「ドリルだけだ!」
ヴォルテがフットペダルを踏み込む。
「ドゴゴゴゴゴゴ」
ファーザーが応える。
「ギュイィィィィィィ」
ドリルが回る。
操縦桿とフットペダルにまで伝わる、確かな震動。
ドリルは回る。回る。回る。
「訓練中も、戦場でも、ずっと」
青年の黒い瞳は渦巻いて、黒鉄の意思を浮かび上がらせてゆく。
「ずっと考えてたんだ。“お前”とならどう戦うか、って」
青年ヴォルテ=マイサンは、再び邂逅したドリルロボット・ファーザーに語りかけた。
「おいヴォルテ、このアーマシングのこと知ってるのか!?」
「――知らない! だけど、ずっと知りたいと思ってたんだ!」
デュラハン重装型の小隊が三方に散り、黒鉄の巨体を取り囲む。
包囲殲滅だ。定石の戦術である。
対するファーザー、これも約束、一点突破にドリルを構え。
「まずは正面だ!」
「うおおおお! やってやらァーッ!」
巨体の一足が一息に距離を詰め、正面の一体へ機先の一撃。
金属同士が衝突する剛音が響くや、連続した破裂音が鳴り渡る。
ファーザーのドリルは、敵デュラハンが咄嗟に構えた複合装甲シールドを削り貫き、そのまま胸部中心のコクピットまで風穴を開けた。
一機目を擱座させる間に、二機目の首なし騎士が右後方より迫る。
「回頭するよ! 左300!」
ヴォルテの一言に、攻撃担当のバンカは阿吽の呼吸。
ファーザーの上半身が逆時計に高速回転。
脚を動かすことなく襲撃者へと向き直り、大鉈の一撃にドリルを打ち合わせた。
鉈の刃が高速で廻る螺旋の刃と噛み合い。
次の瞬間、デュラハンの大鉈は主の手を離れ宙を舞い、岩肌の大地に突き立った。
剣術に見られる“巻き落とし”と同様の術理が、ドリルの回転により実現されたのである。
得物を落とした騎士に、黒鉄の巨人から逃れる術はなく。
仲間の後を追い、構えたシールドごと胴体を貫通された。
立て続けに僚機を喪ったデュラハン重装型は、後方へ飛び退いて距離をとる。
追撃しようとするファーザーの周囲に、榴弾の弾着による爆炎が拡がった。
「チッ、むこうの射程に入っちまったか!?」
敵機後退方向の延長線上に、砲撃型アーマシングの小隊が見える。
セルペのデュラハンが使う二連装カノンは、サウリア軍のケンタウロスが装備するライフル砲よりも射程が長い。
ヴォルテたちは古兵から、『足を止めて撃ち合えば勝ち目は薄い』と教わっていた。
――それは、ケンタウロスで対峙した場合だ。
「バンカ。あいつらよりも“バカげたこと”をやってやろう」