06 巨人たちの戦場
「敵も高地に陣取ったな」
小隊長であるベッツ=テミンキ曹長は、乗機のモニター越しに敵の陣容を確認すると、同乗した“ドライバー”に指示を出した。
頷いたもう一人のパイロットがコンソールを打鍵。
乗っているサウリア軍制式アーマシング『ケンタウロス2』は、後方に面長の頭部を向け、両眼を青、緑、青、と明滅させた。
『全隊とまれ』の信号である。
隊長機からの信号を確認し、後方から追従する歩兵、支援用の六脚型『ゴロファ』、砲撃仕様の四脚型『ケンタウロス』が歩を止めた。
――ベッツ小隊の機甲戦力はアーマシング6機からなる。
クァズーレにおける主力兵器アーマシングは、脚の数がサイズ帯の代名詞となっている。
ベッツ隊の有するアーマシングのうち、2機は旧式の四脚型『ケンタウロス』で、3機は最新鋭の二脚型『ケンタウロス2』。
最後方に待機する六脚型『ゴロファ』は、簡易兵舎や整備施設の機能を持つ移動拠点だ。
ヴォルテとバンカは、その中でも前衛をつとめるケンタウロス2を任される事になった。
「初陣で新兵二人をまとめて放り込むのかよ……」
「お陰でいつもの訓練通りやれそうじゃないか」
「へッ、頼もしいこって」
ぼやくバンカに、隣のシートに座るヴォルテは持ち込んだキャンディを一粒口に含み、バンカにも一粒を渡した。
二脚型アーマシングは通常、“ガンナー”と“ドライバー”の二名で運用する。
ヴォルテの役割はドライバー。主に移動操作と通信、索敵を担当。バンカの担うガンナーは、武装の操作が役割である。
「それに、前衛は格闘戦だってやるんだから、個々の練度だけじゃなく息が合ってるかどうかが重要、だろ?」
敢えて教本そのままの内容を口にしてきたヴォルテに、バンカは頭を掻きキャンディを噛み砕いた。
「……わぁってるよ、“首席殿”」
「わかってくれた? “問題児殿”」
モニタに細くした隊長機が両眼を赤、黄、と明滅させたことで、二人は雑談を打ち切る。
「――“突撃命令”だ。さあ行こう、バンカ」
「おう」
小隊の前衛をつとめる三機のケンタウロス2が、携えた突撃銃に銃剣を装着。
腰部の噴進加速機構をアイドリング状態にする。
アカハラ山間部を制するには、危険地帯である山あいの窪地を突破し、敵が陣取る高台を確保しなくてはならない。
敵、セルペ軍のつかうアーマシング『デュラハン』は、その名の通り頭部の存在しない胴体に太い四肢を具えた堅牢な機体である。
現在、高台の最前線に展開しているのは、二門の大型カノン砲を装備した砲撃戦仕様。
足を止めて撃ち合っていては、押し負ける可能性が高い。
クァズーレにおける戦闘の成果とは、“アーマシングがどれだけ歩を進めたか”だ。
ベッツ小隊の他、別小隊のケンタウロス2も突撃態勢に入っている。
『ケンタウロス2』は、面長の頭部に細身の上半身、対してアンバランスなほど肥大した大腿部と腰部の噴進加速機構が特徴的だ。
両脚は細く、蹄のように接地面積の少ない末端部には走破ホイールが装備されている。
機動力、突進力に優れたケンタウロス2の一斉突撃で懐に入り、敵陣を電撃制圧する。
それがサウリア軍側の作戦であった。
「吶喊!」
各小隊長機を起として、ケンタウロスの両眼が“突撃開始”を示す赤色に発光。
スラスターが火を噴き、ホイールが岩山の斜面を蹴立てる。
ミディアムブルーの人馬たちが駆け出した。
――そうして走り出した人馬の背後。彼らの嘶きとは異なる轟音が、突如、山を揺るがした。
「こんな快晴で土砂崩れ!? いや、ちがうぞ……これは!」
「奇襲じゃねーか!」
ヴォルテたちが通過したばかりの山肌が崩れ、姿現す灰色の巨人たち。
アーマシング・デュラハンだ。手にはシャベルを持っている。
「地面を掘って隠れていたんだ!」
「クソ、ンな馬鹿げたこと実行てくるのか、セルペは!?」
急速回頭するケンタウロス2に、デュラハンがシャベルで殴りかかってくる。
シャベルは古来より、戦場では重要な道具であり武器だ。
塹壕を拵えるだけでなく、時としてそのまま打突戦に対応するのだ。
眼前の敵機に対応するケンタウロスの背後を、徹甲砲弾が狙う。
ヴォルテたち前衛組は、シャベルと砲とに挟み撃たれ、窪地へと追い込まれた。
各小隊のケンタウロス2は、シャベル・デュラハンに応戦。
状況は、サウリア軍の圧倒的不利である。
一機のデュラハンを打ち倒すごとに、3機のケンタウロスが砲弾に貫かれ、シャベルを突き立てられてゆく。
「前方に突撃だ!」
短距離無線から、小隊長の怒鳴り声が聴こえる。
混乱をきたす前線で、ベッツは即座に決断した。
同時に信号を用いて、後方支援の四脚型ケンタウロスに援護射撃を指示。
彼らの受け持ったポイントは、未だ瓦解には至っていない。
包囲を突破するには、ケンタウロスの速力を活かし、突撃戦法を貫くしかなかった。
「わき目を振るなよ新兵! 余所見をすれば、死ぬ!」
「サーイエッサー!」
ヴォルテがフットペダルを床面まで踏み込む。
人馬は、再びスラスターを嘶かせた。
背後に迫ったデュラハンのシャベルを振り切って、砲撃をかいくぐって。
「訓練通りだな! ブン回せヴォルテ!」
三機のアーマシング・ケンタウロス2が、蛇行を開始。
各々の軌跡を絡み合わすような複雑な機動だが、速度は一切緩めない。
砲撃型デュラハンに肉迫し、高速旋回と同時に突撃銃を撃ち込む。
前後左右、あるいは後方から銃弾を受け、灰色の装甲が下ろし金のようになる。
セルペの同型機はスリーマンセルで行動する。
攻撃を受ける仲間のフォローに入るデュラハンに、ヴォルテらの駆るケンタウロスは銃口を向ける。
マニュアル・エイムで目まぐるしくターゲットを切り替え、人馬三機は同じ数の砲撃巨人を瞬く間に血祭りに上げた。
「ヤブサメ・マニューバ! どうだ――」
戦術を決めたバンカが調子に乗る間もなく、彼らは横合いからの衝撃に襲われた。
「デュラハン重装タイプ!」
ヴォルテがカメラを確認すると、大鉈と大盾を左右に携えた巨人が居た。
走行速度では劣るが踏み込みの瞬発力は優れるデュラハンが、シールドバッシュをかけてきたのだ。
「敵の“本命”だ! 立て直すよ、バンカ!」
銃剣を構え、正面から噴進突撃。
格闘戦偏重のチューニングを施されたデュラハンは、ケンタウロス2の質量を乗せた刺突を大盾で受け流す。
突撃いなされ隙を見せた人馬に、デュラハンの大鉈が打ち下ろされる。
「っとぉ!」
頭部めがけた鉈撃を、バンカが銃剣で受け止める。
銃身にめり込んだ鉈は、巨人の膂力をもって沈み込み、ケンタウロス2の銃剣を叩き折った。
「バンカ、踏み込むよ!」
再び鉈を振り上げるデュラハンの胴めがけ、ヴォルテは機体を全身させる。
「おらぁぁぁぁぁ!」
折れた突撃銃を放り棄て、ケンタウロス2は脇腹に備えた予備の銃剣を手に持って。
体ごと、腰だめにした銃剣の切っ先を、デュラハンの胴へ突き立てにかかる。
そこへ、先よりも強かな横殴りの衝撃だ。
更に一機、重装型のデュラハンがショルダータックルをモロに浴びせてきたのだ。
質量で負けるケンタウロス2の機体が、真横に吹き飛ばされ転倒する。
モニターに明滅する警告表示を尻目にして、バンカは自分の頬に冷や汗が伝うのを感じた。
「ヴォルテ、隊長達はどうしてる!?」
一縷の希望にすがるかのようなバンカの問いに、プラナドライブ・レーダーを観測したヴォルテは、他人事のように落ち着き払った言葉を吐き出す。
「高地から戦闘エリア外へ離脱を始めてる。僕たちは、“囮役”になったんだ」
「! ……ち、畜生ォォォーッ!」