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42 命知らずの噛み付き小隊

「さて、脱出する前に、この格好をどうにかしよう」


 ヴォルテがファーザーに思念テレパス指令コマンドを送信すると、すぐにマニュピレーターが二着の“衣服スーツ”と一本の眼鏡を持ってきた。


「え、ええっと」

「眼鏡、かけてないと不便でしょ?」

「そっちじゃなくて」


 困惑したアヤは、とりあえず眼鏡をかけてから、手渡された“服と思しきもの”を広げてみせた。

 なにしろ、見たこともない様式つくりをしているのだ。


 深い黒の中に複雑な色合いが反射する生地は、繊維を織って作られているものではないようだ。縫い目らしきものすら見当たらず、全身がひと繋がりになっている。

 膝下には白銀色の装甲レガースつきブーツ、肩や肘の部分にもプロテクターのようなものが取り付けられている。

 ヴォルテから、それは拡張装備の接続基部ハードポイントであると説明された。


「異星環境対応の汎用防護服さ」


 事も無げに答えるヴォルテは、いつの間にか防護服を着込んでいた。

 童顔の顔立ちに不釣合いなほど逞しい、男性的な身体のラインがくっきりと浮かび上がる。

 ウェットスーツというより、ボディストッキングに近い質感であった。


「……これ、本当に着なきゃダメ?」

性能スペックは軍のパイロットスーツなんてメじゃないんだから、着た方がいい。と言うか裸のままじゃ、さすがに恥ずかしいでしょ?」


 着用をためらうアヤに、ヴォルテはただ首をかしげてくる。

 少女は、喉から出かかった言葉を引っ込めた。悠長にえり好みをしていられる状況ではないのだ。


 謎の超技術で作られたスーツは、たしかに一瞬で体にフィットした。


 浮かび上がった自身の柔らかく豊かで曲線的なボディラインを見下ろして――裸より恥ずかしいかも――とアヤは思った。


 *


 火山灰土の乾いた大地を巡航速度で歩行していた護送部隊が足を止めた。


 “異常事態”を伝達された護衛のアーマシングは、隊列の中心に位置する護送機を一斉に注視。

 見守られながら、護送機は胴体の内側から風穴を穿たれ、中から黒鉄の巨人が飛び出した。


 砂塵巻上げ着地する全高30メートルのドリルロボットを、すかさず十二機からなるケンタウロス・タイプが取り囲んだ。


「ケンタウロスⅡか」


 ファーザーに出会う以前は、ヴォルテもこの機種で訓練を受け、初陣でもこれに搭乗した。長所も短所も知り尽くした機体だが、『彼ら』は見覚えのない武器を装備していた。


 全長およそ10メートル。ケンタウロスの全高からして半分ほどの長さの円筒に、銃把グリップが取り付けられている。

 俗にバズーカと呼ばれるような、発射機ランチャーの一種と思われた。


 ケンタウロス各機は皆、この武器を二挺ずつ両脇に抱えていた。


「なんだ、あの武器。あんなのケンタウロスの武器にあったっけ?」

「……あれは、試作弾頭用の特殊規格ランチャー。開発室の実験で使われるものだから、ヴォルテは見た事がなくても無理はないわ」


 ガンナーシートに座るアヤは、緊張の面持ちで眼鏡のブリッジに指を添える。

 いまファーザーを取り囲んでいる“敵”の装備は、試作兵器を持ち出し実戦に投入することができる人物が背後に居ることを意味しているのだ。


 そんな事ができ、しかも実行に移す人物は、アンナロゥ大佐以外には考えられなかった。


「アンナロゥ大佐の偉業は、阻ませんぞ!」


 ケンタウロスのうち一機が、外部音声スピーカーから低い声を発した。


「やっぱり、アンナロゥ大佐が――!」


 推測が的中したことで表情をこわばらすアヤの隣で、ヴォルテは目の前に立ちはだかる“危険”に対し身構える。


「その声。ベッツ隊長ですね」

「重犯罪者が俺の隊から出てしまうとは、遺憾だ。部隊の恥は、俺たち自身ぶたいがケジメをつけねばならん」

「重犯罪者!? 僕たちが何の罪を犯したって言うんだ!」

「――『惑星侵略罪』。|アンナロゥ大佐(あの方)はそう言った。放っておけば、サウリアやセルペに留まらず、いずれこの世界そのものに害を為す侵略者てきだとな」


 ケンタウロス・ベッツ機の両眼が赤と橙に明滅し、小隊員に“攻撃準備”を意味する合図を送った。


「わくせい、しんりゃくざい? あのベッツ隊長が、そんなフザケた事を真に受けるだなんて――」

「尋問官も、ああいう思想を持たされてたのね……ねえヴォルテ、彼らは――“間違っている”のよね?」


 念を押すように訊いてくるアヤに、ヴォルテは力強く頷く。

 モニターを見据える黒い瞳は、渦を巻いている。


「勿論。僕は――殖種帰化船団サクセッサーは、侵略者なんかじゃない。“本当の敵”は別に居るんだ。だけど」


 操縦桿を握り締める音が耳に入った。

 ヴォルテの黒髪の間から、汗が一筋つたっている。

 これまで無線でのやりとりしかして来なかったアヤは、彼が既に戦闘中さながらの緊張状態にあることには未だ気付いていない。


「今は、目の前の敵をどうにかしなくちゃ」

「どうにかして説得できないの?」

「無理だ。ベッツ小隊にはそんなもの通用しない。彼らは、与えられた命令を必ずやり遂げる一個の兵器どうぐみたいな存在だ。生き延びろと言われれば一人の仲間を盾にして他を逃がすし、敵を倒せと言われれば――どれだけ犠牲が出ようと目標に喰らいつき続ける」


 アヤは、前線に着任したばかりの頃を思い出した。


 歳若い少尉である彼女を侮る、現場の小隊長たち。彼らを一声で黙らせたのは、ベッツ=テミンキだったのだ。


「――だから、『命知らずの噛みつき小隊』なんてあだ名がつけられてるんだ。ケンタウロス・タイプとファーザーとじゃ性能にかなりの差があるけれど、ベッツ隊はそれでも油断していい相手じゃない!」


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