04 衝撃のドリル
「膝だ!」
左脇に首を抱えた三機のアーマシングが、右手に構えた機関砲のトリガーを引いた。
空気の破裂する音と共に、銃口から弾丸が連続して発射される。
絶え間ない速度で放たれる放火の光は線をなす。
光線が狙うのは、黒い未確認機体の膝関節である。
単騎なれど巨大な敵機に対し、訓練された兵士たちは定石ともいえる関節狙いの射撃を敢行した。
「たいちょ……“兄貴”! 敵機は健在です!」
狼狽を隠せぬ部下の声が、通信装置越しに響く。
「間違いなく命中している。こっちの弾が全部弾かれてるって言うのか?」
“彼ら”がいま携行しているのは、対物用の機関砲だ。
アーマシングの装甲を形成する龍樹脂がいかに耐衝撃性に優れるとは言え、構造的に脆弱な関節部に集中砲火を受ければ、ひとたまりもないはずである。
だが、事実として、彼らの眼前に立つ黒鉄の巨人は、膝に飛び来る砲火をものともせず。
一歩一歩、前進してくる。
「う、うおおおおッ!」
「待て! 不用意に突っ込むな、ウマミ!」
うろたえた男の一人が、兄貴の制止も聞かず突撃を開始。
銃声と叫び声を撒き散らして向かってくるアーマシングに対し、黒鉄の巨人――『ファーザー』は足を止めた。
「すごい……マシンガンをぜんぶ跳ね返してる! よしファーザー、あいつを迎え撃て!」
ヴォルテ少年の命令を受け、ファーザーが右腕を後ろに引く。
弓につがえた矢を引き絞るような動作だ。
敵アーマシングとの距離が数歩分にまで迫ったとき、“矢”は放たれた。
空気を切り裂く轟音と共に、黒鉄の右腕が。巨大な螺旋円錐の尖端が、首なしアーマシングの胸部にめり込む。
「あ……あ……?」
ウマミと呼ばれた愚鈍な男は、そこでようやく頭が冷えた。
血の気が引き、しかる後に彼を襲うのは、恐怖だ。
「ヒヒィ!? 《《野郎》》、アレをあのまま回転させるつもりですぜ!」
「後退しろウマミぃ!」
コクピットのウマミが機体を後進させるべくレバーを握るが、凄まじい振動がそれを阻んだ。
全身を激しく前後に揺さぶられる。
何かがとてつもない速度でアーマシングの装甲を打ち付けている。
そして、引き裂いてもいる。
頭痛を覚える音が絶え間なくコクピットに響いている。
突然の猛烈な責め苦に、ウマミは再びパニックに陥った。
正面のモニターに幾条も亀裂が入り、周囲の機器が紫電と火花を吹き始め。
「い、い、い、い!? 何が、お、お、起きて……何をされてるんだな!?」
バギン! と鼓膜を打つ音と共に、コクピットの正面コンソールが弾け飛ぶ。
否応なく視界に入る、鉛色の尖端。
回転し、振動するそれが何かを理解した時。
「ドリ、ド、ド、ド、ド……ドリルぅぅぅぅぅッッッ!?」
男の悲鳴は、装甲の金切り音と溶け合って。
ファーザーが右腕のドリルを引き抜くと、首なしアーマシングは前のめりに倒れた。
コクピットのあった胸から背中までが円形にくり貫かれ、衝撃ドリルの威力を物語っている。
「ヒヒ、ひでェ。ウマミのやつ、コクピットごとミンチになっちまった」
「クソッ、聞いてないぞ、こんなのが出てくるなんざ!」
残る首なしアーマシングの腰部から黒色の煙が吐き出された。
それが遁走を意味することは、誰の目にも明らかであり。
「逃がすな、ファーザー!」
ヴォルテはそれを、許さなかった。
目の前で八つ裂きになったアーマシングと操縦者に臆することなく、次なる指令を巨人に下す。
黒煙が視界を覆う中、二機のアーマシングは跳躍。
ファーザーの頭上を跳び越えて、タキドロムス孤児院から離脱する。
「よし、続けて後退跳躍だ!」
空中で姿勢制御を行い、振り向きながら着地した“兄貴”――隊長機が、今や一人となった僚機に号令を出す。
「ドコーン……ドコーン」
音声通信の代わりに聴こえてきたのは、集音機越しの脈動音だ。
音の源は、後方。
「ぬああああああっ!」
“兄貴”は振り向きざまに機関砲を乱射。
だが、晴れつつある煙幕の向こうに立つ影は、絶望的に健在である。
黒鉄の巨人が右腕を上げる。ドリルが廻る。
甲高い回転音が響けば、男の胸は早鐘を打つ。
「援護しろ”ゴムワ”っ! 何やってる、俺の命令が聞こえないのか……!」
男は後方に控えているであろう味方に喚き散らすが、返事はなく。サブ・モニターが出力しているのは、せわしなく明滅する赤色の警告メッセージと喧しいアラートのみ。
ファーザーの左手が、“首なし”の機関砲を掴み、砲身を握り潰した。
続けて繰り出す右フック。
防御動作をとる腕部もろとも、コクピットを螺旋衝削撃する!
アーマシングを覆う複合装甲の中で、最も堅牢なのは胸部機関だ。
現行のあらゆる兵器に対して優位を誇る筈の装甲は、強烈な打突と回転残撃を同時かつ超連続的に行う衝撃ドリルの前には紙くず同然であった。
内部機関の崩壊により、胴を抉られた機体が炎を噴き爆発を始める。
「ファーザー、最後の一機が!」
崩れ行く僚機には目もくれず、残った”首なし”が全速力で後方跳躍。
市街地とは反対方向である森林地帯へと撤退していった。
彼方へと離脱する”敵”にも、ヴォルテは追撃の意志を萎えさせない。
瞳を見開いて夜闇を睨む少年。
黒鉄の巨人も踵を返し、彼と同じ方向を見た。
「ギュイィィィィィィ」
休む間もなくドリルが廻る。大地を抉る。
巨体は、地の底へと消えた。
*
「ヒィ、ヒィィ……冗談じゃねェや。あんな化け物の相手なんかしてられるか。ヒヒ……そうだよ。『化け物退治』なんか任務じゃねえ。命令違反なんかじゃあ、ないぜっ」
“ゴムワ”と呼ばれた男は、コクピットで冷や汗をぬぐいながら、今は亡き上官に一方的な釈明をした。
機動制御レバーを握る手が、かすかに震えている。
味方を囮にした罪悪感など微塵も感じてはいない。ひとえに、今しがた目にした圧倒的な破壊光景に対する恐怖であった。
――帰投のため機体の脚を踏み出すと、不意にコクピットが大きく揺れる。
「ヒヒャア!?」
一瞬、あの黒鉄の巨体が脳裏に蘇るも、周囲にそれらしき姿はなし。
落ち着いて地形状況を確認すれば、なるほど、片足が地面の窪みに落ち込んでいた。
胸をなでおろしため息をつく。
「ヒヒヒッ」
緊張の緩みも相まって、男の口端からひとり笑いが漏れる。
夜間とは言え、このような初歩的操縦ミスを犯すとは。
機体を注意深く歩行させるべく、下肢センサーの感度を強化した時、彼は気付いた。
――――実のところ、自分は操縦においてミスなどしていなかったのだ。
「ドコーン……ドコーン」
足元から響いてくる、脈動音。
男がしくじっていたのは操縦ではなく、判断だ。
黒鉄の巨人は、彼が逃げおおせるのを許しはしない。
それが、与えられた指令であるがゆえに。
足元の地面が突然崩れ、機体を飲み込んだ。
声をあげる間もなく、地面がアリジゴクのようなすり鉢状になり、捕らえた獲物の運命を絶望へと定める。
機械と人間の断末魔は、そのまま土中へと埋もれていった。
*
「あれは間違いなく十三年前の……どうして、今になって」
乱れた着衣を直しながら、カナは動悸に上下する豊かな胸を手で押さえる。
落ち着こうにも、高鳴る胸は静まりそうにない。驚きと恐怖と困惑がない交ぜになっている。
自分たちを襲った謎の理不尽は、それを上回る理不尽によって目の前で粉砕されたのだ。
再び見えた雄々しき螺旋が、鮮烈な電撃となって今もカナの背筋を駆け巡る。
「見守ってくれていたんだ。今まで、ずっと」
同じく螺旋に魅入られたかのように。
「あれが僕のルーツ――『ファーザー』――僕はきっと。僕は必ず。僕は、僕はもう一度、ファーザーに会うんだ」
少年は、黒鉄の背中が消えていった夜闇の向こうを、それからしばらく見つめ続けた。
*
その後、タキドロムス孤児院にサウリア軍の制式アーマシング『ケンタウロス』の部隊がやってきた。
謎のドリルロボット『ファーザー』によって破壊された首なしアーマシングの残骸は、サウリア軍が回収。
軍人の取調べに対し、ヴォルテとカナは「ショックでよく覚えていない」「突然爆発した」などと口裏を合わせて供述した。
「セルペ軍の凶行だ」
軍人達は、カナとヴォルテにわざわざ聴こえるように、そう言い残して去っていった。
カナは後に思い返す。「あれは要するに、マッチに対するポンプだったのだろうか」と。
――この一件から三か月後、惑星クァズーレ北方ゲムブ大陸にて、サウリア国とセルペ国は、国境に位置する地下資源鉱脈を巡って武力紛争を開始した。