38 外道尋問
ヴォルテが目を覚ますと、薄暗い灰色の床が目に入った。
続いて、自分が衣服ひとつ身に付けず――つまり、昨晩アヤと共に眠りについた時のままの格好で――居ることに気付き。
そして、両腕を床と同じ灰色の壁面に鎖で固定されていることにも気がついた。
「昨晩は楽しめたか? ヴォルテ=マイサン」
部屋の隅から男の声がした。
サウリア軍の後方勤務者が着用する白い軍服に身を包んだ、冷酷な表情の男だった。
この男と、この風景とを合わせて、ヴォルテは自身の置かれた状況をさとり、その事実を信じられず混乱した。
「ど、どうして僕が『護送機』に乗せられているんですか!?」
『護送機』とは、捕虜の収容施設に輸送機能を持たせた六脚型アーマシングである。
時折生じる振動から、この牢獄は既に移動を開始していることもわかった。
「そうとも護送機だ。付け加えるなら、此処は尋問室。よって、質問するのは貴様ではない、私だ」
白服の尋問官は、軍靴の音を床に響かせてヴォルテの前に立ち。
威圧感のある冷たい視線が、無防備な青年を射抜く。
「――殖種帰化船団のヴォルテよ。貴様はあの『未確認機体』と、どういう関係なんだ」
「未確認……ファーザーのことは、軍が解析した以上のことは知らない! だからこそ、僕はファーザーを知ろうと……」
「なぜそこまでアレに執着するのか、と訊いているんだ」
問われ、ヴォルテは思わず口ごもる。
サウリア軍に対する不信は、少年時代の一件から抱き続けている。
ファーザーへの思い、ファーザーと自分との間に起きた出来事をそのまま話すわけにはいかなかった。
「答えられないか? なら、聞き方を変えてやろう。殖種帰化船団の機体を手に入れて、何を企んでいる、『転生者』が」
「転生……者?なにを、言って……」
今度こそ聞き覚えのない単語を耳にして、ヴォルテは戸惑う。
だが、尋問官はどうやら、ヴォルテを最初から“黒”と決めてかかっているようだ。
「しらを切るか。我々は、あらゆる手段を用いて情報を引き出せ、と命じられている」
白い軍服の懐から取り出したリモコンのスイッチが押されると、ヴォルテから見て正面の壁――シャッターが開いた。
「アヤ――!?」
開かれたシャッターの向こうに居たのは、自分と同じく生まれたままの姿で壁に繋がれているアヤであった。
昨晩、温もりを分け合った白い肌が、灰色の部屋に曝されている。両腕を繋がれた彼女は自らの身体を隠すことも許されず、頬は羞恥と屈辱に染まってた。
「ヴォルテ……ヴォルテ!!」
ヴォルテは尋問官を睨みつけるが、冷たい眼は意に介さず。
「古代の記録にも散見されるように、殖種帰化船団は遥か昔から、この惑星に尖兵を送り込んできた。貴様のような得体の知れない異能力を持つ者の存在は、『転生者』と呼ぶそうだな?」
「サクセッサーとかエクスポーテッドとか……そんなもの、知らない! 何を言っているんだ、アンタは!?」
それよりもアヤを解放しろ、と怒鳴るヴォルテに、男はフンと鼻を鳴らし、あくまでも自分の話を一方的に進める。
「――五年前。国境沿いにある『孤児院』が、三機からなるアーマシング部隊に襲われた。だが、そのいずれも“何者か”によって破壊されている」
ヴォルテの黒い瞳が、驚きに見開かれる。
青年の素直な反応に、尋問官は手ごたえを感じた。
「破壊された機体のブラックボックスからサルベージしたデータは、貴様が『ファーザー』などと呼ぶ未確認機体と特徴が一致する。そうだよな? 《《タキドロムス孤児院のヴォルテ君》》?」
歯を喰いしばるヴォルテに、白服の男が畳み掛ける。
「貴様は、普段から『機械の音』が聞こえるなどと言っているそうじゃないか。多くの兵士の証言を聞くに、信じられないが、どうやらそれは事実のようだ。事実であるということは――貴様は、人ならざるバケモノの力を持っている、ということになるよなぁ?」
「ヴォルテは、バケモノなんかじゃないッ!」
背後から飛んできた抗議の声に対しても、尋問官の鋭く冷たい眼差しが向けられる。
心底から相手を見下す目つきに、アヤは言いようのない不快感を覚えた。
「アヤ=カパク=ルミナ。貴様の“生まれ”についても調べはついている。貴様も、遥か昔に棲みついた転生者の血筋だな。名家を名乗ってはいるが、忌々しい売女の血筋だ! 我々は必ずや、お前たちのような寄生虫をのこらず炙り出してやる!」
白服の口調が、初めて熱を帯びる。
噛みこまれていたのは、姿なき者に対する明確な憎悪。すなわち、狂気。
「言いがかりだ……妄想じゃないか。僕たちは、お前が言う侵略者なんかじゃない!」
「言いがかり? 妄想? これは、学術的な調査と研究に基づいて導き出された事実だ。もしも貴様らに侵略の意思が無いと言うのなら、根拠を提示してみせろ。例えば、我々にとって有用な情報……『ファーザー』を破壊する方法、とかな」
ファーザーの名前を出されたヴォルテの瞳が、反射的に渦を巻く。
困惑と混乱は、今や屈辱と怒りに変わっていた。
――こんなことをする連中に、ファーザーのことを教えてたまるか――
そう心に念じた。
しかして、ヴォルテの眼は、あまりにも雄弁過ぎたのだ。
「そうか、あくまで反抗する、か。やはり危険分子だ。先ずは“意思”を削がねば話にならん」
尋問官が合図すると、部屋の扉が開き、三人の兵士が入ってきた。
いずれも屈強な男達。ヴォルテもアヤも、彼らの顔に見覚えがあった。
これまで行動を共にしてきた、ベッツ=テミンキが指揮する小隊の兵士たちである。
「この男の気力を削げ。方法は任せる」
言い残して退室する白服に、三人の兵士は敬礼で応える。
だが、彼らの顔には、下卑た笑みが浮かんでいた。
「役得だな。まさか、あの少尉ちゃんに“インタビュー”できるなんてなあ」
「やっぱりイイ体してるぜ。たまんねえ」
「へへ、、もうヴォルテの野郎に『女』にしてもらってんだろ? それじゃあ、順番に頼むぜ」




