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33 アンナロゥ

 

「明日から、貴様は再び俺の指揮下に入る」

「はッ!」


 呼び出された士官用執務室のテーブルを挟んで、バンカはベッツ=テミンキ小隊長に敬礼した。

 何ら驚くことのない異動である。バンカは、元々の所属であるベッツ小隊へと編入されたのだ。


「それで、だ」


 ベッツが、口元から顎までを囲むようにきちんと手入れされた髭に手をやりながら、小さく咳払いをした。

 バンカは、いかつい堅物の上官が初めて見せた態度に、なんとも言えない違和感――気持ちの悪さを感じた。

 言葉を次ごうとするベッツの様子はどことなくためらいがち、あるいは、彼の風体に似合わぬ“モジモジ”とした仕草を含んでいたのだ。


「貴様の配置は引き続き、アーマシングのガンナーとする。ドライバーは――」


「私だ」


 奥から、やけに艶っぽい低音の美声が聴こえてきた。

 続いて姿を見せた声の主に、バンカも、ベッツも、ぎょっとした。


 ――――現れたのは、美形。半裸の美形男性であった。

 バンカと同程度の長身、なにも身につけていない上半身は、痩せ型であるが程よく筋肉がついている。透き通った色白の肌から、一筋の水滴が滑り落ちる。

 今しがたまでシャワーを浴びていたのだろう、背中まで伸ばした銀髪はまだ湿っている。櫛を通せば何の抵抗もなく根本から毛先まで梳き通せそうな、見事なストレート・ヘアだ。

 片目を前髪で隠したおもては、並の女よりもはるかに美しく、それでいて男であることは疑いようもない精悍な目鼻立ち。

 非の打ち所のない美形。美形の男であった。


 美形が姿を現すと同時に、ベッツは直立不動で敬礼の姿勢をとった。男とは対照的なベッツの浅黒い顔は、よく見ると微かに紅潮している。


「私はアンナロゥ。アンナロゥ=スムース=バルチャー。フフ、わざわざ言わなくても知っていたかな? 何しろ私は、司令官だからね」

「あ、アンナロゥ……大佐、ッスか……!?」


 バンカも、ベッツに倣い呆然としながら敬礼した。

 いま、自分たちの軍を統率する『アンナロゥ大佐』を名乗った美形に、バンカは心当たりがある。それは、機甲戦術開発室が発行する機関誌の表紙を毎号飾っているグラビア写真であった。

 これまで、ファーザー絡みで無謀とも言える指令を下してきた雲上人と、いつも何気なく目にしていた写真の美形。

 両者を同一人物として結びつけるまでに、数拍の時間を要した。


「バンカくん。先のラマンダ河攻略戦のことは、始末書ほうこくを受けているよ?」

「げっ……い、いえ、そう、で、ありますか」


 アンナロゥは半裸のままバンカに歩みよる。

 彼が放つ異様な存在感オーラと、件の“やらかした案件”とが相まって、アンナロゥが一歩近付く毎に、バンカの胸の鼓動は次第に大きくなった。

 そして、遂に二人は、僅か30cmの距離にまで接近し、アンナロゥの瞳が妖しくバンカを見つめ。


「――素晴らしいじゃないか。私は、キミのガンナーとしての技量を高く評価しているよ。まさに、求めていた人材だ」


 唖然、再び。

 バンカは、自分の脳が思考を放棄しようとしているのがわかったが、鼻先三寸ほどまで近付いてきたアンナロゥの美形面が逃亡を許さない。


「バンカくん。私とやってみようじゃないか」


 艶のある低音が、耳元で囁かれた。


「次回の出撃では、私とキミで、アーマシングに乗るんだよ」


 暖かい吐息が耳朶を撫でる。

 頭の中が混沌としてきたバンカには、もはや虚ろな声音で「ハイ……」と返事をするのが精一杯であった。


「そ、その、お言葉ですが。少々、顔が近いですぞ、大佐」


 直立不動のベッツが、アンナロゥとバンカとの間に、言葉だけを差し込んでくる。

 アヤや他の小隊長を諫める時とは全く異なる、隠せぬ緊張がにじみ出た、上ずった声である。


「おっと、すまない。フフ……ベッツくん、すまないね? フフフ……」


 アンナロゥは、妖しく艶のある目線をベッツに流すと、上着を取りにシャワールームへ戻っていき。

 放心状態になっているバンカは、そこでようやく解放された。


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