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03 黒鉄のドリル

 一方的に話す男の濁った目に、真っ先に怒りを覚えたのはヴォルテ少年である。


「いきなり、そんなこと……こんなの軍隊がやることじゃない! 強盗と変わらないじゃないか!」

「ヴォルテ!」


 少年を細腕で庇う妙齢の女を見て、似合わないレザーの男の眼がいっそう濁った色を帯びる。


「そうだな小僧。俺たちは“ならず者”だ。なら、ならず者として振る舞ってやろう。奪い、殺し、犯すだけのな」


「ヒヒヒッ!仰るとおり!」

「こういうニンムも悪くないんだな。うま味があるもんな。順番、順番、なんだな!」


 後ろに控えた二機の『首なし』アーマシングから、それぞれ下卑た男の声が響いてくる。

 カナは歯の根を必死に合わせて、ヴォルテと男の間に立ち。


「子供達には手を出さないで下さい!」

「ふん、立派な心がけだな。お前の身柄は拘束する。連れて行く前に、ボディチェックだ。両手を上げろ」


 言われるがまま両手を挙げたカナの体に、男の手が触れる。

 腋の下から腰、太腿へと、野暮ったい掌が滑ってゆく。

 爪先まで至った手が、今度は上へと登ってくる。


「ここに凶器を隠し持つ奴も多いからな」


 男の手が、カナの豊かな両胸に到った。

 抵抗できず、羞恥と嫌悪感が滲む女の美貌を眺めながら、男は二房の重みと柔らかさを堪能するようにね繰り回す。


 無遠慮で執拗な男の狼藉に、カナはおぞましさと恐怖を覚えた。

 自身の身体に、得体の知れぬ生物が這い回っているかのようだ。

 強くつむった瞼の端に、涙が滲んだ。


「やめろ! “母さん”に触るな!」


 ヴォルテは無意識のうちに、カナを“母さん”と呼んでいた。

 彼がいつも心の中でカナを慕うときの呼び方だった。


 この世で一番大切な人が、大切な場所が、蹂躙されつつある。


 少年は、もはや自身の非力さなど勘定に入れず、目の前に立つ大人の男と機械の巨人らを睨んだ。


 彼の勇敢な、無謀な振る舞いに、カナの胸を弄んでいた男が眉をひそめる。


「ヴォルテ、皆を連れて、逃げて。私は大丈夫だから……ね?」


 青ざめた顔で声を絞り出すカナ。

 しかし、ヴォルテ少年は、“あの”決意のこもった眼をして、男に言い放つ。


「どうして『サウリア軍』がこんなことをするんだ!」


 男が僅かに身じろぎしたのを、ヴォルテは見逃さなかった。

 疑念を確信に変え、少年が畳み掛ける。


「お前たちのアーマシング、見た目はセルペ軍の『デュラハン』みたいだけど」

「やめて、ヴォルテ。あなただけでも、無事で」

こえが違う! この音、僕は聞いた事があるぞ。去年、国境近くのサウリア軍の基地見学に行ったんだ」

「お願いします! この子は見逃してください! 私はどうなっても……!」


「そこで見たアーマシングの『動力機関プラナ・ドライブ』がこんな音を出していたッ!」


 少年は、言い切った。


 カナの制止も耳に入らず、頭に駆け巡った電流に任せ、思ったままを口に出したのだ。


「……ああ、なるほど。その制服、兵学校のものか」


 男の手はカナの胸から離れていた。


 左の手は、ポケットに突っ込まれていた。


 ――右の手は、懐から拳銃を抜いていた。


「賢い“お坊ちゃん”。お勉強の甲斐が無かったな?」


 口封じの銃口が、ヴォルテに向けられる。


 男の人差し指が無造作にトリガーにかかり。


「いやあぁぁぁ! ヴォルテーッ!」


 そのとき、ドン、という音と共に、突き上げるような衝撃が足元を揺るがした。

 少年の眉間に向けられていた銃口が逸れ、部屋の壁に小さな穴が空く。


「なんだ、今の揺れは!?」

「ヒヒィ! “兄貴”ィ! 『アーマシング』だ!」

「なんだと。ちゃんと見張ってなかったのか!」

「き、き、急に現れたんだな!」


 手下のアーマシングに怒鳴り散らしながらも、“兄貴”と呼ばれた男は自分のアーマシングに向かって駆け出していた。

 衝撃と共に巻き起こった土煙に視界を遮られているのにも関わらず、冷静にコクピットへ乗り込む判断力は訓練を受けた軍人のそれである。


「ち、何も見えん。“ゴムワ”、“ウマミ”、直前までの索敵結果は?」

「レーダーのログにはなんもありやせん!」

「じ、地面が、い、い、い、いきなり弾けたんだな!」

「……地面の下から出てきたとでも言うのか? ふざけるな!」


 三機のアーマシングは携行した機関銃を構え、粉塵の向こうに見える“影”に向ける。


 塞がれた視界の中、彼らは集音機越しに音を聴いた。


「ドコーン……ドコーン」


「ギュイィィィィ」


 徐々に目の前がクリアになる。彼らは、モニター越しに姿を見た。


 黒鉄くろがね色の巨体。

 脈動音を響かせるエンジンのような体幹ボディから、太く頑強な四肢が伸びる。


 特に目を引くのは右腕に屹立し、緩やかに回転する螺旋の円錐――ドリルだ。


「あれは――間違いないわ。ヴォルテ、あれが、あなたの――」


 孤児院のベランダから見て、首なしアーマシングをはさんだ向こう側に現れた巨人。

 男たちのアーマシングよりも巨大な機体に、ヴォルテは目を奪われて。


「ドコーン……ドコーン」


 懐かしい、愛おしい、頼もしい脈動音こえが、少年を包む。


 黒鉄の機械が放つその音を、ヴォルテ=マイサンは――こう聞いた。



<<ファーザー>>



「『ファーザー』――それが『お前』の名前なのか」


 ドリル持つ機械の巨人は、たしかに名乗った。

 ヴォルテは理由わけもなくそう確信した。


 疑うことなく受け入れた名は、『ファーザー』。


 絶え間なく響く機械のこえを、ヴォルテはこころとして聞くことができる。


 ファーザーの声が、ヴォルテに響く。


<<命令せよオーダープリーズ我が主マイマスター>>


 かくして少年は、夜空に木霊する叫びでもって、“彼”に応えた。


「ファーザー! あいつらを、やっつけろ!!」


挿絵(By みてみん)

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