29 傭兵闘技
「あのアーマシングは『トゥーマ』型! かなりカスタマイズしてある……正規軍の装備じゃないわ」
アヤはタキドロムス孤児院のバルコニーへ出て、ファーザーと対峙する紫色のアーマシングを見上げた。
暗い紫で染め上げられた“痩せ身”の二脚歩行。額から前方へ突き出たアンテナユニットと、三つの半球センサーが横並びに配置された顔面は、三ツ眼の鬼を思わせる。
「アヤさん、トゥーマ・タイプ、って?」
同じ部屋で寝ていて、後についてきたカナが不安そうな面持ちで尋ねてくる。
彼女はごく普通の民間人で、軍事兵器に関する知識は殆ど持ち合わせていない。
「トゥーマ・タイプは一世代前のペラギクス国製アーマシングです。ゲムブ大陸の各国が現在のように機体開発を独自で行う技術力がなかった時代、外国から多数のトゥーマ・タイプを輸入していたんです」
「それじゃあ、あのアーマシングはどちらの軍隊のものか分からないということ?」
少女は頷いて、眼鏡のブリッジに白い指を添えた。
「現在、トゥーマを装備している正規軍はどこにもありません。おそらく、あのトゥーマ・タイプを使っているのは傭兵です。彼らは、払い下げの旧式機体をカスタムして運用することが多いんです」
「傭兵!? や、やっぱり“どちらかの”軍が雇っているの……?」
かつて被った災難を想い起こし、カナは不安を募らせる。
寝巻きの胸元に当てた両手が、谷間に沈み込んだ。
「――“今回は”セルペ軍が雇用主でしょう。考えられる目的は、ファーザーに関する情報収集ですから」
*
「ギュンギュンギュンギュン」
<<KY電脳機構、有効。戦闘機動へ適用開始>>
加速するファーザーの脈動が、ヴォルテの脳裏へと直接メッセージを送ってくる。
<<“ご安全に”>>
機械の音を聴く事ができる青年は、当たり前のように肯いて、正面モニターをみ睨んだ。
「機動手はいつも通り僕がやる。ファーザー、攻撃役は任せたぞ!」
「ドゴゴゴゴゴゴゴゴ」
「ギュイィィィィィィ」
体内で操縦桿を握るヴォルテに応え、ファーザーの脈動音は更に早鐘を打ち、ドリルが唸る。
「向かってくるか、ボウズ。一人乗りのアーマシングで、どこまで“もつ”かな!?」
黒鉄の機体が大地を蹴り、高速回転する右腕のドリルが振るわれる。
ヴォルテの踏み込みに合わせた完璧なタイミングである。
ダイオード兄弟のトゥーマ・タイプは後方へ跳び退いてドリルをかわし、両前腕のバインダーに隠されたブレードを伸長。超鋼ジャマダハルだ。
初撃を回避されたファーザーは、振り抜きの勢いを殺さず上半身を独楽のように回転し、強烈な右フックで追撃!
「やるぞカソルド!」
「おう、ニイちゃん!」
小さな手で操縦桿を握るアノルドが、隣で背中を丸めている大男――弟のカソルドに号令。
トゥーマ大跳躍。紫の影がファーザーの頭上を掠め、背後に回りこんだ、
すかさず、コクピットの在る背面ブロックへとジャマダハルで連続刺突だ。
「ファーザー!」
刃が装甲へ達するよりも速く、ファーザーは上半身を180度回転し、ドリル裏拳でカウンター!
「あちこちグルグル回しやがって!」
反撃を察知したアノルドは機体をバックステップさせる。
紙一重の差で、トゥーマ・タイプが居た場所をファーザーの右腕が通過した。
アノルドは冷や汗を拭って舌打ちする。
軽量化し機動性を高めてあるダイオード兄弟のトゥーマにとって、ファーザーの一撃は触れるだけでも致命打となり得るのだ。
「ニイちゃんニイちゃん! アイツ、でかいのに素早いど!」
「わかってらァ。だがなカソルド、仕留め方はいつもと変わらねェーぞ」
「オオ! やったるど!」
ジャマダハルを構えたトゥーマが正面切って踏み込んで、体格で勝るファーザーの懐へ潜りこんだ。
腰めがけ3連続した左ジャブを打ち、ドリルによるガードを誘ったところへ右のフックが肘関節を強襲!損傷には至らないが、ドリルの軌道が逸れる。
フックを放ったトゥーマの上半身が屈められ、両手を地面に着く構えをとる。
ファーザーが体勢を立て直すよりも速く、腕を軸にした足払いが放たれた。
小型といえど全高18メートルをほこるアーマシングの質量を遠心力に載せた回転足払いが、ファーザーの左脚を刈る。
接触した瞬間、トゥーマの下腿装甲が爆裂! 指向性爆弾が仕込まれた、爆芯炸裂装甲である!
この攻撃で、初めてファーザーの装甲に傷がついた。
黒鉄色の装甲表面が欠けて、正六角形の破片がバラバラと地面に降っていく。
ファーザーは損傷に怯まず、下方へドリルの突きを打つが、トゥーマは腕を脚と為した逆立ちの姿勢をとり、そのまま後方へ跳ね回避した。
「手と足を組み合わせて攻撃してくる!?」
これまでセルペ正規軍のアーマシングとしか交戦経験のないヴォルテは、傭兵ダイオード兄弟の戦術に“やりにくさ”を感じていた。
クァズーレの現行アーマシングは複座式だ。通常、脚部の操作をドライバーが、上半身と腕部の操作をガンナーが担当する。
機動と攻撃をそれぞれが専念することで、戦闘時に複雑な動作を実現しているのだ。
ダイオード兄弟のトゥーマは、そのセオリーをなぞっていない。
上半身の弟カソルド、下半身の兄アノルドが、攻撃と機動のいずれも臨機応変に行っている。
兄弟ならではのコンビネーション、変幻自在な動きで敵を翻弄する。それが、彼らのやり方だった。
「頑丈な機体だ。しかし、壊せないことはなさそうだ」




