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24 決壊

「もうそろそろかな」

「何がだ?」

「バンカ、十時の方向、岸からこっちを狙ってるデュラハンの“足もと”を狙って」


  バンカは言われるがままにトリガーを引く。

  一秒と経たず、標的にされた砲撃型デュラハンの右脚が吹き飛んで――河の流れが変わる。

  敵の陣取る河岸が、床板を踏み抜いたかのように沈み崩れた。

  地表に隠れていたのは、空洞だ。抜けた地下の道にラマンダの水が流れ込む、流れ込む。


  新たに生まれたラマンダ河の流れは、先ほどファーザーが掘り進んできた道であった。

  ヴォルテの目論見通り、崩れた河岸と抜けた川底に、『橋役』の大盾デュラハンと砲撃型デュラハンが小隊ごと巻き込まれ、行動不能に陥っている。


  全高20メートルのアーマシングが影響を受ける地形の変化。当然、足元に随伴する歩兵や小型有脚車輌にとっては命取りだ。

  不規則な水流に巻き込まれ、彼らは流されてゆく。それらの救助をすべく、数機のデュラハンが河へと向かう。


  手薄になった砲撃部隊のカバーに回るのは、敵軍の擁する最も強力な兵器である。


「出てきたよ、あいつが」


  正面モニターに捉えた八脚の歩行要塞ドームを、ヴォルテの渦を巻く瞳がぎらりと睨んだ。

  もげた巨腕の基部に応急処置を施したブルダが、混乱した激流戦線へと姿を現し、ゆっくりと回転するドーム状の全周囲連装砲塔をこちらへ向けている。


「やられたから、やり返す! 今度は僕たちが“おびき出してやった”ぞ!」

「そして、やられる前に……やってやるぜッ!」


  すかさず五〇センチ滑腔砲『ブラキオ』の照準を合わせ、考えるより早く狙撃トリガー


「目標への直撃を確認! ざまぁ見ろ!」


  覗き続けていたスコープ・デバイスを跳ね上げて、バンカが快哉を叫ぶ。

 ブルダの砲塔は、その本領を発揮することなく徹甲弾に撃ち抜かれ、無力化した。


 河岸の戦線が崩れたことで、戦闘は大方決着した。

 対岸に陣を構えていたセルぺ軍は、戦闘停止の信号弾を打ち上げた後、撤退を開始。

 渡河し斬り込んできた敵機も、次々と投降していった。


「や、やっちゃっ……た」


 思わず気の抜けた声を発したアヤは、鼻梁からずり落ちそうになる眼鏡のブリッジに指を添えた。


 ファーザーの働きにより、『河岸の敵を排除する』という目的は達した。

 そして同時に、ラマンダ河の地形は変わり果て、現場では流された者たちに対する敵味方を問わぬ人道的救出作業が開始されている。

  ファーザーの能力を理解する者から見れば、この惨状はドリルによって引き起こし得るものだと明らかに分かる。分かってしまう。

 決して、手放しで喜んで良い戦果とは言い難かった。


  アヤとて軍人である。戦場で人が死ぬ事には一定の割り切りをした上で任に当たっている。

  ゆえに、目の前の惨状を嘆き平静を失うようなことは無い。

  それよりも、自身の手が届く範囲において、現実的な“問題”が差し迫っているのだ。


「場合によっては、ファーザーと彼らに処分が下されてしまう――」


 先程までは、戦場で出すべき指示内容が猛スピードで駆け巡っていた、彼女の頭の中。

 今は、後日提出するべき始末書の内容で一杯になっていた。


 *


「いやいや、想像以上の未確認化物とてつもないやつだったねえ。我らが軍の頑強なアーマシングでなければ、こうして生きてはいられなかったろう」


  全軍撤退を指示したナメラは、わざとらしくため息混じりに、隣のガンナーシートでこわばった表情をしている副官に声をかけた。


「虎の子のブルダを大破させてしまった。ラマンダも敵の手に落ちた。だが、私はこの戦闘で得たものは値千金だと考えているよ」

「少佐、それはどういう意味でしょうか?」


  大敗を喫したと言うのに相変わらず飄々とした様子のナメラに、副官は首を傾げる。

  ええとね、と前置きしてから、ナメラは通信装置の類がアクティブになっていないことを確認し、口を開いた。


「この戦闘で、最終的にこちらが甚大な被害を受けたが、それは敵も同じことだ。渡河攻撃は効果が出ていたからね。そして、ラマンダ河がああなった以上、あそこは拠点たり得ない。あんな風に流れが乱れていては、まともな水路としては使えまい。連中はそんな場所を占領した状態で、態勢を立て直す必要がある。むしろ、あすこに足止めされているのさ。その上、こちらはもう一つ、得がたいものを手にした」

「……あの『黒いやつ』との交戦データ、ですか」

「そうそう」


  意を得た副官に、ナメラは口もとを緩めてみせた。


「塞翁が馬、ってことだね。さてさて、これからどうしたモノかなぁ」


 会話を締め括って、ナメラは機体をセミ・オートの巡航モードへと移行。

 シートの背もたれに身を預け、コクピットの天井を仰ぐ。


 落ち込んだ眼窩の奥に、ぬらりとした眼光が据わっていた。


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