21 渡河
対岸の敵へ向け砲撃を続けていた小隊の目の前で、間欠泉のように地表が弾けた。
「ドコーン……ドコーン」
「ギュイィィィィィィ」
土煙の向こうから飛び出してきた回転する“何か”が、前衛のデュラハンが構える大盾を易々と貫いた。
「来たな」
盾持ちのデュラハンは、地中からの強襲者『ファーザー』のドリルを受けるや、すぐに盾を手放し飛び退く。
「本当に地面の下から来た! デタラメだ!」
「おいおい、落ち着きなさいよ。うまく“釣れた”んだから。全隊へ通達したまえ。“本機は予定通り奇襲を受けた”、とね」
恐怖を感じ声をあげた副官に、ナメラは変わりなく飄々とした声をかける。
同時に、前衛を突破した黒鉄の巨人が右腕の凶暴なドリルを引き絞り、放ってきた。
ナメラが機動操舵手をつとめるデュラハンは、両肩の砲塔を排除。
脱落するパーツ群と手にした盾を隠れ蓑にして、身を低くかがめながら巨大なファーザーの右脇をすり抜けた。
「私は|アンナロゥ(あの男)ほど、操縦が上手くないんだがな――ッと!」
ファーザーが上半身を回転させ、後方に回り込んだナメラ機にドリル裏拳を見舞う。
装甲の厚さで知られるデュラハンの右腕が、ナーガレジンの切削屑を撒き散らして磨り潰されてゆく。
ナメラ機、使い物にならなくなった腕を肘の先から爆破自切。反動を利用して後退し、大きく距離をとる。
ナメラ=エラーフェのとった戦術は、とにかく逃げの一手であった。
「常識が通用しなくたって、この世の道理や因果が通用しないわけじゃあない」
眼前の黒鉄巨人が繰り出してくるドリルの切れは、荒削りだが触れればこちらが削られる。油断ならない、危険な相手だ。
――だが、“やはり”指揮官機に狙いを集中させてきている――
対手から片時も視線を逸らせぬ状況にあって、ナメラは推測の的中を確信した。
そして、自機レーダーが後方より接近するプラナ・ドライブ反応を捉えたことで、肺に溜め込んでいた空気をひゅう、と吐き出す。
「やれやれ、間に合ったね。こちらの方が、先に手札を揃えられたようだ」
背後より、地響き来たる。
大地を幾度もせわしなく打つかのような震動は、“それ”の足音である。
濃緑色の巨大なドームの八方に巨大な砲がいくつも並び、ひとつひとつがちょっとしたビルほどある脚が八つ、これも放射状に生えている。
その名も、セルペ軍有脚爆撃要塞『ブルダ』。
一般的なアーマシングのおよそ4倍を誇る、超巨大アーマシングだ。
ブルダの砲塔が回転しながら、次々と火を噴く。対地ロケット砲である。
照準は、前方の敵アーマシング。すなわち、ファーザー。
ナメラのデュラハンを追い立てていたファーザーは、この過剰なほどの牽制に攻め手を止めざるを得ない。
「よしよし、あの黒いやつはブルダに任せるよ」
後退したナメラの小隊を、ドリルは追えない。
立ちはだかったブルダが、ドーム状の複合兵装ブロック群から8基の回転鋸を展開したからだ。
サーキュラーソーを携える各7自由度の巨腕が、黒鉄の襲撃者に報いを与える。
上から下、右薙ぎ、左薙ぎ、さらに袈裟懸け。
あらゆる角度から繰り出される巨斬撃。
ファーザーはいなしかわすので精一杯のようだ。
縦振りのサーキュラーソーを、ファーザーが横跳びでかわす。
振りぬいた鋸が、地表を深く抉る。
ブルダの標的が安易に地中へ逃れようとすれば、たやすく大地ごと切り裂かれるに違いない。
「さあさあ、いよいよ、“時が来た”ぞ!」
ナメラは、自分の“切り札”が充分に働いていることを確認し、副官に合図した。
ただちにデュラハンの背中から信号弾が打ち上げられ、上空で赤色の光を明滅させる。
そして、河岸で防御に徹していた大盾のデュラハンが、一斉に前進を始めた。
敵の砲火を盾で防ぎながら緩やかに流れる大河に次々と身を沈め、持っている盾だけを水上に突き出す。
河に入ったデュラハンがすべて、列をなして同じ動作をとり――ラマンダ河に“大盾の橋”が架けられた。
橋を渡り、デュラハン重装型が次々と対岸へ押し寄せる。
――ナメラの打ち上げた信号弾は、『全隊突撃』を意味していた。




