表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/54

02 夜闇から巨人

 先月の誕生日で13歳になった少年は、抱きしめられるまま、その女性の豊かな胸に顔を埋めていた。


「無事に帰ってくるのよ……ヴォルテ」


 少年の名を呼ぶ女性――カナ=タキドロムスの細腕に知らず力が入る。


「ん……ムムム……!」


 ブラウスの布越しに、少年の暖かい呼気を感じ、カナは慌てて彼を解放した。


 ぷは、と女の胸から顔を離した少年の顔は赤い。

 年上の女性に抱擁されたことによるものではなく、単に息が吸えなかったからである。


「もうちょっとでチッソクするところだったよ、カナさん」


 黒髪の少年が、黒く大きな瞳で上目がちに、口をとがらせた。


 もしも彼がスカートを履き、髪を伸ばしていたなら少女に間違えられたかもしれない。


 ヴォルテ=マイサン、13歳。

 “かわいい”という褒め言葉に、最近は複雑な思いを抱くようになった。


 ヴォルテ少年が、窮屈そうに服の詰襟へ指を差し込む。

 彼が着ている制服を改めて見て、カナは再び少年を抱きしめそうになるのを自重する。


「ごめんなさいね。でも、しばらくお別れだと思うとね」

「うん。休暇には帰ってくるつもりだからさ」

「寂しくなるわ。私にとって、他の子も大切な家族だけど、あなたは――“特別”だもの」


 自室の窓を見れば、夜空。

 涼やかな静寂に瞬く星々を、カナは見上げ、ヴォルテも同じく目を向けた。


「あの日もちょうど、こんな夜だったのよ。私がこの孤児院で働くことになった日の夜――あなたは、やってきた」


 カナの脳裏には、鮮やかに蘇る黒鉄くろがねの巨躯。

 体の芯まで響く脈動音、屹立する螺旋。


「――――うん」


 少年は頷く。


 これまでも幾度となく聞かされてきた、自身の生い立ちだ。


 頷くのは、この話がカナの繰り言だからではない。

 ヴォルテには“実感”があるのだ。


「何となくだけど、覚えてるんだ。優しい音だった。心地良い震えだった。柔らかで冷たい黒鉄てつに抱かれていた」


 だから、と、少年は続ける。


「“そういうもの”に近い場所に居れば、いつか僕のルーツにたどり着けるかもしれない」

「……反対はしないわ。応援する。あなた自身が考えて、あなた自身が感じているままに進むのだから、私はそれを応援するわ」


 もう一度深く頷くヴォルテ少年の大きな瞳に、強い意志が宿っている。


 あどけなさの残る少年は、明日、揺るぎない決心のもとサウリア国軍の兵学校に入るのだ。

 いずれは一人の兵士として、戦場へ赴くこともあるだろう。


 それより先のことは、今のカナには恐ろしくて想像することができず。

 微笑みで表情をつくろい、十三年前と同じようにベランダに出た。


 年季の入ったペンキ塗りの柵にもたれかかるカナとヴォルテ。


 カナの豊かな胸が揺れる。


 ――揺れているのはカナの豊かな胸だけでない。


 地面そのものが震動しているのだ。


「まさか!?」


 はたと夜闇に目を凝らしたカナとヴォルテだが、次の揺らぎと共に期待は裏切られた。


 三度の衝撃が、タキドロムス孤児院を揺さぶり。


 夜の静寂を破って、闇の向こうから跳躍してきた三つの巨躯が着地。


「『操甲者アーマシング』!」


 唖然とするカナの隣で、ヴォルテが声を上げる。


 『アーマシング』とはこの世界で用いられる人型兵器の総称。

 各国の軍が主力としているものであり、ヴォルテが兵士を志す理由である。


 現実に存在するモノであるとは言え、こうして眼前に突然現れれば絶句せざるを得ない。

 現代地球人たる我々の感覚で言えば、戦闘機が庭先に着陸したようなものなのだ。


 全高20メートルの人型三機。

 闇に溶け込む黒塗りだが、“あの日”の巨人とは明らかに別種なことがわかる。


 細身の上半身に、太い大腿。

 何より目を引き不気味なのは、三機いずれも左手に“頭部”を抱えている佇まいだ。


「首が無いアーマシング……図鑑で見たことがあるのはセルペ国軍の『デュラハン・タイプ』だけど……!」

「セルペ軍!?」


 ヴォルテが口にした『セルペ』という国名に、カナは血の気が引く思いがした。


 タキドロムス孤児院が在るのはサウリアの国境付近。

 すぐ隣がセルペ国である。近年、サウリアとセルペは地下資源を巡り緊張状態にあった。 


「ここの責任者を出せ」


 息を呑み見上げる巨人のうち一体から、男の声が響いてくる。

 それだけですくみ上がりそうになるカナだが、隣のヴォルテや、孤児院で暮らす子供達への想いが毅然とした声を絞り出す。


 タキドロムス孤児院の名を預かった者として、いつまでも怖気づいているわけにはいかない。


「わ、私です!」

「……ほう」


 数秒後、三機のうち真ん中に立つアーマシングの腰部から縄梯子タラップが垂れ、中肉中背の男が降りてきた。

 機体同様、所属を示す紋章マークも何もないレザージャケットは、男の素朴な顔にまったく似合っていない。


 男は、タラップからカナとヴォルテの居るベランダに飛び移ると、似合わないレザーパンツのポケットにわざとらしく両手を突っ込んだ。


「この施設は我々が接収する。つまり、頂くということだ」

「……あなた方、セルペの軍隊なのですか?」


「誰が質問しろと言った。もう一度言う。この施設は我々の拠点として利用させてもらう」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ