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ラマンダ河は、平時には水路として使われる巨大な河川である。
現在はセルペが陣取っており、キャストフ同様にサウリア軍の補給線を阻害している。
ヴォルテたちの小隊は、このラマンダ河攻略作戦に投入される一個大隊に合流。
アヤは直轄の小隊員を集め、大隊司令アンナロゥ大佐からの命令を伝えていた。
「元々国境線でもあったこの河川は、開戦当初からセルペ側の手に落ちています。どうしてかは分かりますよね?」
アヤが眼鏡に手をやりながら、ヴォルテとバンカに問う。
バンカは頭を掻いて目を逸らすが、ヴォルテは黒い瞳まっすぐに、上官の少女に答えを返す。
「河川を挟んだ砲撃戦を余儀なくされるラマンダ戦線は、より性能の高い『砲』を持っている方に軍配が上がります。ゆえに、我々は今日まで苦戦を強いられています!」
「その通り。では、この戦況を打開するのに必要なのは、何だと思いますか?」
「ドリルです!!」
「その通り」
アヤが不敵な笑みを浮かべると共に、眼鏡のレンズが光を反射し、白く輝いた。
「今の私たちにはファーザーがあります。砲撃戦を拮抗させる裏で、ファーザーが敵陣の後方を崩し、然る後、電撃戦を仕掛ける――ファーザーのドリルで、こちらが得意とする白兵戦への突破口を開く――これが、今回の作戦です」
アヤの言葉に、居合わせた小隊メンバー全員がうなずいた。
これまで轡を並べた者達の中に、ファーザーの存在、ドリルの力を疑う者は居ない。
他の何人も侵入できない地中から急襲する戦術は、敵にとってみれば防ぎようのないものだ。
此度の戦闘も、こちらはほぼ一方的に事を進められるだろう。
誰もが、そう信じていたのだ。
――しかし三日後。
彼らの楽観は、外れた。
「こんなに早く対策をとられるなんて……!」
広がる敵陣を前に、アヤの眼鏡の奥、碧眼の目元が険しくなる。
「少尉、ファーザーの攻撃目標は――“どの部隊”ですか!?」
「い、今――現在、特定中ですッ!」
単騎での奇襲で狙うべきは、敵軍の指揮官機。
大規模な作戦なら、必ず前線指揮官が出張ってくる。そこを潰せば、敵の統率に隙が生まれるからだ。
その、指揮官機が“見当たらなかった”。
通常、アーマシングの指揮官機は、通信機能を強化するためのアンテナ・ユニットや、より高く広い視界を確保するための望遠塔などが増設されている。
外見にも表れる仕様が他の機体と異なるのだ。
その差異が、敵陣には一切見られなかった。
問題は、もうひとつ。
敵の敷いた陣形を見て、アヤはいよいよセルペ軍が“ファーザー対策”を講じていることを確信した。
「部隊が“面”で展開されてる……」
対岸の敵は、アーマシング『デュラハン』3機と随伴の六脚砲からなる小隊単位で方陣を形成し、河岸に散らばるようにして展開していた。
従来のアーマシング戦に於いては、機体を横陣に並べるようにして戦線を形成するのがセオリーである。
わざわざ“線”の密度を落としてまで、後方へも対応可能な“面”の陣形を敷くということは、敵が“そうなる可能性”を意識しているからだ。
「これじゃあ、ファーザーの突破戦術が……通用しない、とまではいかないけど、効力がスポイルされて……ッ!」
アヤの思考を、空打つ轟音が遮った。
どちらからともなく上がった砲火は、大河の両岸に瞬く間に広がって。
熾烈な砲撃戦が始まった。




