18 智将ナメラ
「よしよし、もう一度、頼む」
頷いた副官が、野暮ったい形をした再生機器のスイッチを押下する。
セルペ軍西方大隊長ナメラ=エラーフェ少佐は、モニターに映し出された映像に注視。
本日20回目の再生である。
「少佐、ご着任早々、あまり無理をなされては」
生真面目そうな副官の男が、先週顔を合わせたばかりの上司を案じ、言葉をかけた。
「うんうん、ありがとうね。だけど私はこの通り、絶好調だよ」
まったくそう見えない――副官は、言葉を飲み込んだ。
モニターから目を逸らさず答えるナメラの両眼の下には、黒々とクマができている。
こけた頬と薄紫色の唇は、病人を思わせる。
やや猫背気味の痩身は、きちんと背筋を伸ばせばかなりの背丈になるであろうが、ともすれば枯れた老木のようにも見える。
オールバックに整髪し、軍服の詰襟を崩さず着込んだ身なりは清潔で堅実ではあるが、当人から受ける印象は不健康そのものであった。
「偵察部隊が決死の覚悟で持ち帰った映像だからね。余すところなく分析するのが私の務めだよ。手がかりは今のところこれが全てなわけだし」
どこか気の抜けた声で話す間にも、ぎょろりとした両目が小刻みに動く。
視線を注ぐモニターには、これまでに二度、戦場に出現した黒鉄の巨人が、右腕のドリルでデュラハン重装型を削り潰す様子が映し出されている。
「ペラギクスを思い出すねえ」
ナメラが不意に、しみじみと呟いた。
単に『ペラギクス』と言えば即ち、クァズーレ南方ガルダ大陸にある『ペラギクス国立大学』を意味する。
世界有数の学府であり、工業技術と軍事の研究においては設立から数百年の間、最先端を行く。
ナメラは、ペラギクス大学で軍事を学んでいた。
ペラギクス留学は、この時代において、エリート軍人の必須条件であった。
「専攻の同期にね、こういうデタラメな兵器について話すのが好きなヤツが居たんだよ。話が巧くてね、内容の真偽はともかく、聞いてて面白かった」
「ご学友、ですか」
「そうそう。君も名前くらいは、聞いたことあるんじゃない? アンナロゥ=スムース=バルチャー。サウリア軍で大佐まで出世した、ってね」
言い終えると同時に、資料映像の再生が終わる。
映像は、無敵と謳われた巨大防衛設備が爆炎に包まれるところで途切れていた。
それを待っていたかのように、執務室の扉がノックされる。
通された若い少尉が、緊張気味に敬礼して報告を始めた。
「敵一個大隊がラマンダ河へ向け進軍を開始したとのことです」
「ふむふむ。キャストフの部隊も合流させることを考えると、猶予は三日ってところかな。こちらも準備を急がせよう」
ナメラは副官にいくつかの指示を与えた後、もう一度、記録映像を再生した。




