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15 前衛研究室

「キャストフ落としに参加できるとは、思ってもみませんでしたよ」


 ベッツ小隊では最古参の兵士が、周囲の景色を――先日攻め落としたばかりのキャストフ市を――見回してホウ、と息をつく。

 小隊長のベッツが、彼の持ってきた紙コップを黙って受け取る。

 中には黒いコーヒーが湯気を立てていた。


 瓦礫を片付けテントを設営しただけの急ごしらえの陣営にて、サウリア軍の一個大隊は休息をとっている。


「ダメ押しでだいぶ戦力をつぎ込んだからな。勝って当然だ」


 この地を占領することは、サウリア軍にとって大きな意義を持っていた。


 そもそも、数年続く紛争の最終目標は、アーマシングのプラナ・ドライブに使用されるレアメタル『マーラサイン』の鉱山を確保することである。

 鉱山『シュミ』の麓では、長らく両軍が小競り合いを繰り返している。


 雌雄を決する為には、シュミ戦線への補給ラインを如何にして太く強くできるかだ。

 周囲を山岳に囲まれ、両国の国境に近いキャストフを押さえることは、物資兵員の輸送効率を上げるだけでなく、敵軍への牽制効果を持つことをも意味した。


「これで、あとは“パトロン”のご機嫌を窺うだけになった」

「この戦争も、終わりが見えてきましたね」

「どうかな」


 いかつい外見のベッツ=テミンキは、フン、と鼻を鳴らしコーヒーを啜った。

 古参の兵士と雑談する間も、ベッツは仏頂面である。


 話し相手の兵士は、彼の表情も口調も生来のものであり、機嫌に左右されているわけではないことを理解しているので、特に萎縮することはなかった。


「まあ、“ああいったモノ”を付け届けにでもしてやれば、レックス財閥パトロンも乗り気になるかもしれんがな」


 ベッツが顎をしゃくった先には、整備補給用六脚アーマシング『ゴロファ』が展開する、簡易機甲渠ドックがあった。


 収まっているのは、黒鉄の未確認機体アンノウン『ファーザー』である。


 *


「――何か条件があるのかしら」


 ファーザーのコクピットに接続した分析端末の表示を見て、アヤが眼鏡のブリッジに手をやりながら呟いた。


 A4サイズの端末モニターには、ファーザーの動作を制御するシステムのステータスが示されている。

 羅列された項目のうち、制御可能イネーブルが点灯しているのは全体の6割程度であった。


 現在のヴォルテ達には、ファーザーの全機能を使用することはできないのだ。


「条件、ってどういうことですか、少尉」


 後ろからヴォルテが端末を覗き込む。

 不意に彼の気配を顔の近くに感じたことで、アヤは内心どきりとしたが、努めて平静を装った。


「前回の解析時、つまり戦闘前に解析した時と比べて、点灯項目が5つ増えています。ファーザーのシステムには、何らかの仕掛けが施されているのかもしれません」

「仕掛け、ですか」

「たとえば、機体の稼働状況がロック解除の鍵になっている、とかでしょうか。ほら、イネーブル項目の隣に暗号のような文字列があるじゃないですか。この部分に何か記述するとしたら、実用データではなくてメモやコメントだと思うんですよ」


 ファーザーのシステムが吐き出したデータは、肝心な部分が“文字化け”じみた暗号と化している。

 ヴォルテやバンカから見れば、まったく意味をなしているとは思えない記号の羅列であった。

 しかしアヤは、端末に新たなデータが表示される毎に、何らかの情報を確実に読み取っているようだった。


「これ、すぐに暗号解析チームに送って下さい。処理優先度に“大至急”と但し書きを忘れずに、です」


 端末から取り外した記録媒体を整備員に手渡してから、アヤはファーザーのコンソールに向き直った。


「やっぱり、ファーザーのデータを取ることは重要ですか」

「当然です」


 少し間の抜けたヴォルテの問いに、アヤは振り返ることなく即答した。

 白く細い指先は、絶え間なく端末のキーを叩き続けている。


「私たち操甲戦術開発室は、現行機の戦術研究だけでなく、“未だ存在しない兵器”の運用方法も研究しています」


「存在しない兵器?」

「たとえば、空を自在に飛び回る。衛星軌道上から強力な光線を照射する。複数の機体が状況に応じて合体する、形状と性能を自由に変える――地中を掘り進む。そんな兵器が戦場に現れたらどう対策するか。どう用いるか。そういったものです」


「そうか。だから、ファーザーのドリルを活かした作戦がすぐに立てられたんですね!」

「て言うか、その研究、ちょっと楽しそうスね」


 挙げられた例を少し想像して、バンカは素直な感想を口にする。

 アヤの眼鏡の奥の碧眼は、まったく笑みを作ることなく端末のモニターを凝視し続けていた。


「考えるだけなら、です。それがこうして現実になれば、笑っていられません」


 涼やかなせせらぎのような声が、かえって冷たい響きを持ってヴォルテとバンカに浴びせられた。

 二人は思わず軽口を引っ込め、揃って喉をゴクリと鳴らした。


「現にファーザーが、地中を自在に掘り進むドリルを持ったアーマシングが、ここに在ります。ならば、戦場はやがて、ドリルありきの在り方に変わっていくでしょう。敵が対策をとるより早く半歩先を行けるかどうかが、明暗を分けるんです」


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