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11 上下関係

 ――――遡ること、一時間前――――


 中隊指揮車輌内に設けられたブリーフィングルームに、各小隊の代表者は集められた。


「アカハラ山岳地帯から撤退した部隊をこちらに集中し、武装拠点化した『キャストフ市」を突破します」


 着任早々のブリーフィングで、アヤはベッツ達小隊長に国境要衝の攻略を命じた。


「難攻不落のキャストフを攻略……!?」

「アカハラを奪回するんじゃないのか……」


 小隊長達は、口々に疑問をとなえる。

 彼らの階級はアヤよりも下であるが、声は自重することなく広がっていく。


「本作戦の総指揮は、アンナロゥ=スムース=バルチャー大佐がとっています!」


 アヤが声に力を込めて直属の上司の名を出すと、ようやく小隊長達は口をつぐんだ。


 それでもなお、ボソボソと耳打ちし合う者達もあり。


「開発部の『奇人』アンナロゥが……」

「“広報”支援部隊に戦略がわかるのか……?」


 アヤの所属する操甲戦術開発部――通称『アーマシング研究室』は、その名の通りアーマシングを用いた戦闘技術や戦略を専門に研究する機関である。


 所属する者は士官学校出のエリート揃いであるが、前線に関わることはこれまで一度もなく、『外部への技術力アピールの為に置かれている』と見る者も少なくない。

 昨今では室長アンナロゥ大佐の肝入りで、ナーガレジンなどアーマシングの製造に多用される化石資源を考古学と結び付け、実利と結びつかぬ調査を行っているという。


 酔狂極まりない道楽軍人、『奇人』とまであだ名されるアンナロゥ大佐だが、軍事産業の名門財閥レックス家と繋がっていることもあり、軍内での発言力は大きかった。


「失礼ですが、少尉は戦闘指揮の経験がおありで?」


 小隊長らの中でもひときわ強面のベッツ=テミンキ曹長が発言すると、周囲の呟きは静まった。


 ベッツは生まれ持った仏頂面で、親子ほど歳の離れた少尉をジッと見る。


 口髭に角刈り、タンクトップからはみ出す筋骨は隆々。

 イカニモな濃い顔と190cmの体躯に、小柄な少女は気圧されそうになる。


 気を抜けば剥がれ落ちそうになる“上官”の面を必死で押さえるように、アヤは眼鏡のブリッジに細い指をあてがった。


「――我々の理論は、“戦史”という経験データに基づいています」

「……了解」


 ベッツは仏頂面のまま、首を縦にも横にも振らないでいる。

 このまま続く沈黙に耐えられず、アヤは言葉を継ぐ。


「――攻略作戦には、先日の撤退戦で入手した“未確認機体アンノウン”を使います。大佐は、あのアーマシングの運用が作戦の成否を握ると考えています」


 その言葉に、またもブリーフィングルームがざわつき始めた。

 軍人達が異口同音に発するのは、アヤが口にした方策の無謀さ、非現実性に対する不満であった。


 突き刺さる不満の声、非難の視線に、アヤの唇は微かに震え始めている。


「お前ら。決まってしまった命令に文句を言うばかりでは、勝てるものも勝てなくなるぞ」


 低く重い迫力のこもったベッツの声が、軍人達を黙らせた。

 現場叩き上げの古兵として、彼は他の小隊長からも一目置かれているらしい。


「少尉。ひとつだけ、よろしいですか」

「……何、でしょう」


「アーマシングのパイロットに、直接顔を合わせていただきたいのです」

「直接、ですか?」


 要領を得ないアヤに、ベッツは続ける。


「少尉はこれから、兵を死地へと向かわせます。決死の覚悟を強いるのです。総指揮はアンナロゥ大佐によるものであっても、兵に直接命令を下すのは、少尉あなたであり、小隊長わたしだ。そのことを、少尉ご自身に体験してわかっていただきたい」


 重く圧し掛かるような声に、アヤはゴクリと喉を鳴らして頷いて、ブリーフィングルームを後にした。


 *


 挨拶を交わすなり、アヤはヴォルテ達に作戦の次第を説明した。


「まずアーマシング『ファーザー』単騎で奇襲。拠点に配備されたミサイル発射装置を沈黙させ、突破口を開いてください」


「た、単騎ィ!? ンなこと、どうやって」

「もちろん、あれを使ってです」


 アヤの白い指先は、ファーザーの右腕に屹立するドリルを指していた。


「マジかよ……」


 金髪をくしゃりと掻くバンカに、アヤは確信を殊に込めた声色を押し込む。


「戦闘データは何度も検証しました。ファーザーには、これまでのアーマシングには無い能力があります……そうです、地中を自由に移動する能力です」


 眼鏡のブリッジに中指を添えるアヤ。

 ヴォルテは、彼女の声音に疑心なきことを察し、知らず口元が綻んだ。


「それと。アンナロゥ大佐から、任につくパイロットへ伝言があります。『市街地との戦いになるから用心するように』とのことです」


「……ん? 市街地“での”、じゃないんスか少尉」


 アヤは素朴に――この人、意外と細かいことを気にするな――などと思ったが、口には出さず淡々と答えておくことにした。


「私は大佐からの電信メールを、原文のまま伝えただけですから。何らかの意図をお持ちになっているんだと思いますよ」


 上司の顔を思い浮かべながら話すアヤの言葉尻は、少々困惑の色を含んでいる。

 バンカは頭を捻り、隣の戦友に話を振った。


「どういう意味だろうな」

「うーん、地の利を甘く見るな、みたいなことじゃないかな」


 横道に逸れ始めた二人の兵士を見て、アヤは気を取り直す。

 そもそも自分がこの場へ赴いた意味を思い出し、居ずまいを正した。


 大げさに咳払いをして、自分と同年代の青年二人に注目を促し。


「無謀に思える作戦かも、しれませんが。それでも、私はあなた達に――命令します。この作戦が成功すると、信じて」


 眼鏡のレンズ越しに、美しい碧眼がヴォルテとバンカを見据える。


 そんな彼女の瞳と、桜色の唇が微かに震えているのに、ヴォルテは気付いた。


 目の前の上官は、既に戦いを始めている。彼女が内に秘めた『アヤ=ルミナ』という等身大の少女は、自らを覆う指揮官の責務に立ち向かっているのだ。


 ヴォルテは直観的にそう感じ取り、この戦いに応えねばと思った。


「ええ、少尉の仰る通り。ドリルはその為にあります。信じていて下さい。ファーザーのドリルを!」


 彼の黒い瞳は、意志の渦を巻いていた。


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