10 美少女少尉
円筒形の巨大な釜から、大小ある蛇腹パイプが八方に伸びている。
タコのお化けのようなその機械は、ゴウゴウと絶え間なく音を立て、上部の孔から時折蒸気を噴き出していた。
青色の作業着に身を包んだ男達が、パイプの先に取り付けられた注射器のような道具を抱えて走り回る。
「おい、これじゃ全然足りねえぞ。追加の龍樹脂フィラメントはまだか?」
「午後に搬入だとよ。今日は徹夜だな」
彼らは、並べて横たえられた満身創痍のアーマシングと、巨大な釜に接続された真四角の小屋――『高速造形装置』を見る。
装置のハッチが開き、ワイヤーウィンチで引っ張り出されたのは、先の敗走で損傷を受けたアーマシング『ケンタウロス2』のフレーム部品であった。
アーマシングの装甲や骨格は、『龍樹脂』と呼ばれる特殊樹脂によって成型されている。
膨大な電圧を印加することによって、加熱融解できるようになる性質を持つナーガレジンは金属よりも強靭になる素材である。
立体造形装置による自由な加工性もあり、アーマシング製造には必要不可欠な部材の一つだ。
「回収班、擱座機体のプラナ・ドライブは向こうの『大型八脚』に積み込めよ。装甲のレジンはできるだけ引っぺがしとけ。こっちで再利用する」
「装甲も“再生処理”できるんじゃないんスか」
「馬鹿、どれだけ電力使うと思ってんだ。使えそうな部分はこのまま“接ぎ材”に使うんだよ」
中年のベテラン作業員は新人作業員に指示を出してから、あらためて目の前の“難物”を見上げた。
「お疲れ様でっす!」
藍色の軍服を着た二人の青年が声をかけてくる。ヴォルテとバンカである。
バンカは差し入れの栄養ドリンクを作業員達に渡してから、持参した自分用のスポーツドリンクに口をつけた。
「どうですか、班長」
ヴォルテは整備班を取り仕切っている中年作業員に尋ねながら、目はやはり上へ。
長座位をとった状態で簡易機甲渠の足場に囲まれた、黒鉄の巨人を一緒になって見上げる。
「照明弾やスモークの発射筒とか、普通のアーマシングにあるハズの『共通装備』がまったく積まれていない以外は、修理するところはないね。いや、直せったって、俺に出来るかわからんが」
班長は肩をすくめ、栄養ドリンクのキャップを捻った。
「わかるのは、コクピット・ブロックだけは確かに自軍の物ってことだ」
「はい。僕たちの乗っていたケンタウロス2のコクピットです。コンソールにバンカが貼ったシールがあるんで、間違いありません」
「それだよな。俺達、脱出なんてしてないのにさ、気がついたらアレの中に居た」
「その辺りの記録はこっちも確認したが、過程も分からんし、どうして君らがアレを動かせたのかも分からん。追加した装備がきちんと動くから、制御システムにゃ問題ないようだがな」
「うへぇ、“わからない”だらけじゃないスか。いきなり大爆発、とか無いですよね?」
「さあな」
「冗談キツいッスよ、班長」
班長と顔を合わせ、露骨に顔をしかめてみせるバンカの隣で、ヴォルテは黒い正体不明機を見つめ続け。
「ファーザーは、爆発なんてしないよ」
確信的に言ったヴォルテに、班長は首をかしげる。
「ファーザー?」
「あー、コイツ、乗り込んだアーマシングには名前つけてるんスよ。勝手にですけど」
ヴォルテの子供時代の話を聞いているバンカには、彼の意図が分からないでもない。
だが、友人が必要以上に変人として見られぬ為にも、言動のフォローは必要と思われたのだ。
ヴォルテが機械に対して愛着を持つ様子を見ていた班長は、バンカの言葉を疑いなく信じた。
「そうかい。なら、今日明日に来る調査班に伝えときな。正式に呼称登録してくれるかもよ」
言って、班長は手にしたビンを呷り、一気に栄養ドリンクを飲み干す。
「それにしても、いったい、どこのどいつが造ったのかねェ。システムもそうだが、関節や装甲に使われてる部材も妙だ」
「妙、ですか?」
「俺にゃそれしか言えん。あんな高純度で精製されたナーガレジン、ありえないぞ。いや、そもそも本当にナーガレジンなのか……」
「これが、未確認アーマシングなんですね」
班長の言葉は、不意に背後からかけられた声に遮られた。
振り向くと、少女が立っていた。
ヒールを履いてもなお、ヴォルテたちを見上げる格好になっている。
小柄な少女だが、身を包むのは軍服だ。
豊かなふくらみを押し込めた白地のジャケットとタイトスカートの端に、臙脂色のパイピングが施された制服。
現場でなく後方勤務者が着用するものである。
少女の姿は、ハッキリとこの場から“浮いて”見えた。
背中にかかるまで伸ばした艶やかなロングヘアは、ヴォルテと同じ黒髪で、白い肌が浮かび上がる。
細い銀のフレームであつらえた眼鏡の奥には碧眼。
知的さと可憐さを同居させた顔立ちは、戦場には似つかわしくないほどであり――つまり、彼女の容姿は“美少女”と形容できた。
「こいつは『ファーザー』だよ」
第一声で、ヴォルテはアンノウン呼びを訂正した。
「『ファーザー』……? もう呼称が決まっているんですか」
頭一つ小柄な少女が、ヴォルテを見上げて首をかしげる。
「そう言ったんだ。ファーザーが」
「へ?」
「僕には、ファーザーの声が聴こえるから」
「それは、どういう」
疑問符を顔に浮かべ、戸惑ってすらいる少女を見て、バンカはまたもや友人のフォローをやるハメになった。
「コイツ、ええと、たまにヘンなんスよ! 気にしないで下さい」
「バンカ、ファーザーはファーザーだ。アンノウンじゃあないんだ」
「ちょ、おま、あのなあ、小ったぁ時と場所と相手を……」
妙に慌てた様子のバンカと、歯車の噛み合っていない感のあるヴォルテ。
両者を見て、美少女は口元に手をあててクスリと微笑んだ。
「ファーザー。ええ、わかりました。これからは私も、このアーマシングをファーザーと呼びますね」
「ハッ、ありがとうございます!」
ヴォルテは、バンカがなぜか少女に対し敬語を用いていることにようやく気がついた。
「ええと、君は?」
「操甲技術開発室より派遣されました。アヤ=ルミナ少尉です。本日付で、こちらの小隊に配属となります」
「少尉……!? 失礼いたしました!」
慌てて敬礼するヴォルテ。隣のバンカはとっくに直立不動である。
「よろしくお願いします。バンカ=T兵長。ヴォルテ=マイサン伍長」
アヤが答礼を返すと、軍服に押し込められた胸元がゆっくりと揺れる。
膨らみの頂きには、尉官であることを証明する銀色の階級章が輝いていた。




