彼女は異世界から来たそうです。
書きたくて書いたのですが、ちょっと満足できなかった。
表現って難しいです。
十二支が登場しますが、漢字は『子』などではなく『鼠』などの漢字を使っています。
細かい設定はしていません。自由に想像して読んでほしいです。
文章力は保証できません。
初めて会ったとき、彼女は酷く怯え、小さな体を心がバラバラにならないように抱き締め、嗚咽を堪えて泣いていた。
「だって、声を出したら負けてしまいそうだったんだもの」そう言った彼女が負けてしまいそうになっていたものはとても理不尽で、人の力ではどうにも出来ないものだった。
それでも彼女は折りそうになる膝を正し、歯を食いしばって前を見ていた。
とても綺麗だと思った。だから、こうなったのも仕方ないと思う。
良く晴れた青空の下、執り行われた結婚式。今日は人生最良の日。だけどそれは私にとってのではなく、綺麗に着飾り、まるで……いや、これから本当のお姫様になる彼女のための最良の日。
その隣に立ち、愛しい妻の腰を抱く彼は以前、私の特別だった相手。私が生まれ育った国の皇太子。
親同士が決めた相手だったけど、不満はなかった。
先々代の王の妹が私の祖母。私の体にも、王家の血が流れている。だから、あの人の隣に私が居ないのは仕方のないことだと納得できた。
”王家の血”こそが彼女を求めて止まない血の呪縛だから……。
彼女――アリサは神殿の台座に寝そべっていた。王族しか立ち入れない場所への侵入者。混乱したまま騎士によって連れてこられたアリサの目を見た瞬間、体の内から愛しさが込み上げて来た。
アリサは招かれた存在。愛されるべき存在。慈しみ、大切に守られる存在。
「この世界って、十二支みたいだね」
アリサの世界には十二支というものがあるらしい。驚くことに、それは私たちの世界の成り立ちそのものだった。
神話の時代、一人の神様がいた。神様は時おり地上に降りて宴会を開いていた。招かれたのは十二の動物達。鼠・牛・虎・兎・龍・蛇・馬・羊・猿・鳥・犬・猪の十二の動物は神様が大好きだった。神様も動物達が大好きだった。
ある時、一匹の動物が言った。
――『神様、人々はどうして争うのでしょう。言葉もあり、心もある。人を愛する大切さを知るのに、なぜ憎み合うのですか?』
そうしてもう一匹が言った。
――『神様、私達を人間にしてください。人という生き物を知りたいのです。神様が私達に語らう喜びを教えてくれたように、私達も彼等に繋がりの大切さを教えたいのです』
神様はいたく喜んだ。神様もまた、人々の争う姿に胸を痛めていたから。
そうして動物達は人間となり、十二の国に分かれ、人々を導いた。神様の為、神様との約束の為。それが王家の始まり。
しかし、長い時を経ると人は忘れてしまう。人を愛する喜びを、人を慈しむ大切さを……。
悲しんだ神様は自分の代わりに異なる世界から使者を遣わせるようになった。『あの時の約束を忘れるな』とでも言うように。
アリサは神様の代わり。だから王家の血が流れる者は、血の衝動に抗えない。皇太子は次代の王。その隣に相応しいのはアリサしかいない。皆がそう言った。
正式な婚約を結んでいた訳ではなかったけれど、生まれた時から彼の妻として、国母となるため、教育と教養を身に着けようと必死だった。
だけど、全部無駄になってしまった……。
上に立つ者は涙を流してはいけない。心を曝け出してはいけない。常に冷静に、自分を殺して国民に応えなさい。そう言われ続け、本当の自分が分らなくなった。そもそも、本当の自分なんて居たのだろうか……。
国に祝福され、神様に祝福され、光に包まれる二人を見る。これでまたこの国に、愛と慈しむ心が溢れるだろう。
良かったじゃない。これで良かったのよ……。
握りしめた両手が離せなくなるくらい力が籠っているのに?
「本当にそうお思いですか?」
「アンセム……」
私の心を読んだかのように、皇太子直属の近衛騎士団団長――アンセムは気配を消して近付き、そう言った。
正装に身を包んだアンセムは、いつも以上に威圧感がある。鋭い眼は真っ直ぐ私を射抜いていた。
皇太子妃になるのだからと、私は城に呼ばれ学びの場を与えられていた。彼の公務の息抜きに付き合って歩き回るときは、必ずアンセムがいた。
一歩後ろで主を立て、危険が迫れば身を投げ出して戦う。王家に忠誠を誓っているはずのアンセムの口から出た、思わぬ言葉。
「思ってるよ。ほら、見て。神様の祝福の光が、輝きながら二人に降ってる」
何度見ても、どこから見ても完璧な二人。元々一つだったものが二つに分かれ、やっと元に戻ったように見える。
「……昔の貴女は花を見て笑い、喧嘩しては怒り、悲しいときは泣いていました。いつから自分を殺しているのですか?いつまで自分を殺し続けるのですか?」
可笑しなことを言うと思った。私に求められていたのは、アンセムの言う私が殺した私自身なのに。
「今更どうしろと?花を見ても何とも思えず、怒りも悲しみも、どんな感情だったか忘れてしまったのに……」
自嘲気味に笑って見せた私を、アンセムが眉を寄せ、不機嫌そうに見る。
ああ、だから彼はアリサに惹かれたのだ。血だけでなく、心そのものでアリサを求めたのだろう。素直に笑い、泣き、怒り、どんな苦境にも立ち向かう強さと勇気を持った“人間のアリサ”に……。
アリサを初めて見た瞬間からこうなることは分かっていた。徐々に城に呼ばれなくなり、彼からの手紙もなくなり、彼とアリサの仲睦まじい噂だけが耳に入ってきた。
私の両親も二人の仲を認め、婚約者という立場に居るはずの娘の存在など忘れていた。
「……手紙がね、来たのよ。彼がアリサのことを書いた手紙が」
久しぶり届いた手紙。冒頭は謝罪から入り、いかにアリサが魅力的かを綴ったものだった。最後にまた謝罪の言葉が書かれ、こう続いていた。
「君も本当の幸せを見つけ、愛し、慈しみなさい。我等の祖先が神を愛したように……って。ねぇ、アンセム。彼にとって私と一緒になることは不幸な事だったの?本当の幸せじゃなかったって事なの?そんなの……酷過ぎるよね……」
読んでいた手紙はいつの間にかくしゃくしゃになって床に落ちていた。
仕方がないと諦める自分と、悲しみの涙で溺れそうになる自分が混在し、私は考えることを放棄した。そうすれば余計な感情は芽生えないから。
なのになぜ、今更そんなことを言うのか。消したはずの感情が、枯れた泉から染み出すように広がってきた。
「……アンセムが悪いのよっ。私、我慢出来ていたのに!」
アンセムに八つ当たりしても仕方がない。でも、一度甦った感情を抑え込む術を、私は持っていなかった。
アリサが現れてから、誰も私を見なくなった。なのにアンセムは私を見て、声を掛けてくれた。ピンっと張った糸が切れ、感情の波が押し寄せる。
どうせ誰も誰も見ていない。私は両手で顔を覆い、二人に背を向けた。
アンセムは「こちらへ」と肩を抱き、今は人けのない庭園に歩みを促す。
こんな感情など知りたくなかった。血の呪縛の命ずるがままアリサを選んだ彼も、私が彼の婚約者だと知りながら彼に惹かれたアリサも、私ではなく皇太子妃がアリサになって良かったと思っている人達が嫌い。それ以上に、愛と慈しみを教えるべき立場に居る王家の血を持ち、それに抗えない自身が一番嫌い。
誰もいない庭園。幼いころ、彼と駆け回った芝生。季節ごとに咲く色とりどりの花々。あの頃は素直に出た感情も、今はこの上ない難題。
一つ一つの思い出が鼻の奥をツンと刺激した。
「ここまで来ても泣かないとは……。どうすれば貴女は素直に泣いてくれるんですか」
「……私にどうなって欲しいの?彼に泣いて縋って捨てないでと懇願すれば満足?」
そんなの、神様から命令されたとしても御免こうむる。世界から祝福された二人を引き裂くとこなど、出来はしないのだから。
「そうですね……。俺の胸に縋り付いて泣いてくれたら、満足ですね」
「……なに、それ。私が、貴方に?」
「ええ」と言いながら真面目な顔で頷く。
普段、アンセムは私以上に笑わない。冗談を言ったことなど聞いたことがない。そのアンセムがまさかこんなことを言うなんて……。
「冗談……ではなさそうね。何を考えているの?」
「強いて言うなら、クロヴィス様から貴女を奪おうと。……ああ、でも、奪うまでもなく貴女はすでに俺のものですね。あの人は貴女を手放した、貴女は自由になったんです。だから俺と一緒になっても、問題はありません。幸い、家柄は良いですからね」
「……はぁ、本気で貴方の言っている意味が分からないわ。私たち、同じ言語で話しているのよね?」
彼の名前を口にすると色んなものが溢れてしまいそうで、久しく言っていなかった。なのにアンセムは簡単に彼の名前を口にし、頭の痛くなることを言っている。
心がムズムズする。今にも爆発しそうだ。
「私には、誰かに縋って泣く趣味はないわ。もちろん、貴方に縋るなんてありえない。だって……」
だって、誰も泣くことを許してくれなかったじゃない。彼すらも王族になるのだから泣いてはいけないと言っていた。だから私は泣かなかった。皇太子妃になる重圧に押し潰されそうになった時も、彼からの手紙が来なくなった時も、彼が……彼がアリサとの愛の深さを綴った手紙を読んだ時も、私は泣かなかった。
彼に失望されたくなかったから……。我慢なんてする必要がなくなった今でさえ。
「泣くなと言われ続けてきたのよ……。だから泣かなかった。どんなに辛いときだって、一生懸命我慢したわ。なのに、なんで……!」
ああ、ダメだ。作り上げた私が壊れる音がする。
「なんでアリサは泣いても愛されているの!?なんで彼は私を捨てたのに、あそこであんなにも幸せそうな顔で笑っているの!?じゃあ、私は?私はどうすればいいのよ!?どうしたら良かったの!?」
泣けば良かったのか、怒れば良かったのか。寂しいと彼に投げかけ、振り向いてもらえば良かったのか……。
彼に捨てられた事実から目を背け、物わかりの良い元婚約者を演じ、醜い感情を作り物の微笑みで隠して二人を祝福した。その度に自分の心がボロボロになっていくの感じながら。
「どうして放っておいてくれないのよ!」
こんなにも声を荒げたのはいつ振りだろう。感情の爆発と共に、熱い滴が頬を伝って地面に落ちる。
いきなり腕を引かれ、アンセムの熱く、硬い胸に抱きしめられた。
「離して!」
「俺が離すと思いますか?言ったでしょう、縋り付いて泣いてほしいと。俺はね、貴女を甘やかしたいんです。幼い頃のように笑って欲しいんです」
抜け出そうともがくとアンセムの腕に力が入った。
「甘やかしたいって、今更なによ!貴方は一度だって私に触れなかったじゃない!なのに何が彼から私を奪うよ!ふざけるのもいい加減にして!」
「触れなかったんじゃなく、触れられなかったんですよ。あの頃はまだ、クロヴィス様の婚約者でしたからね。……俺が何度貴女を抱きしめそうになったか、分かりますか?彼女が現れてからのクロヴィス様を見ていて、何度拳を拳を振り上げそうになったか、貴女に分かるんですか!?」
急に声を上げたアンセムの唇が、私の頬を伝う涙を掬い取った。
「いや、離して!」
「泣いてください。どれほど泣こうが、俺がその涙を拭いてあげます。でも、俺以外の胸の中で泣かないで」
「拭いてほしいなんて言ってない!」
「クロヴィス様のこと、好きだったんでしょう?本当は感情のまま泣きたいのに我慢しているのは、クロヴィス様の為なんでしょう?」
……そうよ、好きだったわ。彼を幸せにするためだったらと、嫌いな勉強も頑張った。彼の隣に立つ相応しい皇太子妃になるためと言われれば、なんだって頑張れた。
恋情じゃなかったかもしれない。でも、本当に好きだったのよ……?
彼の笑顔を守りたかったの。
「ふっ……。は、くぅっ。……クロヴィス様……!」
名前を呼んでも、彼は二度と振り向いてくれない。それでも私は何度も彼の名前を呼んで、アンセムの胸に縋り付き、声を上げて泣いた。
こんな泣き方をしたら、きっと明日は鏡を見れない。
それでも溢れる涙を止めることが出来なかった。
「……はぁ、泣きすぎて頭が痛いわ」
「俺が看病してあげますよ」
私が泣いている間、アンセムはずっと抱きしめていた。時おり子供をあやすように背中を擦ったり、頬の涙を拭ってくれた。
泣きやんだ今も私はアンセムの腕の中にいる。
「悔しいわ。結局、アンセムを満足させちゃったわね」
「ははは、そうですね」
「……」
「どうしたんです?間抜けな顔をして」
「まっ!?」
間抜けって、なんて失礼なの!
「アンセムが笑ったからでしょう!」
「そりゃ笑いますよ。貴女が笑えば俺はいくらでも笑顔になれます。貴女が俺を欲しいと言えば、魂すらも貴女のものです」
「魂って……。要らないわ、そんなの。怖いじゃない」
「……俺は欲しいけどね。……貴女の魂も、この美しい髪も、俺を映すの瞳も、吸い付くような肌も、陽に輝く爪も、全部余すことなく俺の物にしたい」
アンセムは私の髪を掬い取ると、見せつけるように口付を落とした。
かっと頬に熱が集まる。恥ずかしくて目を逸らそうとするも、アンセムはそれを許してはくれなかった。
頬を両手で包まれ、額、頬とキスをされた。
「あ、あなたってそんなキャラだった!?」
「そんなって、どんな?」
「からかわないで!」
「はは、ごめん。やっと貴女に触れたことが嬉しくて、箍が外れたみたいだ」
「もっと外して良い?」耳元で囁かれ「い、良いわけないでしょう!」と恥ずかしさに耐えきれなくなり突き飛ばした。
「もっと居て良いのに」
「私が良くないわよ!」
これは一体誰?あの寡黙で無愛想なアンセムはどこに行ったの?
まさかこれはアンセムの偽物!?
「本物ですよ。なんなら、初めて会った日から今日までの貴女のことを語りましょうか?」
「こ、心を読まないで!」
調子が狂うわ。私、さっきまで悲しくて泣いていたのよね?何でアンセムに迫られているの?
「もう……。貴方が何をしたいのか、分からないわ」
「何を今更。言ったじゃないですか。貴女を俺のものにしたい、って」
「……無理よ」
「クロヴィス様のことを忘れられないから、という理由なら却下です」
「……」
言葉に詰まった。なぜこうもアンセムは私の心を読めるのだろう。
本当は、クロヴィス様のとこが忘れられないからじゃない。また捨てられたらどうしようと思うと、どうしようもなく怖いのだ。
「俺は諦めませんよ。何年貴女を想い続けてきたと思ってるんですか」
「え、何年って……。そもそも、アンセムって私のことを、その……」
「ええ。好きですよ。出来れば宝箱に仕舞って誰にも見せたくないくらい、貴女が好きです」
「好き?知らないわ、そんなの。……いつからなの?」
「さぁ、忘れました。でも、自覚したのはクロヴィス様と話している貴女を見て、攫ってしまおうかと考えた自分がいることに気付いた時ですね。大変でしたよ、顔に出さないようにするのは」
「だから無愛想だって言われるようになったんです」アンセムは前髪を掻き上げ、ため息を吐いた。
男を感じる仕草に気圧され後ずさると、アンセムも距離を詰めてきた。
「ち、近いわ、アンセム。少し離れてもらえない?」
「それは聞けないお願いですね。俺が今までどれだけ我慢してきたか、貴女は知らないでしょう?やっと、やっと触れるようになったんです。抱きしめても良い立場になったんです。逃がすはずないでしょう。これから未来永劫、貴女は俺のものですよ」
アンセムはまるで決まったとこだと言い切る。これが本当のアンセム?なら、今まで見てきたアンセムはずっと我慢して、私と同じように作り上げたものだったの?
「そうしないと、貴女の傍に居られませんでしたからね」
「心を読まないでといったでしょう!」
何でわかるのかしら。私ってそんなに顔や態度に出てる?
「貴女が俺を好きになるまで何年でも待ちますよ。我慢強い方なので待てますが、何もしないわけじゃありません。嫌がっていないと判断できれば抱擁も口付もします」
「それは我慢強いとは言わないわ!」
「貴女の意思を尊重するんですから良いじゃないですか」
良くないわよ!
本当に何なの。こんなに振り回されたのは初めてだから、どうすれば良いのか分らないわ。
「何もしないで良い。貴女は今のように、昔のように笑って怒って泣いていれば良い。これからは我慢せず俺に甘えて下さい。そしていつか、俺と一緒になってください」
……いつか、そんな日が来るんだろうか。
確かに今のアンセムと話していると、忘れていた昔の自分に戻っているのを実感する。
作った私じゃない、そのままの私で居るのを……。
私が一歩近づくと、アンセムの腕に再び抱かれた。
すっぽりと収まるこの場所は、まるで私の為に用意されていたかのよう。
「……何年掛かるか分らないわよ?」
「時間など問題になりません」
「我慢していた分、我儘になるかも」
「我儘を言いたくなくなるくらい、甘やかしてあげます」
「クロヴィス様を忘れられなかったら?」
「貴女を連れ去って心と体に俺を刻み付け、クロヴィス様を忘れさせます」
それも良いかも……。誰も知らない土地でも、アンセムと一緒なら怖くない気がする。
だってアンセムの腕はこんなにも強く、逞しい。アンセムの体温はとても安心できた。
安心だなんて、最後に感じたのはいつだろう……。
また、鼻の奥がツンとしてきた。
「……ダメね、私の涙腺は崩壊してしまったわ」
「いくらでも泣いてください。ただし、俺の腕の中だけですよ」
「こんな顔を見せられるのはアンセムしかいないわよ」
「ええ、それで良いんです」
アンセムは私をきつく掻き抱き、とてもとても甘い声で囁いた。
「愛しています。俺の愛しいエレミーヌ」
久しぶりに呼ばれた名前は特別な響きと共に内に入って溶けた。
甘い甘いアンセムの声と共に……。