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エピローグ そして、世界の終わりには

どれほど時が経ったかわからない。

数十日経ったのか、それとも数時間か、記憶にない。

ふと地上に目をやると、春の女王が歩いてくるのが見えた。

薄桃色のドレスが通ったところに雪の筋がついてゆく。


私は慌てて屋上から塔の中へ戻り、階段を駆け下りる。

ぜえぜえ肩で息をしながら、塔の扉を開けた。

「お姉さま!」

声を出したら思いの外かすれていた。

あれほど走ったのに、ずっと屋上にいたせいか、まだ身体中が芯まで冷たい。

吐く息だけが、白くけぶる。


春の女王の姿は美しい桃色に霞んで見えた。

「とうとう思い出したのね」

やわらかく、抱きしめられた。

春の女王の家で出されたお茶の匂いがふわっと香った。

春の女王は泣いていた。

「お姉さま、ごめんなさい。私の身勝手のせいで…」

「もう、いいのよ。素敵な冬をありがとう。おかげで、よい春を迎えられそうだわ」

「私、そんな…」

春の女王は私を抱きしめていた腕をそっと伸ばして、視線を合わせて言った。

「ずっとあなたに伝えたかったの。

冬はいらない季節なんかじゃない。

冬があるから、春が暖かい。

あなたが塔に入らなかった何年間か、それはそれは張りのないものだったわ。

秋の次に春が来るなんて、全然季節が廻った気がしないんですもの。

誰もがあなたの季節を待っていたのよ、冬の女王

それは人々や動物や植物たちも同じ。

あなたには見えていなかったでしょうけど、いつか気が向いたらこの国の町やいろいろなところを訪ねてみるといいわ。

きっと皆が、冬の大切さに改めて気づいていて、それを教えてくれるでしょう」

春の女王はやはり優しい。

心の奥まで暖かくしてくれる。

塔に入っていく春の女王を見送り、外に出た。

もうすでに、塔の周りは雪が溶け始め土が見えていた。


塔の周りには兵士たちがまだいて、それぞれぼうっとした顔でやっときた春を、溶けゆく雪を見つめていた。

そうして暖かな日差し、小鳥のさえずりの中にいた。


私は彼らに謝ろうとおもって、近づいていった。

すると1人がハッと、立ち上がり

「冬の女王様!ご無礼をいたしました!」

と言って深々と頭を下げた。

すると他のものたちも次々と立ち上がり、口々に

「申し訳ありませんでした!」

と言って皆で頭を垂れた。

私は慌てて言った。

「お顔をあげてください!

こちらこそ、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。

次からまた、よりよい冬をもたらしていきますので、これからもよろしくお願いいたします」

また、思いの外声が響いた。

これそういえば、こっちが私の地声だったような気がする。

そう言うと兵士たちは一斉に頭をあげて、

「冬の女王様万歳!冬の女王様万歳!」

と言っていた。その万歳は、私が塔から離れ見えなくなるまで続いた。



無事春は訪れた。

私は少し溶けてつららができたけど、不思議と形をとどめている氷の自宅で久しぶりに休んだ。


やらなければならないことはまだある気がするけど、ひどく疲れた。

私は慣れたベッドで眠った。

記憶が蘇った今となっては「慣れた」といってもごく最近のことなのだけれど。


夢を見た。断片的な場面がいくつも出てくる。

生まれる前の、季節のない頃の枯れた大地。これは本で読んだ想像の記憶だろうか。

無邪気に何も考えず姉たちとお茶会しているところ、姉たちが噂していた王様にとても興味を惹かれた場面、そしていつしかろくに姿も見たことないその人に恋い焦がれていたこと。このあたりは本になかったからおそらく実体験からの記憶だろう。


そしてあの日。人目を忍んで王様に一目会いたいと出かけた日。そして私がへまをして転んだその時。

木陰から不安そうに見つめる、春の女王の瞳。

そう、あの時、春の女王も一緒だった。春の女王は、決して見つかってはならないと、物陰から出てこなかった、春の女王。彼女もまた、王様に焦がれていた。


あの時王様の目の前に現れたのが春の女王であったなら。王様が見初めたのは春の女王の方だったかもしれない。

私は目の前の恋した人の、その手を離すのが怖かった。その瞳が他の誰かを捉えるなど、嫌だった。だから、春の女王から目を逸らして、王様に言われるがまま城へ行ったのだった。



そこで目が覚めた。


目の前でそれほどのことをしたのに、ある意味裏切ったのに、ずっと優しかった春の女王。

私が記憶がないのを見守ってくれていた夏の女王。

そして王様に思いがあったはずなのに、あれこれ世話をやいてくれた秋の女王。

私たちはただ一つ、季節を廻すという、一つの役目で結ばれていた。

それは、王様も同じだ。



行かなければならないところがある。



日はすでに傾きかけているが、まだ暮れていない。

私は急いで身支度すると、城へ向かった。


「王様に謁見を願います」

兵士にそう伝えると、すんなり通してくれた。

「冬の女王様、お疲れ様でした!」

通りすがりの兵士が何人かそう言って敬礼してきたので手を振って微笑んで会釈しながら歩く。

ちなみに兵士たちは皆儀式後に入れ替わっているので、私が城に住んでいたのを知る者は誰もいないはずだ。


王の間に通されると、広い空間にポツリと玉座があり、そこにその人はいた。

「冬の女王。どうぞ、近くへ」

そう言われたのでつかつかと歩いて近づいた。もとより礼儀作法は苦手だ。

「王様、大変申し訳ありませんでした。」

そう言って床に両ひざと頭と手をついた。謝ってすむことでないのはわかっている。しかしほかにやり方が思いつかなかった。

「秋の女王から大体話は聞いておる。半分は私のせいのようなものだ。こちらこそ申し訳なかった」

王様も立ち上がり、私の目の前で跪いてそういうと、私の手を取り助け起こした。

王様の瞳は、なぜか一瞬驚いたように開かれ、そしてすぐにもとに戻った。

王様の姿は変わらず、記憶の中のそのままだった。深い瞳の色も。

だけど、その瞳にはもう悲しみのようなものはない、それだけが違っていた。


王様も、また間違った恋をしたのだ。

そして、きっと、いつの間にかそれを乗り越えたのだ。彼自身の力で。


「王様、私は以前の記憶を取り戻しました。しかしもう以前の、幼い私ではありません。私はもう、たとえもう一度ここへひきとめられても、塔へ赴き冬という季節をより良きものとすることができます。今日は、そのことを伝えたくて、来ました。」


うまく言えないけれど。

私は王様の手を自分の両手で覆うようにして握った。

そうして王様に視線を向けると、王様もまた、こちらを見つめ返してきた。


「私もおそらく、幼かったのだ。

ただ一人、大地を司る孤独に耐え切れなかったのだ。籠の中で小鳥を飼うかのようにそなたを求めてしまった。本当に愚かだったよ。今たとえ以前のように恋に落ちても、もうそなたを閉じ込めたりしない。

私も、そなたも、互いの役割をまっとうする、それが一番良いのだろう」


私たちはしばらくそうして手を取り合って、そしてどちらからともなく離れて立ち上がった。

そうして、何かがひとつ、終わった音がした、気がした。

でもそれは同時に、もっと重要な何かが始まる音でもあった。


私は後ろに下がる。

「そういえば」

と、王様が言った。

「おふれに季節を再び廻らせたものには好きなほうびをとらせる、と書いたが、結局そなた自身が功労者となったな。何か欲しいものはあるか」

さっきとはうって変わってにこやかで楽しげな口調になった王様。私もそれが嬉しくて、微笑みながらこう答えた。

「いえ、季節を再び廻らせたのは、私ではなく春の女王、夏の女王、秋の女王、そして王様、そしてこの国の皆のおかげです。皆の願いをどうぞお聞きください」

すると王様は笑った。

「冬の女王、結局はそなた自身が冬をおわらせたのだぞ」

「では、盛大なパーティーをぜひお願いします。国中の人々や、季節の女王たち皆を招いて」

「しかしそなたたち女王はいつも誰か1人がいないではないか。」

「じゃあ交代で、全ての季節でパーティを開きましょう。もちろん、塔に入る女王には沢山のご馳走をお土産に持たせてくださいね」

そんなことを言って、2人で笑いあった。そしてふと思った。

「季節の女王皆が集まれるときはまた来るのでしょうか」

ついうっかり口にすると、王様は笑うのをやめた。

「そんな時が来るとすれば、それは、この世界が終わる時だろう」

そう言って、遠く離れた窓の外を見つめた。しんと静まり返った王の間の外から、小鳥のさえずりが聞こえる。



城を後にする頃、日差しは傾き、空は夕焼け色に染まっていた。

あの時、世界の終わりという言葉が出た時。

「この世界が終わるとき―――」

そう言いかけて、やめた。

私も、あなたも、お互いの役目を全うして、すべて終わったら。

私が冬の女王でなくなり、あなたももし王様でなくなったら、その時私たちが結ばれることはありうるのでしょうか、と。

そこまで考えて、首を横に振った。正直、それはあまり気持ちのいい考えではなかった。

私たちはもう、同じ方を向いて歩いている。それだけでもう十分じゃないか。

それに、周りを見れば二人だけでない、大切な人たちがもっといた。そのことに気が付いた今の方が、前よりもっと、恋してたあの頃よりもっと幸福な、そんな気がした。

またあの甘い気持ちにひたりたい時が来るのかもしれない。

未来のことはわからない。

でも、今はとりあえず、その記憶は宝物のように心の奥にしまわれている。

誰にも触れない箱の中に。そうして時々取り出して眺めることさえできたら、きっとそれで十分だ。



謁見の後、自室に戻った王様は、沈みゆく夕日を見つめていた。

「今日冬の女王に会って、私まで記憶が戻ってしまったことは、

秋の女王にはしばらく秘密にしておくとしよう。しかし、すぐバレそうな気もするな」

そう独り言を呟くと、その広すぎる部屋を見渡し、ふふ、と1人笑った。

「冬の女王のベッドやら娯楽品で部屋が狭かった頃が懐かしい。確かに私は愚かだった。しかし今となっては良い思い出だ。

それにしても、独り言に思い出し笑いとは。まるで年をとったみたいではないか。私ももう少ししっかりしないとな」

そうして少しの後に、こう言った。

「この世界が終わるとき―――」

続く言葉はなかった。そのあと首を振ってふっと息を吐くと、執務室へ戻った。

大地を繁栄させるための仕事をまた始めるのだろう。



日が沈むと、町には優しい灯りがぽつぽつと灯り始めていた。

久しぶりの春の夜。

甘い記憶をこの世でただ2人だけが持っている。

もう永久に遂げられることのないその思いは、この世界の続く限り、夜空の星となって世界を照らすだろう。


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