真実の冬
いつのまにか、人型のクリスタル、私自身の分身は消えていた。
おそらく私に全ての記憶が戻ったから、消えたのだろう。
私の中に再び溶け込んでしまったのかもしれない。
かつて恋した気持ちも、それを失った時の気持ちも。
誰もから、世界から見放されたと感じた時の震えも、外の世界に対する恐怖心もすべて昨日のことのように感じる。
王様の手のぬくもりも、その胸の温かさも、その瞳の深い色も。
楽しく笑いあった思い出も。
まざまざと目の前にあるように思い描くことができる。
どうして、皆にあんなに迷惑をかけてしまったのだろう。
全て私の責任だったのだ。
何もかもを失ったのも。
誰とも話せず引きこもった生活を送っていたのも。
全て自業自得、身から出た錆だった。
ならば私が今すべきことは一つしかない。
私は塔の上まで行き、扉を開けた。
まだ塔の外は軍隊がいたが疲弊して、その数はだいぶ減っていた。
塔から下界を見る冬の女王に気づいたものも何人かいたがもう弓を射る元気もないようだった。
私はすうっと息を凍る空気を吸い込み、そして言った。
「冬の女王は今、ここに戻りました。
今から冬の力を取り戻します。
みなさん、もう少し、辛抱してください。
私を、どうか信じてください」
思いのほか声は響き渡った。
寒さに凍えた人々が身を寄せ合い、ざわめいて、こちらを見ている。
期待されているのか、不安に思われているのかわからないが、
応えねばならない。やるべきことを、成さねば。
私は塔の屋上で、両手を広げた。
この雪が、白い雪の世界が、もっと、人々のためになりますように。
冬が元通りその力を取り戻し、この世界の季節が、ちゃんと廻りますように―――
目を閉じて祈る。
やり方は、きっと、生まれた時から知っていた。
なぜなら私は、冬の女王だから。
季節を廻すために生まれた。
恋するためでも、引きこもって自分自身を守るためでもない。
私は冬という季節を司るために生まれた。
あるべき場所に在り、使命を全うするのみ。
風は次第にその強さを増し、
雲の切れ間から太陽がのぞいた。
冬特有の、まっすぐ白い光を突き刺してくるような、そんな太陽。
雪の合間の、ほんの少しの恵み。
春まで頑張ろう、そんな気持ちを起こさせる、太陽だ。
太陽があたりを照らすと、一面は銀世界になった。
一度溶けて凍った雪の表面が、木々も湖の氷も、そして空気までダイヤモンドの粉をまぶしたかのようにキラキラとまばゆく輝いた。
それまでただ寒さに凍えて眠りを貪っていた動物たちはみな素敵な春の夢を見た。人々も、食料を争うのをやめ、働きはじめた。よりよい冬を過ごし、新たな春を迎えるために。
その様子を、王様は城から眺めていた。王様もまた記憶を失い、儀式の際に季節の女王たちに関するすべての資料は燃やしてしまったので、何も知らなかった。
秋の女王たちからたびたび進言を受けたものの受け入れられず、ただ予定通り季節を廻すことを望んでいたのだった。
「なんと、私が今まで見てきたのは何だったのだ。これが、本当の冬だというのか。」
気づけば王様は、自分でも知らぬ間に涙を流していた。
「今までわたしは、ただ季節を廻すことしか考えていなかった。何と愚かだったのだろう。」
王様はふらふらとして椅子に座り込むと、時が経つのも忘れ、いつまでもいつまでもそのきらめく季節を、冬の景色を、見つめ続けていた。
自分自身が冬を早く終わらせるようお触れを出したのも忘れ、いつまでもこの季節が続けばよいのに、とすら思い始めていた。
しかし冬は終わらねばならない。それは王様も知っていた。
蔦薔薇で深く閉ざした部屋の中でよい香りのするお茶を飲んでいた春の女王は、優雅にカップをテーブルに置き、ふわりと金の髪を揺らして立ち上がった。
「もう、そろそろいい頃かしら」
春の女王が手を触れると蔦薔薇は一気にほどけて道を開けた。
春の女王は、家を出た。