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失望

服を着終わったころ、塔の外が騒がしいことに気が付いた。廊下の窓からのぞく。塔の何階かわからないけれど、高いところにいる。下を覗き込むようにすると。大量の軍隊が押し寄せているのが見えた。

「え、なにこれ」

私は驚いて、そういえば、夏の女王が別れ際に何かそんなことを言っていたなと思い出した。

外部の人が向こうから来てくれたのならありがたい、春の女王に連絡を取ってもらえばいいじゃないか。

しかし夏の女王は春の女王以外に扉を開けてはならないとも言った。

つまり、えーと、どうすればいいんだ?

確かどこかに螺旋階段があって、その先が屋上につながっていたはず。

どこからかそんな記憶を呼び起こして、とりあえず走ってみる。

屋上へ行って、下の様子だけでも確認しよう。たぶん、塔に入る入口の扉さえ開けなければいいのよね。

長い長い階段を息を切らして上った。

やがて階段の終わりまできて、その先のドアを開ける。その途端、真っ白な雪と強風が吹き込んできた。

耳元で風がぴゅうぴゅうと鳴る。多少の寒さは平気だが、塔の中が暖かかったぶん、急に身が凍るかと思った。

風の音に紛れて、下の軍隊の声や甲冑のカチャカチャいうおとも聞こえてきた。

下を覗き込む。

ぐるりと屋上の外周をかけ回って確認してみたところ、どうやら塔は完全に取り囲まれていた。

包囲されている。

まるで兵糧攻めみたい。

そして私が顔を出したのに下の人々は気づいたようだった。

と、びゅん、と顔を何かがかすめ、反射的によけたらよろけてしりもちをついた。背後の石畳の床に何か硬いものがあたる音。

恐る恐る振り向いて近づいてみる。その棒みたいのを拾い上げると、なんとそれは先の鋭い弓矢だった。

やめてよゲーム以外で初めて見た。

頬に手をやると、なんか赤い。あ、これ血だ。

そう思ったら、へなへなと地面にへたり込んでいた。


「あそこだ!奴が出てきたぞ!殺せ!」

「弓を射ったのは誰だ!殺してはならん!季節を廻らせることを妨げてはならないというおふれ、忘れたか!」

「しかしあいつは偽物の女王ではないですか!」

「本物の冬の女王はどこへやった!」

「本物の冬を返せ!そして早く春の女王と交代しろ!」

「お前がその首をこちらへ差し出さない限り、春の女王は元には戻らない、永遠に春はやってこない!」

「春の女王に何を吹き込んだんだ!春の女王をおかしくしたのはおまえだ!」


がやがやと、とめどない怒号、罵声。

それぞれバラバラに、だけど、だいたいみんな同じようなことを叫んでいた。

寒い、このままでは死んでしまう。

どうやって戻ったのか自分でもよくわからないけど、這うようにして塔の中へ戻り、ドアを閉めて、うずくまった。

ドアを閉めてしまえば少し暖かいし、外の声も聞こえない。


どういうことなの。

あの人たちは、何を言っていたの?

私はただ、春の女王が来なくて困っていただけなのに。

そして何、本物の冬って何。

私は、何か、間違っていたというの。

塔の中で、毎年遊んで、ぐうたらして。それが悪かったの?

でも毎年そうしていたじゃない。

それで、毎年季節は廻ったし、今もこうしてちゃんと冬も春も来たじゃない。


何なの。あの人たちは、何を言っていているの。

どういうことなの。


ぶつぶつと熱に浮かされたようにつぶやき続け、私はいつのまにか自分の部屋まで戻っていた。

そして毛布にくるまり、耳をふさいで目をつぶる。

カタカタ震えていたのが徐々に体が温まって、疲労と眠気に襲われた。

そして少し眠った。

目が覚めた時には、もう布団の外へは出られなくなっていた。心も、体も。


本物の女王じゃない。そうか、だから、私こんなに冴えないんだ。

でもじゃぁなんで、私はこうして季節の塔にいるのだろう。

春の女王、まさか、私があんなこと言ったせいで。どうなっちゃったんだろう。

本物の冬って何。私が司っていたのは、偽物の冬だったとでもいうの。


無意味。人生って、本当に無意味。

私がここにいること、私の存在。

誰からも望まれず、喜ばれず、ただ、歯車を回すだけの、部品。

『季節は本当に廻らせねばならないのか』

私は、別に、季節を止めたかったわけじゃない。

きっかけは、秋と春の間に、冬という季節が必要ないんじゃないかと思った、ただそれだけの事。

春の女王に私が問いたかったのは・・・・・・


それから私は、惰眠をむさぼった。

外の皆が何を思っているのか知っている。

私が出なければ、動かなければ、どうなるのかも知っている。

このままいけば、すべて死に絶える。

そう、このまま動かなければ。目も、耳も、ふさいだまま眠っていれば。

罵声を浴びせかけてきた、あいつらも、やがてみな死ぬだろう。

積極的に殺すわけじゃない。

あいつらが、弱いから、勝手に死ぬんだ。後のことは知らない。

私は死なない。

なぜなら冬の女王だから。偽物か何か知らないけれど、寒いのは決して好きではないんだけれど、たとえ裸で雪原に放り出されても死なないことを、なんとなく知っていた。それはたぶん間違いない。不思議な確信がある。

その証拠に、氷の家に住んでも、しもやけひとつできない。


ああ、でも。

春の女王の家、また遊びに行きたいな。春にならなければ、夏の女王のところへもいけないや。

いつか、どうにか工夫したら、私の冷たい手でも鳥や蝶々を触れるかな。

あのいい香りのお茶、飲みたかったな。

ねぇ、どうしちゃったの、春の女王様。

来てよ、お願いだから来て。

いつもの優しい笑顔で、塔の入口の扉を叩いてよ。優しい声で交代だって知らせてよ。




涙が出てきた。

ぽろぽろと、ひとつ、ふたつ・・・・・・・


くるまった毛布に落ちたそれは、吸い込まれず、徐々に結晶化していった。

その結晶は徐々にちいさな、透明な、人の形になった。

そして、その人の形にさらに涙が落ちて、冬の女王とそっくりなドレスをまとうまでに成長すると、話し始めた。


「ねえ、こっち見て。私が冬の女王です」



そんな涼やかな声がして、私は顔を上げた。

私そっくりな、小さい、透き通った人形のようなものが、いた。


「私とうとう、頭おかしくなったのかな。まぼろしがみえる。いやもともとおかしかったもんね。ここ何十年引きこもって誰とも話をしてない時点で、もうおかしかったのかもしれないもんね」

自分の声が震えているのがわかる。

小さい人型はため息をついた。

「ねえ、あなた、その何十年間より前の事、覚えてないのよね?」

私はぼんやり、その人型のクリスタルのようなものを見つめていた。

事実が把握できていない。

なにこれ。


「その昔、季節の女王たちが生まれる前は、この国に季節が廻ることはなかったわ。

世界はずっと平穏で、春と秋の間のような日々がずっと続いていた。

それでも生命は育まれたし、誰も文句は言わなかった。

でもね、そのうち皆やる気をなくし始めたの。

何もしなくても食べるものはあるし、寒くも暑くもないから工夫しなくても暮らせる。

ただ娯楽を求めるばかりで働かない。町には娼婦とお酒の瓶と生ごみばかりが溢れたわ。

一方木々や動物たちも、ずっと同じリズムで生命活動を続けていたから、根や土が疲れ、葉が茂るばかりで実もならない。数種類の長生きする動物だけが縄張りを支配して、ほかの者は結局死んでいくしかなくなった。

この国の王様は、大地の力を司っている。人々やこの国の生き物たちの力がなくなれば大地の力もなくなる。

そうすれば王様も力を失い、この世界すべて滅びてしまう。

王様は賢者の助言を得て、この国に季節を廻らせることにした。

王族のみが使える願いの力で、春、夏、秋、冬の四人の女王を生みだした。

女王たちは生まれた瞬間から、この国に季節を廻らせることのみを義務づけられていた。

季節が廻るようになってから、人々はまた生き生きし始めた。

冬のために食物を蓄えなければならないし、夏は工夫して暑さをしのがなければならない。

春には恵みと喜びが、秋には豊穣と安らぎがある。

木々も冬には根を休め、春に花を咲かせ秋に実をつける。

動物たちもすべて冬には休んで春に新しい活動を始める。

すべて、うまくいっていると思われてた。

でもそれが、あるとき崩れたの。なぜだか、わかる?」

小さな人型は淡々と、話す。


わかりません。なにがなんだかよくわかりません。わかるわけないじゃん!アゼルバイジャン!

と心の中だけで叫んでいた。

私が黙っているとなおも続ける。

「崩れた、というのは、季節がちゃんと廻らなくなった、ということ。

すべての始まりは、王様の気まぐれだった。

季節の女王たちに人格を求めてしまったのね。

春の女王は芽吹いた花々のように、たおやかで穏やかに。

夏の女王は吹き抜ける海の風のように元気で闊達に。

秋の女王は紅葉の赤のように情熱的で思慮深く。

そして冬の女王は透き通る氷のように純粋で、幼く。

そうすれば、もっと、季節が豊かなものになると思ったのかもしれない。

最初は楽しかった。

人格をもった女王たちは、それはそれは仲良く暮らしたわ。

それぞれ交代で塔に入って、お休みの間は、みんなでお茶会したりして。

そうして過ごすうち、皆ある人に恋をした」


小さな人型のクリスタル、冬の女王と名乗るそれは、きっ、と強いまなざしを上げた。


「王様よ。

もともと王様と女王たちはろくに会ったこともなく、その姿も知らなかった。会う必要も、知る必要もなかった。

王は願いの力で女王たちを生み出し、人格を与えた、それだけだったから。

でも互いに人間とは違い、年をとらない、孤独な存在。ただ世界に王様と女王たち5人だけ。

彼らが人格を持てば、互いに恋に落ちるのなんて、時間の問題だったのかもしれない。

そして王様もまた恋をした、その相手は」


人型のクリスタルのまなざしは冷たく、吸い込まれるようだった。その目を、私はどこかで見たことがあるような気がした。


「冬の女王、私―――いえ、あなたよ」


窓の外では、ただひたすらに大粒の雪が吹きすさんでいた。









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