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踏み出した一歩

とりあえず、部屋から出てみた。

塔にはそれぞれの女王の部屋がある。なんとなく、自分の部屋にしか入ったことはない。

迷いながら、部屋を探す。春の女王の部屋だ。勝手に見るのは悪いけれど、彼女の部屋をのぞいたら、何か連絡を取るヒントなりなんなりが見つかるかもしれない。

塔の端から端くらいまで移動したろうか。長いこと歩いた。

緑の蔦が絡みついて、ところどころ草が生えてピンクや黄色のかわいらしい小さな花が咲いている。春の女王の家の簡易版といった感じ。おそらくここが春の女王の部屋で間違いない。

ドアを開けてみると、かすかに重たかったが普通に開いた。自分もそうだが、特にカギは掛けていないようだった。


春の女王の部屋は、やわらかい白いレースのカーテンが窓際に、その近くに木でできた机と椅子、小さな本棚、ベッド、少しの敷物、といった、落ち着いた、最低限の調度品があるだけだった。

その部屋に足を踏み入れると、春風のようなやわらかな香りがあたりに漂っている気がした。

誰もいないその部屋はしんと静まり返っているけれど、埃もなく、きれいだった。春の女王が去ってそのまま時が止まり、主人が来るのをずっと待っているかのようだった。


本棚には読めない言語の本が何冊かあった。読める言語のものは童話や伝記などだった。

むこうの棚にはお茶の葉っぱだろうか、缶とティーポットがあった。

春を過ごす間、ここで一人でゆったりお茶を飲んでいたのだろうか。

机の上には一冊のノートがあった。近づいてみると、表紙に「日記」と書いてある。


とりあえず、ゲームや本や娯楽であふれる私の部屋とは全然違った。

春の女王は、どんな気持ちで、この部屋で過ごしていたのだろうか。

ためらいはあったが、日記のページをめくってみた。春の女王さま、ごめんなさい。


そこには、毎日外の世界の幸せを願う言葉が日々紡がれていた。

「眠りから覚めた動物たちは皆元気かしら。のびのびと春の季節を過ごせますように」

「新しい植物が沢山芽生えるころかしら。人々は喜んでくれているかしら。畑もきっと新しい命をはぐくんでいるわね」

「そろそろ桜の花びらが散るころ。新しい葉っぱが無事に育ちますように」

「今日も、よい香りのする風が吹きますように。すべての生き物にとって、春という季節が幸せなものでありますように」

などなど。

私は今まで、引きこもれてラッキーとばかりにゲーム読書三昧、自分自身が楽しむことしか考えていなかった。

冬の季節の外の人々や生き物たちがどう感じてどう過ごしているかなんて、考えもしなかった。


‥‥‥‥考えもしなかった?

本当に?


何か頭の中にもやがかかったような感じがする。

なんだろう、これ。

考えてはいけない、考えたくない。


私は春の女王の部屋を後にした。

体中に春の香りがまとわりついた気がしてなんかそわそわして、あと、穏やかに美しい春の女王の部屋に自分の冷たさを入れてしまったようで申し訳なく感じた。



数分歩きながら、春の女王へ連絡をとるヒントが全然見つからなかったことに気が付いた。

戻ろうか、いやいや、目に見えるところには何も役立ちそうなものはなかった。

とりあえず部屋へ戻ろうか。


ふと黄色いものが視界をかすめた。

ひまわりの花だ。それから潮の香。

その扉だけ、石がカラカラに乾き、砂だか、塩だかでざらざらとして見えた。朝顔か昼顔かわからないけれどまあるい淡い紫の花と、ひまわりの黄色。ああ、かすかにセミの声までする。間違いない。ここは、夏の女王の部屋だ。

もうね、春の女王の部屋も見ちゃったもの。後で一人に怒られようが二人に怒られようが、変わらない。

半ばやけっぱちになって、夏の女王の部屋の扉も、開けた。


そこには、真っ青な海が、広がっていた。

砂浜は白い。

私は暑いのは苦手だ。着ていた服を一つずつ脱いだ。マフラーをとって、手袋、靴下、靴も脱いだ(足の裏が熱い)ちょっと迷って二枚重ねしていたドレスも両方縫いだ。キャミソールと、ドロワーズだけの姿になる。

しかしどういうことだろう。この海辺、どこまでも続いている。さすがに、塔が大きいといっても、これだけの奥行きはさすがにないんじゃないかな。

しばらく歩くと、人影があった。

振り向いたのは、少女だった。小柄で、日に焼けている。そばかすが点々として、それが緑がかったブラウンの、ガラスのようにきらめく瞳によく映えた。身に着けたのはひざ丈の白いワンピースのみで、髪の毛は少し傷んだように茶色かったけれどそれがまたよく似合う。


「やあ、ひさしぶり」

少女は言った。

誰だろう、この子。会ったことあったっけ?そもそも私に友達はいない。

ここ、夏の女王の部屋の扉を入ったその先にいたということは。この子は・・・・・・

「な、夏の、女王様ですか?」

私が聞くと、その子は少し悲しそうな顔をした。

「あー忘れちゃってるのか。そうだったね。」

そして、手を差し出して、ニッコリ笑って

「じゃぁあらためて、はじめまして!夏の女王です。あなたのことはよく知ってるよ。冬の女王様。」

と言った。

「は、はじめまして・・・・・・よろしく」

と私も言ってみる。


あれ、でもどうして夏の女王がここにいるの?と思っていたら。

「ところでなんで冬の女王様がここに来ちゃったの?」

先に聞かれた。

「え、何か、まずかったですか・・・」

「まずいってどころじゃないね。激マズだね。」

夏の女王はずい、っと私に迫ってくる。小さいけれど形のいい鼻先が胸に当たりそうになる。

瞳がキラリと光って、一瞬、夏の木々の濃い緑の葉が映り込んだように感じた。

「私の部屋に入ったでしょ。あの扉ね、外界につながってるの。私夏の間を塔の中なんかで過ごすの嫌だから。夏を肌で感じていたいから。」

今なんて?

しばし沈黙。

やっと私は声を絞り出す。

「え、じゃ、じゃぁ、私、塔から出ちゃったの?え、冬の間に塔から出ちゃったらどうなるの」

夏の女王は目を伏せた。

「まずいよ。私はいいんだ、ちゃんとした手続きをふんでるから、夏の間ここで過ごせる。正確に言うと、ここは外界でもないんだよ。夏の間は外の世界と同調させるけど、今はさ、本当は冬だからさ、一時的に私の家の周りだけこうゆうふうにしてもらってんの。寒いのは苦手だしね。完全に外ってわけじゃないからギリセーフかもしれないけど、半分外みたいなものだからね。早くしないと戻れなくなる。そうしたら、内側からしか扉は開かないから、春の女王が叩いても体当たりしても扉を開けることはできない。ほんとうに冬が終わらなくなるよ」

そう言い終わると夏の女王は私の手を取った。

「ほら、部屋の入口まで案内するよ。走って!」

そうして、最初に入ったところまで案内してもらうと、扉が宙にうっすら浮かんで、半分消えかかっていた。

「さぁ、私が開けてあげるから早く戻ってね。ドレスとかは向こうで着てね」

「あ、ありがとう・・・・」

なんだかこの子、初めて話す感じがしない。向こうも久しぶりって言ってたし。

塔への扉が開くと、ひんやりした寒さが流れ込んできた。

「もう、王様はお触れを出したみたいだからいろいろ来ると思うけど、春の女王が自主的にやってきたとき以外扉を開ちゃだめだからね。あと、たぶん、秋の女王の部屋へ行くといろいろわかると思うよ」

急に夏の女王が早口で言うので、私がきょとん、としていると背中を押され、塔に押し戻された。

「春の女王と交代したらまた遊びに来てよ!」

そう言って、はじけるような笑顔で手を振って、扉は閉まった。

私も気づいたら手を振っていた。誰か相手に笑ったの、どれくらいだろう。

でも、そうして自然に笑っていたときが、確かにあった気がする。

でもどうして、どうして思い出せないのだろう。


と、思っていたら、盛大にくしゃみが出た。

寒い。風邪をひいてしまう。

私は慌てて、夏の女王が塔に一緒に戻してくれた服を着た。


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