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誰も得をしない、誰も成長しない、誰も喜ばない、そんなくそみたいな物語を。

(2017冬の童話祭公式プロローグより)


あるところに、春・夏・秋・冬、それぞれの季節を司る女王様がおりました。

女王様たちは決められた期間、交替で塔に住むことになっています。

そうすることで、その国にその女王様の季節が訪れるのです。


ところがある時、いつまで経っても冬が終わらなくなりました。

冬の女王様が塔に入ったままなのです。

辺り一面雪に覆われ、このままではいずれ食べる物も尽きてしまいます。


困った王様はお触れを出しました。


「冬の女王を春の女王と交替させた者には好きな褒美を取らせよう。

ただし、冬の女王が次に廻って来られなくなる方法は認めない。

季節を廻らせることを妨げてはならない。」




何故冬の女王様は塔を離れないのでしょうか。

何故春の女王様は塔に訪れないのでしょうか。


物語の紡ぎ手達にお願いします。

どうかこの季節を廻らせてください。

人生は、無意味だ。


私は冬を司っている。

冬の女王だ。

私たちは季節を回すために一時期だけ「季節の塔」に住み、数か月で交代し、季節を回す。

誰が決めたわけでもなく、おそらくはこの世界が始まった瞬間から、誰もがそうするべきと信じて疑わず、脈々と受け継がれてきた慣習。


なんて愚かなんだろう。

どうして誰も今まで何も考えなかったのだろう。


夏になったある日。私は「季節の塔」から出てきたばかりの春の女王を訪ねた。

春の女王は緑の蔦で囲まれた石造りの家で静かに暮らしていた。もう季節は暑いというのにまるでその家の周りだけ春のように、淡い優しい色合いの花ばかりが咲き乱れていた。

「ようこそ」

よい香りのするお茶を差し出して彼女は言った。物腰までやわらかで、彼女の周りはいつも小鳥やら蝶々やらが飛んでいた。

私の周りには何もない。雪こそ舞っていないものの、私の周りだけ音も途絶えすべて眠ってしまったかのよう。蝶や鳥はもちろん、ハエの一匹だって私には近寄らない。真っ白すぎる手で、差し出されたお茶を受け取り香りを確かめる。湯気で鼻をやけどしそうだ。

「何か悩みでもあるの?そんなに曇った顔をして」

春の女王は包み込むようなやわらかな声で話す。

彼女に話しかけられると、どんなに冷たい人間でも心のわだかまりを溶かされてしまうようだ、と人々が噂しているのを知っている。

私とは真逆だ。

私は、春の女王が、苦手だ。

どうしてもその目を直接見ることができない。

でもこのときばかりは意を決して、顔を上げていった。

「どうして、季節を廻さなければならないのでしょうか」

春の女王の顔が一瞬こわばった気がした。

「どうして、そんなことを言うの」

春の風が一瞬強く吹くときのよう、ときどき春の女王は強いまなざしを投げかける。今、まさにそう。

普段はほんのり下がった目じりに時折笑顔によるしわが上品に浮かぶ、そんな表情なのに。


その後のことはあまり覚えていない。

「どうして、誰も疑問に思わないのかと思って。誰が決めたんですか。季節を廻すことのメリットとデメリットをちゃんと話し合ったのですか。季節を廻したら困る者たちだってたくさんいるかもしれないのに。一度季節を廻すことをやめてみたらいいんじゃないかと思うんですがどうでしょう」

それだけ早口に言ってしまうと、春の女王の視線に耐え切れず再びうつむいたから表情はよく見えなかった。

でも目の端にちらっと移ったその顔は、困ったように少し傾いて眉間にしわが寄り、口元は少しとがり、それでも美しかった。

そう、春の女王はとても美しい。艶やかな透き通った肌、桜色を少し濃くしたような頬、さわやかな晴天のような青い瞳、ふわふわとしてさわり心地のよさそうな、金の髪。

一方私は目も髪も真っ黒で、頬には生気がなくただ白いだけ。何もかもが違う。


なんだか恥ずかしくなって逃げるように帰ってきた。帰り際に、

「そういうことは、私じゃなくて王様か秋の女王あたりに聞いてみたほうがいいかもしれないわ」

と後ろから声をかけられたのはかすかに覚えている。


ああ、私は何をやっているのだろう。

あの素敵な香りのするお茶も結局口をつけずに残してきてしまった。

私の行動、どれだけおかしく思われているだろう。

本当は、一度でいいからあの小鳥や蝶々に触れてみたい。私も戯れてみたい。・・・春の女王のように暮らしたい。

春の女王のようになりたい。


そう、私は春の女王がとても苦手だけれど、憧れてもいた。

いやむしろ、神のようにあがめていた。

いつも、冬の終わり、塔に住むのを交代するとき。

彼女は優しく声をかけてくれた。

「おつかれさま」

とか、

「今年もありがとう」

とか。

私は秋の女王にそんな言葉かけたことはない。

秋の女王もわりとクールな人なので、話しかけるような隙はない。夏の女王に至っては接点が全くない。


(ああ、でも私が仕事の時以外家の外に出ないからそう思っているだけで、私以外の三人は冬の季節の間、春の女王の家でお茶会とかしてるのかもしれない。だとしたらすごく羨ましい。というか嫉妬してしまう。)


私がいつしか自分の仕事(季節を廻すこと)に疑問を抱いて、最初に相談してみたいと思ったのが、春の女王だった。

春の女王はいつも幸せそうだったから。

彼女なら、この仕事の意味を、知っているんじゃないかと思ったのだった。

それと同時に、彼女は幸せすぎて疑問など持ったことないのではないかという懸念もあった。

それが的中してしまった。

幸せで、恵まれた彼女には、自らの人生を顧みる必要などないのだ。


けれど私は顧みずにはいられない。

私は、たぶん、満たされていないから。


王様のところへ行ってみようかな。

それとも秋の女王を訪ねる方が先か。

私は迷って、迷い続けて、そうこうしている間に、また次の冬が来た。

何もしなかったのかと言われればそう。

その間、氷でできた自宅の屋根が変にとがっているのが気になって日がな一日削ってみたり、氷の池で魚が育つか実験してみたり(凍り付いて死んでしまう前に、仮死状態で夏の女王の自宅近くの川へ返したらちゃんと元気に泳ぎだして安心した)、通信販売で快適な手袋と靴下を求めていくつも買いあさって配送係のコウノトリさんを酷使してしまったり、王様の住むお城への地図を眺めて、遠いなーと思ってみたり、秋の女王のプロフィールを読んで会談に向けてイメージトレーニングしたり、やる気はあったんだけど、忙しかった。そう、毎日それなりに忙しかった。



冬が来るその日。

いつものように季節の塔を訪ねた。

石の扉をノックする。

「こ、こんにちはー、ふ、ふ冬の女王です・・・・・・」

かすれてうまく声が出ない。あの春の女王と話して以来、独り言以外会話していないからだ。

コツ、コツ、と石にヒールの踵があたる音がして、ギイ、と扉が開く。

真っ赤なモミジのような赤髪のショートヘアに深い夕焼け色の瞳をした、秋の女王。

彼女はいつもよけいな言葉は喋らない。

プロフィール(現地の新聞が勝手に書いている)には、聡明で思慮深いのだとあった。

クールビューティー、と私は勝手に心の中で呼んでいる。

そんな彼女は、今年、去り際に、ふと振り返ってこう言った。

重たい石の扉がしまる直前だったから聞き返すこともできなかったけれど。


「私は賛成よ。あなた、次季節をとめなさい。」


扉は、ぴっちりと閉まった。この扉は、一度閉まると次の季節が来るまで開かない。開けてはいけないことになっている。というか開けたものはいないので、開けた場合どうなるかはわからない、のだそうだ。ずっと昔、王様に聞いたような気がする。


扉が閉まり終えた次の瞬間、私は頭を抱えて崩れこんだ。

季節を止める?私が?よりによって私が?

確かに季節を止めてみたらいいんじゃないかとは思った、そして春の女王にそう言った。

でももし止めるとしたら、春がいいと思う。次に夏。その次に秋。断じて冬はいけない。いけないですとも。だって皆死んでしまいますもん。塔の中にいて、冬の中で過ごしたことない私だってそれくらい知っている。一年中春なら生き物はみな喜ぶだろう。過ごしやすいから。夏でも喜ぶだろう。少し暑いけれど、皆が活動的になる季節だ。秋だっていいだろう。少し肌寒くなるけど豊穣の季節だ。秋の味覚食べ放題だ。でも冬は?みんな家の中や土の中にこもって「早く終わりますように」と祈られている、冬。ありえない。

そもそも私の独断で季節を止めていいはずがない。秋の女王にだってそんな権限はない。王様に怒られるにきまってる。

それとも王様の命令だというの?それならそう言うよね、そんなわけないよね。

というか、春の女王が訪ねてきたら扉を開けねばならないし、そのときは嫌でも季節は廻る。

そう、私が何を考えようと、考えまいと、季節は廻る。私以外の、誰かの意思で。


そう思ったら気が楽になって、私は塔の奥の部屋へと向かった。

冬の間中過ごす塔の中の私の部屋は、とても快適な装備が整っている。

すなわち、美味しい食料と、たくさんのゲームと本、絵本。足りないものがあれば使用人(なんか影みたいな精霊)に頼めばいくらでも外界から取り寄せることができる。ただ快適に暮らすだけの、本当に楽ちんなお仕事。

とりあえず、いつものように、何も考えずにゲームに没頭した。時々おいしいものを食べ、ゆっくりお風呂にも入る。


そんなふうにして数か月が過ぎ、春になる日がやってきた。

しかし、春の女王は来なかった。

数日は、自分が日を勘違いしているのだと思って、ゲームの続きをした。交代するまでキリのいいところまで終わらせようとむしろ焦って没頭した。

しかし。高難易度のゲームをいくつクリアしても、春の女王はいっこうに訪れなかった。

どうして?いつも遅れたことなどないのに。

さすがに焦りはじめ、使用人に聞いてみたけれど、彼らはただ女王たちの助けになるようプログラムされたモブのようなものなので、首を振るばかりで答えてはくれない。外部と連絡をとることはできない。

外の様子は小さい窓から見えるだけ。春の女王と王様以外はこのあたりに近づくことはできなかったはずだ。外は一面ずっと変わらず雪景色。時折、遠くに鹿の姿だけが小さく小さく見える。(部屋に常備している望遠鏡でやっと見えるくらい)

心なしか、その鹿も、日に日に数が減ってゆく気がした。

雪はいっこうに降りやまない。


ダメ・・・・・・だよね?これダメだよね?

私、冬を止めなきゃ。

何としてでも春の女王と交代しなきゃ。

でも、どうやって?




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