二話 親睦
それからは、とても大変な日々が始まった。俺たちの朝は早い。起きて、竜を起こし、外へ連れ出してえさを与える。そのあと竜舎を掃除して、古い藁を新しいものへと交換。ふんの始末も行う。そこでようやく、俺らの朝ごはん。んで、すぐに授業。午前中は座学。基礎教養や騎士作法、政治学、戦略学、魔物学・・・・・。午後からは戦闘訓練。剣術や体術、竜の背に乗った飛行訓練などだ。最後の訓練では、俺はいつも皆が竜の背に乗って先生からの訓練課題をこなしていくのを、竜と一緒に見上げていた。
「いいなあ、俺も空を飛びたい。」
思わずそうつぶやくと、竜は必ず俺の頬をなめる。
「ったく、わっかんねーし。俺と契約するの嫌そうじゃないんだけどな・・・」
そういって竜に寄り添うと、竜は俺を翼でゆるく包む。俺は竜の腹をゆっくり撫でてやる。
実のところ、竜とは大分いい関係を作れてきたと思う。その分、何が足りないのか、どうして契約を拒否されるのかがわからなくて、とても困っていた。もっと仲良くなればいいのか、それとも何か根本的にかけているのか。誰もわからないのだから、どう解決したらいいかわからなくて途方にくれていた。焦ってどうにかなる問題ではないと頭ではわかっていたが、すでに間違えているかもしれない、という不安もあった。
あーーーーもう、余計なこと考えたって無駄だっての。個人訓練でもやるかな。
そう思って、俺は竜の翼の中から抜け出して剣を構えた。そうすると、竜が鳴いた。そして俺を見て、頭を構える。
「お!相手してくれるってか?」
そう聞くと軽く鳴いて答える。一緒に過ごしてきて、何となくわかるようになった。これは、遊ぼう!!だ。竜は自分の首の付け根を頭で示す。ここに俺が剣をあてれたら俺の勝ちってことだ。
「よし、いくぞ」
俺は声をかけてから竜に切りかかる。一瞬で頭によって防がれた。
カン、カカン、カキン
断続的な音が響いていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そこへ、ザッザッとにぶい足音が混じる。
「ははははっ、平民君、笑わせてくれるね。竜の背中に乗せてもらえないどころか、対等に勝負とは!君、竜は別に君の友達ではないよ。それでは一生主として認めてもらえない。竜の世話係のままだね。まあ、君の身分から言ったら、それだけでも身分不相応だがね。」
フィリップが言い終わると同時に、取り巻きから嘲笑が起こる。
また来た。多分こいつは、神聖なる竜騎士を俺みたいな平民が目指していることが許せないのだと思う。フィリップはしょっちゅう俺にからんできていた。俺は竜騎士としてこれから関わっていく可能性の高い人だし、大貴族の息子にどうこういうのは、家族に迷惑をかけるかもしれないと思うと怖かった。
「寸足らずの契約方法も知らない野生の竜に、竜一匹従わせられない下民か。まあ、ある意味お似合いかもしれないね。頑張りたまえよ。
まあ、‘いつまでもつか’わからないけどね。」
フィリップの一言は、俺の不安のはっきりと言い表していて、俺は何も言い返せなかった。
‘いつまでもつか’ 実際のところ、そのタイムリミットはすぐ近くまで迫っていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「我、騎士となりて戦うことを望む。我に従い・・・」
クォーーー
竜が鳴いて首を振る。
「ルイス、もう一度だ!お前は気持ちが足りんのだ。お前はこいつの主になるんだぞ。頼むんじゃない、自分に従えと強く命じろ!!!」
後ろから先生の叱責が飛ぶ。俺は毎日、放課後に竜の契約をやらされていた。騎士として契約しなければ何も始まらないからと、授業が終わってからの俺たちの時間は、ほとんどこれに充てられていた。そして俺はいつも竜に契約を拒否されていた。初めの方は、応援してくれていたはずの先生もだんだんと厳しさが増していき、それに比例するように、俺の不安も増していた。
これ以上、契約出来なかったら・・・・?俺たちはいつまでこうしていられるんだろう・・・
「ルイス、もういい、今日の訓練は終わりだ。今日はお前に大事な話がある。」
まさか・・・・・・
俺は先生と向き合った。
「この学校は、騎士になれないものと人に従わない竜に割ける余分なお金は無い、というのが校長の決定だ。言いたいことはわかるな?」
「・・・・・・退学、ということですか?」
「そうだ。・・・・今すぐにではない。校長からの命令だ。一週間だ。一週間以内に竜との契約を済ませられなければ、自主退学しろ、とのことだ。」
とうとう来たか、と思った。
「その場合、竜はどうなりますか?」
「・・・・・・・おそらく殺処分となるだろうな。」
思わず、顔を上げる。
俺が退学になるのは予想できていた。でも、竜を殺す?
「当然だ。人に従わない野生の竜など、いつ暴れだすかわからないし、飼っておく余裕も無い。野生の竜の生態がわかっていない分、野生に戻して仲間を連れてこられても困る。そういう判断をせざるを得ない。」
何も言い返せずに俺はうつむく。
先生は俺の肩を叩きながら言った。
「竜騎士になりたければ、自分の竜を殺したくなければ、契約を成功させろ、ルイス。」
そうして先生は去っていく。その場には、俺と竜が残された。俺が沈んでいるのを見て、竜はそっと俺の胸に顔を押し付けてくる。
・・・・・・・・・本当は、わかっていた。なぜ竜との契約が成功しないのか。俺の方に問題が有るってことは。
俺がこいつの主になりたくないんだ。だって、俺にとって竜は、
「友達だからな。」
そんな理由で、俺は多分、無意識に竜との契約を拒否しているんだ。
俺のつぶやきを聞いたのか、竜が俺の頬をなめた。
ああ、きっとお前もそう思っているんだよな。俺はそっと竜の頭を撫でた。