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くろいゆり

作者: こくびょう

少年の名前はリン。リンは嫌われ者だった。学校の廊下を歩くだけで、人が避け、背後からこそこそと声が飛んでくる。リンのことをみんな恐れ、そして、さげすんでいた。

 ……僕は好きで炎系の破壊魔法を持って生まれたんじゃない。なのに、なんでだっ。

 リンは自分の左手の甲を睨みつける。

 そこには魔法陣が描かれていた。生まれた時から描かれていて、死んでも消えない魔法陣。魔法陣の形により、水系、炎系、自然系、など、様々な系統、そして生成魔法、破壊魔法の二種類がある。

 リンの魔法は炎系の破壊魔法。百年に一人が持つと言われる魔法だ。その魔法は強力ゆえ、どの魔法も打ち消す。そして、強力な魔法ゆえに、魔法を使うだけで自らの身を滅ぼす呪いがかけられていた。だから、みなリンを恐れ、さげすんでいる。

  僕だって普通に暮らしたい。

 それがリンのただ一つの願いだった。

 さみしい……大切な人を亡くすのってこんなにも辛いんだね。

 少女が窓の外を眺めていた。少女のその耳には先生の声は入ってこない。授業中の教室には目もくれず、ただ外を眺めていた。

 あれは…… 。

 ふと、一人で立っている男の子が目に入った。格闘技の授業中だというのに誰ともペアを組まずただ立っているだけの男の子。みんな魔法をぶつけ合い決闘を学んでいるのに、ただ立っているだけの男の子。

 ……嫌われ者。あの子もさみしいのかな。大切な人が一人亡くなっただけで、こんなにもさみしいのだから。

 一人ぼっちはもっとさみしいんだわ。

  夏の生暖かい風が少女の金髪をなびかせる。

 見た目はかっこいいのに、本当にかわいそうな人。

 少女はため息をつき、そして、笑った。

 私が……その孤独を終わらせてあげる。

 授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。

  ★

「おい、リン!  お前突っ立てるだけで、授業に参加しなかったな?」

「はい……だって、ペアを組めなくて……」

「言い訳などいらんっ。反省文を書いてもってこい。今日中にな」

 理不尽だ。

 格闘技の授業が終わりさっさと着替えようと思ったら、リンは怒られた。

  全くもって理不尽だ。

 理不尽な説教がガミガミつづく。

  僕だって、格闘技の授業をまともに受けたいさ。でも、みんなが近寄ってくれないから、それにそもそも、僕は魔法を使うことができない……それなのに、なんで怒られないといけないんだっ。

 そう声に出したいけど、出せない。出したところで罰が重くなるだけだ。

「いいか、リン。お前の行動はだな……」

 それにしても今日の説教は長い。同じ内容がリピートされる。こんなの 、ただの八つ当たりだ。

 もう……いやだっ!

「それでだな、お前が集団行動をみだ……」

「うぅ……っ」

 呻き声を上げると、リンは説教を無視して駆け出した。後ろで先生が怒鳴り、他の生徒たちがリンを見て笑っている。

 後で何を言われたって、かまわない。今は誰もいないところへ。

 ……裏庭まで来たところで、リンは周りを確認した。そして、泣き崩れた。誰にも気づかれないよう、木の影で声を殺して。

 一人で泣きたい時はいつもここにきている。

「泣いてるの?」

「わっ!?」

 突然木の上から声がした。不覚だった。周りをみただけで、木の上に誰かが居るかなんて確認していなかった。

 少女が金色の髪をなびかせながら、木の上からふわりと降りてくる。透き通るような水色の瞳が心配そうにこちらを見ていた。

  か、かわいい……。いやいや、僕が誰だか知ったらどうせ嫌われるんだから。……でも、

 リンは自分の心拍数が速くなるのを感じた。

「な、泣いてなんかいないっ」

 生まれて初めて芽吹く気持ちをなぎ払うようにリンは立ち上がった。

「そんなことないわ。あなたは泣いている……あ」

  リンと視線があった途端、少女が目をそらした。

 ほらやっぱり、僕が誰だか知って、話しかけたことを後悔している。いや、顔が赤いから怒ってるのか?

  ……理不尽な。

「僕と話がしたくないならさっさとどっかに行け。いや、僕がどっか行く」

「待って!!」

 リンは手を掴まれた。生まれて初めて異性に手を握られたのだ。理不尽さに怒っていた頭が一気に真っ白になるのを感じる。そして……。

「ちょっ……え? な、なに……おい?? ねえっ?!」

 リンは背後から少女に抱きつかれていた。

「ど、どういうつもりだ?」

  硬直、驚き。その驚きを乗り越えると、リンは少女のことを振り払った。だって、

「僕が誰だか知ってるだろ? これも何かの嫌がらせか? 僕がお前に何をしたっていうんだ!!」

「ご、ごめんなさい……嫌がらせとかそんなつもりじゃ……」

「じゃあ、なんなんだ?」

 睨みつけると少女は目をそらした。その顔がますます赤くなる。

「わ……私……その……リンくんのことが好きなの」

  ……。…………………………。はい?

  言葉が耳に入るまで一分。それを理解するまで三分かかった。

「……やっぱり嫌がらせじゃないか?」

「ちがうわっ。本当なの、信じて」

「僕のどこがいいって言うんだ?」

「かっこいいもん」

  ……自分で言うのもなんだが、リンは自分がかっこいいことを自覚していた。まあ、魔法のせいでモテるなんてことは無いと思っていたのだが……。

「かっこよければ誰とでも付き合うのか?」

 リンには少女のことが理解できなかった。

「ううん。そんなことないっ。リンはいじめられていても自分の力を使っておどさないで、一人で静かに泣いているだけだわ。優しい人だなって思ってるし」

「僕は自分の力を使ったら死ぬのを知ってるだろ?」

「それでも……言葉で脅すぐらいできるじゃない」

「そんなもんか?」

 言葉で脅すなんてリンは考えたこともなかった。脅したところで魔法を使うことができないわけだし。

「うん」

「じゃあ、いつ言葉でみんなを脅し始めるかわからない僕が怖くないのか?」

「リンくんは泣き虫だからそんなことしないよ。優しいんだってば」

「泣き虫って……今ちょっと泣いてだけだろ」

「ううん、知ってるの。リンくんはここに来てよく泣いているのを」

「っ……」

 誰にもしられないようにしてたはずなのに、全然出来ていなかったようだ。

「いや、そ、それは……というより、泣き虫って、優しいのではなく弱虫なのでは? あ……いや、なんでもない……」

 泣き虫ってことから話をそらすつもりが、さらに自爆した。恥ずかしさで、リンは少女から目を逸らす。

「ふふふ」

 少女が笑った。耳を優しく撫でるような、優しい響き。

「リンくん可愛い。まったく怖くなんかないわ」

  少女がリンのうつむいた顔を持ち上げる。そして、微笑んだ。太陽のような眩しい微笑み。心に芽生えなぎ払った感情が一気に花開く。

「それに、孤独なのはさみしいでしょ? 少し違うけど、私もさみしい思いをしているの」

「え?」

  リンの頬をもっていた少女の手が、今度はリンの手を暖かく包み込む。

「私の名前はリリアン。あなたの隣のクラスよ。話すのは初めましてだけど……」

 少女が目をつぶり、深く息を吸った。リンの鼓動はうるさく鳴り響き、頭がボーッとする。

「ねえ、私と付き合って、リンくん」

 一瞬何を言われているかわからず混乱した。理解しても信じられない。

「な、なんで?」

「理由はさっき言ったわ。好きって。付き合ってくれる?」

  リリアンがリンに抱きついた。身体中が熱くなり、リンはふらつく。

 ……リリアンが僕のことを好き。僕はどうなんだ……?

  そんなの考えるまでもない。

「うん」

  心拍数が速くなり、ボーッとする頭で頷いた。……十六年間の孤独に終わりを告げた。ただ、ただ、そのことだけを考え、リンは幸せに浸った。

 あれから、一ヶ月がすぎた。リンはリリアンのことがますます好きになり、もうリリアンのことしか考えられなくなっていた。今までこんなことはなかった。まるで呪われたかのように、ずっとリリアンの顔が頭の中にある。

 恋の呪い……か。……って、なに詩人っぽくなってるんだ僕は。でも……あぁ……ん……、ずっとリリアンのそばに居たいな。

 だが、嫌われ者のリンが、リリアンのそばにいると、リリアンもリンと同じ嫌われ者になってしまうかもしれない。いや、なるだろう。だから、二人はこっそりと会うしかなかった。

 そんな日々の中、今日はリリアンの都合で会うことができない。学校に長居しても仕方ないので、リンはさっさと家に帰ったのだが……夕方になって宿題のプリントを忘れてきたことに気がつき、学校へ。

「で? 今はどんな状況なの?」

  廊下を歩いていると教室の中に人が居るのが見えた。そっとドアの陰に隠れ中を覗く。二人の女子生徒だ。そして、

  あっ、リリアン!

  駆け寄りたい衝動をぐっと堪える。

 なにせ、リリアンと一緒にいる女子生徒はリンをよくいじめてくるやつらの一人だ。

 リンはプリントを取りに教室に入るか、諦めるか悩む。宿題をやらないとまた必要以上に先生に怒鳴られるが、リリアンのいる前でいじめられるのはプライドに傷がつく。

「順調よ」

  リリアンの声だ。

「疑われることなく着々と進んでいるわ」

「哀れなやつね。よっぽど人肌が恋しいんだわ。いやらしい」

 いじめっ子の、とげとげしい声が、辺りに響く。

 何の話をしているんだ?

 なぜかわからないが嫌な予感がする。

「それより」

 リリアンが低い声で、話題を変えた。聞いたことのない低い声に、リンは自分の腕を抱きかかえ、強くさする。リリアンの低い声はまだ続いた。

「『ふっかつのはい』の話は本当なんでしょうね?」

 ふっかつのはい?

「ええ、本当よ。我が家に代々受け継がれている家宝の古書に書いてあるのをこの目で見たわ」

 家宝の古書??

「よかった……これでタクを蘇らせることができるのね」

 タク? タクって……まさか。

  リンは自分が青ざめていくのを感じた。しかし、体の芯はだんだんと熱くなる。地面がぐらっと揺れる感覚に見舞われてリンは倒れこんだ。

「えへへ」

  リリアンの笑い声が聞こえる。リンが聞いた事のない、本当に本当に明るく嬉しそうな笑い声。

 やがてリリアンは笑うのをやめ、その口で言葉を発しようとした。

  お願い。その先を喋らないで。聞きたくない!!

 耳を塞ぐ動作も虚しく、リンの耳にリリアンの言葉がつきささる。

「炎系破壊魔法者が死ぬ時に落とす灰で死者がよみがえる。待っていてねタク、すぐにまた会えるから」

 気がつくとリンは、タクの墓の前にいた。タク……かつてのクラスメートで今は亡き男子生徒。

  そうか、タクはリリアンの彼氏だったのか……。

  枯れかけた白いユリが風に危なっかしく流れるのを横目に、リンは唸った。

  ……なんて僕は馬鹿なんだ。そりゃ、そうだよな。僕は嫌われ者だ。あんな、物語のように恋人が突然できるなんて、ありえるわけなかったんだ。

『ふっかつのはい』……そんな言葉初めて聞いたけど……利用するために付き合ってたって気が付くべきだった。

 ……馬鹿だ……。

  自分の愚かさに吐き気がする。

「こんな墓ぶっ壊してやるっ」

  震える声でリンは叫んだ。喉が張り裂けそうに痛む。だが、そんなことなどおかまいなしに、リンは手を振り上げ。叫ぶ。

「僕はリリアンをフッて、元の生活にもどるんだっ!  そして、そして……」

 墓に向けて振り上げた手が、力なく落下する。そのまま、リンはがっくりと座り込んだ。

 もう……孤独は嫌だ。

 きつく噛んだ唇から滴る血と涙が地面に吸い込まれて行く。

 なんでっ、何も悪くないのに僕がさみしい思いをしなきゃいけないんだ……。偽りでもいいっ、このままリリアンと付き合っていたい。偽りでもあの優しさに触れていたい……。

 だが、なにも知らないふりをして付き合っていても、いずれリンは殺される。リリアンのためだけじゃない、目の前の墓にいるタクのためにだ。

 そして、リリアンは僕のことなんかを忘れて、タクと幸せに暮らすんだ。嫌だっ! 僕はリリアンの傍にずっと居たい……。僕がリリアンの彼氏なんだっ。リリアンを誰にも渡したくない!!

 気がつくとリンはメッセージを書いていた。空中に書かれた宛名はリリアン。銀色に輝く文字は綺麗なのに、気味が悪い。

  ……僕の元にもおいで、リリアン。

  空中に書かれた文字が一つの束となって空に消えていく。

「ははは……」

  日のくれた墓場で、リンの狂った笑みが薄暗い明かりに照らされた。


「こんな時間にお墓に呼び出すなんて……どうしたの? 肝試しでもやるの??」

 墓場の入り口にリリアンが来た。リンは無言でタクの墓の前まで、リリアンを引っ張った。背後で息を飲む音が聞こえたが、気にせず言い放つ。

「僕は知っちゃったんだ。この墓にいるタクのために君は僕の彼氏になって、僕はやがて殺される」

「ふ~ん」

  動揺するかと思ったが、数秒の間の後、リリアンは直ぐに背筋をピンと伸ばしはっきりと言った。

「知っちゃったのね。そうよ? 嫌われ者のあんたと普通付き合うわけないじゃない。だからって、嘘吐いたって怒らないでよ? 嫌われ者のあんたを役立ててあげることにもなるんだから。それに、私はあなたの孤独を終わらせてあげるのよ」

 清々しいばかりの開き直りだ。あやまるどころか、感謝しろだと。

「ありがとう」

  そんなリリアンにリンは感謝の言葉を贈ってやった。

「僕は偽りでも君と付き合うことが出来て、生まれて初めて一人ではない時間を過ごせた。孤独から抜け出せた。だから……もう元の生活には戻れない……。だって僕は人の温かさを知ってしまったんだから。だって僕にとって君は掛け替えのない存在になったんだから」

  リンは笑った。少しでも触れればたちまち消えてしまいそうな儚い笑い。

「恋って呪いなんだね。一度知ってしまったらもう元に戻れない呪い。……恋の呪い」

「こ、恋の呪い? 何言ってんのよ、気持ち悪いわ」

  リリアンが身を引いたが、リンは気にせず続けた。

「だから、僕はもう君なしでは生きていけない。君がいないんなら僕は……死ぬよ」

「……え!?」

 リリアンがだらしなく口を開けた。そして、言葉の意味を理解すると目を見開き笑った。

「じゃあ、私に灰をちょうだいっ」

 リリアンがリンの肩をつかむ。

「あぁ、僕の命とも言える『ふっかつのはい』を君にあげるよ。その代わり僕も君からもらいたいものがあるんだ」

「なに? 灰をくれるのならなんでもあげるわ」

 リリアンが勝ち誇ったような笑みを浮かべている。それを見てリンは……それ以上に勝ち誇った笑みを浮かべた。

「じゃあもらうね……リリアン(キミ)の命」

「…………っ」

  リリアンが言葉の意味に気付き、恐怖の表情を浮かべた。そして、逃げようとする。

「逃がさないよ」

  逃がすわけないじゃないか。

 リンは笑いながら、最初で最後の魔法を発動させた。左手の魔法陣が毒々しい赤色に輝く。

「これで二人は永遠に一緒だよ。誰にも邪魔されない炎の中で君は僕だけをみて、そう、二人一緒に暮らすんだ」

 赤黒い炎が一気に燃え上がり、夜の墓場を不気味に照らす。そして、小さくなり……消えた。




 誰もいなくなった墓の前で灰をかぶり真っ黒に姿を変えたユリ(くろいゆり)が、生き生きと揺れていた。



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