回想
「偵察に向かったパーティーが壊滅した可能性があるだと………?」
「はい……。朝から森へと向かった複数の………合計3つのパーティーが未だに戻って来ておらず、確認に向かったDランクパーティーがランク5のモンスターを複数発見。討伐後、魔石の回収のため腹を裂いた所、人間の骨の一部と思われるものといっしょに、装備品の残骸が複数発見されました。」
「……聞くが、そのランク5モンスターの後ろに後続はいたか?」
「はい、その後ろにもまだモンスターの群れが続いているとの事です………。」
「それは……不味いな…。」
「群れのピレー平原到達は約1ヶ月後かと………。どうしますか?」
「ふむ……。」
机に両肘を置いて手を組む。
ミルズのギルドに現在常駐している冒険者達の中で今のところ一番上のランクはC。他の大部分の冒険者達のランクはD以下だ。偵察の報告ではランク5のモンスターが複数発見されたということだから、その後続には更に高位の魔物がいる可能性が高い。ランク5のモンスターが2、3匹であれば何とか上位のEランクパーティーで対処可能だが、数が増えるに当たってそう言ってはいられなくなる。更にランク6、7のモンスターが複数現れたならばランクDパーティーを複数当てなければ忽ち壊滅してしまう。
「……王都の方から応援を呼ぼう。ミルズ迄はどのくらい掛かる?」
「幸い今の時期は冬季には入っていませんので、雪の影響を考える必要は無いでしょう。山越えに関してはモンスターの少ない整備済みの街道を通ることに成りますから、今から急ぎで使者を送って、冒険者を募集して…。往復大体1ヶ月弱程では無いでしょうか。強行軍になりそうですが、まあギリギリ間に合いそうですかね。」
一応、王都とミルズに挟まれる山を迂回せずに行く方法もあるが、早いとは言えモンスターのために割く冒険者が必要なので、余りこの状況で行っては欲しくはない。
「それじゃあ、今から急ぎ準備をしてくれ。」
「了解です。」
部屋から出ていく部下の背中を見送った後、バラッドは手紙を書き始める。
「ラジエルにも気を付けるよう教えておかなければな。」
その日の夜、仕事を終えたバラッドは孤児院の門にあるポストに手紙を入れ、住宅街にある自分の家へと帰った。
「お帰りなさい。」
「あぁ、ただいま。」
いつものやり取りを繰り返し、仕事着を脱いで、シャツと簡素なズボンの楽な格好に着替える。
「もう少ししたら食事が出来るから、待っていてね」
キッチンに立ち、料理をする妻ーーークラリスの背中を見ながら、椅子に座り、ぼうっとする。
漂ってくる料理の香ばしい匂いを嗅ぎながら、仕事からの疲れからか襲ってくる眠気に身を任せ、目を閉じた。
「うおおオッ!」
横凪ぎに振るわれる戦斧が鎧を着たオークーーーオークナイトの腹を鎧ごとかっ捌く。
常人では止められそうにないその勢いをビシリと振りすぎ無いように止め、突進してくる魔物の頭を大上段から叩き割る。
飛び散る脳漿をもろに体に浴びるが、そんなことを言っている暇は無い。
一番近くにいる冒険者と余り離れすぎないようにしながら、後退と前進を繰り返し、仲間が倒れて出来た穴に飛び込んでくる魔物が、後方の魔法士の餌食となる。
方陣に展開している自分達が居るのは魔物の軍勢のど真ん中。
「援軍はまだかっ………!」
魔物の臓物と体液に塗れた己の武器を振り回しながらぼやくが、そんなものの期待ができる状況ではないことはわかっている。
魔物の軍勢の包囲下に陥る前、最後に聞いた報告が、後ろへと逃した魔物が山脈を迂回し、小都市群の守備隊と王国の騎士隊が勇戦するも、潰走し続けているというものだった。更に山脈を越えてくるはずだった味方も、地形を盾にして平原から来る敵相手に防戦するのが精一杯で、その後方の本丸、王都とその周辺では魔族による襲撃で大混乱に陥っているらしい。
「糞ッたれがああァ!」
襲い来る熊の魔物の腕を切り飛ばし、肩から袈裟斬りにしようと切り込むが……
「ぐうっ……!?」
強靭な肉体と骨に挟まれた斧の刃は中々に抜けず、そこに戦闘による疲れが腕へと重くのしかかる。
「深く切りすぎたかっ!」
斧を抜いた時には、魔物の吐き出した酸のブレスが迫っていた。
「バラッド!」
だが、後ろから来る突風がそれを吹き飛ばす。
「悪いなクラリス!」
開けた視界の先にいる蜥蜴の魔物の体を両断し、足元にいたゴブリンの群れをまとめて粉砕し、後方へと下がる。
「大丈夫!?」
後ろから魔法で援護しながら話し掛けてくるクラリスに応答しながら斧で敵の攻撃を弾く。
戦闘が一端の落ち着きを見せたのは、それから5時間後の事だった。
負傷した人間の間を医療兵達が動き回る。前線では未だに戦闘が続いているが、バラッド達は消耗の激しさから一先ず後方へと退避していた。
今いるのは山脈の麓だ。
激しい戦闘をしながらも後退に成功し、山脈と平原の境目で戦っていた味方と合流。山の中に作られた簡易の陣地へ引きこもり、高低差を利用したりして何とか有利な状況を作り出し、ギリギリの防衛戦で戦線を維持している。
「後方の混乱が収まるまでは反撃事態が困難か………。」
因みにクラリスは俺の横で既に眠ってしまっている。彼女も自分も、既にボロボロとなってしまい、今までの冒険者人生を共にしていた武器、防具達も傷だらけとなってしまっている。
それを見て即座に修理費の合計を捻出する自分の冒険者としての性に嘆息をついていると、
「……やあ、どうやらそっちは無事だったみたいだね。」
「ラジエル………生きていたか。」
ラジエル。Aランクの自分やクラリスと同じく、Aランク冒険者として名を馳せ、同じパーティーを組む仲間。
「いやあ………魔物に腕を食い千切られたりして散々だったよ……。」
見ると、ラジエルの右肩からは防具と服がなく、素肌がさらされている。
食い千切られた後に慌てて魔物の腹を割って腕を取り出して、治癒魔法でくっつけてもらったらしい。
男二人並んで、アイテムポーチから取り出した携帯食を食べつつ、今だ戦闘の音の響く遠方をぼうっと見る。
沈黙の中、傷を負った人々の助けを求める声と剣戟の音、魔物の死体の腐臭がその場を支配する。
「……俺達も寝るか」
「……そうだね」
固い地面の上に体を横たえ、バラッドは目を閉じた。
「食料の備蓄か底をついたァ!?」
「……あぁ、つい先程の食事で最後らしい…。」
「おいおい…マジかよ………いや、補給路が寸断され続けていればわかっていた事だったな……」
2日後、味方の戦力を徐々に擂り潰しながらも戦い続け、何とか戦線を維持してきた俺達だったが、ついに援軍が来ないまま恐れていたことが起こってしまった。食料が尽きたのだ。
「魔物の肉を食料には出来ないのかしら?」
「いや……どうやら毒性の高いモンスターが多いらしく、まともな食料になるのが少ないらしい。勿論ゼロではないが………まあ、当然まかないきれるもんじゃない。」
すっかりとこけた頬を掻きながらラジエルが答える。
「じゃあどうするってんだ?」
「うん、そのことなんだけど、どうやらここを纏めているSランクの……何だっけ?バルドさん?から提案があるみたいなんだよ。」
「提案?それって……」
「ああ、たぶん……まあ、昼に集合をかけられるはずだからそれで解るさ。」
昼、前線に出ていた冒険者達が体を魔物の体液だらけにして帰り、それと入れ替わりに休んでいた冒険者達が出て行く。
傷ついた者達が治療を受けている場所の更に奥。少しだけ開けたその場所で、俺達を含む高位冒険者の生き残りが、其処で集まっていた。
「皆、よく集まってくれた。俺がSランクのバルドだ。」
その男は背中に無骨で巨大な大剣を背負った、白髪混じりの男だった。筋肉質な体を覆う鎧には幾重もの傷が刻まれ、数ある名剣の1つにも名を連ねるであろう大剣の刃先も、今は罅が入ってしまっている。
「まあ……今はこんな無様を晒しちゃあいるが……」
苦笑する彼の右手は肩から無くなっており、胡座をかくその左足も足首から先が無くなっている。
「まあ、無駄話をしている暇は無いな。本題に移ろう。この紙を見てくれ。伝書鳩が運んできたものだ。」
そういって彼は懐から一枚の羊皮紙を取り出す。
「ここには現在の後方及び東部に漏れた魔物の迎撃に向かった騎士団の状況が書かれている。」
羊皮紙に書かれている内容をバルドが読み上げる。
書かれている事としては二つの内容だった。
東部方面での隣国ベルニス帝国の援軍による戦況の改善と、ピレー山脈の山道における魔族の遅滞攻撃故の援軍の難航。色々複雑な事があるのか余り「援軍」のことは書かれていなかったが、結果だけ見れば決まった国に忠誠を尽くすなどということがほぼ無い俺たちにとっては嬉しい知らせだ。
主に俺たちが注意すべきは、2つ目の条項だろう。
「魔族か………」
その場にいる冒険者の一人がつぶやいた。
魔族。高い魔法適性を持ち、身体能力においても人間を凌駕する敵対種族。
「1つ質問なんだが………何で魔族は山岳の頂上付近に籠って王国の方面への遅滞攻撃のみでこちら側に攻めてくることがなかったんだ?」
円陣に組んで座るなか、弓を背負った若い男の冒険者が手を挙げて質問する。
「ふむ………。放っておけば勝手に戦力が減るであろう俺達相手にわざわざ攻めてくるような人数の余裕がないか………もしくは……。これは推測だが、魔族の集まる山頂付近に何か放っておけない物があるのではないかと睨んでいる。」
「放っておけない物?」
「あぁ、例えば…魔物を集引出来るような何か、だったりな。」
「おいおい…そんなもの聞いたことないぞ…。」
他の冒険者達も懐疑の表情を浮かべてざわめく。
「あぁ、俺だって不思議には思っているさ。だがな………あれを見てくれ。」
そう言って、指で平原の奥の方を指す。今俺達のいる場所は山の麓だが、草と地面だけの、邪魔になるような木の一本も無いような場所故、遠くまで見ることが出来る。
依然として森は敵を吐き出しつづけているが、流石にそれも鈍ってきている。とはいえ、後続の方に潜んで居たのか、魔物の質が上がっているため、寧ろ状況が悪化しているともとれない事もない。
「あそこだ………東部方面へと向かう魔物と南部方面…此方に向かってくる魔物の境目…そしてそのラインを越えた辺りからの魔物の挙動…おかしいとは思わないか?」
森から出てきてくる魔物の内、弧の形を描くラインを境目に、急激に魔物の進行方向がが変わっている。
「あのまるで円を描くようなラインは円形に作用する範囲系の魔法や魔道具の物に似ているし、あの魔物の進行方向の転換。……まるで、此方に引き寄せられているようには見えないか?」
そう言ってバルドは魔物の向く方向を線にして懐から出した新しい羊皮紙に書き込んでいく。そしてその終着点は………
「山頂………。」
呟くように、誰かの声が漏れる。
「い、いやしかし、やはりそんな危険な魔法や魔導具なんか聞いたことがないぞ!」
「あぁ、俺も聞いたことなんかない。……だが、それにしたって今回の魔物の大侵攻はおかしすぎる。前回の侵攻からさほど期間が開いているわけでもなし、そもそもあんな高位の魔物は森にはいない。何処からか別の場所から来たとしか思えん。そしてこのタイミングでの魔族の内患の判明と反乱。山岳に立て籠る魔族とそこに向かう魔物。繋がりがないわけないだろうよ。」
他の冒険者達の声に答えながら嫌そうな顔で、だが誰もが思っていた此度の侵攻の確信に迫る言葉に場が静まる。
「……古代遺物……。」
先端部に大きな青色の石を嵌め込んだ杖を持ち、ローブを着た魔法士の男が静かに呟く。
「……私は魔導具に興味があって大昔の古文書を叔父から見せてもらったことがある。そこには確かに魔物を集める類いの古代遺物が書かれていたはずだ。」
古代遺物。それは遥か昔、神代の頃に栄えた文明の産物である。戦争により滅びたと言われてはいるが、未だその詳細は謎に含まれている。だが、時たまその当時の遺跡などが発掘され、中から貴重な古代遺物が発見されたりする。そこで出てくる物はほとんどが精巧な作りをしており、現代の技術では複製など到底不可能な代物である。
それを総称して古代遺物というのだ。
ローブを着た男の言葉に一同が静まり返る。円陣を組むようにして集まっている冒険者達の顔を順繰り見回した後、パンッと勢い良く手を叩き合わせる。
「まぁ、詰まりだ。」
視線を集中させながらバルドが話す。
「俺が提案したかったのは、この状況を打開するために山頂付近に冒険者を向かわせることだ。」
その言葉に一同がざわつく。
「おいおい、そうは言っても既に戦力の消耗も限界まで来てる上に防戦するだけでも限界なんだぞ。これ以上割くような人員は………」
そう言って周囲を見回す盗賊風の男の動きが止まる。
そこにいたのは、体の部位の欠損などにより、前線では役に立たないと判断された冒険者達だった。
「……まさか」
「そのまさかだ。彼等に行って貰う。流石に酷すぎる物達は別だが、片腕が無い程度の者達には参加して貰う予定だ。既に彼等にも」
「てめえ………いや、すまない…わかっているんだ。そうする他無いと言う事も。」
一瞬憤怒の顔になった盗賊風の男は、だがしかし、直ぐに悲しそうな顔になって歯を食い縛る。
冒険者とは実利至上主義の集団だ。利益で動き、時には同業者を殺すことも珍しくない。だが、共に死の間際で戦い、同じ釜の飯を食った経験により、互いに戦友としての意識が芽生えていたのだ。
「ーーー勿論、俺も行く。」
そう言ったバルドに困惑した様子で盗賊風の男が言う。
「だが、流石に足が無いんじゃ………なんだそれ?」
バルドは何処から取り出したのか、金属の棒を取り出していた。それを左足の先に当てると、まるで口を開くかのように左足の膝下まで飲み込み、人間の足のようになった。側面には緑色の回路の様な物が走り、指先まで続いている。
「自慢じゃないが、S級にもなると古代遺物を持っているやつもそう珍しくは無くなってくるんだよ。」
「お前………」
「ーーーーーここを頼むぞ。戻って来た時にここが落ちてるとか冗談じゃないからな。」
冗談めかしたバルドの言葉に、古代遺物に目を丸くして驚いていた冒険者達は真剣な顔で頷いた。