接敵
門を抜け、町の中心部、ギルド周りの広場に付いた俺は北通りの商店街ではなく、東通り、宿屋が多く存在する通りへと足を運んだ。因みに西通りには所謂大人のお店が沢山あったりする。兵士や冒険者の集まる町では、性犯罪の減少や慰安のためにああいう店が一役買っているのだろう。
東通りには、閑散、とまでは言わないが、そこそこ人がいる程度で、食事処から聞こえてくる笑い声などを除けば聞こえてくる音は少ない。大通りからさらに細かい道まで入ってしまえば、人とは殆ど会わなくなる。
俺は出来るだけ人の気配から離れるようにして場所を移動していく。細々とした、建物の間の小道を歩く内、袋小路に辿り着いた。あまり外壁の方に行き過ぎると衛兵が巡回しているので、場所的には丁度良いだろう。
「やあ、オグロ君。」
背中に声がかかる。
俺はゆっくりと振り向きそいつと目線を合わせた。
「いやあ、前々から君と話したくてね、付いてきてしまったよ。」
金髪に整った顔立ち、年齢的には俺と同い年くらいだろうか。身長は少しだけあちらのほうが高い。
「誰だお前。」
ニコニコとした顔をしながらこちらを茶色い目で見つめてくる。その顔からは一切の邪気が感じられない。だが、ここは町のはずれの袋小路。光があまり届かず薄暗い中で綺麗な笑顔を向けてくるそいつは、とても不気味だった。
「僕はヴェルゴ、と言うんだ。宜しくねえ。」
「……ああ。」
相変わらず索的には引っ掛からない。だが、どうやら相手は普通じゃあ無いらしい。
一見普通の少年の体、だが俺の《魔力視認》には、体に纏わり付く紫色の霧のような魔力がしっかりと見えた。
「……へえ、君、魔力が見えるんだ。君を追い始めた辺りからこちらを探るような物を感じたから、ジャミングをしておいたんだ。やっぱり、何らかの手段でステータスを隠してるのかな?君みたいな子供が、普通の子供な訳無いんだよねえ。」
まずった。変に体の周りを注視してしまったせいでこちらが魔力を見ることが出来るという事がばれた。視界全体に姿を入れるべきだったか。この町に入ってから隠し続けていたこちらの手札が意図せず捲られた緊張感に冷や汗をかく。
「魔力を視認するスキルでも持ってるのかな?それとも………ふふっ。いやあ、付いてきて正解だったなあ。実を言うと最初見たときから気にはなってたんだよねえ。追跡するこちらに気付いている様子だったし。あれも何かのスキルかな?」
それで、と言葉を続けるヴェルゴ。
「君、何者なんだい?」
「こっちが聞きた………」
悪寒。
全力で後ろにバックステップする俺の目の前、数瞬前まで俺が立っていた地面に現れた、幾何学模様を描く魔法陣から風の刃が放たれ、数メートル上の空中で霧散した。
「あらら。今の避けるかあ。」
「………おいおい、最近の子供はいきなり魔法を撃ってくるのか?」
「ふふ、最近は物騒なことが多いからねえ」
軽口をたたきながら、俺は急いでヴェルゴのステータスを確認する。
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種族:「人間(魔族)」
性別:男
名前:ヴェルゴ
年齢:8(44)
LV:1(52)
HP:20/20(1060/1060)
MP:10/10(2250/2290)
筋力:15(840)
物理耐久:10(720)
魔法耐久:10(1080)
敏捷:10(980)
体力 :10(750)
スキル
「短剣術lv3」
「火魔法lv4」
「風魔法lv5」
「闇魔法lv7」
「治癒魔法lv5」
「聞き耳lv3」
「索敵lv2」
「気配察知lv3」
「気配遮断lv3」
「魔力操作lv1」
「偽装lv7」
「人化lv5」
[称号]
なし
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左が偽装された物、右が本当のステータスだろう。
俺のほうが全てのステータスで劣り、レベル差も歴然としている。
「いやあ、君がどのくらい強いのか見てみたくなっちゃったよ。少し、遊んでいこうか。」
「俺としては火遊びはしたくないんだけど?」
「まあまあ………そう言わずに、さッ」
ヴェルゴの突き出された左手から、小さく、だが十数発もの漆黒の球体が放射状に発射される。
「この野郎ッ……!」
全てを迎撃するのは不可能。そう考えた俺は闘気を纏い、さらに両手に魔力を集めて致命傷になりそうな物だけを叩き落とす。数発が足や肩に当たり、体に鈍痛を残していく。
「まだまだ!」
ヴェルゴが地面へと魔法陣を展開。形成された球体から何本もの闇色の触手が生え、襲い掛かってくる。
左側から来る触手を手刀で切り払い、足に巻きつこうとしている触手を魔力を集めて強化した右足で踏み潰す。上段より打ち下ろされる触手を右手の側面で受け流し、横薙ぎに振るわれる触手を貫手で貫く。
幾本もの触手を退けつつ、触手群の根元へ到達。不気味に脈動する球体を貫手で貫くと、生えている触手ごと霧散した。
「よしよし、じゃあ次に……」
「付き合うわけねえだろ………ッ!」
俺は拳に魔力を纏わせ、闘気スキルで強化された身体能力を駆使してヴェルゴへ突進する。
飛んでくる火の矢を髪が数本焦げるような至近距離で避け、山なりの軌道を描いてギロチンのように降ってくる風の刃をクロスさせるような形で手刀で叩き割る。ふわりと解けるように空中に消えていく魔力の残滓を頬に受け、捌ききれずに体を何度も掠めていく魔法により浅い傷を負いながら、一直線に進む。
やがて、ヴェルゴとの距離は、俺の近接攻撃圏内となる。
「おぉぉォオオッ!」
左腕に回していた魔力供給を解除。
右手の先端部のみに魔力を一極集中。魔力の収束点として、指先の空間を歪めつつ、円錐状に魔力を伸長させ、まるで槍の先端のような形に透明な魔力で覆われた貫手を放つ。
狙い違わず、ヴェルゴの顔面へと吸い込まれーーーーー
ギャリリリリリリリ!
と音を立てながら、貫手に対して斜めに構えられた短剣で受け流された。
急いで引き戻す右腕に、剣閃。前腕を切り裂かれて血を噴き出しながら、距離をとる。
「……いや、正直驚いたよ。手加減で下位の魔法しか使っていないけれど、僕の魔法の魔力密度に引けを取らないくらいの魔力の収束技術。特に最後の一撃はまともに当たりさえすれば僕も防ぐのが難しい方だと思うよ?」
「……まあ、余裕な顔してやがるからどうせ防がれるとは思ったが………」
相手からは俺のステータスが見えない。だからこそ、わざわざ格上の相手の手加減に合わせた力を奮いながら、先の一撃にだけそれ以前の攻撃と差をつけて繰り出した。接近戦闘技能に限れば、そこまでの能力は持たない上、短剣術を使うための短剣を持っていないと踏んだからこそなのだが………。
「その短剣、どこから出しやがった?」
柄の部分に銀の装飾を施された短剣を見る。
「ふふ、驚いたろう?これも闇魔法なんだよ。」
そう言って、ヴェルゴは黒い円のようなものを作り、そこに短剣を出し入れして見せる。
「魔法ってのは便利だな」
適当なことを言いつつ腕の傷を治癒魔法で癒す。
「ほうほう、治癒魔法が使えるのか。じゃあもう一段階上の魔法で相手してあげるとしよう。」
「…………そりゃあ困る」
冷や汗をかきながら歯噛みする。また1つ引き出しを見られてしまった。先程の一撃に加え、奥手にならずに魔石吸食の発現能力も使ってしまえば良かったかもしれない。
ヴェルゴの前の地面に出現した魔方陣を睨みながら、再度腕に魔力を集中させようとした、その時ーーーー
「…………何だ?」
遠くから聞こえる、鐘の音。静かだったはずのこの場所に聞こえるほど、俄に人の声が騒がしくなる。
「ああ、そろそろ時間かぁ………。残念だけど、また今度かな。」
「……てめえ、何を知っている?」
「さあ………直ぐにわかるさ。」
そういうヴェルゴの体が、どんどん大きくなり、やがて成人した男性のものに変わる。頭には捻れた2本の角。肌は紫色となり、瞳孔に赤みがかかる。服装も魔法使いが着るようなローブに変わっていた。
「ふふ、驚いて……………無いねえ。おかしいな、人化を解くと大抵の人間は驚くんだけれどなぁ。」
人化に関しては知っていたし、本当の年齢も知っていたので驚くことはなかった。年齢の割りに若いのを見る限り、人間よりも寿命が長いのだろうか。俺は油断無くヴェルゴを睨み付ける。
「まあ、また会えると良いね。生きていたら、の話だけれど。じゃあ僕はもう行くよ。」
懐から水晶の様な物を取り出し、地面に投げて叩き割る。すると地面に魔方陣が展開され、魔方陣が消えるのと同時にヴェルゴはどこかへと消えていった。
「何だったんだ一体………」
いきなり襲われて、勝手に消えやがった。
「休んでる暇はないか。」
何かの警報音だろうか。何と言うか、先程のヴェルゴの発言といい、嫌な予感がする。まるで急かすかのような鐘の音を聞きながら、疲れた体を動かして俺は大通りへと歩き出した。
「おそい……」
いつもなら一緒に仕事の手伝いをしにいくはずのオグロが戻って来ない。
彼の髪や目と同じ色の黒のマントを抱き締める。
既に太陽は西へと降り始め、教室には誰もいない。
「な、なぁ………」
この男の子以外には。
「…………なに?」
「そ、その……。」
「…………。」
「……き、君の名前を教えてほしいんだけど…………。」
「………。」
マントを着てフードをかぶる。
オグロの真似をして腕を組み、ちらちらとこちらを見る男の子と視線を合わせないようにする。
変な人とは目を合わせるなってオグロが言ってた。
「…………………………。」
「…………………………。」
「…………む、無視すんなよっ!」
「あっ………」
フードが乱暴に掴まれ、引っ張られる。
「何で俺には名前を教えてくれないんだよっ!」
夕焼け空の下。私にマントをくれた人の顔を思い出す。面倒臭そうな顔を良くする彼の顔はそのときはとても優しそうで。
胃の辺りから何か熱いものが込み上げてくる。
「触るな!」
自分でも驚くくらいの声の大きさだった。
彼と同じ色のマント。
誰にも触らせたくなんかない。
「ぐ……なんだよ、そんな大事なのかよ!この前まで身に付けてなかったじゃないか!」
顔を真っ赤にしながら詰め寄られる。
「オグロが買ってくれたの!」
「なんなんだよ!あいつばっかり!」
自分がなぜ怒っているかも解らず、だが少年はセラに更に詰め寄ってマントを引き剥がそうとし………
思いっきり尻餅をついた。
「ぐっ!」
「はあっ、はあっ………」
肩で息をしながら少年を睨み付けるのはセラ。
片足を踏み出そうとした状態に合わせた彼女の足払いを思いっきり受けた少年は綺麗に体を掬われバランスを崩すことになった。
「お前!」
肩を怒らせ、立ち上がった少年は、再度セラに詰め寄ろうとし――――
ガアアァァァアン……ガアアァァァアン………
という鐘の音が響き渡った。
「な、何だ………?」
流石に驚いた少年は、動きを止めてキョロキョロし始める。
セラも驚き、鐘の音を聞く。
やがて…。
「なんだ?地響き……?」
それはセラの耳にも聞こえた。
地に響くような、いくつもの足音が重なったような重低音。
そして、それに続くようにして外にいる誰かの声が聞こえた。
「魔物だ!魔物の群れが襲って来たぞ!」