火種
活動報告に投稿時間について書きました。
「何でこんなえらい人と、しりあいなの?」
「いや、この前会ったときに少し荷物を手伝っただけだよ」
ギルドの階段を登りながら前を進むクラリスの背を見ながら答える。
あのあと、ついでに紹介に預かることになった。
2階にある通路の一番奥の部屋の扉を、クラリスがノックする。
「あなた、入って良いかしら」
「……その声はクラリスか。入って良いぞ」
扉の奥から少しくぐもった声が聞こえ、クラリスが扉を開く。
部屋の中には、良く鍛えられた体つきをした男がこちらを向いて椅子に座っていた。その堂々とした態度からは、流石ギルド支部長と言うべき威厳が溢れ出ている。
「あなた、お弁当を持ってきましたよ。」
「おお、いつもすまないな……それで、そこの子供達はどうしたんだい?」
「ラジエルさんの孤児院の子供達ですよ。ほら、この前あなたに、話した私を手伝ってくれた」
「あぁ、あの。あの糸をくれたとかいう
……。」
そう言うと、俺とセラの方を茶色の目で見る。
「こんにちは。私の名前はバラッド。ここのギルドの支部長をしているんだ。この前、家内を手伝ってくれたようだね、有難う。」
優しい笑顔を見せながら、言葉を発するバラッド。何処か孤児院の院長に通じるところもあるが、やはり別物だ。その目には、優しさはあっても甘さはない。
「こんにちは、俺はオグロと言います。こっちは………」
「セラと言います」
俺以外の人間と話すのは余り慣れていないのか、表情の硬いセラ。それは恐らく、緊張のせいだけではないのだろう。
出された紅茶を飲みながら、少しばかりの世間話をする。俺達が冒険者になりたいという旨の話をした時は、少しばかりの便宜を図ってくれるとも言ってくれた。全員が紅茶を飲み終わった頃、ふと、俺があげた糸の話になった。
「あの糸は何処で手に入れたんだい?」
「あら、それは私も気になるわ」
セラはセラで、糸…?、とか言いながらこちらを見てくる。
「あ〜……拾ったんです」
「拾った?あんな高級な糸をかい?魔力を通しやすい性質まであったし、巻いてある棒は簡素ではあるものの、綺麗な円柱状をしていたからそれなりに技術を持った人が作ったとしか思えないんだが………」
その後は誤魔化すために話を切り替えたりすることに奔走することになった。
「じゅあ、俺達はこれで……」
「うん、それじゃあ。暇なときにでも来てくれればまた色々な話をしてあげよう。」
そう言って、俺は背を向けて扉を出た。
「ふむ………。」
「何かわかった?あなた。」
「ううむ………いや、特に何て事はない、少しばかり身体能力の高いだけの子供だったよ。」
「そうなの?うーん、でもあの子が糸をくれたとき、あの子から魔力が迸るのを感じたんだけど………」
「有り得るとすれば鑑定妨害系のスキルか………いやしかし、あんな子供がそんなスキル、しかも私の《鑑定》を越えるレベルの《偽装》スキルを持っているはずが………」
「……どうしましょう」
「まあ、一応注意はしておくが、普通の子供だったらそれで良いのだ。怖いのは………」
「《人化》スキルと《偽装》スキルを合わせ持ち、さらに人間に成りきれるくらいの、高い知能を合わせ持つ高位の魔物、もしくは魔族ね?」
「あぁ、そうだ。」
30年前の魔物の大侵攻の折、人間側がかなりの苦戦を強いられた理由の一つ、《人化》した魔物による人間の町への潜伏。人間側は、仲間だと信じていた者に裏切られ、忽ち見方同士は疑心暗鬼の嵐へと陥った。それが数多の高位冒険者が布陣していた前線であれば相手が魔物だと見抜くことも出来たのかもしれない。実際、前線についてだけ言えば、殆どの魔物の偽装を看破することが出来た。だが、魔物の多くが潜伏していたのは後方だった。王都を含む最重要都市群は幸いにして陥落することを免れたものの、補給線をズタズタにされ、一時的に前線への補給が止まった上、防御能力の低い輸送部隊を、寡兵の護衛部隊では守りきることができず、また前線では満足の行く補給も出来ないまま魔物と人間の両軍の主力がぶつかり、多くの精鋭達と物資を失った。さらに言えば、数に物を言わせた魔物の攻勢により、王国は保有する小都市群の30%を消失。「援軍」として駆け付けたベルニス帝国の正規軍により魔物は駆逐されたものの、正規軍はそのまま駐留。今も実効支配が続いているが、あのままでは更に被害が拡大していたであろう王国は勿論何も言うことができず、もはや完全に帝国の物となってしまった。そして大変なのは戦後。そもそもの財源であった土地や都市をかなり失い、町の修復、遺族への慰謝料や、難民の受け入れに増えた貧困層による犯罪や奴隷に身を落とす人間の増加……。
「(またあの悲劇を繰り返すわけにはいかんのだ………)」
結局、その後の調査で、魔物の大侵攻は時間を掛けて計画された人間に敵対的な魔族による手引きと判明。王国の亜人排斥派の活動に拍車を掛けることとなった。
「はあ……もしかしたら、老体に鞭を打ってまた戦場に出なければならない日が来るかもなあ………。」
「ふふ、まだまだ私達は現役ですよ。」
30年前に前線で戦った若き日の自分と、仲間達を思い浮かべる。孤児院の院長をしているかつての仲間は、また共に戦ってくれるだろうか。
そうして、バラッドは机にうず高く積まれる書類に目を戻した。