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邪邪竜戦記その4

帝都の郊外には広大な平原が広がっている。

青々とした草が大地を埋め尽くし、色とりどりの花が咲き誇る。

その様は緑の海とも言うべきか。

ひとたび風が吹けば、草がゆったりとまるで本物の波のように打つ。

そんな自然あふれる場所にジークはいた。


「左翼は敵を喰いとめよ。右翼は敵側面を攻撃っ!」

「陣形を崩すな! 一列に並べ!」

「敵を牽制するぞ! いまだっ、放て!」


厳めしい顔をした騎士が兵士に盛んに唾を飛ばしながら、指示を出す。

兵士達は長大な槍を苦労しながら、敵に向け穂先を並べていく。

そして、敵が近付けば、穂先を真上に上げ、敵に向かって叩き落とす。

それを何度も繰り返すことで槍の弱点である懐に敵が入られることなく、敵を倒すのに最も効率的な集団戦法となる。

それゆえに如何なる歴戦の騎士でもこの長槍部隊にうかうかと近付くことが出来ない。

一つの長槍を防げても次から次へと振り下ろされる長槍にしまいには体をズタズタにされ肉の塊となる運命が待ち受けているからである。

さらにこの長槍部隊は敵騎馬隊にも絶大な威力を発揮する。

訓練された軍馬と言えども、基本的に馬は臆病な生き物である。

長槍の穂先を馬の目の前に出せばたたらを踏んで躊躇してしまうもの。

そうして、騎馬隊の足を止めてしまえば、ただの大きな獲物でしかない。

弓矢を放ってしまってもいいし、網を投げて騎手を生け捕りにしてもいい。

動けない騎馬隊など、ただのでかい的でしかない。

それゆえに敵の長槍部隊と対峙する時は味方の槍部隊と戦わせるか、無防備な横腹を騎馬隊で蹂躙するといった手段に限られてくる……はずであった。

そんな戦場の常識も巨大なる力を持つ竜には通用しなかった。


「カラミスっ!」


邪邪竜が一言眷族に命じれば、主の命を受けた眷族がその力を思う存分に発揮する。

無造作に弓をカラミスが進路上に存在する障害物に向けて矢を放てば、寸分の狂いも無く長槍を構える兵士に当たっていく。

そうなれば、折角の槍衾も穴の開いたバケツのようなもの。

次から次へと槍兵達が戦闘不能となり、槍の密度が下がっていく。

そして、その隙を見逃すティア皇女ではない。

本来の力を発揮することなく、槍と槍との間隙を縫って突撃してくる、ティア皇女と後から続く敵歩兵部隊に蹂躙される他なかった。

そして、長槍部隊の指揮を取っていたジークに邪邪竜姫と謳われたティアは難なく訓練用に刃先が潰された剣を首先に突き付けるのであった。


「降伏する?」


春を思わせる麗しい声にジークは黙って両手を挙げた。



「それじゃ、しばらく休憩。隊長は残りなさい。反省会を開くわよ」


手をパンパンと叩くとティアは手慣れた様子で隊長のみを集め、反省会を開いていた。



正式に近衛騎士団独立遊撃隊に編入されたジークは近衛騎士の訓練に駆り出されていた。

とはいえ、独立遊撃隊は少数精鋭の部隊と言えば聞こえはいいが、実際はティア皇女の気紛れで作られた部隊。

その為か、ティア皇女が動かせる兵力はたったの4人。

いや、アリス嬢に戦闘能力はないので実質3人の部隊である。

ようは何もせずに大人しくしておけという上層部の思惑が透けて見える部隊編成と言える。

ところがどっこい我らが邪邪竜姫様はそんな上層部の切なる願いを一顧だにせず。

仕事が無ければ自分で見つければいいのよという昨今の命じなければ動けない新米士官とは一味も二味もチョコレートだと思ったら泥水だったなみに味の違うお方である。

勝手に演習の計画書を作成しては、副団長を脅して承認を得る常習犯である。

その際の手際は凄まじく、マフィアの家に生まれれば今頃裏の世界で並ぶ者なしと言われていたという専らの評判である。

こうして、副団長の肝を無駄に冷やしながら、暇そうにしていた部隊をいくつか連れだして演習を行うのが独立遊撃隊の訓練である。


演習の内容自体は単純である。

部隊を敵味方の2つに分け、野戦を行うというものだった。

そして、敵役の部隊の指揮官にはジークが命じられ、正規軍の指揮官にはカラミスを従えるティアが率いることとなった。

その結果はご覧の通り。

良いところを見せる間もなくジーク率いる部隊はティアに鎧袖一触されてしまった。


「まずはジーク。最初にカラミスの矢で混乱するのは致し方ないけど、混乱を収めるのは指揮官の役目よ」

「面目次第もない」


指揮に関してはある程度の経験がジークにはあったのでそこそこの自信をもって演習に臨んだのだが、結果は惨憺たるものだった。

槍衾を手際よく敵騎馬隊の進行方向に並べたもののカラミスの神業とも呼べる弓矢の威力と連射に陣形を乱され、突撃を許してしまった。

あとは敵騎馬隊になすがままに蹂躙され、ジークは降伏をするしかなかった。


「次に十騎将のあなた。あなたの小隊の動きが遅いわ。もっと早く指示をしなさい。あれだと、敵が立ち直ったら囲まれるわよ。それと、あなた……」


それからは次から次へと動きの悪かった指揮官に問題点を一つずつティアは丁寧に上げていく。

それがなまじ当たっているだけに注意された隊長は項垂れていく。

無論、動きの良かった点を褒めることも忘れない。

そういうところが下級騎士や兵士に慕われる一因なのだろうとジークは思った。

惜しむらくはその気配りを上層部にもしてくれれば、彼らの胃薬の量も減ることだろうに。


「それじゃ、さっきの反省点は忘れずにもう一度やるわよ」

「「はっ」」


その場にいた指揮官達が一斉に敬礼し、己の指揮する部隊へと散っていった。


「そうそうジーク」

「なんでしょうか、万騎将殿」


散っていく隊長達を横目で見ながら、ティアはジークへと近付いた。


「万騎将殿なんて、堅っ苦しいわね。ティアで良いわ」

「いえ万騎将殿は万騎将殿ですので」


折角の言葉だったが、さすがに上司を呼び捨てるのも上下関係の観点からしてまずいと思ったジークは断った。


「……むっ」


だが、ジークの返答はティアのお気に召さなかったらしい。

不機嫌そうに眉を寄せた。


「……まぁ、いいわ。演習が終わったら独立遊撃隊の面々で新入りの歓迎会やるから予定開けときなさいよ」

「それは構いませんが」


男所帯の一人暮らし。

帰りを待つ人もいないのでジークはすぐに首肯した。

「場所は『天使の微笑み』よ」とティアは言い捨てると、すたすたと自分の指揮する部隊に戻ろうとしたが、言い忘れたことがあったのか戻ってきた。


「それと今日中に模擬戦で勝たないとジークの奢りだから」

「い、いや冗談ですよね。ほら、新入りが奢られるならまだしも奢ることはないですよね?」

「今日は何を飲もうかしらね。80年物のドンピエールなんていいかしら」


にやりと不敵な笑顔で告げるとジークが抗議の声をあげる前に、ティアは引き返していった。


「ば、ばかな……! ドンピエールだと!」


一方の残されたジークはティアが言い残して言った不穏な言葉にわなわなと体を震わせていた。


「ドンピエールと言えば、ドンピエール地方でのみ取れる葡萄で作った高級酒じゃないか!」


ドンピエールを一本頼むだけで1カ月分の給料が丸々吹っ飛ぶと言われる悪魔の水である。

一本でも頼まれたら最後、ジークの毎晩のおかずは塩水へと大幅なコストカットを余儀なくされることは必然といえる。


「負けられない、この戦いだけは負けられないぞ……!」


短い付き合いだが、ジークはティアの性格はある程度把握した。

やると言ったらやる女だ。


「おいっ、何をもたっとしている! 次の戦いは何が何でも勝つぞ! いいか、どんな手を使ってでもだ!」


かつてない闘志をむき出しにジークはおかずの存亡に賭けて、手近なところにいた運の悪い兵士を怒鳴りつけると、味方の指揮所へと駆けだした。

負けられない戦いがそこにはあった。



数時間後……


店で売られている魚と同じ目をしたジークが肩を落とし財布の中のお金を数える姿があった。

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