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邪邪竜戦記その3

とぼとぼと近衛騎士団の本部を歩きながら、ジークは先程のことを思い出していた。


「まさか、ティア皇女に目を付けられたと思わなかった」


頭を振りながら、ジークは溜息を更に付いた。

ティア皇女が奇人変人の類が好きだと言うのはよく知られた話だったが、まさか自分がその中に入ることになろうとは夢にも思わなかった。


「それにしても何で分かった?」


ジークは不思議でならなかった。

ルグント王国で騎士をしていたのは4年も前の話だ。

それをティア皇女は完璧に身元を調べ上げていた。

それもルグント王国なんていう小国の一騎士をだ。

戸籍なんて厳重に管理している訳でもない時代に一人の男の過去を探り出すのは並大抵の大変さではない。

たしかにヒルデガード王女付きの騎士ではあったが、それほど重要な職務に付いていた訳ではない。

一応はルグント王国では名門のアルベルト伯爵家の当主だったが、帝国ほどの大国がいちいち小国の田舎貴族を調べ上げるとは思えない。

その程度の情報で調べ上げたとすれば、ドライグ帝国の諜報部門は大国に相応しい優秀な連中なのだろう。


「まさか、ティア皇女と昔会っていたというオチなんてなさそうだしな」


呟いてみてから、ジークは苦笑した。

小国の騎士と大国の姫君が子供のころ出逢い、再会して恋に落ちる。

そして、身分差に悩みながらも姫君の為に戦う騎士。

あとはこの騎士が類まれな武勇や統率力を持っていたりすれば完璧だろう。

なるほど吟遊詩人が好みそうなラブロマンスである。

残念ながら、ジークには凡人並みの武勇や統率力しか持っていないが。


それに上流階級は仕来たりと礼儀作法に煩い世界である。

特に王や王族などはその代表格である。

彼らに会うには大小様々な正式な手続きを行う必要がある。

偶然に出会う可能性など、お伽噺の世界だけである。

唯一、ジークに会う可能性があるとすれば、舞踏会などで会うことなのだが、当然ながらその貴重な機会を他の貴族達が見逃すはずもなく、実際、王族の周りは常に取り巻き達に囲まれているのが相場である。

その中に割って入るほどの度胸はジークには無いし、実際やったこともない。

そんなジークがドライグ帝国の皇女と会う可能性は限りなく低いと言わざるを得なかった。


「まぁ、そんなことよりも確か副団長の部屋がこの先だったな」


アリスから教えてもらった副団長の部屋を目指して歩いていたジークは目的の部屋を見つけた。

近衛騎士団を実質的に取り仕切っているのは副団長、というのはアリスの弁。

着任の挨拶ぐらいはしたほうがよいだろうと、ジークは副団長の部屋を目指し歩いていた。

ちなみに団長であらせられる勲章マニアのサイラス皇太子への挨拶は必要ないとのこと。

まぁ、ファーストコンタクトでド突き合い寸前までになったジークとしては有り難い話しである。


そうこうしているうちに副団長というネームプレートがかかった扉を見つけた。

おそらく、ここが副団長室なのだろう。

ひとまずジークは軽く深呼吸し、三回ほど扉をノックしてみた。

ほどなく男性の声で入りたまえという言葉を聞き、扉を開けた。

その瞬間、未確認飛行物体が顔の横をすり抜け、無様な声を出す羽目になった。


「うぉっ!」


思わずのけ反ったジークの顔の横を通り過ぎた未確認飛行物体は、そのまま部屋の隅に置かれていた四角い箱へと吸い込まれていった。

よくよく四角い箱の中を見てみると、丸められた羊皮紙などがいくつも入っていた。

どうやらゴミ箱の役割を果たしているらしい。

未確認飛行物体の正体は丸められた羊皮紙だったようだ。

そのゴミを投げた当事者はジークの様子を気にするわけでもなく一心不乱に書類仕事をこなしていた。

外見は銀髪の髪を綺麗に撫でつけた優男である。

この容姿で副団長の肩書があれば、世間の女性はほっとかないだろう。

そんな彼の前には山と積まれた書類が鎮座していた。

団長の分まで書類仕事をしているという噂は本当だったらしい。

その副団長は山の頂上に置かれている書類を一枚手に取り、くしゃくしゃに丸めると、流れるような動作で投げ捨てた。

副団長の手を放れた丸められた書類は綺麗な放物線を描きながら、片隅に置かれていたゴミ箱に吸い込まれた。

なかなかのコントロールである。

もし、カゴに投げ入れた得点で争うスポーツでもあれば、副団長は一躍スター選手へとのし上がるに違いない。

残念ながら、この国にそんなスポーツは存在しないが。

さて、仕事に一区切りついたのか、副団長はやっとジークのほうに顔を向けた。


「すまない、仕事が立て込んでいてね。このままで失礼するよ」

「いえ、こちらこそ申し訳ございません。忙しいようでしたら、また後日にいたしますが?」

「いや、大丈夫だ。仕事も一区切りついたしね。ふむ、君が本日付で配属になったジーク君だね? 私が近衛騎士団副団長を務めているレインだ」

「本日付で配属になりました、ジーク十騎将であります」

「御苦労さん」


生真面目に敬礼をするジークにレインはおざなりに返した。


「ふむふむ、それで君が例の……」


あごに手を当て、レインはしげしげと新任の近衛兵を眺めた。


「君のことは隊でも噂になっているよ」

「噂……ですか?」

「当然だろ? 下級騎士から近衛騎士になったものは皆無ではないが、その場合は上層部でも無視できないほどの手柄を立てた場合だけだ。いまだに手柄を立てていない下級騎士を近衛騎士に抜擢するなんてことは前例が無いからね」


そういうと机に置かれていたカップをレインは手に取り、口に含んだ。


「それでどうやって皇女を口説き落とした?」

「口説き落とすも何も、私は今日が初対面ですよ」


慌てて、ジークは否定した。

どうやら、レイン副団長はジークが皇女を口説き落としたと勘違いしているようだ。

そんな技能があれば、祖国で騎士を続けていたかもしれないというのに。


「端的に教えろ。あの邪邪竜を口説き落とす者は勇者以外の何物でもないぞ。ドラゴンスレイヤー(竜殺し)と称えられても可笑しくない」

「本当に知らないですよ。私にも何が何だか?」

「本当にか?」

「本当に本当です。副団長殿」


むぅと唸りながら、疑惑の眼差しでレインはジークを見たが、当の本人は改めて首を横に振って疑惑を払拭しようと努めた。


「なら、何でお前が部下に選ばれたんだ。こちらが用意した部下は軒並み返品されたというのに」

「返品ですか……?」

「そう。成績優秀、品行方正、容姿端麗、家柄も上々。そして、何よりも私の意のままに動く駒である。そんな、この上もない優良物件ばかりが、だ。どいつもこいつも長くて3日で返品。最短で1日で返品だ。これはもう、お前が皇女に惚れ薬でも飲ませたとしか思えないだろう」

「……はぁ」

「はぁ、じゃないよ。それでどこでその薬を売っているんだ? 金貨1枚までなら即金で出すが、どうだ」


懐から金貨を取り出すと、副団長はそれをジークに押し付けた。


「いやいや、困りますよ。私は神に誓って、薬なんぞは使用しておりません」

「まぁ、いい。大事なのはお前が皇女に気に入られたことだ」


差し出した金貨を押し返された副団長は仕方なく金貨を懐に戻した。


「知っての通り、あの邪邪竜……いや、皇女は何をしでかすか分から……ゴホンッ、非常に活発な性格をしておられる。これに兄君であらせられるボンクラ……皇太子様も頭を悩ませておられる」

「別に告げ口をする気はございませんので取り繕わなくても大丈夫です、閣下」

「うむ、そうか? ならば本題に入ろう。もしあの邪邪竜がなにかをしでかそうとしているなら、すぐに私に報告しろ。どんな些細なことでも構わん。分かったか?」

「分かりました」

「私からは以上だ。下がって宜しい」


副団長から退室の許可を得たジークは一礼すると、部屋を後にした。



副団長室では、しばらく副団長が書類に書き込む音がしていたが、その静寂を破る不作法者が現れた。

その不作法者はノックもせずにいきなり副団長の執務室を開け放ったのである。

通常ならば、許されない行為だが、彼のみは例外であった。


「これは殿下。お呼び頂ければ、私から参りましたのに」


揉み手をしながら、副団長は皇太子を出迎えた。


「なに、たまたま近くを通ったのでな。それよりも、あの腑抜ふぬけた顔をしたやつがティアの雇った新しい部下か?」

「そのようです、殿下」

「ティアめ、何を考えている」


ちっ、とサイラス皇太子は舌打ちをした。


「とりあえずは私の手の者が皇女の身の回りを監視しております。おかしなことがあれば、すぐに報告が来ることとなっております」

「いっそのことジークとか言う奴を殺すか」


獲物を前にした蛇のように目を細め、サイラス皇太子は呟いた。

ジークを事故死にでも見せかけて殺しておけば、ティアも何らかの動きを見せるのではないかと考えた。


「それは最後の手段にすべきかと。皇女は勘が優れたお方。下手に下手人が分かれば、何をするか分からなくなります」

「……よかろう、あとはお前に任せる」

「御意」


サイラス皇太子の問いに慇懃に頷くことで副団長は肯定の意を表した。


「くれぐれも分かっているな? 私が王となった暁には貴様を近衛騎士団長の座に据えてやる。だから、どんな手を使ってでもティアを殺せ」

「勿論でございます。我が忠誠は殿下ただ一人に」


副団長は静かに膝を床につけると拝礼した。

第四話となります

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