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S・D・G  作者: ピジョン
第2章 黄金病

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第44話 誰も救えない


 ――レオンハルト・ベッカー――


 死亡状態からの蘇生(revival)三回。

 ペナルティによる加齢込みでゲーム内年齢は21歳。

 エミーリア騎士団所属。

 アルフリード騎士団所属。

 ザールランド騎士団所属。

 以上の三騎士団にて『騎士』としての爵位を賜る。

 同時に――

 アルタイル

 ノルドライン

 オンデュミオン

 の三カ国で『戦争犯罪人』として、生死不明の現在にあって今なお指名手配中。


 世界を救ったこの男は比類なき英雄と呼ばれる反面、各国の名将、宿将を殺害した戦争犯罪人と呼ばれる。


 最も強い王になるだろう。


 最も呪われた王になるだろう。


 ある猫の獣人の娘は、彼は英雄であっても王であってもいけない、と言った。そのどちらの生き方も彼を殺す、とも。


 エルに翳した竜の手にエメラルドグリーンのエリクシールが集中する。


 ――resurrectionリザレクション


 現在、このメルクーアでは蘇生術を扱える神官は、ザールランドの大司教ルーク・エリオットを含め、僅かに5名を数えるのみである。


 治癒の加護を与える神『アスクラピア』。青ざめた唇の女とも呼ばれるこの神の本性は『蛇』である。生と死を司り、自己犠牲を愛する。

 かつてレオンハルト・ベッカーという男は、アスクラピアという神をこう評した。


「この女は慈悲深く優しいが、しみったれていて代償を必要とする。タダ働きは嫌なんだとさ」


 蘇生時には加齢のデメリットがあり、各種特性値を削る。考えようによっては邪神の類いと呼んでも差し支えない。


 四年前、アルタイルの主導で開かれた国際会議で『アスクラピア』は邪神認定を受け、以降、篤い加護を持つ優秀な神官は減少の一途を辿っている。


 …………………………

 ……………………

 ………………

 …………

 ……


 その光景を見詰めるマルタは、歯をガチガチ鳴らして震えていた。


 サバントに拘束されたマルタを放置し、エルに向き合ったレオの手にエメラルドグリーンのエリクシールが集中し、強い輝きを放ちながら対象を包み込む。


 蘇生リザレクションの魔法だが、これが七回目の挑戦になる。


 エルは生き返らない。


 マルタは恐怖に震えた。

 蘇生術の成功率は一般的には60%ほどだ。失敗しても複数回の挑戦を経て成功することが殆どだが、ごく稀に上手く行かないことがある。イザベラの出奔理由となったフリートヘルムの死亡等がその事例にあたるが、分かりやすく言ってしまえば――


 運命。


 エルという猫の娘は、死神に魅入られたのだ。


 マルタは恐怖に慄き、僅かに失禁した。


「……」


 周囲を見回すと、誰も彼も死んでいる。人としての熱を持たない機械どもがやったのは、全員、マルタの部下だ。

 皆、死んでしまった。

 レオンハルト・ベッカーがやったのだ。


◇◇


 レオは全力でチートを振り絞り、ひたすら蘇生術の使用を繰り返す。噛み締めた唇が破け、血が伝う。


「何故だ……」


 竜の手は治癒の輝きで眩いばかりの光を放ち、エルを死の淵から呼び戻そうとしている。

 度重なる強力な蘇生魔法の使用は人間という種族の限界を超えている。今の彼は、神をすら凌駕している。それでもエルは目覚めない。


「何故だ! 何故生き返らない!!」


 ついに憤激し、レオは怒鳴り声を上げた。


「生命力には余剰がある! lack(幸運)は多少低いが問題ないはずだ!!」


(なんて強情な女だ!)


「くそったれ……!」


 角質化した肌に皹が入り、頬が割れ砕けた。そこから青白いエリクシールが宙に舞って消えて行く。

 いつの時代、世界に関わらず、行き過ぎた力の代償は逃れようのない破滅である。彼――レオンハルト・ベッカーに残された時間は余りないようだ。

 突如開いたステータスウィンドウが状況の変化を告げる。


☆イザベラ・フォン・バックハウスを保護する☆


☆ハートレスドラゴンを撃退する☆


 二つの強制イベント表示する文字が赤く染まった。


(イザベラが危ない? 交戦中?)


 ――『アルタイル』が戦域の離脱をはじめました!


 ――『猫目石』がニューアークを掌握しました!


 ニューアークを守れ! ――clear!!


「……!」


 ――マティアス・アードラーが戦死しました――


「…………」


 アルタイルの戦域離脱によりイベントの難易度が下がり、アキラが都市の把握に成功した。

 『邂逅』イベントを失敗したマルタ率いるエミーリア騎士団とは戦闘となった。

 『邂逅』イベントを失敗したマティアス・アードラーはギルドの制圧に乗り出し、アルタイルとの戦闘で死亡。

 それらの結果を噛み締め、レオは雨の夜空を見上げて嘆息した。


「……マジかよ」


 もう、ここには居られない。

 イベントにもならない汎用キャラクターの蘇生に費やしていい労力を遥かに超えている。

 だが……


 ――あなたのことが心配です――


「……!」


 プレイヤーとしての冷静な判断は、この場からの速やかな離脱を示唆している。

 レオは、また手のひらをじっと見詰めた。


 その手は誰も救うことなく――


 レオは項垂れ、エルから逸らした視線をマルタに向けた。


「……なぁ、マルタ」


 呟いて、レオは辺りを見回した。

 大勢殺した。だが一人の命を救うことのなんと困難なことか。零れ落ちた命の価値はいかばかりだろう。


「なぁ、マルタ。何でこんなことになったんだ?」


 エルの死に消沈し、明らかに様子が変わったレオに、マルタは言った。



「全部きみだ。レオンハルトくん、全部きみがやったんだ」


「……」



 レオは、くしゃりと頬を歪めて笑い、それ以上は何も言わなかった。

 涙は出ない。

 マルタの言う通り、全部彼がやったことだ。


「……コバルト・アローのアクセスキーは――」


 レオは応えず、雨に濡れたままでいるエルを抱き上げる。

 細く、薄い肩だった。

 彼を庇って死んだのだ。

 涙は出ない。全てを灼き尽くすような怒りも、気紛れな猫のように去ってしまった。


 時間を縫い止めてしまったかのように、半ば開いたままのエルの瞳を閉じた。


「……もういい、離してやれ」


 レオが命じると、サバント2体はマルタの拘束を解いた。


「……お前のミスは許さんが、俺のしたことを許せともを言わないさ。気が変わらないうちに行くといい」


 この気紛れのような決断も、レオが冷静であれば、マルタの所持する精神系スキル『温和』の影響と考え、別の決断を下したかもしれない。


 レオは視線を伏せ、軽く唇を噛み締めた。

 やりたいようにやった。後悔はない。だが後に残ったのは砂を噛むようなやりきれなさだけだ。


「……!」


 死した少女を抱いて、レオは声なき悲鳴を上げた。


 ――雨。


 ――雨が降っていた。


◇◇

◇◇




「アイツら死ねばいいのに」

「……アレンとルークのことか?」

「ソイツら以外に誰がいるのよ」


 追憶はいつも朧気。

 思い出の中の彼女の輪郭はいつも霞んでいて、はっきりとした形を持たないが、彼女の名が『イザベラ・フォン・バックハウス』であるということは察しが付く。


 金色の髪。

 吸い込まれるような青い瞳。

 覚えている。


 彼女はとても優しいが、その反面で人一倍プライドが高く、いつもすました表情で素っ気ない態度を取る割に、内面は驚くほどの激情家でもある。

 ……まあ、そこに彼は惚れている訳だけれども。

 宥めるように言った。


「……あいつらは、ちょっと不器用なだけなんだよ。悪気はないんだ。だから……」


 つんけんした雰囲気を纏うイザベラは、強情に首を振った。


「わからないわね」


 イザベラは断言して、それから彼――レオンハルト・ベッカーを引き寄せ、そこが定位置であると言わんばかりに、強引に膝枕の格好にしてしまう。


「もう休め、何故その一言が言えないのよ」


「……」


 彼にはキツい言葉だ。何もかも諦めろ、と言っているように聞こえる。

 だが、はっきり言われてしまえば……彼は悩みながらも剣を置いたかもしれない。


 優しい彼らは、だからこそその一言が言えずにいる。

 レオンハルト・ベッカーという男が満足の行くように、何も言わずにいてくれる。

 だが、彼らの本心は、レオを休ませたい。だから、当たりも厳しいものになる。


「……不器用なだけなんだよ……」


 上手い言葉が見つからず、力なく呟いて視線を伏せる。


「……」


 イザベラは無言だった。

 だが、身に纏う雰囲気に冷たい怒りがある。言葉に出さないのは、それを向ける対象が間近に居ないからだ。

 独り言のようにイザベラは呟く。



「そう言うあんたも、たまらなく不器用なのね……」



 レオは聞こえないふりをして、小さく息を吐き出した。皇竜の討伐に目処が立った今は、休んでいていい時ではない。だが漠然と考える。


 いつの日か分からないが、きっと自分はこの女の胸に帰るのだろう。



◇◇



 エルの濡れた肩を、そっと労るように抱き締め、その首筋に顔を埋める。

 声なき悲鳴。

 瞬間、ニューアークの人々は理解した。良心的な者も、悪徳にまみれた者も悉く理解した。

 千を超える骸の山を築き上げたこの男は、英雄等という上等な代物ではない。

 たった一人の人間なのだ。

 憎しみと怒りに我を忘れることもある。討ち果たした千の骸を踏み締め、たった一人の少女を惜しんで声なき悲鳴を上げる。


 このメルクーアに住む者の多くが犬や猫の獣人、ホビット、ドワーフ、『亜人』と呼ばれるものの血を引いている。


 レオンハルト・ベッカーが哭いている。


 たった一人の為に、声も上げずに哭いている。


 その光景に悪党も善人も区別なく魅いられ、目を逸らせずにいられない。人としての粋のままの姿から、目を逸らせずにいる。


 しとしとと降り注ぐ雨の中、レオはエルの亡骸をマントで覆い隠すようにして包み込むと、その場から大きく跳躍して、教会のアーチを描く飛び梁の上に着地する。


 エルを抱いたまま、蹲るようにして、夜空を見上げるレオはダークネスパワーが造り出した死の監獄の効力を消した。

 うっすらとした靄に包まれるようだった視界が晴れ渡り、上空に未だ旋回を繰り返し、こちらの監視を続ける小型戦闘挺アルバトロスの姿を認める。


「レオンハルトくん!」


 飛び梁の上にしゃがみ込み、睨むようにしてアルバトロスを見上げるレオに、マルタが叫んだ。


「持ってけ!!」


 投擲された『それ』は、夜の闇の中、きりきりと旋回して、一直線にレオ目掛けて飛んだ。

 無造作にそれを受け止め――


「……」


 竜の手に掴んだその銀の筒を見て、レオは僅かに目を見開いた。


 外観は握り拳二つほどの長さの金属製の柄で構成されたそれは、起動すると長さ1mほどの高熱のプラズマ刃を形成する。

 この『剣』の特徴は、対象を『人間』にした場合、クリティカル値が実に60%を超えるということにある。SDG の設定では、超高熱のプラズマ刃による『溶断』の斬撃は通常防御を許さず、一刀両断してしまう為だとされる。

 ダークナイトがこの武器を愛用した所以は、この武器は『特殊武器』に分類され、ブラスター、サーマルガン、レールガン等のEML(電磁気を使う投射様式全般の兵器呼称)に対する『銃器』全般に防御効果が見込めるところにある。超高熱のプラズマ刃はビーム型兵器の弾道を逸らす、或いは跳ね返すことが可能であり、攻防一体の武器になる。

 ……という『設定』。

 光の速度で飛ぶビーム型兵器に人間が反応できるかどうかは甚だ疑問であるが、それを差し引いても、この『剣』を手に入れる意味は大きい。

 ニーダーサクソンでは『アーティファクト』に指定されているこの『剣』は、正真正銘の『オーパーツ』である。鑑定前の不確定名称は『場違いな加工品』。


「行っちまえ!!」


 涙ながらに恨みのこもる視線を向け、マルタが叫んだ。


「よくも私の部下を殺したな! お前なんか、戦って戦って死んじまえ!!」


「……」


 レオは口元を吊り上げ、凄惨な笑みを浮かべてその言葉を受け止める。

 馴れ合うつもりはない。

 エルを殺したのは、マルタが率いるエミーリア騎士団の連中だ。レオにとって、この報復は正当な権利でしかない。


☆イザベラ・フォン・バックハウスを保護する☆


 この『剣』で戦って戦って――


 受け取った銀の筒を腰のベルトに差し込むと、レオは僅かに頬を緩めて笑みを浮かべた。


(俺には、戦いだけが……)


 レオは左腕に強くエルを抱き締め、右手の死神を夜の闇に向けて投擲した。


 雨の中を真っ直ぐに飛んだ青の軌跡は中空で形を変え、錨に変化するとアルタイルの小型戦闘挺『アルバトロス』を捉え、夜空に一瞬の花火を咲かせた。


 刹那、レオはその花火に引っ張られるようにして夜の闇の中を翔んだ。

 後ろは見なかった。

 命令を待ち、呆然と立ち尽くす機械兵も憎悪に燃えるハーフエルフの女のことも、次の瞬間にはもう、忘れていた。

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