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S・D・G  作者: ピジョン
第1章 失われた英雄
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第7話 ゲーム!

 レオとニアがリビングでバスローブ姿でくつろいでいると、エルとアルが夕食を運んで来た。

 夕食のメニューは鶏肉の入ったシチューとパンだった。シチューは素朴な味付けだったが、これはこれで悪くない。

 ニアは少し物足りないようで、空になった皿を恨めしげに見つめている。

 待機していたエルとアルに、おかわりを言い付け、そこでレオはようやくイベントメニューの確認を始める。


 獣人たちに……1


 取捨選択の可能なイベントの欄にコメントがそうあった。エルとアルの絡んだイベントであることは疑いない。だが……


(この1って、なんだ? 2もあるのかよ?)


 続いて、強制イベントのメニューを開く。


「なっ! なんだあ!? いっぱいあるぞ!?」


 ずらりと並んだ強制イベントのフラグ発生数にレオは悲鳴を上げる。


 ヤモ将軍を始末しろ!


 アキラ・キサラギをパーティに加える。


 イザベラ・フォン・バックハウスを保護する。


 テオフラストの祝福を得る。


 『アレスの宝珠』を手に入れる。


 アレクエイデスに会う。


 星の夢。



「ざっけんな! ヤモ将軍の暗殺フラグが立ってんぞ!」


 ! は緊急性を伴うイベントに付く場合が多い。始末しろ、消せ、殺せ、等剣呑な指示の場合は特に手段を問わない、という意味だ。

 レオは唇を噛み締める。


(落ち着け! 強制イベントだ。これもなにかの意味があるはず……)


 少し前になんとなく、ヤモ将軍に殺意を抱いたこととは無関係のはず。そう思いたい。SDGは確かにゲームだったが、彼にとって今のSDGは現実だ。その現実世界で暗殺はさすがに気が引ける。


「なんなんだよ! テオフラストにアレクエイデスだと!? この世界の神じゃねーか!? 何処にいるんだよ! アイドルの追っかけすんのとわけがちがう――」


 そう、何処に……そこまで考えて、レオの脳裏に一つの答えが思い浮かぶ。


(ドラゴンマウンテン……)


 別名『竜の巣』。『皇竜』の住処。SDG最後の戦闘舞台。


(現実になったこの世界で、あそこに行けってか……?)


 だとしたら事態は最悪だ。前プレイで皇竜こそ打倒したとはいえ、竜の巣には凶悪なドラゴンが山ほどいる。パーティメンバーもままならない現在の状況では考えもつかない。

 今はいい。後で考えよう。レオは首を振って、それらを追い払う。

 『星の夢』も気になるがそれも後だ。とりあえず、


(分かるとこから考えるんだ。ええっと……アキラって、『ニンジャ』のあいつだよな)


 アキラ・キサラギはSDGクリア時のパーティメンバーの一人だ。豊富なスキルと天才的な素質を持っている。彼女をパーティに入れるのは願ったり叶ったりだ。強制イベントならなおさらのことだ。

 一つ整理が着いた。よし、と内心頷く。続いて……


(イザベラって、どんなやつだった? 保護ってことは、危機的状況にあるってことか?)


「あの、レオ様?」


 エルが、きょとんとした表情でこちらを見ている。


「先程から、怒鳴ったり、考え込まれたり……どうかなさいました?」

「ああ、どうかなさったとも。ニアっ、皿をなめるんじゃないっ」


 レオは一頻り思案にふける。このメルクーアでの行き先を模索する。

 ややあって、エルとアルの二人が退室する。


「ご用の際は備え付けのインターホンでお呼び下さい。使用方法は……」

「ああ、大体分かる。今日は済まなかったな」


 窓の外では、惑星メルクーアの月が輝いている。

 レオはまだ眠れそうにない。

 尖った月が厳しい表情のレオを見つめていた。



****



 この世界では獣人の命は一山いくらの薬草より安く売り買いされている。

 ニアが思うに。


 獣人というのは、まるっきりのクズだ。


 ニア自身、六歳の身空で奴隷商人に売り飛ばされた。

 その奴隷商人たちの一行が、盗賊の一団に襲われ壊滅したのが、今を去ること一三年前の話。ニューアーク郊外での出来事だった。

 命からがら逃亡し、街道を避け移動する彼女の前に現れたのが、レオこと、レオンハルト・ベッカーだった。

 行く当てもなく途方に暮れていた彼女に、レオは言った。


「オレはこのゲームのクリアを目指すプレイヤーの一人だ。おまえ、オレと一緒に来ないか?」

「うぁ……?」


 レオの言うことは、ニアにはよく分からないことが多い。このときもそうだった。


「少し、おまえに触っていいか?」


 反応のはかばかしくない彼女の額に、レオが触れる。


「……なるほど、まだ六歳だったか」


 獣人の身体の成長は早い。既に彼女は、未だ少年のレオよりずっと上背があった。


「SDGの世界では、獣人が口を利けるほどに声帯が発達するのは、八才ほどからだったな……」

「う……?」

「なあ、おまえ。オレと一緒に来いよ。面倒は見る。給料も払うぞ? 名前だって、可愛いのを付けてやる。どうだ……?」


 このときの彼女は、まだ名前すらなかったのだ。その名すら持たない彼女の機嫌を伺うように、レオは上目使いに見上げてくる。

 レオの悪戯っぽく輝く瞳が、小さく不安に揺れていた。

 可愛い男の子だ。そう思った。そして、彼女は、とても素晴らしい出会いをしたということを理解した。


 彼女は頷き、名前を含んだ全てを手に入れた。


 手に入れたのは、名前だけでない。強さ、賢さ、生きる術は勿論、遊び方や日常知識。身を守る術も手に入れた。


 ――そして一三年。


 入浴後の脱力感と満腹感がニアに眠りを促そうとしている。

 やはり、『予知』は間違っていなかった。浮かんだビジョン通り、レオに会えた。

 目論み通り、一番乗りだ。これがニアにとってのベストだ。『予知』がそう告げている。

 そして、これから先は……大人の時間だ。

 かっ、と頬が熱くなり、ニアはソファに顔を押し付ける。

 そんな彼女の心に霜を降らせたのが、レオの一言だ。


「なあ、ニア。イザベラって、知ってるか……?」

「性悪女……」


 あの胸糞悪い性悪女! 一瞬でニアの頭は沸騰しそうになる。せっかくレオは忘れているようだったのに。

 なんだって思い出したのだ? あの嫌らしい猫二匹がなにかやらかしたのか?


「知ってるんだな?」


 レオが優しく頭を撫でてくる。


「はうう……」


 この指も手つきも魔性の代物だ。昔より、ずっと威力が上がったように思う。瞬く間に、ニアの身も心も煮溶かしてしまう。

 これはもう自分だけのモノだ。すでに性悪女のモノではない、だから、


「知らない」


 とニアは答える。


「うーん……そうか……」


 レオの記憶には欠落がある。だから、あまり深くは詮索されない。


「なあ、頼みがあるんだが、いいか?」

「うん」


 レオの言う事は何でもきいてあげたい。


「超能力だ。なんつったっけ? 特定のNPCや任意のキャラの居場所を知る能力があったろ?」

「えぬぴー……あ?」


 レオは時々意味の分からない言葉を使う。それに、現在のニアは複雑で合理的な思考が難しい状況にある。


「頼む、ニア! 強制イベントのフラグが立ってるんだ」

「?」


 また意味不明だ。ニアは首を傾げる。


「これから言うやつの居場所を探ってくれないか?」

「だれ?」

「よし。……アキラとイザベラ、それからヤモ将軍。テオフラストにアレクエイデス」


 とてつもなく嫌な名前が三つも出て来た。ニアは、きゅっと鼻の頭に皺を寄せる。


 アキラと言えば……あの薄汚い泥棒猫のことだ。イザベラはエルフの性悪女だ。それにヤモ将軍と言えば、あの男に至っては、ただの狂人ではないか。

 それから……レオは、何と言った? テオフラスト? アレクエイデス? それは神の名だ。そんなものの居場所なんて分かるはずがない。


「ニアは、かかわらないほうが、いいと、思う……」

「頼むよ! やるだけやってみてくれ! なんでもするからさ!」


 レオが、ぺろりと舌を出し、悪戯っぽい表情をする。この表情をするときの彼は絶対に良からぬことをたくらんでいる。だが……


「なんでも……?」


 それはとてつもなく強い魅力を放つ魔法の言葉だ。


「みみそうじ、してくれる……?」

「もちろん☆」


 レオは、にっこり笑った。

 しょうがないなぁ、とニアは、やむを得ず身を起こし、胡座を組むと瞑想に入る。

 少しごまかされている気がしないでもなかったが。




 瞑想状態のニアは、次のように言った。


「アキラ・キサラギはアルタイルにいる」


「イザベラ・フォン・バックハウスはニーダーサクソンにいる」


「アレクサンダー・ヤモはザールランドにいる」


「テオフラストは竜の巣にいる」


「アレクエイデスは星の船にいる」


「イザベラ・フォン・バックハウス……バックハウス家の、イザベラ? ……ニーダーサクソンの姫将軍……あ! ああああああああ! 思い出した!」


 レオは血の気が引く音を聞いた。


(イザベラ! やばいって! それだけはやばい! イザベラって、メインヒロインじゃん……)


 彼は顔面蒼白になった。あまり深く考えず、ニアと関係を持ったことをどう説明すればいいのか。

 仮に、プライドの高い彼女に全てを告白したとする。


「ふふっ!」


 彼は思わず笑ってしまう。そこから先は人知を超えているような気がした。


(これはゲーム。ゲームなんだ。だから、なんてことない!)


 このことについて深く思索を巡らせなかったことで、彼はとても後悔することになるのだが、それは、ずっと後の話しになる。


大丈夫ですかねこの人……今度こそ、死ぬかもしれませんね。

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