第43話 壊れかけたヒーロー
レオンハルト・ベッカーは言った。
「――ファランクス(攻撃型突撃陣)。殲滅する」
召喚された機械兵は凡そ二百。
歩兵であるサバントを前面に配し、その後列に騎兵であるトルーパーを据え、隘路に計七列の陣が敷かれた。
レオは兵列の中から適当なトルーパーを選び、騎乗している機械兵を引き摺り下ろすと代わって騎乗した。
そこで一瞬、レオは動きを止めた。
「第二大隊隊長は捕らえ次第、首を斬って晒せ! アーベラインは俺が直接尋問する! 抵抗するなら手足を千切っても構わんが決して殺すな!!」
――あなたのことが、心配です――
レオは首を傾げ、辺りを見回す。何かが聞こえたような気がした。
「……?」
SDGの世界で最も精強とされる軍勢は、軍神アルフリードを祖に持つとされるアルフリード帝国の『アルフリード騎士団』であるが、ダークナイトの呪われたサーガでは、そのアルフリード騎士団の力を持ってしても、暗黒の騎士団の進撃は止められぬと吟われる。
レオは周囲を見回して、面白くもなさそうに鼻を鳴らした。――気のせいだったと、鼻を鳴らした。
「全騎、突撃!!」
そして遂に暗黒騎士の怒号を皮切りに、機械兵団の進撃が始まった。
「カラコール!!」
カラコールは騎兵による一撃離脱の戦法である。市街地や一般道等の隘路で効果を発揮する。
そして何より『レオンハルト・ベッカー』というキャラクターは『騎士』である。戦場を駆ける『騎兵』である。
白兵戦に於いては強固な装備に身を固め戦うのが最もよいとされるが、効率的なパフォーマンスを発揮するのは『戦争』であり『騎乗』した状態だ。
その彼を先頭に、隘路に並ぶようにして幾重にも突撃陣が展開されて行く。
騎乗する機械馬ごと青いエリクシールの焔に燃えるレオは、さながら一本の矢のようだ。馬上にて反り返るようにして力を溜める。
軍神槍の輝きが増す。騎士の固有スキル『チャージ』。攻撃力は倍加される。
☆Leonhard Beker
――機械兵団 217
Vs.
▽ マルティナ・フォン・アーベライン
――エミーリア騎士団(第一大隊) 477
――エミーリア騎士団(第二大隊) 85
マルタ率いるエミーリア騎士団は既に統制を失い、その半数以上の人員が死傷している。そこに戦場の雄レオンハルト・ベッカー率いる機械兵団が殺到する。
激突の直前、レオの騎乗する機械馬は大きく飛び上がり、右往左往する敵中に突っ込んだ。
full moon (満月)
ダークナイトの武技スキル『クレセントムーン』。本来は三日月の波動を描き飛ぶ斬撃がスキル『チャージ』の併用により強化され、真円の軌跡を描いた。
炎熱の大気を断ち割って、グングニールを一閃すると千切れた四肢が舞い、命が弾け飛ぶ。
辺りは吹き出る血と悲鳴で溢れ返った。
ここが地獄の一丁目だ。
肉の焼ける匂いが立ち込め、血溜まりは炎熱で沸き返る。
数の上ではマルタ率いるエミーリア騎士団が勝る。しかし指揮官には戦意なく、率いる兵はパニックに陥り逃げ惑うだけだ。
機械兵団の心を持たぬ鉄の刃は如何なる敵も打ち砕く。最早戦闘集団としての体をなさぬ敵を容赦なく突き刺し、斬り殺す。それは最早虐殺の域に達している。
阿鼻叫喚の悲鳴と降り頻る血の雨に身を浸し、レオは凶笑に噎せ返った。
「あっははは! さあ、始めようか!!」
明けない夜の夢が始まる。
◇◇
泣くがいい。喚くがいい。
あなたの傷に付ける薬はなく、痛みがやむことはない。
阿鼻叫喚の悲鳴の中で、あなたの魂は永遠に安らう。
燃え盛る地獄の業火の中で、あなたの魂は永遠に安らう。
――ダークナイトのサーガ――
◇◇
戦術『カラコール』により都合37回の突撃を受け――
「隊長! 我がエミーリア騎士団の弱卒はサバントたちに討ち取られ、隊長一人を残して全滅した模様!」
世界の破壊者、レオンハルト・ベッカーが命を選ぶ街角で、マルティナ・フォン・アーベラインは、元副官であったものから悲惨な内容の報告を受けている。
どろりと濁った瞳の中に、紅い地獄の業火を映し、副官の顎がかくかくと動く。
「こんにちは、マルタ。それとも可愛らしくマルティって呼んだ方がいいか?」
全身を駆け巡る恐怖に、マルタは唇を震わせ、眦にはうっすらと涙を浮かべている。
「あ、ああ……レオンハルトくん、こ、降参するから……許して……」
最早、歓喜の声はなく。
絶え間なく上がる悲鳴すらも消え去り。
レオは副官の首を腹話術の人形のように弄んでいる。顎の部分を上下に揺らし、
「すると隊長は、自分一人、生き長らえようというおつもりですかぁ? それは小官には納得致し兼ねますがぁ?」
おどけたように言った。
「 だ め ☆ 」
この悪徳には、流石の無法都市の住民も眉をひそめて嫌悪する。
一瞬後にレオは鼻面に皺を寄せ、手に持った副官の頭を投げ捨てた。
「よお、マルタ」
言った。
「マルタ、お前は……とても、とても、悪いヤツだ……!」
「あ、あああ……ご、ごめん、レオンハルトくん、許して……」
この小一時間の間に、マルタが率いる二個大隊の――なんと全員が死亡した。
確固たる死の予感がある。
最早、見栄も外聞もない。マルタは子供のように涙を流し、膝を着いて寛恕を請う。
レオは鼻で嘲笑った。そして宣告する。
「駄目だ、マルティナ・フォン・アーベライン。お前はここで死ぬんだ」
「……ふぇ」
その容赦ない言葉に、マルタはくしゃくしゃと顔を歪め、俯いて泣き出した。
「おい、これからがいいところなんだ。顔を上げさせろ」
マルタを押さえ付ける2体のサバントに命じ、その顔を上げさせる。
――あなたのことが心配です――
「…………あ?」
レオは訝しむように眉間に皺を寄せ、きょろきょろと辺りを見回した。
4本の指しかない『何か』の右手でマルタの長い耳を引っ張り上げ、レオは首を傾げる。
「……おい、何か言ったか?」
「ゆ、ゆるして、レオンハルトくん……」
「だから……」
レオは呆れたように首を振った。
――あなたのことが心配です――
「うるせえな」
というのが彼の応えだ。
だが何処かしら釈然としない思いがある。忘れてはいけない何か『大切なこと』を忘れているような気がして――
レオは顎を擦りながら少しだけ考えた。
「……」
ポン、と手を打って言った。
「マルタ、お前に訊ねたいことがある」
機械兵の鋼鉄製の手がマルタのモスグリーンの髪を引っ掴み、ぶちぶちと引き千切れるのにも構わず、俯きがちな泣き顔を再び上に向かせる。
そのマルタの顔を覗き込み、レオは言う。
「マルティ、泣かないで。正直に答えてくれたら、楽に逝かせてあげるから」
「うぇ、ひぐっ……」
レオの言葉に、マルタは一層泣き崩れた。
容赦なく殺した。
『レオンハルト・ベッカー』は戦場の雄である。その魂は戦場という名の練獄の焔で鍛えられている。その事に何の感慨も湧かなかった。
戦いはいい。
刃の閃く一瞬の刹那に、命の華が咲いて散る。身を焦がすようなスリルにこそ生の実感がある。やはり――
(俺には戦いだけが……!)
その思いに身を焦がすレオの身体から、黒い瘴気が立ち上る。
――darkness power――
世界の全てを赦さない。そうすることを定められ、この力は世界に放たれたのだ。
スキル『威圧』が発動し、両の瞳が深紅に染まる。何も聞こえない。止められない。レオは言った。
「……コバルト・アローのコクピットを制御するメインコンピューターのアクセスキー……16桁の暗証番号を教えて貰おうか!」
「……!」
瞬間、マルタは首を振って、より激しく泣き崩れた。
己のこめかみを叩きながら、レオは鼻を鳴らした。
「バックハウスが何処まで予想しているか知らんが、俺は蘇生時のペナルティでパーソナルデータの幾らかを完全に破損している」
このような場合に備え、彼はバックアップを取っていた。取っている筈である、というのが彼の予想だ。
「答えろ」
――あなたのことが心配です――
「……やだぁ」
マルタは泣きながら、イヤイヤと子供のように首を振った。
「何故?」
「だって、それを教えたあと私を殺しちゃうだろぉ……!」
レオは笑った。
「そうだな。確かに殺す。お前は賢いな。でも大丈夫だ。お前の気が変わるのも、きっとすぐさ」
それは言外に拷問すると告げている。
「死んでも大丈夫。俺は神官魔法が使える。何度でも生き返らせる。お前の魂が消し炭になるまで訊問してやる」
マルタは全身を恐怖に震わせ、絞り出すように嗚咽してレオを見上げた。
「……ゆ、ゆるして……」
◇◇
人は何処かへ至ろうとするとき、己というものを諦めねばならない。
――テオフラスト――
◇◇
レオは残酷に言った。
「駄目だ。何度も言わせるんじゃ――」
――あなたのことが心配です――
「……」
そこでレオは再び動きを止め、眉間に皺を刻んで辺りを見回した。
「……?」
マルタは恐怖に震えながらも視線を上げる。
「…………」
レオは何かを探しているようだったが、それを振り切るように首を振ってマルタに向き直った。
「……お前、何か言ったか?」
「……え?」
そして――
◇◇
◇◇
ポツリ、と冷たい水滴が頬を打ち、レオは暗く澱んだ夜空を見上げ、呟いた。
「雨……ああ、アキラの……」
アキラ・キサラギの赤錬金『招雨』の影響である。狙いはこのニューアークに起こった火事の消火だろう。
鋭く戦況の機微を感じ取ったレオは軽く唇を舐め思考する。
……アキラが率いる一個連隊『猫目石』が戦況を把握するのも時間の問題だ。ニューアークのイベントは任せてもよい。ならば彼の赴く先は――
そこまで考えたとき、レオは『それ』を視界の端に見てしまう。
――あなたのことが心配です――
レオは瞬きすらせず、『それ』を見つめたまま動かない。そして――
そして、雨が降り頻る。
◇◇
それを目前にして、固まったように動きを止めたレオを、さらさらとした雨が濡らしている。
「……」
レオは口元を押さえ込むようにして、視線を『それ』に縫い止めたまま動かない。
「……」
激情の発露のようなものはない。それをするには、彼の心は擦り切れ過ぎている。
――あなたのことが心配です――
道々に倒れ伏したエミーリア騎士団の騎士達の死体に混じり、石畳の床に『チ』の字を書くようにして転がる少女――エル――は、僅かに這いずった痕跡が見られる。
「…………」
大勢殺した。
そのことに何の感慨もない。何の興味も湧かない。しかし――
エルの『死体』だけは、違う。
そこかしこに転がるニーダーサクソンの騎士の亡骸と違い、エルの『死』だけは、彼の瞳に異彩を放って映っている。
レオは口元を強く押さえ付けたまま、僅かに呻いた。
「お、俺は……」
その声色は多分に困惑に揺れていて――
――あなたのことが心配です――
何の為に戦うのか?
何が彼の怒りを喚起したのか?
大勢殺した。
何故、誰の為に……
降り注ぐ雨の欠片を受け止める己の手のひらを、じっと見詰め、しかしレオは思い直したように強く首を振った。
今現在、レオンハルト・ベッカーというキャラクターはこの世界に於いてチートな存在だ。強い自己修復機能は精神にも及ぶ。MPは使った端から回復する。エルを生き返らせるのに何の不足分もない。
このミスは挽回可能なのだ!
『竜』の手を翳し、レオは不敵に笑む。
無理が通れば道理は引っ込む。この世界は彼の知るリアルと違い、『生き返り』が存在する。
道理も真理もねじ曲げて推し通るのみ。今の彼は『世界の破壊者』である。
――dark night――
過ぎ去りし日に、その男は世界の理を打ち破ろうと……
深夜12時に次話投稿します。




