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S・D・G  作者: ピジョン
第2章 黄金病

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第42話 修羅

 レオは全身に漲る強い怒りに身を任せ立ち上がると同時に、右手を強く振り払うようにして、間近の騎士を殴り飛ばした。


 ――わっ、と一際大きな歓声がニューアークの住宅街に響き渡った。


 自由になった右手で、レオは血でへばり付いた前髪を鬱陶しそうにかき上げる。

 割れんばかりの歓声と豪雨のように打ち鳴らされる騒音とが、先程空を飛んで行った騎士の悲鳴すらもかき消し、そしてもう――


 何も、聞こえない。


 背に突き立った槍が抜け落ちる。身に纏う輝きは一層力強さを増し、高熱の青い炎のようだった。その青い炎の中、赤い瞳が煌々と燃え盛る。

 腰に手を回す。

 剣も、銃もない。ポーチの中の僅かな荷物も含め、武装は解除されているようだった。


「――! ―――――――!」


 周囲を取り囲むエミーリア騎士団の騎士が喚き散らしながら抜剣して斬り掛かって来るが、その様子はレオの瞳にはスロー再生の動画のように映る。

 ニューアークの民がその名を叫ぶ。


「レオンハルトさまぁぁぁぁっ!」



 grace……


  Leonhard Beker――???+1572



 レオの足元から火花のようにエリクシールが伝い、エミーリア騎士団をロックオンする。怒りに染まる瞳に映るのは、敵性判断を示す無数の赤いカーソルだ。

 レオは、ごみでも打ち払うように、無造作に右手を強く振り払った。


 ――darkness power!

  ――cheat!!


 馬ごと吹き飛び、石造りの住宅の壁に激突し、鮮血を撒き散らしながら崩れ落ちる騎士の頭上に小さく、over killと表示が浮かび上がる。

 レオは意外そうに呟いた。


「血の色は、赤……」


 ――気持ち悪かった。

 レオにとって、それらは『人間』によく似た『なにか』だ。よく作ってあるとは思うが、それだけだ。


「! ……! …………!」


 隊長格の騎士が鋭く叫び、レオを包囲するエミーリア騎士が再び旋回運動を始める。


 音は遠く、目に映る景色は全て、赤く霞がかって見えた。

 呼吸すると小さく空を裂く音がする。酷く息苦しい。それを振り払うように、レオは全身を震わせる。


 Leonhard Beker

  ――darkness power!

   ――shock weve!!


 ダークナイトの『魔技』である『悪意の波動』。ミドルレンジ(中距離)対応の範囲攻撃だ。

 黒い衝撃波がレオを起点にして八方に唸ると同時に、ロックした騎士の集団を切り刻み、吹き飛ばす。遅れて一瞬後に、ざあっと鮮血の雨が降り注いだ。


 レオは印を結ぶように指をさ迷わせ、バトルメニューを開いた。

 未だ戦闘は継続していて経験値を得ることはできないが、アイテムドロップの欄に所持品を詰め込んだポーチと銃、グリムリーパーがあることを確認し口元を吊り上げる。視界に白いカーソルが浮かび上がり、それらの在りかを指し示している。


 不意にレオは、エミーリア騎士団の紋を見つめ、ぼんやりと考える。

 リンドウの花言葉は『正義』。そして『誠実』。それともう一つ。


 『貴方の困っている顔が見たい』


 『しるし』は必ず何処かに現れる。この『ゲーム』ではいつも。レオは失笑し、騎士たちの怒号と悲鳴が飛び交う街角で奪われた所持品を回収する。


 悪趣味な。そう思わずに、いられない。


 『レオンハルト・ベッカー』というキャラクターには、火力が足らない。少しづつ捻り潰すのも面倒だ。

 レオはサーマルガンの安全装置を外すと、一度カートリッジ(弾薬)を取り出してバッテリーの残量を確かめた。


「……!」


 何事か怒号が上がるが、それはレオの耳にはただの雑音としてしか聞こえない。

 長剣を振り上げ、襲い掛かって来る騎士の顔面に、レオはサーマルガンを向けると躊躇う事なく引き金を絞り、その首から上を吹き飛ばした。

 続いて、銃口を夜空に向けて一発。

 照射タイプ(EML)のレーザーが赤く糸を引き、消えて行った。


 時代と場所を限らず、制限のない力の行き着く先は逃れようのない破滅である。彼……レオンハルト・ベッカーに残された時間は少ない。そして――


(エル……)


 エルに残された時間は、彼のそれより更に短いだろう。

 助けに行かねば……。レオは首を振る。いや、それより先に――


 憎悪の炎が魂までも焦がしているかのようだ。許せない。何もかもが裏返る。

 騎士たちが上げる悲鳴の中、レオは緩慢な動作で死神を抜き放ち、呟いた。


「ここがお前らの終着点だ。

 ここから先には何処へも行けない。

 行かせない。

 絶対に――逃がさない」


 Leonhard Beker

 ――perfect field(絶対領域)

  ――pandora box(決して逃がさぬ)


 レオを中心に暗色のエリクシールが広がり、瞬く間にエミーリア騎士団の『第二大隊』を捕らえる。それに留まらず、更に後背にて逃走を図る『第一大隊』をも捕捉した。

 視界に中立を意味する緑のカーソルが浮かび上がり、新たに捕捉した第一大隊の指揮官の名を表示している。


 ▽ マルティナ・フォン・アーベライン


 レオの白鱗の輝きを纏う右手に、禍久しい黒色の蔦が巻き付き、形態変化を開始する。

 ――大きく、重く、長く、鋭く。『槍』の形態を持つそれは、『グングニール(軍神槍)』。大規模戦闘――『戦争用』大槍である。ヒューマノイドタイプの生物全体に特攻があり、指揮下の軍勢に攻撃力増加の祝福効果がある。

 レオは僅かに腰を落とし、無造作にそれを一閃する。


 ――crescent moon(三日月)――


 『ダークナイト』の強力な武技スキル『クレセントムーン』の発動を示す表示が走り、三日月の波動が周囲に断末魔と鮮血とを撒き散らす。


「サクソンのクソ共……生きて帰れると思うなよ……!」


 絶対領域――『パンドラボックス』と名付けられた死のはこは『レオンハルト・ベッカー』の新しいオリジナル。彼の許可なくして、敵性判断を下した者の戦域離脱を許さない。

 三日月の閃光がダークネスパワーの作り出した死の牢獄を駆け巡る。レオは返り血に塗れながらも、愉快で堪らぬといった様子で腹を抱えた。この悪徳に心ある者は目を背け、悪党どもは耽溺する。



 夢。

 夢を見ている。

 血の色をした、夢を見ている。



 熱い血のうねりが胸を灼いている。

 世界の全てを許さない。そうすることを定められ、この力は世界に放たれたのだ。



 折しも、直上より飛来する物体があった。

 アルタイルの単座式戦闘艇『アルバトロス』である。

 先程、レオが上空に向けて放ったサーマルガンの射線に誘われ、やって来たのだ。

 人の身に有らざる力を奮う現在のレオは闇夜に煌々と燃え盛る松明のようだ。アルバトロスは上空を一度旋回し、彼目がけてEMLレーザーによる掃射を行った。


 EMLの砲火は、レオもろとも容赦なくエミーリア騎士団の連隊をなぎ払い、吹き飛ばした。

 その直後、アルバトロスは爆発し、四散した。目に見えない壁にぶつかったかのようだった。

 『入る』ことはできる。しかし、『出る』ことは許されない。それ故の帰結だった。


 パーフェクトフィールドの使用により、その下位互換であるパーフェクトガードも使用不可の状況にある。自らこの状況を招いたレオもまたEMLのレーザーに焼かれながら、しかし哄笑に噎せ返った。


「ははは! いい気味だ!! ざまあみろ!! ざまあみやがれ!!!」


 自滅すら厭わぬレオのこの攻撃により、密集隊形にあったエミーリア騎士団の第二大隊は、壊滅に等しい大打撃を受けた。


 白煙と共に火の粉が立ち上る街角では、人馬諸共瀕死の呻きが上がる。

 この惨劇を見てもなお、人々の熱狂は冷めやらぬ。


「レオ!」


「レオ!!」


 歓呼の声が上がる。

 この無法都市に、王が帰還したのだ。



◇ ◇ ◇ ◇



 『世界の破壊者』レオンハルト・ベッカーが命を選ぶ街角で、マルティナ・フォン・アーベラインはまだ生きていた。

 アルバトロスの攻撃による砲火は住宅街の通路を縦横に走るが、絶対領域の壁に阻まれ、『エミーリア騎士団』以外の対象を傷つけない。

 阿鼻叫喚の悲鳴が上がり、激しい炎熱の中を肉を焦がした匂いが広がる。アルタイルの科学兵器が作り出した焦熱地獄の中、マルタは懸命に叫んだ。


「み、密集するな! 散開しつつ後退しろっ!!」


 その指示は事実上の潰走を意味したが、現在の状況は全滅の危険すら孕む。その判断からのマルタの指揮であったが……

 撤退を開始した騎士たちの悲痛な叫びが響く。


「無理です! 壁が! 壁が――」


 パンドラのはこはただ一人、レオンハルト・ベッカーのものだ。全てを捕らえ、逃がさない。

 マルタ率いる第一大隊の騎士は未だ八割が健在であったが、目前に現れた黒い壁に行く手を阻まれ、戦域から離脱出来ずにいる。


「レオ!」


「レオ!!」


 ニューアークの民が上げる歓声の中、燃え盛る炎の中、レオは僅かに拳を振り上げ、勝ち名乗りを上げた。――歓呼の声に応えたのだ。


「王さま、行けえぇぇっ!」


 幼き者の声援に。grace――???+2822


「やっちまえ!!」


 ならず者たちの声援に。grace――???+2823


 自ら立ち上げた地獄の炎の中、それより熱い青白い高熱を身に纏い独り歩むレオの周囲に、複数の魔法陣が構築されようとして、それらはデジタル記号に変化し、宙に消えて行く。

 変わって現れたのは七色に輝く無数の『ゲート』だ。


「召喚……」


 そのゲート――正確には『アストラル・ゲート』。レオの喚び出しに応じ、『星界の門』とも呼ばれるそこから、ぐっと金属製の腕が伸び上がり、地を支えるようにして身をもたげるのは……


 血の通わぬ『機械兵』サバントとトルーパーだ!


 人々を揺るがす狂奮は益々燃え盛り、沸き上がる歓声は、一層、声量と歓呼の響きを増した。



「 オ オ オ オ オ オ オ ! ! 」



 彼が『何者』であるか。既にニューアークの民は、その正体を知っていた。

 彼が何も奪わぬ王であると知っていた。ただ一人のためだけに、世界を敵に回して戦う覚悟があると知っていた。

 レオンハルト・ベッカーは言った。


「――ファランクス(攻撃型突撃陣)。殲滅する」


 偶然か。

 或いは必然か。

 場所は、奇しくもニューアーク。



 Dark Knight



 それが、この無法都市――ニューアークの王である。

 この『世界』は、暗黒騎士ダークナイトの持ち込んだ恐怖を忘れてはいない。

 この『世界』は、一二〇年の永きに渡り、たった一人で世界を敵に回して戦い続けた男の存在を決して忘れてはいない。

 場所は奇しくもニューアーク。

 彼を『王』と呼ぶならば、このニューアークの主は、未だ変わらぬことになる。



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