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S・D・G  作者: ピジョン
第2章 黄金病

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第41話 地獄より来たりし

 本隊としてエミーリア騎士団の第一大隊を率いるマルタは、赤い川を跨ぎ、街の中心部へ繋がる橋を抜け、住宅街へ向けて馬を飛ばす。

 アーチ状の屋根と飛び梁を持つニューアークの『寺院』が見えて来た所で、前方の三差路に赤い腕章をした数人の騎士が待機して、指示を飛ばしている姿が見えた。

 連隊長であるマルタの指揮下にある『第三大隊』の連中だ。


 どんよりと赤黒く曇る夜空にはアルタイルの戦闘艇『アルバトロス』が飛び交い、巡航艦『ギフトシュランゲ』はバサードラム・ジェットで膨大な量のエリクシールをかき集め、主砲の発射準備を行っている。


 寺院を間近に控えた三差路で足を止めたマルタに、第三大隊の騎士が慌てた様子で騎乗のまま駆け寄る。

 伯爵家の門地にあり、後継者として自らは子爵の爵位を持つマルタには、常ならば着剣礼の後、報告が行われるのだが、それもない。著しく事態が緊迫していることの証明でもあった。


「大佐、探しました!」

「わかっている! 第三大隊はどこだ!? 何をしている!!」

「そ、それが……」


 しかし、伝令の騎士は言い辛そうに軽く唇を噛み締め、口ごもる。


「勿体ぶるな! 早く報告しないか!!」


 早くも焦れた状態のマルタは一喝し、再度部隊の現状報告を促した。

 伝令の騎士は、身を小さくし、多少の逡巡の後、告げた。


「わ、我々第三大隊は、アルタイルの仮設本拠が置かれている冒険者ギルド近辺で、突如現れた謎の軍勢と戦闘状態に入りました……」


 冒険者ギルドの長マティアス・アードラーの指揮する冒険者の部隊であるが、神でもなければ、プレイヤーとしてのシステムを使うレオンハルト・ベッカーでもないマルタには現状の把握は不可能な話だった。


「謎の軍勢だって……?」


 この報告にマルタは目眩すら覚え、放心した。

 直後、上空で停留していたギフトシュランゲが、大威力の主砲を北に向けて発射した。


 轟音と共に街は揺れ、『魔導砲』の軌跡である色とりどりの光を放つエリクシールが、夜空にオーロラの美しいカーテンを引いた。


 最早、放心状態のマルタは、空を見上げて他人事のように呟いた。


「ああ……やっちゃったよ……」


 北では、この遠征軍の主将であるイザベラが街道『まっすぐな道』に約三万の軍勢を展開し、恐らくは『ハートレスドラゴン』と交戦状態にある。

 マルタは二度首を振って、疲れたように伝令の騎士に向き直った。


「何やってんだ……。そもそも、何故、ギルドの近くに居るんだ? アルタイルとはなるべく関わるなと事前に通達してあっただろ……」

「そ、それが……」


 へどもどと言い淀む伝令の様子に、マルタは溜め息を吐き出した。


「なんだよ、もう何が起こったって驚くもんか。言ってみろ……」

「その……そもそもは、第七連隊から至急の使者がありまして……」

「――猫目石!!」


 先に驚かないと請け合ったばかりのマルタだったが、その口から飛び出したのは驚嘆混じりの悲鳴だった。

 『猫目石』――実戦経験が豊富であり、強力な部隊ではあるが、傭兵上がりと血の気の多いならず者ばかりで編成された第七連隊の隠称だ。弱卒が多いとされるエミーリア騎士団では最も強力、且つ残忍と定評がある。

 その強力、且つ残忍な猫目石を率いるのは、元盗賊、元貧民の成り上がりアキラ・キサラギである。不吉な予感しかせず、マルタは泣き出したい気持ちになった。


「第七連隊の者が申すには、指揮官たるアーベライン大佐と連絡が取れない以上、同盟足るアルタイル寄りにて部隊を待機すればどうかと提案を受け……」


 ギルドの側に部隊を展開させれば、有事の際にはアルタイルへの助力を要請し、共闘することも出来る。一見、この提案は正しいように思われる。

 ただし、レオンハルト・ベッカーが絡まなければの話だ。

 『イザベラ・フォン・バックハウス』と『アルタイル』のレオの身柄を巡る交渉は難航し、双方妥協の結果、交わされた約定は――


 早い者勝ち。先に出会った方が、身柄を好きに。というものだ。


 そのような約定が交わされ、レオを中心に立位置が揺れる以上、双方共に部隊を寄せる行為は悪い結果しか及ぼさない。

 伝令の騎士は、マルタに鞭打つような内容の報告を続ける。


「その後、冒険者ギルドに火の手が上がりまして……」


「キ、キサラギ~~~~~~!!」


 マルタは唇を噛み締め、扼腕した。

 やらかしたのは猫目石の連中か、それとも謎の部隊か。事実の確認は不可能だろう。追及は手遅れであり、無駄だった。どちらにしても事は起こり、拠点に火が上がった以上、アルタイルも出て来る。向こうもさぞ混乱しているだろう。そこに、目の前で戦う二つの部隊、というわけだ。


「前方から謎の軍勢。後背からはアルタイルの攻撃を受けまして……現在、第三大隊は挟撃に晒されてます……」


「……」


 絶句し、口を噤むマルタに伝令の騎士は訴える。


「アルタイルの『銃撃』による被害は甚大です。大隊長は現場に残って指揮を執っていますが、いくらももたないでしょう……。大佐、救援を……!」


 痛々しい表情で、マルタは首を振った。

 第三大隊の戦う『謎の軍勢』の正体は不明だが、それがニューアークの人民によって結成されていることは間違いない。『謎の軍勢』に刃を向けることは、このニューアークに刃を向けるに等しい愚行である。遠征の目的はニューアークの民の虐殺ではない。その行為は騎士団の威信を脅かす。同盟中のアルタイルに関しては言わずもがな。問題はそれだけでない。戦力の逐次投入は戦域の拡大にも繋がる。

 援軍の要請に応えることはありえない、というのがマルタの指揮官としての判断だ。


「行って、誰と戦うんだ? アルタイルか? それとも謎の軍勢……このニューアークの人々か?」


 その後の言葉を引き取ったのは、マルタが本隊として率いる第一大隊の騎士たちだ。


「それでは……大佐は、味方を……第三大隊の連中を、見捨てるのでありますか……?」


 端的に言ってしまえばそうだ。マルタは明言を避け、口に出してはこう言った。


「至急、第三大隊は撤退して、原隊と合流するように。伝令は、帰ってそう伝えてくれ」

「そんな……」

「我々の任務は『レオンハルト・ベッカー』の確保にある。任務に精励するよう」


 挟撃を受ける立場にあり、その場からの撤退こそ最も困難な状況だろう。それを承知で、マルタは馬首を巡らせ、伝令の騎士に背を向ける。


「さあ、我々も任務に戻るぞ。……続けっ!!」


 鋭く下知し、マルタは馬に鞭を入れた。



◇ ◇ ◇ ◇



 第三大隊に対する原隊復帰の命令は死を命じたに等しい。戴く指揮官に対する不信感を隠せぬまま、先頭を駆けるマルタの後に続くエミーリア騎士団の面々の心中は複雑だった。


(おのれ……アーベラインの放蕩娘めが!)


 しかし、その一方で、


(よかった。隊長がアルタイルとの交戦を避けてくれて……)


 という安堵の思いも存在する。

 マルティナ・フォン・アーベラインは、門閥貴族の出身であるアーベライン伯爵が平民の人間の女性との間にもうけた嫡外子であった。幼少のみぎり、兄の夭折を経て後継者たるの地位を占めるようになった彼女は、若くして放蕩の限りを尽くした。当時のご乱行の数々はニーダーサクソンの首都『サクソン』の下町でも語り草になったほどだ。

 イザベラ・フォン・バックハウス、レオンハルト・ベッカーの二人から知己を得るに至ったのはこの頃であるが、その切っ掛けについて詳しく知る者は当事者以外にない。


 6121年の仕官以降、イザベラが最も目を掛けたのがこの『アーベラインの放蕩娘』である。

 特に目立った功績も無ければ、文武になんらかの才を示したわけでもない彼女だったものの、『人当たりの良さ』には妙があった。

 騎士団にあり、『アーベラインの放蕩娘』と揶揄されることも度々のマルタだったが、その都度、気の利いた冗談や皮肉でやり過ごし、これが何故か憎まれることがなく、敵を生むことはなかった。癇性で攻撃的なアキラすらマルタを無害と判断し、神経質で我が儘なイザベラに至っては、特に気を許し、傍らに置いた。


 精神系スキル『温和』の発露である。

 このスキルを持つ者は、他キャラのヘイトを集めにくい。戦闘時には敵モンスターの標的から外れる場合すらある。簡単に表現すれば、マルティナ・フォン・アーベラインというキャラクターは、『好かれやすく、嫌われにくい』。言い換えれば、『悪目立ちせず、見逃しやすい』。



 『マルティナ・フォン・アーベライン』は、その能力の性質上、『狙いづらい』ため、『秘密』を持たせるのに向いたキャラクターである。

 所持品に制限のある『ゲーム』では、しばしば利用されるキャラクター。

 重要度は高いが使用頻度の低いアイテム(キーアイテム)や、不要になった金銭。強力だが使い道の難しい装備品を預かる。所謂――『荷物持ち』。

 プレイヤーであるレオが授けた『役割』がこれだ。あまりと言えばあまりであるが、レオがマルタを、ゲームクリアに必要な『キーキャラクター』の一人と見做す理由はここにある。


 イザベラが、決して指揮官として優秀とは言えないマルタをニューアークへ送り込んだ理由もここにある。

 システムの存在を知りながら、『イベント(運命)』を覗き見ることの出来ないイザベラが予測可能な状況はこれだけだ。

 レオンハルト・ベッカーという『主人公』がどのような使命と運命を帯びているか分からない。元々が行動に意外性とムラがあり、おまけに記憶に障害を抱えている。最悪――イザベラをすら避けて通る可能性があった。

 純血種の『ハイエルフ』イザベラ・フォン・バックハウスの優れた知性の知らしめる所は――



 ゲームを続ける以上、『プレイヤー』レオンハルト・ベッカーは、絶対に『マルティナ・フォン・アーベライン』の元へ向かわねばならない!!

 『ゲームクリア』に必要な『キーアイテム』と『情報』を受け取らねばならない!!



 様々なイレギュラーを経てなお、未だ事象はイザベラの掌中にある。

 そしてついに、マルタとその指揮下にある第一大隊は、ニューアークの『住宅街』に馬を進める。


「……! ……!」


 僅かな喧噪が、馬を飛ばすマルタの耳を衝く。

 ほんのりと潮風の匂う港に近い宿場『ブリギット』の二階部分の窓から、酒の注がれたジョッキ片手に酔いどれたちが身を乗り出して、大声で何事か喚き散らしている。


「おらおら、立ちやがれ! 俺たちゃ、おまえに張ってんだ! 目にモノ見せてやんねぇか!!」


「おっ立て、この野郎!!」


 続いて下品な笑い声が上がるが、その声色にはどこか真摯な響きが含まれていて――


 現在、『第一大隊』を率いるマルタに一人の騎士が馬を寄せる。


「大佐、これは……」


 馬を止めたマルタは、目の前の光景に、息を飲み放心してしまう。


 焦げ、破れた騎士の衣装を纏う黒髪の男が、背中には中折れした槍を突き立てたまま、膝立ちの姿勢で蹲っている。


 縄が打たれた両腕を引くのは二頭の馬だが、それでも男は動かない。

 馬は嘶き、轡を噛み締め、力の限り縄を引くが、それでも男は動かない。

 超重量の重りを引いているのでもなければ、足に根が張っているわけでもない。だがそれでも、男はぴくりとも動かない。


 俯き、両腕を引かれる様からは未だ何の挙動もない。

 鮮血の滴る顔には、べったりと黒髪が張り付き、その表情は伺えないが、全身から滲むように青白い輝きが立ちのぼっている。

 ブリギットの二階部分――ラウンジから再び怒声が張り上がる。


「おっ立て! レオンハルト・ベッカー!!」


 マルタは見た。

 男――レオが、ぎゅう、と拳を握り込む。二頭の軍馬が泡を吹き、力の限り縄を引いても、蹲った姿勢のまま動かない。とてつもない膂力を発揮して、引き留めている。


 その光景を目前にして、マルタの身体は、おこりの発作のように震え出した。視線が僅かに傾き、石畳の道の傍らに転がる一人の少女の姿を捕らえた。

 俯せに『チ』の字を書くように倒れ伏している。

 ――宿場『アデライーデ』で見かけたレオ付きの猫の獣人のメイド……姉か妹の方か、どちらかは分からないが、その片割れだ。背中には槍による刺突で大穴があき、自ら作り出した血溜まりに倒れ込んでいる。馬に踏まれたのだろう。右の手のひらは潰れ、着衣に幾つも付いた蹄の痕が痛々しい。

 ガチガチと歯が鳴り、吐き気すら伴う危機感が稲妻のようにマルタの全身を駆け巡る。


 マルタは、『レオンハルト・ベッカー』という男を知っている。即座に悟った。

 ――レオンハルト・ベッカーとの和解は、もう絶対にあり得ない。


「てっ……てったい、撤退……」


 この場からの撤退……任務放棄は敵前逃亡にも等しい重罪だが、その罪に服することが出来るのも、生きている者だけだ。

 マルタは馬首を取って返し、震える声で叫んだ。


「撤退! 撤退! 総員――」


 マルタと馬を並べる副官が訝しげに首を捻るのと、石造りの住宅から降りかかる声が一際音量を増したのはその瞬間のことだ。



 ――わっ、と歓声が湧き上がった。



 ニューアークの住人が口々に叫び、ある者は手を打ち、ある者は窓から身を乗り出して石壁を叩き、またある者は、鍋釜の生活用品を打ち鳴らす。


 馬首を翻し、一目散に逃走を図るマルタの目の前に、首から上が吹き飛んだ騎士の死体が『落ちて』来た。




◇ ◇ ◇ ◇




 熱い。

 彼はそのように思った。

 薄い皮膜一枚を隔て、胸の内をマグマのような『なにか』が揺蕩っている。

 セシルの死と、運命的なテオフラストとの邂逅を経てなお、溢れ出すことのなかったそれが、今また再び、胸の内に湧き上がっている。


「立ちやがれ、レオンハルト・ベッカー! てめえに全財産張ってんだ!!」



 grace……


  Leonhard Beker――???+1570



「王さまあっ! 負けるなっ、負けるなっ!!」



 grace……


  Leonhard Beker――???+1571



 ぎゅう、と拳を握り込む。力は無限に湧いて来る。



 あと少し。

 彼――レオンハルト・ベッカーは『何か』を掴みそうだ。



 不意に、神――テオフラストの言葉を思い出す。


『人は……何処かに至ろうとするとき、己というものを諦めねばなりません……』


 朦朧とする意識の中で、レオは微かに首を傾げる。

 今の己に、決定的な『なにか』が不足しているということだけは解る。

 あと少し。

 彼――レオンハルト・ベッカーは『何か』を掴みそうだ。

 とめどなく湧き上がる怒りに身を浸し、彼はその力を掴み取る。


(俺は……)


 Leonhard Beker

  potential(潜在能力)……


(俺は……!)


 何も寄せ付けぬほど、ただひたすらに――






(俺はもっと、強くなりたい!!)






 【Darkness Power】――on――




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