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S・D・G  作者: ピジョン
第2章 黄金病

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第40話 役立たずのヒーロー

 『S・D・G』

 正式名称――『サディスティック・ドラマチック・ゲーム』。

 プレイヤーに対し、『理不尽な現実』という名の試練を課し続けるこのゲームは、大多数のプレイヤーから『クリア不能』とこき下ろされ、『クソゲー』のレッテルを貼られており、ランクA~Dの『マルチエンディング』の他に、都市伝説レベルの『ランクSエンディング』が存在する。





 エルの瞳に、一つの魂が映る。

 その魂が熱く怒りに震え、大きな流れに抗っている。


 打ち落とされた刃は弧を描くようにして閃き、レオの眉間を抜け、頬を切り裂いた。


「ああ!!」


 エルは悲鳴を上げたが、レオは微動だにしなかった。


「やったな……!」


 滴り落ちる血を嘗め上げ、不敵に笑うレオは鮮血と共に吐き捨てる。


「やったがどうした! ――それっ、ひっ捕らえろ!!」


 隊長格の騎士が長剣を振り回して下知するのと同時に、周囲に展開していた後続の騎士たちが手に手に得物を抜き放ち、円を描くように旋回運動を始めた。


 舌打ちし、視線でその動きを追うレオをあざ笑うように、後背に迫った一人の騎士が、馬上から長槍で強かに背中を打ちのめした。


「うっぐ!」



 Leonhard Beker

  ――活動再開まで、あと5ターン――



 穂先の刃部分で打たれた。マントが破れ肉が裂け、血が吹き出す。レオは、たたらを踏むようにして二、三歩前進し、がくりと膝を着く。その瞳は益々怒りに猛り、赤く燃え上がった。


「お前ら……!」


 『威圧』が発動しない。魔法は勿論、防御用のスキルもだ。

 二度、三度、とエミーリア騎士団の騎士たちが、レオに容赦ない打擲を加える。彼らの攻撃は全て背後からのものだ。


 Leonhard Beker

  ――活動再開まで、あと7ターン――


 バトルステータスに流れる表記は、無情にも活動再開時間の延長を示唆する。今の『レオンハルト・ベッカー』に、彼らの攻撃は『堪える』のだ。

 漲る怒りに歯を食いしばり、表を上げたレオの側頭部を長槍での大振りの強打が襲う。未だ『刺突』による攻撃を行わないのは、あくまでも『捕縛』を優先しているためだ。


(こんなところで……!!)


 迫り来る長槍の攻撃を、レオが右手で振り払った直後、周囲に大きな動揺が走った。


「なんだ……貴様……その腕は……」


 鼻白み、怯んだ様子で言う赤い羽根飾りの騎士が、剣の切っ先でそれを指す。


「あぁ?」


 それを見て――曾ては、己の右腕であった『もの』を見て、レオは固まった。


「これ……は……」


 この場の剣呑過ぎる状況すら忘れ、レオは呆然とそれに見入った。

 彼自身の『それ』は、爬虫類のような鱗に覆われており、指は四本しかなかった。感覚が酷く鈍い。激しかった巡航艦ギフトシュランゲの爆発の衝撃にも傷一つ付いていない。

 強い嫌悪に怯むレオの額に、冷たい汗が、どっと浮かぶ。

 グローバルパワーの発露を経て再構築された右腕が、最早彼自身のものでないことは知っていた。似ているものが当てはめられたことは知っていたが――


 戦場の狂奮に嘶き、前足を振り上げる馬の手綱を引き絞りながら、騎士が叫んだ。


「怪物め!!」


 その言葉を受け、はっとしたようにレオは引き下がる。


 頭から、冷水を浴びせかけられたように思った。

 『レオンハルト・ベッカー』は、『何者』かに変化しつつある。唐突に湧き上がったのは、未知への恐怖と生理的嫌悪感だった。


「――殺せ!」


 ついに明確な殺意を帯びたその言葉が発され、レオは更に引き下がった。恐怖に歪む視線は、助けを求めるように、背後のエルに流れ――


 エルは僅かに笑みを浮かべ、ぐいっと強くレオの右腕を引っ張った。


 刹那。一際強い鼓動が、レオの全身を叩いた。二人の立ち位置は逆転し――


 どっ、どっ、


 と鈍い衝撃音がして――エルの細い背中に、二本の長槍が突き立った。


「お、おい……!」


 レオは、自らにエルを引き寄せようと手を差し伸べる。



 Leonhard Beker

  ――活動再開まで、あと6ターン――



 スキルは無論、魔法も使用不可の状態だ。

 エルを助けることは出来ない。抱き留めたエルの口から、細い呼吸音がして鮮血が吹き出し、レオの頬を濡らした。その視線が――






 ――あなたのことが心配です――






 無音。だが、はっきりと聞こえる。今日は、これで二回目になる。

 守れない。これも今日は二回目になる。


「うそ、だろ……」


 言葉を失い、呆然とするレオの胸に、エルが倒れ込んで来る。


「ちょ……待てって……」


 しかし、この日、二度目の『奇跡』の当てはなく――

 レオはエルの身体を抱き留め、膝を着いた姿勢で視線を上げた。


「なんだ、知り合いか」


 惚けたように見上げるレオを馬上から見下し、騎士は事もなげに言い捨てた。


「…………」


 レオは、初めて目前の相手を見たように思った。

 非戦闘員のエルを手に掛けておきながら、微塵ほどの躊躇も逡巡もないそれらは、異なる世界の異なる価値観の人間だった。それらは、決して彼を受け入れない。


「…………」


 レオは力なく俯き、じっと両の手のひらを見つめる。


 その手は、敵を倒すことはなく。

 その手は、誰も守ることはなく。


 『S・D・G』

 正式名称――『サディスティック・ドラマチック・ゲーム』。

 『理不尽な現実』を課すこのゲームには、絶体絶命の瞬間裏返り、プレイヤーに力を貸す『サディスティックシステム』が存在する。

 だがそれは、決してプレイヤーの無謀を助長するためのシステムではない。


 最早、運命はこの役立たずのヒーローを見捨て、力を貸すことはなく――。


「先の勢いはどうした。口ほどにもない」


 アキラ・キサラギは小柄とはいえ戦士だった。それ故、レオは結果を悔いずに済んだ。だが、今この瞬間、胸の内で早く浅い呼吸を繰り返すエルは、そうでない。戦う力を持たない善良な一少女だ。

 その善良なエルが、物好きにも己を好いていてくれたことを知っている。


 『レオンハルト・ベッカー』は強い力を持っている。だが、強過ぎはしない。


 せめて――


 レオは、傷ついた全身でエルを庇うように覆いかぶさった。


「意気はよし」


 頭上からあざ笑うような声が降って来る。


 時は振り返ることなく無常を刻み、一つの終わりへと進む。

 後一歩のところでテオフラストを逃し、現実世界では行き場をなくした彼の人生の行き止まりがここだった。


 非情な長槍の刺突が、背を穿つ。

 口中に血が溢れ返り、心臓の鼓動は一つ打つ度に灼けるような痛みを刻む。



 Leonhard Beker

  ――活動再開まで、あと12ターン――



(もう……)


 意識の束が、一つ、また一つ、解れて消えて行く。


(無念だ…………)



 Leonhard Beker

  ――活動再開まで、あと24ターン――



 計七度の刺突の後、『レオンハルト・ベッカー』は、完全に活動を停止した。



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