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S・D・G  作者: ピジョン
第2章 黄金病

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第39話 異邦人

 ――ニューアーク市街地に新しい戦力の出現を確認しました――




 冒険者ギルド 《??》


  ギルドマスター マティアス・アードラー

   ――ランクA冒険者 50

    ――ランクB冒険者 200




 夜空に、目映いばかりの閃光が疾った。

 アルタイル巡航艦ギフトシュランゲの主砲『魔道砲』の輝きが尾を引いて、北の方角へ抜けて行った。


「なにを、撃った……?」


 レオのその呟きを遮るように、轟音が響き渡った。

 地をも揺らす轟音の雨の中を、一歩歩いては立ち止まり、二歩歩いてはエルに凭れかかるレオの思考は乱れる。

 市街地のマップに新たな戦力の出現を確認した。

 冒険者ギルドの長、マティアス・アードラーだ。徹底的に情報が不足している為、彼の意図は不明だが、武装集団として出現した以上、戦闘の意志があるのは明らかだ。

 レオは血に濡れた口元を拭い、舌打ちした。


(また、かよ……)



 ニューアークを守れ!


 マルティナ・フォン・アーベラインに会う。(new)

 or

 マティアス・アードラーに会う。(new)


 ニアを追う……chain(連鎖)……

  ……ジークリンデを助ける。(new)


 ☆イザベラ・フォン・バックハウスを保護する☆


 ☆ハートレスドラゴンを撃退する☆




 様々な事象が複雑に絡み合い、主要人物の思惑が交錯する『イベント』の『連鎖』現象。そして『戦争』フェイズ。この状況下ではプレイヤーを含む全てのキャラクターが不測の事態に見舞われ易く、『死にやすい』。SDGのゲームシステム上、最も危険な状況だ。

 ――はじまったのだ。

 時に、苛酷で苛烈極まりない判断を要求するSDGが。

 誰を護り、護らないか。何を捨て、何を掴み取るか。選ばねばならない。


 風に乗って、煙の匂いが鼻腔を擽る。

 レオは視線をずらして、無作為に流れるバトルログに視線を飛ばす。


  1 アキラ・キサラギ×9 ――alchemy(赤)――

    ――猫目石―― エミーリア騎士団 1732 ――


 アキラに『×9』の表示がある。エクストラスキルの『分身』を使用している。赤錬金の表示は、局地的降雨を促す『招雨』を使用しているためだ。

 気候の変化は『天変地異』に属するが、条件を満たせば赤錬金でも可能だ。この場合、『火災』の戦況変化が高レベルの忍者であるアキラに『招雨』の使用を可能にしている。

 『分身』で指揮権を強化しつつ、火災には『招雨』で対応している。アキラが完全に戦況を掌握するのは時間の問題と言っていいだろう。

 元々、アキラ・キサラギは、ストーリー上の成り行きやイベントによる強制ではなく、実力を見込んでスカウトしたメンバーだ。パーティバトルでも、唯一『前衛』『後衛』の区別を指定していないキャラクターでもある。

 流石に素晴らしい働きだ。感心すると同時に、レオは疲れたように溜め息を吐く。

 アキラ・キサラギは、『代償』を要求するキャラクターだ。活躍によって支払う代価は跳ね上がる。後が思いやられた。



 Leonhard Beker

  ――活動再開まで、あと8ターン――



 アキラが聞けば血涙を流して憤慨するようなことを真面目に考えているレオとエルの二人は、抱き合うようにして歩を進める。


「レオンハルトさま、こちらは……」

「マルタが指揮するエミーリア騎士団の大隊が近い……」


 彼が把握している情報だけでは、現状は混迷を極める。

 戦場に於いて、彼が最も忌避する所は、ミスすることでなく『何もしない』ことだ。現状に身を任せ、後手に回ることだった。

 アキラの指揮する猫目石との合流が理想であるが、現在地からはマルタの部隊が近い。



 マルティナ・フォン・アーベラインに会う。

 or

 マティアス・アードラーに会う。



 選択イベントだ。どちらかに会わねばならない。

 プレイヤーとしての彼が察するに、両者の立場は相容れないものだ。それ故の選択イベントだ。どちらかとの邂逅を経て、決定的な『なにか』が起こり、おそらく――どちらか、或いは、誰か『死ぬ』。

 『選択』イベントは、プレイヤーが追い詰められた状況でしか発生しない。

 つまり、現状では二人に会うことが難しく、どちらか一方を切り捨てねばならない。最早、不利益は避けられない状況だ。

 レオの判断は――


「マルタに会う。あいつと合流する……」

「…………」


 エルは立ち止まり、厳しい表情で首を振った。


「反対、です……。レオンハルトさま以外の騎士は信用できません……」


 レオは舌打ちで応える。


「じゃあ、勝手にしろ。何処にでも行くがいい」


 プレイヤーとしての己が、何故、モブキャラの意志に阿らねばならないのか。レオは赤く血に染まった唾を吐き捨て、エルを突き放すと、冒険者ギルドの方へ向け、壁に手をかけて歩き出した。


 この『選択イベント』を経て、マティアス・アードラーを失う可能性を負うのはきつい。彼には『黄金病』に関する全てを託そうと考えていた。それでもなお、マルタに会うという選択をしなければならない。


 『マルティナ・フォン・アーベライン』は、ゲームクリアの『キーキャラクター』の一人であると思われる。




(くそっ……!!)




「ああ、レオンハルトさま! お静まりください! 悪い予感がいたします……!」


 意に染まぬ選択に苛立ちを抑え切れないレオの行く手を阻むように、エルが立ち塞がる。その行為はレオの怒りしか喚起しなかった。


「……」


 上目使いにエルを睨み付け、口を噤むレオには大きな不安がある。

 SDGの戦場では、主人公レオンハルト・ベッカーですら特別ではあり得ない。他者の思惑が錯綜するこの状況では、彼自身ですら、その他大勢の一人でしかない。


 Leonhard Beker

  ――活動再開まで、あと6ターン――


 レオの身体に集中するエリクシールが密度を増し、エルの髪を、静電気が伝うように舞い上げる。そして、



 マルティナ・フォン・アーベラインに会う。

  ――failure(失敗)



「…………」


 レオは石造りの住宅の壁に背を凭れかけ、疲れたように顔を拭った。


「レオンハルトさま、どうなさいました……?」


 気遣わしげなエルの呼びかけに応えを返すことはせず、レオは空を見上げて嘆息する。


 たった今、可能性の一つが絶たれた。

 しかし、現状、ニューアークに点在する部隊の位置関係で、一番近くに展開する部隊は、やはりマルタの部隊であることに変わりはない。

 立ち往生するレオとエルの前方から、騎馬の団体が打ち鳴らす蹄の重低音が迫る。

 レオは疲れに淀む視線を、ゆっくりと上げた。

 白いトーガとマントに背負うは騎士団設立者である修道女『エミーリア』が晩年、好んだとされるリンドウの花。

 その意味する所は『正義』。そして、『誠実』。ニーダーサクソンの皇族や貴族は、家紋として花の紋を用いることが多い。


「あれは……」


 エルが怪訝そうに呟き、脅えたようにレオのマントの裾を引っ張った。


「エル……下がれ……」


 レオは後方から差し迫る騎馬の団体から隠すようにして、エルの前に立つ。

 意味不明な状況だった。

 マルタとの邂逅イベントは失敗に終わり、出会うのはマティアス・アードラーと思われたが、前方からやって来たのはエミーリア騎士団であり、マルタの率いる部隊の一つだ。


(畜生……嫌な予感がしやがる……)


 エミーリア騎士団の騎士たちは、抱き合うようして立ちすくむレオとエルの二人を二重に囲むように展開した。

 手に手に抜剣し、戦闘態勢にある。

 赤い羽根飾りを兜に付けた隊長格と思しき騎士が馬の足を止め、叫んだ。


「貴様は誰だ! 怪しいやつ!」


 レオは口を噤み、俯いたまま、周囲を旋回するようにして取り囲む騎士たちに視線を走らせる。

 身体にうっすらと青白い光を帯びるレオを指し、口々に言った。


「なんだ……こいつ……エレメント……?」


「この男がアルバトロスを墜としたのか……?」


 未だ弱々しいが、徐々に輝きを取り戻しつつある光を纏うレオを、騎士の一人は、『エレメント』――世界の成り立ちとされる地水火風の四大元素――と評した。


「貴様、名はなんという! 答えろ!」


 レオは答える替わりに、ゆっくりとした動作でバトルウインドウを開いた。その様子は、アスクラピアの神官が切る聖具の印に似ている。



 ニーダーサクソン


 指揮官 マルティナ・フォン・アーベライン

  第一大隊――エミーリア騎士団 600(友軍)

   第二大隊――エミーリア騎士団 600(敵性)

    第三大隊――エミーリア騎士団 600(中立)



 胸の内でレオは唸りを上げた。怪しい状況ではあったが、マルタの部隊は混乱した状態にある。この混迷した状況に混乱に陥っている。

 騎士の一人が言った。


「アルバトロスを撃墜したのは貴様か!!」

「いや、俺は……」


 言葉を濁すレオの視線は、背後に庇うエルに流れる。


(回復まで、後少し……)


 イザベラの保護という必須イベントを負う彼としては、エミーリア騎士団との敵対は好ましい状態とは言えない。――逃げ出すつもりだった。

 隊長格の騎士が剣の切っ先を向け、吠えた。



「怪しいやつめ! アルタイルに突き出してやる!! 武器を捨てて投降せよ!」


「断る」



 即答してレオは、自身のことであるにも拘わらず、驚いたように口元に手をやった。

 ニーダーサクソンとアルタイルとは暫定的にではあるものの、同盟が締結されている。言っていることは全く正しい。だが、『生命の水』の正体を知るレオは、先制攻撃が妥当な判断であったと信じる。自らの正しさを信じる。

 ただ、単純に、嫌だった。

 誰の為に、何の為にこうしているのか。『プレイヤー』としての彼が、『主人公』であることを望んだことなど、ただの一度もない。そもそも、彼はこの『世界』に属さない。



 その己が、卑屈に言い訳せねばならないのか!!



 焦慮の内に静まっていた怒りが再燃し、瞬く間に瞳を深紅に染め上げる。

 最早、湧き上がる怒りの色を隠そうともせず、レオは馬上の騎士を睨みつけた。


「なんだ、貴様。よく見れば、半死半生の有り様ではないか」


 着衣は汚れに破れ、身体からは今も白煙が立ちのぼるレオの様子を嘲笑いながら、騎士は振り上げた剣を袈裟掛けに打ち落とした。


 曾て――

 メルクーアの創造主である偉大な哲学者はこう語った。



『英雄というやつは、哀れむべき種類の生き物である。彼らは、誰からも理解されない。時に嘲笑われ、時に石を投げ付けられることも珍しくなかった』



 エルの抱いていた不安が、最悪な形で具現化した瞬間だった。



 Leonhard Beker

  ――活動再開まで、あと3ターン――



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