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S・D・G  作者: ピジョン
第2章 黄金病

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第38話 混戦

 レオンハルト・ベッカーが、アルタイルの巡航艦『ギフトシュランゲ』に乗り込む少し前。




 ニューアークの高級宿場アデライーデの三階ラウンジで、アルが一際大きな快哉の声を上げた。


「王さま、ばんざーーーい!!!」


 夜の闇を突き破り、姿を現したレオンハルト・ベッカーは、背中にアキラ・キサラギをまとわりつかせ、小わきに大きなバッグを二つ抱えている。

 その様子を横目に、エルは唇を噛み締め嘆いた。

 今もまだレオの背にしがみつくアキラの存在と、種族間で心情を通わせる『猫のシンパシー』がエルの瞳に正確な現状を映し出すことを可能にしている。


 窓の向こうに見える光景では、夜空を落下して行くレオンハルト・ベッカーが空中で身を捩るようにして振りかぶり、青白い光の線をアルタイル巡航艦に向けて投擲したところだった。

 青白く輝く光の線が、まっすぐ夜空を走り、巡航艦『ギフトシュランゲ』を包む中性磁場のバリアを突き破り、艦壁に突き刺さった。


「どっせーーーい!!」


 アルの呑気な掛け声と同時に、ギフトシュランゲは夜空に小さい規模の爆発による花火を咲かせた。

 続くようにして、周囲が、わっと歓声を上げた。


「レオンハルトさま、ばんざーーーい!!」


 エルは、きりきりと唇を噛み締め、殆ど睨むようにして妹のアルを見つめた。

 状況は全然、好ましくない。遠く離れたアキラから伝わってくるシンパシーは、危険を告げる切羽詰まった内容のものばかりだ。



『可哀想に、本物、か……』



 マティアス・アードラーの言葉が胸を打つ。エルの胸に、言葉の重みは時を追って増すばかりだ。

 行くか、行かないか。エルは堪らず駆け出した。

 己にできることがあると思うほど、思い上がりはしない。だが、レオが己の無力に涙する光景を覚えている。エルの細い手でも突き崩せそうなくらい、弱々しい背中。行く理由には充分だった。


 ギフトシュランゲから戦闘態勢を知らせる警報が響き渡り、ニューアークの町並みは喧噪に包まれる。


 ホテル『アデライーデ』から飛び出したエルが再び見上げた夜空に見た光景は、目映い光の塊と化したレオが自ら投擲した光の線を伝うようにして、ギフトシュランゲに吸い寄せられて行く様子だった。

 レオの背から、アキラが離れる。

 自然、アキラは落下することになるが、その小柄な体に目映いグリーンのエリクシールが集中する。

 『風』のエリクシールだ。

 アキラ・キサラギの『風遁』の術だ。別の視点を持つレオンハルト・ベッカーなら地水火風を用いた技術、『赤錬金』と呼んだだろう。

 そのアキラが『風遁』の術で作り出した風に乗って、名残惜しそうに周囲を一度旋回し、アデライーデに向けて帰ってくる。


「アキラさま!」


 エルに出来ることは少ない。

 猫の獣人であるエルには生来魔力が宿る。アキラが使用している『風』のエリクシールは視認可能だ。その風のエリクシールと、種族固有の能力『猫のシンパシー』を頼りに、エルは再び駆け出した。


 夜間こそ賑わう『無法都市』ニューアークであるが、町並みにはまるで人気がない。冒険者ギルドを接収したアルタイルの軍により、厳戒態勢が引かれているためだ。夜間は外出禁止とされている。

 皆、住居の窓から夜空を見上げ、警戒のサイレンを響き鳴らすアルタイルの巡航艦を険しい表情で見つめている。

 ほぼ、無人の道を駆け抜けるエルが視線を凝らした先では、レオが巡航艦の外壁に取り付いた所だった。

 同時に、二隻の巡航艦が大型ハッチを解放し、計二十機の小型戦闘艇を吐き出した。


「ああ!」


 エルは悲鳴を上げた。

 レオンハルト・ベッカーが個人でアルタイルとの『戦争』を開始したのだ。


 巡航艦の外壁に取り付くレオの周囲に幾つもの魔法陣が展開し、聖属性の金のエリクシールが集中する。

 先ず、金の光条が光を放った。続いて、エルの耳に、


 しゅん、、……


 と空を裂く音が走ったのと同時に、上空を飛ぶアルタイルの戦闘艇が爆散し、ニューアークの街全体に轟音を響かせた。

 聖なる光で対象を焼き払う神官魔法の奥義。『ホーリー・レイ』だ。


 ギフトシュランゲの外壁では、再び小さい爆発が起こった。

 エルは勿論、現在ギフトシュランゲに取り付くレオですら知らないことだが、アルタイルの戦艦の持つ中性磁場バリアは、艦砲に対しての備えだ。メルクーアではオーバーテクノロジーの一つに当たる。通常なら生身での接触などあり得ない。

 『グローバルパワー』により、強大なエリクシールを纏うレオがギフトシュランゲの持つ中性磁場バリアに干渉しているのだ。


 アルタイルの戦闘艇は周囲を飛び交うが、小さすぎる的に辟易している。艦壁に張り付いたレオを撃てば、巡航艦そのものを撃墜してしまう可能性があった。

 接近を繰り返しては離れる戦闘艇にレオは荒れ狂い、聖なる光を撒き散らし、身に纏うエリクシールは艦全体を包み込む。

 エルの目に、ギフトシュランゲは網状の稲妻に包まれたように映るが、これは魔力を持たない者でも視認可能な程、色濃く強力なエリクシールによるものだ。

 闇夜の空に数多の魔法陣が展開し、集中した聖属性のエリクシールが、光と音を交互に撒き散らした。


 アルタイルの戦闘艇が爆散し、炎と共に機体が残骸の雨となって街に降り注ぐ。


 巡航艦を包んでいた稲妻が消えた。艦を守る中性磁場が喪失したためだ。

 同時にレオの存在を知らせる青白い輝きが、艦補修の出入りに使用される小さなハッチの中に消えた。


 背筋が泡立つような感じがして、エルは息を飲む。


 レオが、巡航艦内部に侵入した。






◇ ◇ ◇ ◇






 ニューアークの町並みは、さらに喧噪を増しつつあった。

 レオの放った聖なるホーリー・レイによって撃墜されたアルタイルの戦闘艇が市街地で炎上し、被害を拡散させたためだ。


「レオンハルトくん……」


 エミーリア騎士団元帥、イザベラ・フォン・バックハウスの副官マルティナ・フォン・アーベライン大佐は、依然として赤黒く揺れる夜空を見上げ、嘆息した。

 上空では厳戒態勢にあるアルタイル巡航艦が警戒音の雄叫びを上げ、その周囲を小型戦闘艇が飛び回っている。

 イザベラは、この一触即発の危険性を危惧していたが、この展開は急すぎた。

 現在、マルタの率いる一個連隊1800の軍勢は、三個大隊に分かれ、個別に活動を展開している。


「た、大佐……!」


 戸惑ったような部下の呼びかけに、マルタは難しい表情で頷きかける。


「部隊を集めるんだ。戦闘態勢を取る必要はない。アルタイルには構うな。レオンハルトくんの身柄を確保して、街道『真っすぐな道』の本隊まで引き上げる」

「しかし……」


 そのレオンハルト・ベッカーは、先程アルタイル巡航艦の中に単身乗り込んでいった。これの身柄の確保は現状不可能と言ってよい。

 マルタは苛々と叫んだ。


「とっとと部隊を纏めるんだ! ここは戦場になる!! エデン広場に集結! 指揮権を統一する!!」


「第七連隊は……」


 マルタは従卒の一人に馬を引いて来るよう命じ、それから鼻を鳴らした。


「キサラギのやつは、ほっといていいよ。そもそも、向こうの方が指揮権は上だ」


 アキラ・キサラギが消息を絶つ寸前、招集を指示した子飼いの軍勢――第七連隊こと『猫目石』は、現在、高級宿場『アデライーデ』に本拠を構えている。

 夜のしじまを突き破り、ど派手な帰還を果たしたレオンハルト・ベッカーの姿と共に、アキラ・キサラギも帰還したことは、マルタもその目で確認している。

 そのアキラが『風遁』の術で風に乗り、向かった先はアデライーデの方向だ。放置しても部隊と合流を果たすだろう。


 騎乗したマルタは、自らの本隊として一個大隊600を率い、街の中心を通り海へ抜ける『赤い川』をかかる橋を抜けて行く途中――


 突然、上空に赤い線が疾った。


 マルタは、ぎょっとして馬の手綱を絞り、足を止めた。

 音もなく夜空に走った赤い光線が、上空に停泊するギフトシュランゲの艦橋部分を照射している。熱線による超長距離からの『ブレス』攻撃。


(ハートレス!)


 街道『真っすぐな道』に陣取る本隊と、五年の沈黙を破り、動き出した『ハートレスドラゴン』が戦闘状態に入ったのだ。


 ――ここまでは予定通り。状況は、まだイザベラの掌中にある。


 しかし――今、ハートレスドラゴンの放ったであろう熱線のブレスが命中したのは、レオの乗り込んだ艦ではなかったか。


(嬢の言う通り、レオンハルトくんを狙っているとしたら……)


 マルタは呻くように言った。


「や、やばいぞ……」


 ギフトシュランゲの船首部分は、熱された熔岩のように赤く染まり、超高熱による膨張の後、大爆発を起こした。

 続いて、大小の爆散を繰り返し、火の粉を振り撒きながら高度を落とし、港の方へ向けて落ちて行く。

 市街地にまで轟く爆音の中、マルタは放心したように港の方角を見つめている。


「あ、ああ……」


 海上に出た所で、ギフトシュランゲは一際大きな輝きを放った。

 推進力を司る機関部分が大爆発を起こしたのだ。空中で艦体が真っ二つに割れ、赤黒く揺れる夜空に朱の花火を咲かせた。


 その光景は、マルタが知っているどのような一般常識からも掛け離れていた。彼女の知る限りに於いて、どのように強力な魔法や攻城兵器を用いても、このような破壊の光景はあり得ない。

 それは部隊の騎士たちも同様であるようだ。マルタと同様に、市街地を前にした橋の上で立ち往生した。そもそも一二〇年の戦乱の後、エミーリア騎士団に仕官するようになったマルタには大規模な戦闘の経験がない。一連の出来事は許容力の限界を越えていた。

 次々と伝令の騎士が駆けて来て、マルタに急報を告げる。


「街に火の手が上がりました……」


 それはそうだろう。あんなに大きな火の塊は見たことがない。マルタは、納得したように頷いた。


「第二、第三大隊と連絡が取れません……」


 マルタは、震える口元に手をやった。

 ニューアーク入りの際、『猫目石』こと第七連隊は、早々に本拠地を定め、諜報等の現地活動を行おうとしなかった。指揮官不在とあってはやむなし。そう思っていたが、違う。『猫目石』の連中は、この状況を想定していたのだ。戦力分散の愚を避け、突発的な事態の変化に備えた。

 帰還したアキラ・キサラギは、直ぐさま指揮権を統一するだろう。予てよりニューアーク入りしていたマルタよりも先に、だ。


 科学を使う『アルタイル』と、未知数の実力を持つ『ハートレスドラゴン』。『猫目石』。そして、還って来た英雄『レオンハルト・ベッカー』。乱戦と混戦の心構えは十分にあるつもりだった。つもりだけだった。


 ――マルタは、後手を踏んだのだった。


 途方に暮れたように、部下が言う。


「大佐、どうしましょう……」


「エデン広場へ向かう……。連絡の取れない第二、第三大隊には伝令を送り続けるんだ」


 唇を噛み締め、険しい表情で呟くマルタの胸には大きな不安材料が存在する。

 レオンハルト・ベッカーという騎士は、八年前の皇竜戦を経て戦死扱いされている。三大騎士団に所属する唯一の騎士として、その存在に大きな政治的価値が見いだされているものの、生存の報が信じ難い話であるのはアルタイルだけの話ではない。

 怪しすぎる生存の報を受け、英雄『レオンハルト・ベッカー』の保護のためのこの出征は、元帥のイザベラのごり押しによる部分も大きい。エミーリア騎士団の一般騎士の心中には面従腹背という言葉が存在する。

 存在すら怪しいレオンハルト・ベッカーという一人の騎士相手に、指揮官の統制から外れた部隊がどう対応するか。

 現在、ニューアークの街は炎上を開始し、戦端を開いたレオは生死不明の状況だ。


 上空ではアルタイルの巡航艦が僚艦の撃沈という危急の事態に対処すべく、北に艦首を向けようと旋回運動を始めた所だった。


「大佐!」


「大佐!!」


「大佐ぁっ!!!」


 方々から指示を求めるエミーリア騎士団団員の悲鳴が上がった。

 ギフトシュランゲが回頭運動を終え、北に向けた艦首部分が大口を開けるように、『開いた』。

 一際大きな駆動音と共に姿を現した巨大な砲身に、マルタは、ぎょっと目を剥いた。


 ギフトシュランゲは主砲による超長距離射撃で反撃を行おうとしている!


 思った。――ついて行けるか!


 最早放心し、見守るばかりのマルタの視界を横切って、青い光を放つ流星がとてつもない速度で糸を引き、市街地へ向けて落ちて行った。

 先のギフトシュランゲの爆発で飛んで来たのだろう。流れ星は、きらきらと光るエリクシールの層で何重にも包まれていた。


 どきん、とマルタの胸が鳴った。タクト(指揮棒)を握る手が、すっと動き――


「あの流れ星を追う! 続けっ!!」







◇ ◇ ◇ ◇







 石壁の外観を持つ建築物が立ち並ぶニューアークの市街地にて、もうもうと立ち上る砂煙の中から姿を現したのはレオンハルト・ベッカーだ。

 身体から消え入りそうな弱々しい光を放ち、レオは突っ伏した姿勢で激しく咳き込んでいる。


「うぐぐぐぐ……なん、だ? ……なにが、起こった……?」


 今、正に目的地のブリッジに乗り込もうとした瞬間、強い熱と光に包まれた。瞬時にパーフェクトガードを展開させたが間に合わなかった。ガード内に多少の衝撃を取り込んでしまった。

 マントとトーガは半ばほどが焼け落ち、全身から白い煙が立ち上がっている。胸に灼けるような痛みが走り、レオは再び咳き込み、それでも足りず大量の血を吐き出した。右手には、アルタイル兵の肘から先を持ったままだ。

 大きなダメージを受けた。特に両足の損傷が酷い。一部炭化し、歩行はおろか、立つことすらままならない状態だ。グローバルパワーによる自己回復オートヒールが働いているが、回復には今少し時間がかかりそうだ。


 蹲った姿勢で荒い息を吐き出しながら、レオが夜空に見上げたものは、音もなく長距離からやって来た赤い熱線が、ギフトシュランゲのバリアに弾かれ、幾条もの光の筋に別れ、四散する光景だった。


 続いて下ろした視線の先に、遠く離れた海上で炎上する塊――撃墜されたギフトシュランゲが見える。


 ――撃たれたのだ。


 襲撃した者は、未だ姿を見せていない何者かだ。その何者かの横槍に、レオは激しい怒りを覚えた。


「くそったれ……」


 苛立ちを吐き捨てると同時に、アルタイル兵の肘から先を投げ捨てる。


「だれだ……!」


 或いは『なにか』。それが――


「『皇竜』の真似事をしてる馬鹿は、何処のどいつだ……!!」


 余りの怒りに、脳が沸騰する思いだった。



 ――a confused fight(混戦)!


  ――a confused fight(混戦)!



 バトルステータスには『混戦』の表示が閃く。そして――



 ☆Leonhard Beker

   ――《活動停止中》――残り17ターン――


  1 アキラ・キサラギ――別行動――

    ――猫目石―― エミーリア騎士団 1732 ――

     ――人命救助――

      ――作戦遂行レベル――very hard(とても難しい)――


  2 ジークリンデ――missing(行方不明)――

    ――danger!

     ――danger!!



 レオは、ぎりぎりと歯を鳴らした。

 リンが行方不明になっている。非戦闘員である彼女には極めて危険な状態だ。

 そしてニアの情報が表示されない。これはつまり――彼女は自らの意志でパーティから離脱したことを意味している。



『それは犬の娘の責任です。あの娘が過度の『予知』で未来をねじ曲げたのです』



 テオフラストの言葉が脳裏を過り、消えて行く。強く握り締めたレオの拳が、めきっと鳴った。


「あのアマ……!」


 ここに至り、避けていた思考の一つに思いを馳せないわけには行かなかった。

 跪いた姿勢で尚も咳き込み、吐血を繰り返すレオの胸中を、疑問ばかりが突き抜けて行く。グローバルパワーの発動による昂揚感は消え去り、後には激しい怒りだけが残った。


 何もかも、うまく行かない。


 見上げた上空ではアルタイルの巡航艦『ギフトシュランゲ』が主砲の発射準備にあり、バサード・ラムジェットで周囲から膨大な量のエリクシールをかき集めている。


(……野郎……ぶっ放すつもり、か……?)


 ニューアークの街から、風に乗って火の粉と煙とが流れて来る。


「レオンハルトさまあっ!!」


 不意に――呼びかけのあった方へ振り向くレオの視界は、ぐらりと流れた。

 身体から力が抜けて行く。息は荒れ、思考は千々に乱れた。ギフトシュランゲの爆発が与えたダメージは根深いものがあった。


「エル……? 何故……ここに……」


 怒りに燃える赤い瞳が、エプロンドレスの猫の獣人を捕まえる。


「ああ、レオンハルトさま! なんてこと……!」


 エルが、いっぱいの涙を湛え、駆け寄って来る――その両腕が伸びて来て、蹲ったままのレオの腕を担ぎ、腰を抱くようにして引き上げた。


「どうしましょう、どうしましょう……こんなとき、どうしたら……!」


 困惑混じりの悲鳴と共に、エルは周囲を見回す。


「レオンハルトさま! あぁ、しっかり――」


 支えたレオの身体は、うっすらと今にも消え入りそうな弱々しい光を帯びている。


「……大丈夫……俺は、大丈夫だ……」


 少し辛そうに言うその表情は、エルが守ってやりたいと思う、どこか弱々しく儚げな印象を持った英雄でないそれで――

 レオは、言った。


「今の俺にかまうな……。アキラに……アキラと……合流……いや……」


 市街地のマップを開く指先も、疲れに震える。




 ニーダーサクソン 中立


 指揮官 マルティナ・フォン・アーベライン

  ――エミーリア騎士団 600

   ――エミーリア騎士団 600

    ――エミーリア騎士団 600




 一個連隊1800を大隊600づつに分け、個別に行動を展開している。戦時にあり、未だ中立を保つこの部隊には目的の指標がないのが気掛かりではあるが……


「ここからなら、マルタの部隊の方が近い……行って……保護を要請……」


 そこまで言って、レオは再び吐血し、激しく咳き込んだ。

 ギフトシュランゲの爆発に巻き込まれ、大ダメージを受けた『レオンハルト・ベッカー』は活動停止の状態にある。動けるような状態ではない。顔、腕、脚、破れた衣服の間から覗く身体の部位に無数の罅が生じ、そこからエリクシールが漏れ出していた。


「行け……頼むから……」


 エルは、ぐしゃぐしゃに泣き濡れながら、首を左右に振った。


「駄目です! 行くなら一緒です!!」


「困らせるな……」


「嫌です! 死んでも離れません!!」


 エルの決意は固いようだった。

 レオは不毛な言い争いを避け、強い怒りと苛立ちを隠すように唇を噛み締めた。




(くそっ……くっそぉ……!!!)




 レオは、荒い息を吐き出しながら、死神を杖に立ち上がった。


 ぎゅう、と拳を握り混む。力はまだまだ湧いて来る――。


 こんなところで、へこたれるわけにはいかない。

 何もかも、あきらめるわけにはいかない。


 エルは、今にも昏倒しそうなレオの身体を揺さぶる。


「レオンハルトさま! あぁ、しっかり!!」


 うっすらと輝く青白い光を身に纏い、未だ煙を上げる焦げた身体を引きずるようにして、レオは、ゆっくりと歩き出した。その足取りは重く、頼りない。



(くっそぉ……あいつ……何、考えてやがる……!)



 赤く燃える瞳は、これ以上ない程の怒りに燃えている。

 何もかもがうまく行かない。だが、その怒りは置く。今の彼が、最も強い憤りを感じるのは――



(ニア……リンを、何処に、連れて行きやがった……!!!)



 Leonhard Beker


 ――活動再開まで、あと12ターン――




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