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S・D・G  作者: ピジョン
第2章 黄金病

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第37話 星の船

◇ ◇ ◇ ◇






 ――【global power】――




 war,a battle!


 war,a battle!




 陣形を組んで下さい!


 陣形が組まれていません!


 ――Leonhard Beker――


 ――単独での戦闘実行。


 遂行レベル――hard――




 テオフラストの作り出した次元の裂け目を突き破り、ニューアークに帰還したレオだったが、未だ戦闘が継続している。

 エンカウントの90%が固定されているSDGでの戦闘は瞬発力が要求される。そのため、最も厳しい状況の一つとされるのがこの『連戦』である。

 グローバルパワー解放中の『レオンハルト・ベッカー』の戦力は、個人で所有できるものから大きく離れている。

 そのレオとアルタイルとの戦闘は、自然な形で大きな舞台へと移行した。


 テオフラストの作り出した次元の裂け目を突き破り、レオが飛び出した先はニューアークの上空だった。

 落下の最中、レオは眼前のアルタイル巡航艦に向けて、即座に竜錨ドラゴンアンカーを投擲する。

 エリクシールを纏う青白い光の矢と化した竜錨が、巡航艦を守る特殊な磁場を突き破り、艦体に突き刺さったのを確認し、今もまだ背負ったままのアキラに、レオは叫んだ。


「俺は巡航艦を対処する!」


 蒸すような夜気に嬲られ、しかめっ面のアキラが応答する。


「了解! 合流地点は!?」


 アルタイルの目的は、レオの身柄の拘束か殺害だろう。この危険性は想像に易く、二人にとっては共通の認識だった。

 ここで引くほど、アキラの決意は安くない。敵が強大であればあるほど、燃えるものがあった。レオと一緒にアルタイルと一戦交えるのも一興だ。そのため、アキラの返答には迷いがなかった。

 巡航艦に突き刺さったアンカーを支点に、遠心力で振り回されるようにして移動する。


「すれ違いになった場合はサクソンで待つ!!」


 レオは自ら戦端を開き、乱戦に持ち込むつもりだ。

 現在、ニューアークには、ゲームシステム上の敵性判断であるアルタイルを除き、二つの戦力が存在する。

 アキラの直属部隊である『猫目石』(一個連隊)と、マルタ率いるエミーリア騎士団の一個連隊である。


 レオの背中にしがみつくアキラは、高く上空よりニューアークの町を見回した。

 直属部隊『猫目石』が彼女にとって戦況把握の鍵になる。部隊長は、いずれも目端の利く者ばかりだ。指揮官たる己に依り過ぎるような鍛え方はしていない。このど派手な帰還に呼応し、何らかのアクションを取るはずだ。


(エルと呼応してくれていれば……)


 そして、これだけは決めておかねばならない。


「ボクは何をすればいい!?」


 この戦闘に於いて、何を目的として『軍隊』を動かすのか。

 現段階では判断材料が少な過ぎる。しかし不確定要素は多い。マルタの立位置。イザベラの意図。猫目石。考える余裕はない。ここから先は柔軟、且つ高度な戦略的観点からの行動が要求される。

 アルタイルは寡兵だが、彼らの用いる銃器と対人兵器は比類するもののない脅威だ。犠牲は避けられない。それでも事を構えるとするならば、ニューアークの街にてゲリラ戦を展開することになるだろう。そうなれば多くの血が流れる。だが、レオがそれを良しとするとは思えない。

 では、どうするか。

 『指揮官』アキラ・キサラギとレオンハルト・ベッカーに味方する軍勢『猫目石』は何を指標として軍事行動するのか。

 レオの判断は、


「……ニューアークを、頼む……!」


「了解!」


 アキラは多くを尋ねなかった。

 『猫目石』は、人命救助を最優先に行動することになる。今後のことを考えるなら、それは良い選択肢の一つでもある。つまり、中立を維持する。闇雲に戦域を拡大させない、というのがレオの望みであるようだ。

 そこまで考え、アキラは過る不快に眉を寄せる。

 この立位置はマルタと同じようで違う。エルフの知謀は侮れない。イザベラはこの状況を予測しているかもしれないが、現場指揮官としてのマルティナ・フォン・アーベラインはどうなのだ? その思いが脳裏を掠めたのだ。

 レオは青白く光る右手の蔦を引き寄せる。


「じゃあな」


 その言葉に、アキラは、はっとして向き直った。


「――また、会えるよね?」


 レオは応えない。その瞳は、直上の宇宙船を見上げている。


 ぐん、とレオの身体が空に引き上がり、思いもよらない方向からの制動を受けたアキラは、掴んでいたマントの裾を離してしまう。

 落下していくアキラには聞こえないが、ドラゴンアンカーに手繰り寄せられ、空を昇るレオは小さく呟いた。


「いや、これきりだ」




◇ ◇ ◇ ◇




 ドラゴンアンカーに手繰り寄せられるようにして、アルタイル巡航艦『ギフトシュランゲ』に接近したレオは、艦壁の直前で、突如、全身に痺れるような感覚を覚えた。

 髪が舞い上がり、身体を覆うエリクシールが静電気のようにパチパチと弾ける。

 ギフトシュランゲの持つ中性磁場バリアに、彼自身の纏うエネルギーが干渉しているのだ。レオには、全身を覆う緩い粘膜に包まれたように感じられる。


「なんだ……?」


 星をも揺るがす力が集中し、レオの身体は新なる力と光に包まれ、緊張する。全身から迸るエリクシールがバリアに激しく干渉し、板状の金属を張り合わせたかのようなギフトシュランゲの艦体の継ぎ目に沿って稲光を走らせた。

 同時に、ギフトシュランゲから敵の襲来を知らせる警報が鳴り響き、艦体後方の大型ハッチから小型戦闘艇『アルバトロス』を射出した。

 レオは哂った。


「遅い! 遅すぎる!」


 戦いは巧遅より拙速を尊ぶ。彼にとって、アルタイルの反応は鈍すぎた。

 ギフトシュランゲを守る中性磁場は、強力なエリクシールによる過干渉でシステムを停止させた。

 艦体を覆うように展開していたエリクシールは消え去り、レオは一つ頷くと、ドラゴンアンカーと己とを結ぶ蔦を握り直した。


 繋がる蔦を手に巡航艦にぶら下がる形のレオの間近を、アルタイルの小型戦闘艇『アルバトロス』が猛スピードで駆け抜けて行った。

 巡航艦に取り付いたレオを直に撃つには、戦闘艇に搭載されている兵器はオーバースペックだ。

 アルタイルの戦闘艇『アルバトロス』の取ったこの戦法は、対象の間近を超スピードで通過することで生じる衝撃波で対処するというものだ。アルタイルの小型戦闘艇の接近戦ドッグファイトのマニュアルにある翼竜種に対する戦法であり、生身の人間なら五体が砕け散っていただろうが、強力なエリクシールで身を守る現在のレオには傷一つ与えることはできない。


 直後、全身を叩きつけるようにして突き抜けるソニックブームに表情を顰め、レオは怒りに肩を震わせた。


「ハエが……」


 レオの周囲に幾つもの魔法陣が出現し、聖属性である金のエリクシールが集中した。


 最高位の神官魔法『ホーリー・レイ』の発動だ。


 次の瞬間、金色の閃光が夜空に走り、直後、アルバトロスは爆発して炎を上げながらニューアークの町に墜落した。


(くそっ……!)


 炎上を開始した市街地を一瞥し、レオは再びギフトシュランゲの艦体を注視する。

 艦内部へ通じる小型の外部アクセスハッチを発見し、レオは不吉な笑みを浮かべた。宇宙空間での使用を考えて設置されたものだろう。間近に見えるハッチに向かって伝う手摺りに手を掛ける。レオは、それを伝い、逆上がりの要領で巡航艦下部に設置されているハッチを蹴り上げた。


 都合三度、蹴り上げた所で、ハッチは艦内に向けて弾け飛び、レオの侵入を許した。






◇ ◇ ◇ ◇





 レオは、ぴゅうと唇を尖らせた。


(これが……宇宙船……)


 アルタイル巡航艦『ギフトシュランゲ』の内部は以外に静かだった。耳の遠くに、エンジンの小さな駆動音が聞こえる。

 吹き飛び、侵入の痕跡を残す扉の脇に整備用のトーチや艦外作業用のごつい防護服が掛けられてあった。

 ここはどうやら艦体のメンテナンス時に用いられるメカニック専用の出入り口のようだ。通路は狭く、人が二人ほど行き来出来る程度の広さしかない。


 戦況の把握のため、詳細な情報を求め、バトルウィンドウを開こうとした所で、


「誰かッ!?」


 早速、飛んで来た誰可の声に舌打ちで反応すると同時に、レオは弾けるようにして飛び出した。


 世界は、薄い粘膜で覆われているように感じられた。

 『グローバルパワー』による知覚鋭敏が間延びした時間経過を錯覚させるのだ。

 通路の曲がり角から顔を出したのは、青いプロテクターに見える特殊な戦闘服を身に纏ったアルタイル兵だった。頭部をすっぽりと覆うヘルメットには遮光バイザーを用いているため、外から表情を見ることはできない。


 グローバルパワーによって圧倒的に強化された身体能力により、人間の反応速度の限界を超えたスピードで接近したレオは、アルタイル兵を肘で通路の壁に押し付けるようにして激突した。


「よお、青ラッキョウ」


 激しい衝突音と共に、壁に叩きつけたアルタイル兵の肉と骨の軋む感触を覚えながら、レオはヘルメット越しに呼びかける。


「ぐ、がが……」


 苦しげに呻くアルタイル兵の身体を弄りながら、レオは不埒に嘲笑った。


「バトルスーツ(青)か。八年前と比べて、どうだ? スペックが上がっているようには見えないな……。とりあえず銃を貰おうか。俺のやつは無くしちまったんだ」


 それは奇妙な述懐だった。

 アルタイル兵の腰のホルスターごと銃を奪い取りながら、レオは強い既視感に捕らわれている。


「EML(電磁気を使う投射様式全般の兵器呼称)……サーマルガンだな。科学局は新しい銃器を開発していないのか?」


 レールガンより性能は劣るが、基本的な扱いは変わりない。続いてバッテリー型の特殊カートリッジ(弾薬)を奪い取る。

 レオは、この行動を呼吸するかのように自然な流れで行った。

 銃器の知識もなければ、アルタイルの使う科学兵器に予備知識があるわけでもない。だが、当然のことのように知っている。違和感がないのが違和感だった。

 壁に押し付けた肘の先で、ごきりとアルタイル兵の首が鳴り、身体が痙攣するが、それに構わず、他の装備品を奪い取る。



 flash bang grenades(閃光手榴弾)×2。

 hand grenades(手榴弾)×2。



 それらの携行型対人兵器アイテムを腰のポーチに押し込みながら、レオは内心で首を傾げる。

 思い出す、というのとは少し違う。

 テオフラストとの戦闘を経て、咄嗟のアクションの度に、脳の奥底で記憶の澱が淀む。揺らぎの中から知識が浮かび上がり、最適と思われる行動を取らせる。それらの知識は、確実に彼の中に内包されていたのだ。


 アルタイル兵が吐血して、ヘルメットのバイザーが赤く染まっている。

 既に絶命しているが、レオは何も感じなかった。順応したのではない。以前の『彼』が、殺人に忌避を感じないこの状況に慣れていたのだ。


 命の重さを忘れて行く。元の世界(現実)を忘れて行く。


 夢の中にいるようだった。


 既に死亡しているアルタイル兵のヘルメットのバイザーを、こんこんと指で叩きながら、レオは言った。


「おいこら、青ラッキョウに赤ラッキョウども。お前らの大好きなレオンハルト・ベッカーが此処にいるぞ」


 アルタイル兵のヘルメットには小型の通信機器が備わっており、映像と音声は司令部――この場合、ブリッジ(艦橋)にも繋がっている。それ故の挑発行為だった。


 艦内に突然、けたたましい警告音が鳴り響き、機械的な音声が告げた。



『侵入者アリ、ポイント207アルファ


 コード47 『レオンハルト・ベッカー』 パーソナルパターン98%一致


 コードF302ノ発動を認証 繰リ返ス……』



 戦闘用の暗号が含まれており、一部は意味不明だった。


「さて……」


 レオは握った拳を鳴らし、うっすら笑うと、首をごきりと鳴らした。続いて屈伸運動をして、それから軽く伸びをする。これから始まる新たな『ゲーム』のための準備体操だ。

 バトルステータスに新たに開いた表示は――



 00:15:00:00



 タイムアタックだ!!

 15分以内にアルタイル巡航艦『ギフトシュランゲ』を撃沈、或いは行動不能の状況に追い込まねばならない。


 SDGの戦闘では、特殊な状況下で、こうしたタイムアタックが発生する場合がある。設定時間内に目標を達成出来なかった場合、ゲームオーバー、又は、プレイヤーに対し大きなペナルティが科せられる。


「少しは面白くなってきたな……」


 不敵に呟いて、唇を嘗める。次の瞬間には、低いエンジンの駆動音が響く床を蹴って、駆け出した。


 視界に赤い矢印が浮かび、通路の先を指している。恐らくブリッジの方向だろう。

 レオは駆けながら、オートマッピングされていく巡航艦のマップを展開する。

 マップの殆どは黒色になっており、巡航艦の構造を把握することはできない。だが、黒く消失している画面の先には、所々赤い光点が点滅している。


 固定のエンカウントだ。


 SDGのプレイヤーには当然の先読みテクニックであり、こんなものは裏技でもなんでもない。レオが進む矢印の先には固定のエンカウントである赤い光点が集中しており、この先は広めの吹き抜け(エントランス)になっていると予想できた。


 つまり、このまま直進すれば『待ち伏せ』を喰らう。


 レオは大声で笑った。


「ははははは! 馬鹿共が!!」


 狭い通路を凶暴な笑声が響いて行くのを確認し、叫んだ。


 『神官魔法』は聖属性のエリクシールを用いたものの他に、付与、召喚、回復、呪術より成る。

 魔法の性質上、詠唱破棄不能の呪術『ワード・オブ・デス(死の言葉)』。詠唱に型はなく、言の葉に特定のワードを組み込むことで発動する『呪術』である。



「死ね! 死ね!! 死んでしまえ!!!


 青ざめた唇の女は、そこかしこに立ち、お前たちに手招きしているぞ!!」



 アルタイル兵が身体に纏うバトルスーツは、人工筋肉により、筋力を通常の3~5倍に高め、ヘルメットは暗闇等による『盲目』などの状態異常を防ぐほか、視力と聴力を高める。この装備は、短時間ながら宇宙空間での活動すら可能とする。通路の向こうに居る連中にも『死の言葉』は聞こえているだろう。


 レオはスピードを落とすことなく直進し、エントランスへ突っ込んだ。

 エントランスでは、赤いバトルスーツを纏うアルタイル兵が、ライフル型の銃器を装備した三〇人程のバトルスーツ(青)を展開し、腰だめの姿勢で銃口を構えていた。


 レオがエントランスに突っ込むのと、指揮官と思しき赤いバトルスーツの男が、ぎょっとしたように叫んだのは、ほぼ同時だった。


「し、死の言葉だ! 耳を塞げぇっ!!」


 命は――風の囁きに脅えた蝋燭のように揺らめく。


「――遅い! くたばれ!! さあ、夜が開くぞ!!!」


 レオは口角を吊り上げた。

 高性能な遮光バイザー付きのヘルメットを持つアルタイルの兵士は、光り輝く姿越しに見た。

 メルクーアの創成を綴る聖書ではテオフラストの使徒とされる『アスクラピアの蛇』。人としての似姿をとったそれが『青ざめた唇の女』の正体だ。


 兵士たちの怒号が飛び交う。


 ある者は、銃を投げ捨て、耳を塞ごうと。


 ある者は、目の前の輝く姿に驚愕し、動きを止め――


 刹那――青ざめた唇の女は、残酷に微笑む。


 三〇人にも及ぶ息遣いと挙動とが無作為に流れる空間で、鋭敏化した知覚が瞬間生じる沈黙を選び取る。

 レオは、低く、囁くように言った。



「汝ら、これより夜の住人――」



 続けざま、レオは、アルタイル兵の集団に斬り込んだ。


 即座に変形した十三本の刀身が空を裂く。

 十三匹の蛇――サーティーンスネークによる攻撃は通常の斬撃である『線』でなく、『面』を意識したものだ。威力こそ低いものの、広範囲に渡る攻撃は、実に280%の命中率を誇る。

 死の誘惑に耐えた運の強い者も、瞬き程のこの刹那に耳を塞ぐことに成功した者も、更には既に絶命し、未だ倒れることが適わぬ者も、その全員が表情を驚愕に固めたまま――エントランスに『ばらまかれた』。



 00:12:09:21



◇ ◇ ◇ ◇






 エントランスを一瞬で地獄へと変えたレオは、生存者の有無を確かめることなく突進時の勢いそのままに、視界に表示された矢印を追った。

 急速に作成されて行くマップは、巡航艦の前方やや上部に向かっており、やはりブリッジを目指すものと思われた。


 エントランスでの一個小隊(約三〇人)程の襲撃を経て、以降の巡航艦内部のアルタイル兵の襲撃は少数、且つ散発的になって行く。


 流石に――一二〇年の永きに渡り、戦乱にあっただけのことはある。

 侵入して三分足らずの間に、一個小隊とはいえ反撃の態勢を整えたのは見事だ。だがそれが最大の抵抗であるだろう。レオはそう考える。この襲撃は突発的であり、先制攻撃のアドバンテージは生半可なことで覆せるものではない。


 通路の角から慌てたように飛び出して来たアルタイル兵(青)の二人組に遭遇し、レオは瞬く間に一人を斬り伏せ、もう一人のヘルメットを右手で鷲掴み、押し付けた壁面に朱の線を引きながら、すり潰すようにして突き進む。

 阿鼻叫喚の悲鳴が上がり、吹き上がる血飛沫が全身を赤く染めて行く。



 00:10:59:44



 プレイヤーである彼をして、『アルタイル』は正体不明の異物である。

 SDGという名の『ゲーム』では、『アルタイル』は『ダークナイト』と共にメルクーアの秘宝である『アレスの珠』を狙う悪玉である。

 優れた科学技術を持つ彼らは、著しく歪んだ方向にプライドを肥大させており、未だ発展の途上にあるメルクーアの民を、『原始人』『野蛮な猿』と呼んで憚らない。

 アルタイルは、その優れた科学技術を背景に度々戦乱を引き起こし、亜人を虐殺し、一部資源を枯渇させ、一二〇年前に至っては、『皇竜』との争いにより、幾つかの大陸を海に沈めた。

 『移民』より一二〇年。全体の総数こそ少ないものの、この厄介過ぎる居候は、メルクーアの民には恐怖と嫌悪の対象でしかない。

 これがプレイヤーとしてのレオが知る『アルタイル』の全てだ。

 『皇竜』と『ダークナイト』が消えた現在、彼らの行き過ぎた科学力は、どのような方向へ意志を向かわせるのか。

 剣と魔法が支配する『ファンタジー』に、科学という『リアル』を持ち込んだ彼らが何を目論むのか。知る者はなく――



 00:10:22:17



 全身を返り血に染め、無駄足を踏むことなく、一直線に駆けるレオであるが、目標地点と思われるブリッジに近づくにつれ、アルタイル兵の抵抗は激しくなって行った。


 ブリッジに通じる長い通路のほぼ中央部分に一個小隊程の集団が陣取り、サーマルガンで間断ない砲火を浴びせて来る。


 グローバルパワーを発現させた状況とはいえ、銃器の直撃は避けたい。その思いから、レオは強引な突破を試みず、左右に開いたままの扉の陰に身を隠すようにして、こちらもサーマルガンでの反撃を行う。

 だが数が違い過ぎる。レオが一度撃つ間に、彼らの砲火による反撃は二十を数えるような有り様だ。


「おい、こら! このラッキョウ軍団! 聞こえたら返事しろ!」


 その罵倒に返ってきた応えは、無言の集中砲火だった。

 ヘルメットの集音効果を絞り、無線での通信をすれば、『死の言葉』は容易に無効化レジストできる。同じ戦法は通用しない。その証明だった。

 視線を流すと、サーマルガンの砲火が直撃した壁面が黒く煤けている。レールガンと比べれば、威力は大きく劣る。頭部への直撃を避ければ、強行突破は不可能ではないだろうが……


(痛いのは、断固として断る!!)


 この攻防に辟易したレオは、腰のポーチからハンドグレネード(手榴弾)を取り出してピンを引き抜き、二つ数えてから、それを恭しい仕草で扉の向こうに、そっと転がした。


「さあ、召し上がれ」


 アルタイル兵が装備していたハンドグレネードは屋内での使用を目的とする対人兵器だ。殺傷範囲は数メートルと広くない。爆発後、散弾を周囲に撒き散らす。

 汎用性の高い召喚兵による数の突撃もあれば、パーフェクトガード展開による方法もあったが、この際アルタイルの兵器を使って見たかったのだ。

 人には変えられない性分というものがある。彼の場合、悪戯好きという性分だ。それは時として場を混ぜ返し混乱させ、時として硬直した状況を好転させた。良く言えば、彼には意外性があり、悪く言えば行動には多少のムラがあった。


 激しかった砲火が停止して、続いて困惑の悲鳴が上がり――それから大きな爆発音が響き渡った。


 戦闘に関する限り、強力な兵器自体が物事の勝敗を分けるとは限らない。逆に脅威であればあるほど、それを奪われた時、その脅威はほかならぬ彼ら自身に降り注ぐことを忘れてはならない。

 もうもうと煙が立ち上がり、苦痛の呻きが漂うそこに、レオはフラッシュグレネード(閃光手榴弾)を投げ込むと同時に飛び出して、通路に斬り込む。


 アルタイルの対人兵器は、中~長距離を対象に威力を発揮するものが殆どだ。クロスレンジ(近接戦闘)対応のバトルブレードや高出力レーザーナイフの攻撃も予測できたが、今の己なら十分対応できる。それ故の判断だった。

 タイムアタックはスピード感溢れる連続戦闘が醍醐味だ。口元を笑みの形に歪めながら、レオは縦横に死神を奮う。

 一三匹の蛇が血風と共に荒れ狂い、通路は瞬く間に朱に塗れた。

 レオは言った。


「お前らは弱すぎる」



 00:08:32:23



 艦橋を制圧するのに、まだ十分な時間がある。

 レオは足を止め、未だ血煙の巻き上がるそこを悠然と見回した。全身を紅に染め上げ、グローバルパワーによる放電現象にも似た青白い稲光を周囲に撒き散らしながら、不敵に誰可する。


「おい、図々しく生き残ってる奴はいるか?」


 その呼びかけに呼応するように、弱々しく呻きを上げるアルタイル兵の一人を捕まえ、襟首を引き上げた。

 左腕と左足は半ば以上千切れ、皮一枚で繋がってるような状態だった。青いバトルスーツは大量の出血に塗れ、右肩にかかっているライフル型のサーマルガンは、銃身が真っ二つに割れていた。


「この艦の動力源はなんだ? 何をエネルギーとして推力を得ている。原子力か?」


 そう尋問した所で、漠然とした不安に襲われ、レオは僅かに眉を寄せる。

 ――何かを失念している。粘るような不安が脳裏から離れない。


「う、ああ……」


 ヘルメットのバイザーの口元辺りが蒸気の粒に濡れている。表情は伺えないが、苦痛に歪んでいるだろう。大量の出血によるショックからか、質問に対する応答は芳しくない。呻きを上げるばかりだ。

 それには頓着せず、レオは鼻を鳴らす。


「おい、質問に答えてからくたばれ」


 巡航艦ギフトシュランゲを破壊。もしくは操船不能にするのはいい。だが撃墜してしまった場合、ニューアークの被害は甚大なものになるだろう。

 既に何機かの戦闘艇を撃墜し、街に被害を出してしまっている。アキラと『猫目石』にニューアークの救済を頼んではいるが、可能な限り、街に被害を出したくない。巡行艦の推力が原子力であった場合、何らかの対策を講じる必要があった。

 レオは舌打ち混じりにヒールを発動させ、瀕死のアルタイル兵の治療を行った。


「あ、あ、ああ……」


 瞬く間に出血が止まり、呼吸が小さく漏れる呻きと共に落ち着くのを確認し、レオは再び問いかける。


「答えろ。この艦の動力源はなんだ。原子力か」


 アルタイル兵は返答に躊躇する様子を見せたものの、ぐいっと襟首を締め上げられ、圧力を増すように燃える赤い瞳の迫力に負け、途切れがちに答えを返した。


「ち、違う。そんな、古臭くて危険な物は使わない。この艦は、バサード・ラムジェットを応用した技術によって、推力を得ている……」


 『バサード・ラムジェット』自体は、宇宙空間に散在する水素分子を集めてエネルギーに変換し推力を得る方法だ。恒星間ラムジェットとも呼ばれるこの技術の実現は不可能とされている。正しく『未来』の技術と言える。

 レオは納得したように頷いた。


「応用……このメルクーアでは大気中に存在するエリクシールを使っている……というところか」


 原子力を使用していないとはいえ、巨大なエネルギーを扱っている以上、巡行艦の破壊には危険が伴う。しかし、最悪の懸念――核爆発――は消えた。

 一方で、レオの言葉にアルタイル兵は鼻白んだ。


「理解、できるのか……? レオンハルト・ベッカー……お前は、一体……」


 驚き、脅えたように問い返すアルタイル兵に、レオは首を傾げ、少し考え込む仕草をして見せ、二、三度首を振った後、自身を訝しむように続けた。


「……違う、そうじゃない。俺の疑問は……それほど高い技術を持ったお前たち『アルタニア』が……『聖柩の島』で……何故、今更……『コバルト・アロー』に拘るのか……」


 がん、と頭を殴られたような衝撃があった。

 堪らず、レオはアルタイル兵を締め上げていた手を放し、頭を抱えるようにして、ふらふらと後ずさった。

 通路の壁に凭れるようにして身を預け、レオの視線は虚ろに流れた。独り言のように呟いた。


「あぁ……そうか……あれは……『星の船』……本物の『アーティファクト』……『オーパーツ』……」


 心臓が鼓動を鳴らし、額には、じっとりと脂汗が浮かんだ。ここに至り、彼にはこのゲームの行く末が見えて来た。自身の赴く先が見えて来た。


「なるほど……そうだったか……俺は……」


 汗を拭い、独り述懐するレオと、訝しむような視線を送るアルタイル兵の目が合った。


「……本国では、お前の出自と正体を疑問視する声がある……。少し話して分かったが……レオンハルト・ベッカー……お前は『こっち側』だ。メルクーアの猿じゃない……一体、何者だ……?」


 その場にへたりこむようにして座り込んでいるアルタイル兵の口調には、恐怖の成分も混じっていたが、多分に好奇心の成分が含まれている。


 オーバーテクノロジーを駆使するアルタイルをして、『レオンハルト・ベッカー』という男には、多くの謎が存在する。

 何故、生きているのか。そこからして既に回答不能である彼の存在に、多大な興味が寄せられるのは当然のことだった。


「…………」


 レオは荒々しく息を吐きながら、アルタイル兵にサーマルガンの銃口を向けた。


「……大体わかった……もう、死んでいい……」


 アルタイル兵はたじろいだものの、続ける。


「お前……どこからやって来た? 『奇妙な部屋ストレンジ・ルーム』か……?」


 その言葉に反応し、レオの動きが止まる。


「奇妙な、部屋……?」


「どの世界にも所属せず、時間軸すら定まらない空間……我々は、そこを『奇妙な部屋ストレンジ・ルーム』と呼んでいる」



 00:06:02:03



「星の部屋のことか?」


 レオの答えに、一瞬びくりと震え、アルタイル兵は言った。


「心当たりがあるのか……? 本当に、何者なんだ、お前は……。何処からやって来た……? 人間の癖に、何故、亜人の味方をするんだ……?」


 レオは左手で、疲れたように顔を拭った。その両肩は荒い吐息に揺れ、胸は慄くような動悸に震えている。自ら落ち着けるように、細く長い息を吐き出した。


「……お前らのような外道の味方をするより、遥かに気が利いているだろう」


「何を言っている。あの猿共に固有の意志があるとでも思ってるのか? やつらは多種多様であるように見えて、実際にはDNAの一部が完全に一致している。あり得んことだ。思い当たることがないか……?」


 『汎用キャラ』のことだ。そのことに思い至り、レオは険しい表情で黙り込む。

 『アルタイル』の切り口は、『プレイヤー』であり『現実』世界の彼のものと同じだ。『リアル』を伴った考察だ。

 レオは非常な興味を覚え――話の続きを促すように、銃口を下ろした。


「聞いてやる……続けろ」


 アルタイル兵は、逡巡する様子を見せたものの、一拍の間を挟み、口を開いた。


「……魔導科学により、世界の多層化が証明されて三年。我々『アルタイル』は、幾つかの虚数空間の発見に成功した――。

 『奇妙な部屋ストレンジ・ルーム』もその一つだ。

 幾度となく調査隊が組織され――――この『調査隊』は、適当に選抜したものじゃない。最新鋭の装備を用い、遺伝子操作を施された者で構成した特殊部隊だ。

 この『調査隊』は『ゲート』を潜り、『奇妙な部屋ストレンジ・ルーム』に乗り込んだが、得た情報は一つもない。

 ――帰って来なかったんだ。だが、二カ月ほど前――」


 彼が『レオンハルト・ベッカー』として、メルクーアに出現した頃だ。


「『調査隊』より、情報の通信があった。

 この時点で、二〇回以上の『調査隊』が組織され探索に向かっていたが、情報を送って来たのは、六度目に派遣した調査隊チームの者たちだ」


「それはおかしい」


 問い直すレオに、アルタイル兵は苛立ちを隠さない。吐き捨てるように答えた。


「時間軸が出鱈目なんだ。『奇妙な部屋』のことは分からない。分からないんだ……!」


「調査隊が持ち帰った情報は……?」


 時間稼ぎをされている。それを承知でレオは話し込む。タイムアタックのクリアより、この情報の取得を優先したのだ。腕組みし、考え込むように視線を伏せた。



 00:02:44:22



 アルタイル兵は言った。


「分からない。その情報の取得には、アクセスレベル5以上のパスコードが必要になる」


 全てを聞き出せる程、むしのいい話があるとも思ってない。だが、目の前のアルタイル兵が己に強い興味を持って会話に臨んでいることは分かる。嘘を言っているとは思えない。レオは己のその直感を信じる。

 ただ、時間がない。新情報については、真偽を確認したいところだが、質問は厳選する必要があった。差し当たり、レオが解決を優先した疑問は――


「生命の水……知っているか……?」


「――!」


 ぎょっとしたように、アルタイル兵は顔を上げた。


「科学技術長の発明だ。あれの使用に関しては、軍でも意見が割れている」


 アルタイルも一枚岩ではないということだ。王族による主権を認めながら、議会制を敷く以上、ない可能性ではない。

 レオは呆れたように息を吐く。


「科学技術長……? あの、亜人嫌いの……フォーテスキュー、だったか?」


 知ったような口ぶりのレオの様子に、アルタイル兵は鼻白んだ。


「フォーテスキュー博士を知っているのか? 本当に、お前は一体何者だ? 何故、我らの事情にそれほど精通しているんだ!?」


 当然の疑問だが、『プレイヤー』である彼には雑多な『設定』の一つに過ぎない。その質問には答えず、面白くもなさそうに鼻を鳴らし、一方的に問いかける。


「……具体的な効用は?」


 少し口ごもる様子を見せたものの、若干の沈黙を挟み、応えがあった。


「……メルクーアに存在する全ての知的生命体にある特定の遺伝子を破壊する……」


「…………」


「現在のところ、一般交易に利用している医薬品に混入して、試験しているようだ……」


 レオは眉間に嫌悪による皺を寄せ、鼻では笑った。


「生物兵器の開発か。あくどい真似をする。手加減する必要を感じんな……。それで、悪の手先としては、どうだ。そろそろ死んでみるか?」


「ま、待て!」


 既にアルタイル兵には戦意はない。脅えたように身を竦め、頭を抱え込んだ。


「お前らが何処の何様かは知らん。だが、命を弄ぶんじゃない。俺も本気でふざけてやろうか……ええ?」



 00:01:10:03



 残り時間――一分少々。レオは薄く笑って見せた。

 劇的に強化された『レオンハルト・ベッカー』ならば、それだけあれば艦橋の制圧は十分可能だ。交渉の余地などない。皆殺しにしてしまえばよいのだ。彼は乱暴にそう考え、恐怖に身を小さくするアルタイル兵の腕を掴んで引き寄せた。


「な、なにを――」


「レベル5のアクセスコードと言ったな。赤ラッキョウなら知って――」


 そこまで言った所で、新たに閃いたバトルウインドウに走った表示は――



 ――force one’s way into break!!



 レオは、ぴたりと動きを止めた。


 --:--:--:--


 直後、タイムアタックは強制的に終了し、残り時間の表示が消え去った。



 ――force one’s way into break!!



 過去――ゲームプレイ中の彼には実際の経験はないことだが、この状況は知っている。この状況のまずさを知っている。

 レオは震える唇で呟いた。


「皇竜……?」


 ストーリーの進行が徹底的に遅延した状況で発生する、最低最悪のペナルティ――『皇竜』との強制戦闘。この場合、イベントを中断され『割り込まれた』。

 SDGのマニュアルにある象徴的な文言が、レオの脳裏にちらついた。



 ――駆け抜けて行け。それが出来ないのなら、死んでしまえということだ。



 その瞬間、周囲は目映いばかりの光と高熱とで包まれた。



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