第33話 もっとDramaticに!
パーフェクトガードの作り上げたフィールド内部にて、終に二人は一対一で対峙した。
フィールドの維持に全力を振り絞る召喚兵がブラックホールの圧力に押され、じわじわと後退を始める。
レオはその召喚兵たちを顧みることはせず、左手でアキラ・キサラギと己の鮮血に塗れ、額にへばり付いた髪の毛をかき上げた。
髪だけでなく、マントもトーガも血に塗れている。アキラを手にかけたのは、彼自身と言っても通用しただろう。
テオフラストは、殆ど優しいとすら言っていい笑顔を浮かべた。
「動揺は一瞬、油断もありませんか」
吐き捨てるように言った。
「――冷たい男だ」
「……」
「――嫌な男だ。レオンハルト・ベッカー」
「……」
「わかりますよ。お前ももう、何も感じないのですね」
表情を変えず、レオは静かに切り返す。
「一緒にするな。仲間みたいに言うんじゃない」
そして――天使たちは、余りにも遅い最後の一節を歌い上げ、ついに――
「 ほ し を も ゆ る が す ♪ 」
Sol ID 0211
――Leonhard Beker――
【global power】――on――
STR(腕力) 8670%UP
SPE(敏捷) 7790%UP
PIE(信仰) 7740%UP
INT(知性) 3200%UP
MAG(魔力) 4890%UP
VIT(生命力) 6780%UP
ST (体力) 9710%UP
auto heal(徐々に回復)
auto break(徐々に壊れる)
potential open(潜在能力解放)
perfect guard → perfect field(絶対領域)
◇ ◇ ◇ ◇
『レオンハルト・ベッカー』が、ついに『奥の手』を発動させた。
万物の源とされる『エリクシール』を身に纏い、放電にも似た青白い衝撃波を辺りに撒き散らす。
星のスクリーンを踏み締める足からも四方に伝うようにしてエリクシールが流れ、周囲に拡散して消えて行った。
身体が張り裂けるのではないかというほどの激しい動悸と耳鳴りは止み、ざわめいていた胸の内は、今では、澄み渡る湖面のように落ち着いている。言った。
「ラストステージだ」
チートスキル『グローバルパワー』の発現により、エクストラスキル『パーフェクトガード』は『パーフェクトフィールド』に昇華した。
ブラックホールの出現により発生した超圧力で効果範囲を狭めていたパーフェクトガードの圧縮は止まり、召喚兵の援護なしでも生存域を確保している。
回復を意味するエメラルドグリーンのエリクシールがレオの千切れた右腕を包み込み、欠損部位を再構築して行く。
(これが……グローバルパワー……物質再生能力……)
テオフラストは目を細めるようにして、注意深く様子を観察している。
「……それでも、私の優位は動きません」
レオはグローバルパワーにより、再構築された新しい右腕の感触を確かめるように、端から順に指を握り締めている。視線を合わせないまま、低く呟いた。
「決着をつけようか……」
――Leonhard Beker からDuel(決闘)の申請があります――
「お断りです」
グローバルパワー発現時の『レオンハルト・ベッカー』は、欠損部位の再生が可能な程の強い自己再生能力による回復と同時に、自己崩壊が進行している。相手にせずとも自壊する。それ故の辛辣な返答であったが――
――teo-frust 211 は了承しました――
テオフラストは呆然となった。
「え……?」
SDGはドラマチック型RPGだ。ストーリーの節目で出現するボス敵との対決は、主人公との一騎打ちが多い。
この『ゲーム』は、瞬間の輝きを劇的に演出するのだ。
テオフラストは、震える声で呟いた。
「私が、ストーリー上の、敵……?」
テオフラスト(神)という存在は、ストーリー演出の道化として切り捨てられたのだ。
そして、今の現状は甘くない。パーフェクトフィールド内は『レオンハルト・ベッカー』の領域だ。狭くはないが、広くもない。強力な魔術や超能力の使用は自らにも類が及ぶ。限られた戦闘域で圧倒的に不利なのは『魔術師』タイプのテオフラストだ。
突如として差し迫った死の恐怖に息を飲むテオフラストに、レオは宣告する。
「いんちきな神……テオフラスト。お前は、ここで死ぬんだ」
「そんな……バカな……」
テオフラストは、レールガンをレオに突き付け、動揺も露に一歩引き下がった。
戦士タイプの『レオンハルト・ベッカー』相手に近接戦闘は分が悪すぎる。仮に、この戦いに勝利したとしても、彼が死ねば生存域を確保するパーフェクトフィールドが消滅し、自ら作り出したブラックホールにより虚無に消える。
――teo-frust 211
――suspended game
――under preparation
――teo-frust 211 はDuelを受けています――
――退避(escape)は無効です――
退避の要請はシステムに却下された。
ここでの『神』の役割は、倒されるべき敵――道化なのだ。
つまり、テオフラストという存在は完全に行き詰まった。
「寄るな!」
悲鳴に近いテオフラストの制止を受け、レオは一歩引き下がると同時に、腰溜めに、ぐっと姿勢を低くした。
その様子は、この攻勢のチャンスに辟易しているようにも見え、テオフラストは畳み掛けるように言い募る。
「六千年! 六千年だ! お前にその永きが理解できるか、レオンハルト・ベッカー!」
レオは、せせら笑った。
「お涙頂戴か、テオ。面白い、泣ける話の一つもしてみるがいい」
投擲準備……
「その呼び方……記憶が……」
投擲体勢……
レオは応えず、振りかぶった手元の死神を隠すようにマントを翻す。
グリムリーパー。
死神の名を冠する魔剣である。通常時、十種類の形態変化に加え、グローバルパワー発現時には更に三つの形態変化を可能とする。
戦闘時、最も守勢に優れる兵種『神官騎士』であるが、一方で固有の強力な武技スキルは存在せず、Duel(決闘)時には決め手を欠くという弱点を持つ。
プレイヤーとしての彼が魔力解放のデメリットに目を瞑り、このグリムリーパーを所持する最も大きな事由。
多彩な形状変化により、数多のモンスターに対する特別効果を秘める魔剣『グリムリーパー』は、決め手を欠く『レオンハルト・ベッカー』にとっての決戦兵器なのだ。
テオフラストの視界に隠れ、死神は命を糧に形状を変化させて行く。
先ず、刀身がすらりと伸び、禍々し赤黒い刃を持つミステルティン(神殺し)に変化する。
テオフラストとレオの間には距離がある。
(これじゃない……適した形……適した武器は……)
刀身は切り詰めたように短く、命を吸って、より重く。切っ先は決して獲物を逃さぬよう、抉れ、捩れ、きつい『返し』に変化する。打ち込むために特化したそれは、グローバルパワー解放時のみ、可能な形態変化の一つ。
対ドラゴン用投擲槍『竜錨』(ドラゴンアンカー)だ。
テオフラストの表情が、ぱっと笑みの形に綻んだ。
「……グローバルパワーの強力な自己再生のお陰ですか! よかった! ああ、レオンハルト・ベッカー、この状況も二人ならなんとか――」
――Leonhard Beker
――charge(攻撃力倍化)!!
レオの腰溜めに構えた姿勢は更に低くなり、身に纏った青いエリクシールが爆ぜ、暴力的な衝撃波を周囲に撒き散らした。
『騎士』の固有スキル『チャージ』だ。効果は単純。攻撃力を倍化するだけのものだが、グローバルパワー発現時に行われるそれは、必殺の意思表示にほかならない。
無関心をそのまま体現したかのようなテオフラストの鉄面皮は歪み、唇は、怒りと驚きとで震えている。
「ふざけるな!! 私はシステムのしもべだった! 今になって切り捨てるのか!」
レオは答える。
「自ら律し、命ざぬ者は、いつまでも奴隷に留まる」
「お前のような無頼になれと!? 笑止!!」
己の道を一人行く無頼の徒が大事を成すことはない。それがテオフラストの哲学だ。曾て、『皇竜』との決戦を経て、『死に戻り』をせねばならなかったレオの失敗はそこにある。彼は仲間を頼るべきだったのだ。少なくともテオフラストはそう考える。
だが、『プレイヤー』であるレオのそれは違う。
道がある。
一つの道だ。人生と置き換えてもいい。
その道は、長く険しい。
馬車で行ってもいい。友と行ってもいい。恋人と行ってもいい。
だが、最後の一歩は、必ず独りで踏み締めねばならない。
最後の瞬間は、己だけを頼りに行かねばならない。
それが、このグローバルパワーが全てのプレイヤーに送るメッセージ。
腕力×敏捷×投擲スキル×槍術スキル×power strike 7670%!
――global power!!(星をも揺るがす)
――CHEAT!!!(チート)
神の哲学か。それとも、サディスティックシステムが『レオンハルト・ベッカー』という名のプレイヤーに与えた哲学か。正答は何処にもなく、そして――
◇ ◇ ◇ ◇
アルタイル……遥々星の海を越え、別の銀河系からやって来た『宇宙移民』。彼らの『科学』はテオフラスト――この世界の『神』にも並びつつある。
その内、この『より高き場所』……星の部屋にもやって来るだろう。
世界の秘密を踏み躙り、足蹴にするために。
「嫌だ! 私は死にたくない!!」
だが、『人間』の秘める可能性が、『神』を追い詰める。『レオンハルト・ベッカー』というキャラクターに宿る異なる世界の可能性。
一際眩く輝く、一瞬の、光。テオフラストに確認できたのはそれだけだ。
「私が死ねば、誰がお前に祝福を――」
世界(SDG)の理は彼、レオンハルト・ベッカーを選んだ。
レオの投擲した『竜錨』は、青白い螺旋状の軌跡を描きながら、真っすぐテオフラストの右の胸に吸い込まれた。
青と赤のきらめきが、弾けて舞った。
レオの右腕から伸びた黒い蔦から稲妻のようにエリクシールが伝い、パーフェクトフィールドの壁に異世界の神を縫い止める。
テオフラストに油断があった訳ではない。
姿勢を低くし、マントで隠したレオの得物が投擲用のそれと視認できなかった。尚且つ、一つしかない武器を投擲するとは夢にも思わなかったのだ。
勝負は一瞬。一撃で勝つか負けるか。グローバルパワーの発現までに苦労したレオが取った戦法がそれだ。
この一種、短慮とも取れる『思い切りのよさ』は、彼の長所にも短所にも直結している。戦闘面においては精神系スキル『果敢』の習得に繋がり、軽はずみと言っていい女性関係にも繋がっている。
テオフラストは、レオンハルト・ベッカーという男の人間性について配慮が足らなかったのだ。
テオフラストは胸と口から赤いエリクシールを吐き出しながら、苦悶の悲鳴を上げた。
「まだだ、テオ。これからだ……。やめときゃよかった、そう思いながら、お前は死ぬんだ……!」
レオは渾身の力で蔦を引き、胸に錨を突き刺したままのテオフラストを引き寄せる。仕留めた獲物は取り込まねばならない。『竜錨』――この武器はそのように使うのだ。
グローバルパワーの超再生能力はテオフラストにも作用している。これくらいでは死なない。――死ねない。
凄惨な光景が広がった。
苦悶に喘ぐテオフラストは、右胸からエリクシールと鮮血を吹き出しながら、竜錨を引き抜こうと必死にもがき苦しむが、きつく捩れた『返し』がますます身体に食い込み、捕縛の手を緩めない。
それに構わず、レオは竜錨と自身の右腕を繋ぐ蔦を力任せに引き寄せた。
彼は、決して善人ではない。息も絶え絶えのテオフラストの髪を毟るようにして引き起こし、眼前に引き寄せると怒りを爆発させた。
「テオフラスト、くそったれの神よ! 俺を見ろ! この俺、人間のレオンハルト・ベッカーが、お前を地獄に落とすんだ!!」
テオフラストを包む赤いエリクシールは徐々に輝きを失いつつあった。
思った。
戦闘開始直後、レオはテオフラストの死を予言するような発言をして見せた。示威行動の一つのように思ったが、違う。つまり、『プレイヤー』としての彼は、ここまでの展開を予測していたのではないか。
――嫌な男だ。
アキラ・キサラギの死ですら計算の内かもしれない。
――冷たい男だ。
そして何よりも――恐ろしい男だ。レオンハルト・ベッカー。
テオフラストは途切れがちに呟いた。
「わた、しは、しね、ない……」
神が死ねば、誰が『世界』を導くのか。
世界(SDG)の理は、テオフラスト(神)を裏切った。
「しに、たく、ない……」
「セシルもアキラも、そう思ったろうさ!!」
レオは叩きつけるように怒鳴った。
「世界を見ろ! 悪を見ろ! 善を見ろ! 全てを見、知りつつ、なお軽蔑しないことがお前の――神の役割だろう!? 皮肉屋の神はいらん!! カカシの神なら消え失せろ!!」
好きなように世界を見て回るといいだろう。
世界は常に昼と夜の顔を持っていて、我らを誘っている。
詰まるところ、我々は何を思い、また為すべきか。
全てを知りつつ、なお、これを軽蔑しないことだ。
神官騎士の戒律――『信仰』。
アスクラピアの教義。その昔、『レオンハルト・ベッカー』というキャラクターの魂に『焼き付け』られたもの。
「幕だ。能無し」
レオは残酷に吐き捨てると、『竜錨』の握りに手を掛けた。――引き抜き、抉り取るつもりだった。
「い、やだ……わたし、は……」
彼は異世界から来たのだった。そのことに、テオフラストは慄きと共に息を飲む。彼にとって、この世界の神の命など斟酌するに値しないのだ。
『死』が確固たる意志と存在感とでテオフラストを締め付ける。額から粘つく汗が噴き出し、意識せずとも唇が震えてしまう。
テオフラストに残された選択肢は多くない。また考える時間もない。
――サディスティックゲーム。
生き残るためには、ほかでもない己の命を刻まねばならない。
――teo-frust 211
――【MESSIAH】
――the power of god(神の力)
瞬間――レオは嗤った。
アキラ・キサラギの『悪運』が呼び込んだ運命か。
それとも、『レオンハルト・ベッカー』が異世界より持ち込んだ可能性がそうさせるのか。
過ちも痛みも――損なわれた全てが、再び蘇る。
retake!!
砂時計の砂が逆流し、時計の針が逆転する――。




