第32話 何も守れない
……夢。
……夢を見ている。
『レオ。また、焼き付けをやったのか? 瞳に聖痕が現れたとき、君は……』
『ルーク、俺は天才じゃない。のんびり修行したり、寺院に通い詰めたりしている時間はないんだよ。今すぐにでも、強くなりたいんだ』
力と引き換えに、失うものもある。
『なあ、無念を飲んだ者の魂は何処に行きゃいい!? この怒りを何処に向けりゃいいんだ!? 一人くらい、思いを汲んでやったっていいだろうが!!』
『じゃあ俺と来い、アレン・バラクロフ! チャンスをくれてやる!』
アレン・バラクロフの強すぎる怒りは、決して折ることの出来ない男の矜持だ。
それらの光景は、レオの瞳には他人事のように映った。
全ては自覚のない行為の羅列。
最期に見る夢……。
『……頑張った、頑張ったねぇ……レオ……』
愛する人……。
いつまでも、きみの胸の中で夢を見ていたいけれど……
『……に仕留めなさい!』
でもせめて、流れる涙を拭って上げたくて――
『戦いなさい! レオンハルト・ベッカー!』
戦わなければ、何も守れない。
◇ ◇ ◇ ◇
険しく顰められたままのレオの瞳が、うっすらと開いた。
「 星 の き ら め き ♪ 」
――グローバルパワー解放まで、あと2ターン――
天使の歌声が、はっきりとした意識の覚醒を促し、レオはやにわに振り返る。
球形に展開するパーフェクトガードの底辺では、アキラ・キサラギが胡座をかくようにして座り込んでいる。
折れた短刀を片手に、せいせいと肩で荒い息を吐いている。その顔は涙と血に塗れ、唇を悔しそうに噛み締めていた。
そのアキラに、テオフラストが勝ち誇った笑みを口元に浮かべ、レールガンの銃口を突き付けている。
「――!」
レオは現状を理解するよりも早く、斜面を滑り落ちるようにして駆け出した。
度重なる強化に悲鳴を上げる心臓が激しく鼓動を打ち鳴らし、血の奔騰に鼓膜が揺れる。青白いエリクシールの輝きが星屑のように宙に舞い、消えた。
(間に合え!)
テオフラストの指がレールガンの引き金を絞る――刹那が揺蕩たう。
「 命 の 輝 き ♪ 」
狙わずとも、自ら進んでレールガンの射線上に飛び込んで来るレオを、無情な神――テオフラストが哂う。
(知るか!!)
自棄でなく、大真面目にそう考える彼は、青白い光の矢となって駆けて行く。
SDGの主人公『レオンハルト・ベッカー』の手は守る手だ。ほかならぬ彼自身がそのように作った。
何もかもが定められ、残酷に移行するこの世界に於いて、癒しと守りを極めた彼の手は、何よりも暖かく優しい。だが――
その手を以てしても、守り切れないときも、ある――。
アキラが振り返る。その唇が、ゆっくりと、
ご め ん ね
無音。
だが彼の耳には、はっきりとそう聞こえた。
最期に振り返ったアキラの表情は、今にも泣き出しそうな、笑顔だった――。
差し出したレオの右腕を巻き込んで、『アキラ・キサラギ』を含む周囲の空間は粉々に砕け散った。
再生不可能なレベルまで破壊されたそれらが鮮血のスクリーンを作り出し、レオは自らの一部を巻き込んだ血の霧の中を駆け抜けた。
「――!!」
アキラが死んだ。
跡形もなく、粉々になって、死んだ。
アキラ・キサラギは己の不明や弱さ故に死んだのではない。他者の戦いに巻き込まれ、死んだ。全ての責任はレオンハルト・ベッカー――彼自身にある。
悔恨と激情の迸りは一瞬。
レオは上腕部分から吹き飛ばされた右腕を強く押さえ付け、テオフラストに向き直った。
「これからだ……」
レオンハルト・ベッカーとテオフラストは、殺し合いをやっている。




