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S・D・G  作者: ピジョン
第2章 黄金病

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第31話 覚悟

 レオンハルト・ベッカーが展開する絶対防御の領域に、テオフラストが侵入している。

 一四体の召喚兵とレオは専心防御に努める。テオフラストの存在にも無防備だ。

 アキラは、ゆっくりと振り返った。


「…………」


 テオフラストは興味を失くしたのか、腕組みした姿勢で少し考え込む様子だった。


「アキラ・キサラギ。お前には失望しました」


「ボクは、お前の期待に応えなきゃならないのか……?」


 用心深く応えながら、アキラはレールガンの握りを確かめる。


「機会さえ与えれば、なんとかすると思っていたのですが……」

「何を……」


 テオフラストは呆れたように首を振った。


「一途さでは犬の娘に及ばない。愛情の深さではエルフの娘に敵うべくもない」

「……!」


 はっ、として怯むアキラに、テオフラストは続ける。


「そんなに良く思われたいんですか? 無駄ですよ。過去、お前がどれだけのことをしたと思ってるんですか」

「うるさい! 言うな――!」


 コバルトブルーの瞳に殺意の衝動が走る。アキラの手の内で、くるりと回ったレールガンの銃口は真っすぐテオフラストを捕らえ――その瞬間、重量と感触を無くす。


「え!?」


 アキラは、ぎょっとして空になった手を見つめる。


「これですか?」


 答えたテオフラストは、右手に摘まんだレールガンを振って見せた。


「お前には過ぎた玩具です。どうやって、取り上げるか思案のしどころでしたが……」

「なっ!?」


 レオが容易く見切り、アキラには理解不能だった『あの動き』だ。テオフラストは、いつでもケリを着けられるのだ。そのことに気づき、アキラは戦慄する。

 テオフラストは呆れたように首を振る。


「一人が好きなんですよ、彼。馴れない、懐かない。野生の狼の方が、まだ愛想があります。打ち解けたと思っても気のせいです。犬の娘も早晩思い知る――――レオンハルト・ベッカー……?」


 反応のないレオの様子に、テオフラストは呆然となった。


「グローバルパワーもなしに……ポテンシャル(潜在能力)の一部を解放した……?」


 背を向けたまま、瞳を固く閉じ、四肢を突っ張り、未だパーフェクトガードを維持し続けるレオの姿に、テオフラストは釘付けになった。


「パワーストライクの発動が2000%を超えて……すごい……サイコパターンだけを虚数空間に飛ばすことで、フィールドだけでなく、召喚兵すら維持し続ける……こんな方法があったとは……」


 興奮して、言った。


「素晴らしい! 曾て、ここまでシステムを使いこなした者が居たでしょうか! 先ず、制限があり、そこから傑出した個が現れる……」


 球形に展開するパーフェクトガードの壁越しに、終わった世界は七色の輝きを見せ続ける。

 どこか浮かれた様子で、一歩歩み寄ったテオフラストに、アキラは、はっとして後ろ手に腰の短刀に手を回す。


「おい、ボクたちに近寄るな!」

「……?」


 テオフラストは、くくっと首を傾げる様にして視線を動かした。

 機械的なその仕草にアキラは怯み――

 次の瞬間、強烈な衝撃を受け弾け飛び、パーフェクトガードが作る球形の斜面を転がり落ちて行った。


 テオフラストは、アキラの顔面を払いのけた左拳に付着した血痕をちらりと見やり、


「とても、きたないです」


 と述懐した。

 エンド・オブ・ザ・ワールド――『終わる世界』の呪われた祝福は続いている。やがて、パーフェクトガードの壁越しに見える世界は、暗色の趣を見せ始めた。


 ブラックホールの出現である。


 極めて高密度、かつ大質量を誇る天体の発生。その天体が発する超重力は光の脱出さえ許さない。それ故、世界は死の暗色に染まる。

 それでもレオは動かない。生存域を確保するため、全ての力を振り絞り続ける。

 テオフラストは感心したように言った。


「禁呪の効果はまだ20ターンは続きます。守りきりそうですね……少し削っておきますか……」


 テオフラストが無造作に手を振り払った瞬間、赤いエリクシールの波動が走り、三体のグラディエーターが粉みじんに砕け散った。


「……!」


 瞳を閉じ、歯を食いしばるレオの眉間に刻まれた皺が一層深くなる。

 絶対防御の盾で構築された生存域が周囲からの圧力に圧迫されるようにして狭まるが、それでもレオは動かない。突っ張った四肢に、更なる力を漲らせ――命を削り、耐え続ける。


「凄い凄い!」


 新しい玩具に夢中になった子供のように、テオフラストは興奮して手を打った。


「腕力の増強値パワーストライクが2500%を超えました!」


 限界を大幅に超えた力の行使は特性値を削る。つまり、『レオンハルト・ベッカー』という『人間』は、壊れつつある。後の行動にも大きな障害を与えるだろう。



 ――グローバルパワー解放まで、あと5ターン――



「やめろ……!」


 アキラは、血と涙に塗れた顔を袖で拭うと、瞳に決意を秘めて立ち上がる。


「レオに近寄るな……!」


「ちょっと試しているだけです。まだ殺しません。彼が死ねば、誰がブラックホールから、私を守るんですか?」


 パーフェクトガードの壁を越えた先は、新星爆発の衝撃が生み出したブラックホールの支配する死の空間だ。

 アキラは、ぺっと行儀悪く三本の歯と血液を吐き捨てた。


「お前は何をしに来たんだ。ボクたちをいたぶるために来たのか……?」


 テオフラストは少し考え、言った。


「まあ、それもありますが……アキラ・キサラギ、お前を殺しに来たんですよ」


「……!」


 アキラは唇を噛み、腰に差した短刀に手を回す。神相手には、あまりにも心もとないが、これが最後の牙だ。


「ボクを……」


「お前を始末すればイベント失敗の事実はなくなり、ストーリーに新たな可能性が生まれるかもしれません。そもそもイベントシステムは、事象素子を読み取り、最善の行動を提示するだけのもの。一つの可能性が死ねば、別の可能性が生まれるのは必定と考えます。ただ……」


 テオフラストの言葉は独白の響きを帯びている。続ける。


「強制イベントに関しては、この限りではありません。そして何故か、このイベントは……」


 瞬間口ごもった後、テオフラストは首を振った。


「イベントそのもの……お前を消し、新しい『プレイヤー』を召喚すれば、問題なくゲームは続けられる。ニューゲーム、そういうことです」


「新しい……プレイヤー……?」


 RPG……『ゲーム』という概念の理解に乏しいアキラには理解不能な話だった。


「レオンハルト・ベッカーですよ。向こうで会いませんでしたか?」


「……」


 アキラの脳裏に、弱り果て、死を待つばかりの痩せこけた青年の顔が浮かび、消えて行く。

 また会いたいとは思う。

 きっと、アキラの知らない一面を見せてくれるに違いない。並ならぬ興味を感じているのも事実だ。だが――

 もう一度喚び出して、また苦しめるのか。

 必殺の黒いオーラを漂わせ、アキラは唸った。


「……腐りきってるな。なんてイヤなやつだろう」


 もう一人には、そのうち自力で会いに行く。運命は自らの力で切り拓く。欲しいものはその手で掴めば良い。そこに神の意志など存在しない。

 テオフラスト――神の力に『アキラ・キサラギ』は抗し得ない。だが、どこまでも己の欲求に素直な彼女に、SDG(世界)のシステム(理)は力を与え――



 アキラ・キサラギ

  ――devil’s own luck! (悪運) ――master!



 テオフラストは険しい表情でアキラを睨みつける。


「アキラ・キサラギ……お前はやはり、危険です……!」


 SDGの世界に於いて、スペシャルスキル『悪運』の保持者は『アレクサンダー・ヤモ』将軍のみであった。

 依頼達成率99%、『宇宙の殺し屋』の異名を持つクイーン『ベアトリクス』を追って無事だったのはアレクサンダー・ヤモただ一人。彼は、自らゲームクリアのキーキャラクターとなることでSDGの主人公『レオンハルト・ベッカー』の追及ですらも逃れて見せた。

 発動すれば極めて厄介。それがスペシャルスキル『悪運』。しかし――

 テオフラストは薄く笑うと、レールガンの銃口をアキラに向けた。


「それでも、アレクサンダー・ヤモは『悪運』が尽きて死んだんですよ」


 対するアキラは、深く息を吸い込むとマントとトーガを脱ぎ捨て、半身に構えた。

 アキラ・キサラギというキャラクターは『忍者』だ。使用武器スキルは『刀』『暗器』『ナイフ(短刀)』。更には『投擲』と『体術』の心得がある。素手でも充分戦える。幸い、球形に展開するパーフェクトガードのお陰で足場は確保されている。

 ふう、とアキラは長い息を吐き出し、握った拳を腰に引き付ける。

 目前のテオフラストを挟むようにして生存域を確保し続けるレオは額にびっしりと汗を浮かべ、未だ固く瞳を閉じ、防御の構えを解かない。


(もう一度、キミとキスしたかったな……)


 アキラは言った。


「お前は殺す」


 ――アキラ・キサラギからDuel(決闘)の申請があります――


 テオフラストは余裕の笑みを崩さず応える。


「傲慢の徒に付ける薬なし」


 ――teo-frust 211 は了承しました――



 あと幾らかでよい。時間を稼ぐのだ。テオフラストに勝利を収めるには、レオの『奥の手』より他に手段はあり得ない。そう考えるアキラは、この星の部屋にて死を覚悟する。


 ――できれば、彼の為に死にたい。


 劇の通り。彼女の願いは――



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