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S・D・G  作者: ピジョン
第2章 黄金病

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第30話 Dramaticに!

 星空のスクリーンを、二人目がけ、頭上からゆっくりと迫る輝きを前に、アキラは急にそわそわし始めた。


「レオ、あれは……やばい。逃げよう……」


 何処へ? レオはその言葉を飲み込む。

 スーパーノヴァの輝きがゆっくりに見えるのは、互いの質量差に因るものだ。余りにも巨大なそれは、余りにも小さな二人にはゆっくりに見える。爆発の衝撃波は広範囲、且つ回避不能な速度で迫る。逃げ場など何処にもない。――それ故、テオフラストはこれの回避に時間と手間を割いた。


 レオは瞳を閉じ、大きく深呼吸する。

 SDGの主人公『レオンハルト・ベッカー』の手は守る手だ。ほかならぬ彼がそのように作った。


(アキラだけは……)


 絶体絶命、究極の瞬間、人の本性は露になる。

 何処へ行き、何をしようとも、変わらぬものがある。全てを失ってなお、譲れないものがある。

 胸の奥に消えることのない激しい怒りの炎がある。

 生きながら腐り、死を懇願した少女の顔も、娘の苦痛に神を呪った母の涙も、決して忘れはしない。


 流れた涙と怨嗟の声が、剣を奮えと彼を押す。


 だが今は――壊すよりも守りたい。悲しい物語は望まない。かつて、彼はエンディングBを選んだ……。

 end of the world――世界の最後のきらめきが、彼の中に眠る壊れた記憶を刺激する。



『愛してる……愛してるの……』



 それはいつの日か、この『星の部屋』にて吐き出された悔恨の言葉。


 背負った悲劇、流れた涙が、守れ守れと彼を押す。


 彼という男は決して善人ではない。世界の半分に死ねと言い切れる。だが、選ぶことのできない無力な残りの半分に関しては、横着にも、これを守りたい助けたいと考える。

 それ故、世界は『彼』に光を見いだした。

 ぎゅう、と拳を握り込む。力は無限に湧いて来る。

 天使が歌う。



「 命 を 刻 め ! 」



 レオは直上の光りに向けて叫んだ。


「来やがれ!!」


 残存する召喚兵、ヴァルキリア七体、グラディエーター四体、サジタリウス三体をも取り込み、レオはパーフェクトガードを球形に展開させた。


「うおおおおおおおおおおおおお!!!」


 不可侵、絶対防御の盾に天からの光が降り注ぐ。


 スーパーノヴァ――アキラが『太陽』と言い表した光の正体は、恒星がその命の終わりに放つ最後の輝き。

 『終わる世界』――よく言ったものだ。レオはそんなことを考える。

 視界を目映い光が塗り潰し、白くなった世界でアキラが強く抱き着いて来る。


「うわあああっ! レオ、レオーーーーっ!!」


 レオは手足を突っ張るようにして、パーフェクトガードの盾越しにスーパーノヴァを受け止めた。


◇ ◇ ◇ ◇


 パーフェクトガードはしっかり働いている。この絶対防御の盾がなければ最初の衝撃で瞬時に蒸発し、消えていただろう。しかし、超高圧の深海で発泡スチロールの容器が圧迫されて体積を失うように、内部の空間が狭まりつつあった。

 チュートリアルの女――テオフラストが完璧と言ったこの防御は……


「圧される……パーフェクトじゃ、ない!!」


 そんなことだろうとは思っていた。このSDGで、絶対安心などあり得ない。全身を突っ張るようにしてパーフェクトガードを支えるレオは叫ぶ。


「うおおおお! 援護だ! おまえたち、援護しろーーーーッ!!」



 レオンハルト・ベッカー

  ――power strike――600%(限界値)!!



(潰される!)


 圧倒的危機感にレオは息を飲む。

 パーフェクトガードの守りに残存する一四体の召喚兵を取り込んだのは、この攻防を予感してのことではない。戦力の温存の為だ。



「 血 を 流 せ ! 」



「うるさい!!」


 おかまいなしに歌い続ける天使に皮肉をぶつけると同時に、レオは全身を緊張させ、じわじわと迫るパーフェクトガードの壁を全力で押し返す。

 グラディエーターは盾で押し返し、サジタリウスは肩口で押し込む。ヴァルキリアは周囲を旋回する光球を一層強く輝かせ、大盾で迫る壁を押し返す。

 だが、空間の圧迫速度は一向に収まらず――レオは全身で吠える。


「おおおおおお! まだだ! システム! 俺に力を!!」


 SDGというゲームは攻略不能の無理ゲーではない。絶体絶命の危機に於いては裏返り、プレイヤーに力を与える『サディスティックシステム』が存在する。

 ここに至り、レオは新なる力を獲得する。


 レオンハルト・ベッカー

  ―― limit break ――master!


 戦士系アクティブスキル。リミットブレイク(限界突破)の修得である。

 潜在能力ポテンシャルに関わるこのスキルの使用は諸刃の刃だ。キャラクターの特性値――腕力(STR)生命力(VIT)知性(INT)敏捷(AGL)魔力(MAG)――命を削り、限界を超えて力を奮う。



 レオンハルト・ベッカー

  ――limit break!

   ――power strike 1270%!!



 血が沸き返り、胸中で心臓が爆発するかのような強い鼓動を刻む。みしみしと全身の骨が歪み、ぶつり、ぶつりと筋が弾ける。

 ステータスウインドウで生命力とスタミナの値を示すバーが見る見る内に減少して行くが、回復を行う余剰は、レオには存在しない。


「…………!!」


 全身を暴れ狂う苦痛に上げる悲鳴すらなく、レオはただ、耐える。



『あいしてる……』



 アキラ・キサラギの言葉だ。

 絶体絶命の危機にありながら、レオは僅かに笑みを浮かべる。

 ――死なせたくない。勝手な男だ。

 そのアキラ・キサラギは、ぐしゃぐしゃに泣き濡れた表情で何かを叫び続けている。


「やめろやめろ! キミはもう頑張るな! それ以上、擦り減るな!!」


(アキラだけは……)


 勝手な男だ。



『ニアは、レオだけなんだ……』



 いつかのニアの言葉。レオは自嘲の笑みを浮かべると苦しそうに言った。


「大丈夫……大丈夫だよ……」


 勝手な男だ。――愛して、やらないくせに。


「――うわあああああああああああ!」


 その瞬間、アキラは火が点いたかのように悲鳴を上げた。


「何が大丈夫だ! キミは全然大丈夫なんかじゃない!」


「…………」


「もうやめろ! キミはもう支払うな! ボクを守るな! ボクは……ボクは……!」


 白くなった世界。スーパーノヴァの衝撃は全てを飲み込む。

 その衝撃は水中で感じるそれに似ていた。全身を包み、静かに圧しつける。

 轟音。星の輝き。五感の二つは用を為さなくなり、押し寄せる衝撃が意識を削り取るかのような錯覚を覚え――意識の境が曖昧になる。

 何もかもが、遠くなる。


(これは……)


 音もなく、一面の白に塗り潰された世界。

 ぬるま湯のように締まりなく、間延びしたかのような時の中で、レオは……



◇ ◇ ◇ ◇



 女だ。

 ぎらぎらと七色に揺れる世界――虚数空間の一つ。アビス(深淵)。

 獣のように這いつくばり、闘志を剥き出しにして唸る女には尻尾があった。

 牙を剥き、全身を青白い命の輝き――『グローバルパワー』で包んでいる。


(あいつ……)


 時が、ゆっくりと流れる世界の中、レオは視線を左に滑らせる。


 こっちは男だ。

 円形の盾を持ち、片手剣を構え、姿勢を低くしている。ごついミスリル(魔法銀)の甲冑を装備しており、彼もまた全身を命の輝き――『グローバルパワー』で包んでいる。


(これは……)


 それらの光景は、レオの瞳には薄い皮膜を通したかのように、ぼやけて映る。


 いつか、出会う。


 それは漠然とした、だが、確固たる予感。確信。


 彼らとは、何時か何処か――物語の向こうで出会うだろう。

 薄い皮膜越しに、こちらに向けて女がぱちりとウインクして来る。余裕がある。

 視線をずらす。

 男は兜の面頬を上げ、淡いグリーンの瞳に笑みを浮かべる。

 彼らは、強い。『レオンハルト・ベッカー』より。

 それらは、別の『物語』の主人公。


 『グローバルパワー』――世界規模の力。

 『現実』と『ゲーム』。それらを含む全ての『世界』規模の力。

 それが彼ら、と『レオンハルト・ベッカー』を結び付ける。異なる世界の戦士たちとの共通点。

 レオは忌ま忌ましそうに鼻を鳴らす。


「おまえらなんぞ知るか。馴れ合うんじゃない」


 誰もが、戦っている。


 戦いの記憶。――星の見る夢。


 それだけのことだ。



◇ ◇ ◇ ◇




 スーパーノヴァの爆発で激しく揺れる世界の中で、アキラは半狂乱の悲鳴を上げた。

 四肢を突っ張り、レオは目を閉じ、固く食いしばった口元から血を流しパーフェクトガードの盾を支えている。


「ボクはもう何も欲しくない! キミからは何も奪いたくないんだ!」


「……!!」


 レオの身体は、全身が硬直し首筋には太い筋肉の筋が浮かび上がる。


「レオ! レオ……?」


 それに気づき、アキラは押し黙った。

 レオンハルト・ベッカーが支える絶対防御の盾の向こうには、新星爆発の虹色の空間が広がる。

 時には白く。時には赤く。時には黒く。時には青く。世界は最後の輝きを見せる。


 レオはスーパーノヴァの衝撃に専心防御の構えだ。瞳を閉じ、口を噤み、全身の力を振り絞り、ひたすら耐え続ける。

 頑張れ――アキラには口が裂けても言えない言葉だ。涙を拭う。


「行きたかったなぁ……キミと、何処までも……」


 物語の向こうまで。

 アキラ・キサラギの持つ不思議な運命がそう言わせるのか。それとも――


 頑張れとも止めろとも言わない。全てを委ね、受け入れる。


「あいしてる」

 アキラは呟き、唇をレオの頬に寄せる。その背後で――



 teo-frust 211 

  ――suspended game

   ――now loading

    ――repley



 酷く、無関心な声が響いた。


「大ピンチですね。絶体絶命というやつです。そして今度こそ、本当に――」


 ごくり、と息を飲むアキラの頬に、冷たい汗が伝う。


「チェック・メイト」


 王手、詰み――。


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