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S・D・G  作者: ピジョン
第2章 黄金病

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第28話 もっとSadisticに!

 アキラは、ごくりと息を飲み込んだ。

 レオンハルト・ベッカーが『神』を殴った。アキラは殊更信心深いというわけではないが、聖書に登場する『神』――『テオフラスト』くらいは知っている。

 レオが『星の部屋』と言ったこの場所――『より高き場所』。見渡す限りの星空のスクリンーンを背景に、床にうつ伏せに転がるのは、偉大なる哲学者にして、メルクーアに生きるあらゆる生命の創造者。

 アキラは震える指先を『神』に向ける。


「あ、あれ……」


 レオは厳しい表情で頷いた。


「派手にぶっ飛んだな」

「いや、そうじゃなくて……」


 首にアキラをまとわりつかせたままのレオは、先程テオフラストを打った左手を強く振った。

 『レオンハルト・ベッカー』は人間という『種族』だ。パワーストライクで強化できる腕力(STR)の限界は600%が限界だ。先の攻撃ではカウンターヒット(+150%)でその上限を越えてしまった。


「くっ……」


 レオは小さく呻きを上げる。左手の甲が折れている。『人間』という種族の限界。激痛に表情を歪ませながら、ヒールを発動させる。

 テオフラストは、ごろりと仰向けに転がると、擦り切れたローブの袖で鼻血を拭った。その視線は虚ろで定まらず、ぶつぶつと何事か呟いている。


「……レオンハルト・ベッカー……システムの外……」



「 力 あ れ ♪ 」



 レオンハルト・ベッカー

  STR――UP!

   AGL――UP!

    ST ――UP!

     MGI――UP! 


 ――グローバルパワー解放まで、あと50ターン――


 ざわっとレオの黒髪が舞い上がる。


「いいペースだ。もうしばらく、ボーッとしてろ」


 やがて後方から駆けつけて来た召喚兵たちがレオを中心に菱形の陣形ダイヤモンドを組み上げて行く。

 こちらもぼんやりとテオフラストの様子を窺っていたアキラだったが、もぎ取るように首を強く振って、戦闘に意識を集中させる。


「レオ、弓兵(アーチャー)が欲しい」

「弓……『サジタリウス』か。わかった」


 レベル4の召喚兵『サジタリウス』は弓を主戦武器としており、遠距離からの攻撃、援護に優れる。

 レオがMP回復タブレットを齧りながら、右手のミステルティンを一振りすると、新たに出現した魔法陣から飛び出したのは、八体のサジタリウスだ。弓兵の彼らは革の胸当てのみの軽装だが、短弓ショートボウ長弓ロングボウを所持している。対象との距離によってこの二つを使い分ける彼らは接近戦もこなす。

 アキラはテオフラストを指すと、叫んだ。


「目標至近! 構え!」

「まだ撃つな」


 レオの言葉に、アキラは不服そうに唇を尖らせる。


「なんで? やつは自失状態にある。今がチャンスじゃないか」

「チャンスなものか」


 レオは忌ま忌ましげに吐き捨てた。

 素手とはいえ、パワーストライクの発動は600%、しかもカウンターヒット(+150%)した。鍛え込んだ騎士である『レオンハルト・ベッカー』の腕力だ。対象が人間であったなら、文字通り目玉が飛び出す程の痛撃になり得たはずだ。

 だがテオフラストは生きている。多少、自失しているように見えるが、痛がるわけでも苦しむわけでもない。派手に吹き飛び、顔には袖で拭った鼻血が横殴りに付着しているが、あまりダメージにはなっていないように見えた。

 テオフラストは呻くように言った。


「なぜ、私が殴られなければならないのです……」


 レオは鼻で笑って見せた。


「性格が悪いからさ」


 うつ伏せに転がっていたテオフラストは、寝返りをうつようにして仰向けになった。


「レオンハルト・ベッカー……私が憎いんですか?」


 ――グローバルパワー解放まで、あと48ターン――


「……」


 レオは応えない。燃える瞳を僅かに顰め、守りを固めた召喚兵の中で倒れたままのテオフラストの様子を窺っている。


「向こうで、何かあったのですか……?」

「……」


 やはり、レオは応えない。もう話し合う段階はとうに終わっているのだ。

 そのレオの横顔を背後からのぞき込むアキラは、両者の間にただならぬ因縁を感じ、成り行きを見守っている。

 テオフラストが、ゆっくりと身を起こす。瞳が金色に妖しくきらめき、唇は朱を差したように赤かった。


「ああ、そういうことですか……」


 沈黙を貫くレオの耳元で、はっとした様子のアキラが舌打ち混じりに囁く。


「レオ、マインドリード(読心)だ。目を合わせちゃ駄目だ……」

「……」


 彼には隠すべきものは何もない。視線を背けるようなことはしない。その様子に、テオフラストは不気味な笑みを浮かべる。


「それは犬の娘の責任です。あの娘が過度の『予知』で未来をねじ曲げたのです」

「……」


 思わしげに視線を伏せるレオに、テオフラストは続ける。


「お気の毒です。しかし、なぜ……」


 アキラ・キサラギをパーティに加えないのか。レオは顔を上げ、強い視線で答える。


(選ばれたヒロインはいらない……!)


「その考え方は私には分かりません、レオンハルト・ベッカー。私が引き合いに出すとしたら、イザベラ・フォン・バックハウスじゃありません。アレクサンダー・ヤモです」


「アレクサンダー・ヤモ……?」


「『イベント』――危機の排除です」


「……!」


 レオは鼻白み、星のスクリーンを一歩引き下がる。


 『科学』を使うアルタイルの王族であり、好戦的、且つ、流血を好む『狂人』アレクサンダー・ヤモと、『禁呪』――『チート』を使うヒロイン『イザベラ・フォン・バックハウス』。

 この両者の共通点は、極めて『危険』であるということだ。

 『レオンハルト・ベッカー』は、SDGの『主人公』である。世界をより良く導く義務がある。

 彼はこの可能性を失念していたことに気づいた。

 首筋に手を回し、背中に背負うようにしているアキラに引きつった視線を送る。

 テオフラスト……この世界の『神』の解釈では、アキラ・キサラギは選ばれた『ヒロイン』などではなく――


 メルクーアの背負う『危機』なのだ。


 レオの頬に冷たい汗が伝う。

 『アキラ・キサラギ』をパーティに加えていない現在、詳細なステータスは分からないが、彼女はなんらかの『チート』を所持している可能性がある。

 そこまで考えたとき、レオは自らが内包する一つの疑問に突き当たった。


(……どうして、イザベラ・フォン・バックハウスは『メインヒロイン』なんだ……?)


 そんなことは、SDGのマニュアルには一言も書かれていない。だが、『レオンハルト・ベッカー』は『イザベラ・フォン・バックハウス』を選んだ。それが、彼の知っている『ストーリー』だ。


 ――わからない。


 或いは、テオフラストは全く正しく、彼の判断は全てが誤りである可能性すらある。それを知るには『レオンハルト・ベッカー』という名のパーソナリティは壊れ過ぎている。

 諭すように。真理を説く高僧のように。テオフラストは続ける。


「おかしなことですが、真実と誤りとは一つ所から発生する場合が多い。それ故、誤りを疎かにしてはならない。お前の心を占めているものは何ですか?」


 刹那、レオの思い浮かべたものは、黒くの長い髪に、大きめのすました瞳と情熱的な厚めの唇が印象的な一人の女性。


 ――涙。悲嘆に暮れ、沈む泣き顔。


 レオは視線を逸らさぬまま、腰の後ろに差した『レールガン』に手を伸ばす。

 興味をなくしたかのように、テオフラストは静かに首を振る。


「愛、というやつですか? 私には、よくわかりませんが、お前がひたすら強情であるということだけはわかります」


「……」


 愛するのは一度でよい。二度は多すぎる。彼はそのように考える。それ以外にあるのは、時々の思いから来る行きずりの関係だけだ。


「でもまあ……お前を消してしまっても、変わりはいるということですか……」


 確かめるように呟いた『神』に、レオは口元に壮絶な笑みを浮かべて見せた。


 絶対に、この『神』を見逃すわけにはいかない。


「やってみろ……」


「もちろん、やりますとも」


 その瞬間、テオフラストは目が眩むほどの赤い光を全身から撒き散らした。



 テオフラスト

 【global power】――on――



 レオは前方のテオフラストを睨み付け、小さく頷いた。


「サジタリウス、目標至近! 撃てっ!!」


 アキラが吠えると同時に、狙撃手サジタリウスのショートボウから放たれた矢が星のスクリーンの中を光となって、真っすぐにテオフラストに打ち込まれる。


「はぁっ!!」


 テオフラストは、肉薄する矢を片手で振り払った。

 矢は爆散し、刹那、テオフラストは赤い光の尾を引いて、星空のスクリーンを高速で移動する。


 三日に及んだ『現実』での生活で、レオは再び『SDG』の攻略情報を詰め込んだが、テオフラストに関する情報は皆無だ。『SDG』の攻略上、『テオフラスト』という『モンスター』は登場しないのだ。ここまでで得られた情報は、


(『魔術』に『超能力』……ローブ姿……)


 戦闘スタイルは『魔術師』と予想できた。そして、グローバルパワー。

 テオフラストが『アレスの珠』を所持する以上、なんらかの『チート』を使用することは想像に難くない。この展開は、あり得たことだ。レオに動揺はない。



 レオンハルト・ベッカー――unyielding(逆境)!



 テオフラストがグローバルパワーを発現させたことにより、両者の実力差は更に開いたが、それが『レオンハルト・ベッカー』の精神系スキル『逆境』の発露を後押しした。

 『レオンハルト・ベッカー』が奥の手――グローバルパワーを発現させるために必要なのは一定以上の強化である。時間ではない。戦闘は更に加速する。


 ――グローバルパワー解放まで、あと28ターン――


 新たに全身の血が沸騰する感覚があり、レオは荒々しく息を吐き出した。度重なる『強化』のせいか全身が酷く痛む。心臓が激しく鼓動を打ち鳴らし、妙に落ち着かない。このやり方は無理があるのだ。

 身体中を駆け巡る痛みを振り払うように、レオは星空を飛ぶテオフラストを追って全力で駆け出した。


「うわあっ!」

 振り落とされそうになったアキラが悲鳴を上げた直後、レオが走り抜けた背後の空間が続けざまに爆発する。

 『超能力』は『魔術』に比して低威力だが、発動の『溜め』がなく、即効性がある。高レベルの『超能力』――『サイコクラッシュ』だ。



 レオンハルト・ベッカー――all guard!!




 物理防御、『無』属性を含む五つのエレメントに対する防御、及び、『混乱』『恐怖』等の精神耐性防御を上げる。

 オールガードの加護を受け、先頭を行くレオと召喚兵たちは暗い星空の背景では色鮮やかに青く輝いて見える。



「 ふ る え る こ こ ろ ♪ 」


 天使トルバドールが歌う。

 レオが身に纏う光は一層強くなり、時に青白く放電するかのようにスパークした。


「うわああああああ!」


 唐突に、アキラが悲鳴を上げた。


「やめろやめろ! やめるんだ、レオ!,その力だけは駄目だ!」

「うるせえな」


 というのがレオの応えだ。

 相手は『神』だ。力を出し惜しみして敵う相手ではないだろう。

 そもそもSDGのエンカウントは、ほぼ固定されている。限られている戦闘では瞬発力が要求されるのだ。つまり、全力でやれということ。――思い残すことのないように。

 しがみつくアキラの力が強くなる。


「やめろっ、レオ! お願いだ! お願いだから……」


 その懇願にレオは応えない。その内心は――


(少し鬱陶しいぞ、アキラ・キサラギ!!)


 レオの瞳は星空を駆けるテオフラストのみに向いている。

 距離を取った所でようやく停止したテオフラストは、周囲に赤いエリクシールのスパークを撒き散らしながら、レオを見つめる。


 観察されている。それがレオの印象だ。


 テオフラストが手に持った杖を一振りすると、びしゃん、と炸裂音がして、一層激しい赤いエリクシールの奔流が起こり、杖は大きな刃を持つ『鎌』に変化した。


(形状変化! あの姿――)


 ぼろぼろに擦り切れた年代もののローブを身に纏い、大振りの鎌を構えるテオフラストの姿は、神は神でも――

 レオは嬉しそうに言った。


「まるで死神だな!」


 さて、この手に持ったグリムリーパー(死神)と目前のテオフラストと。どちらが真に『死神』の名を冠するに相応しいか。レオはそんなことを考える。


「キミ、死ぬぞ!? 死んじゃうぞ!?」

「だから?」


 レオは面倒臭そうに言う。


「大丈夫だ、アキラ。お前だけは絶対に無事に帰してやるから」


「違う違う! ボクのことなんてどうだっていい! キミは少し自分のことを考えろ!」


「……」


 一拍の間を置いて、少し呆れたようにレオは笑った。

 青白い光を放ち、緊張する身体から無駄な力が抜け、自然な笑みが浮かぶ。


「おまえ、いいやつだなあ」


 ずっと思っていたことだ。

 だからこそ、アキラ・キサラギを欲しいと思った。彼自身のエゴと言っていいこの戦いに巻き込んで死なせたくない。連れて行けない。

 心が決まった。



 アキラ・キサラギをパーティに加える。――failure(失敗)――



 強制イベントだ。遠からず、避けようのない終わりが訪れる。

 それでいい。もはや、なんのためらいもない。彼――『レオンハルト・ベッカー』は赤く光り輝く姿を追う。


 今はもう、せめて、見たいのだ。現実ではあり得ない『ゲーム』の世界での素晴らしい戦い――景色を。



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