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S・D・G  作者: ピジョン
第2章 黄金病

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第24話 ふたり1

 現実世界での生活は三日目に入った。『黄金病』に関する推察と情報収集は終わり、後は調査、確認を残すのみとなった。

 レオはマウスを操作する手を止め、思慮深く考え込む。

 こうしている間もメルクーアでは時間が流れ続け、もはやニューアークに留まる余裕はない。テオフラストの言う通り、ストーリーを進めなければならない。実地での調査は誰かに委任する必要があった。


(適任はマティアス・アードラーといったところか……)


 冒険者ギルドの長、マティアス・アードラーは好印象だった。先の会合では黄金病に対する危機感も見られた。後事を託すとしたら、彼以外には考えづらい。


 机上で時を刻み続ける砂時計に視線を飛ばす。


 ……間延びしている。それがレオの心境だった。身体を動かさず、インターネットを利用した情報収集と推理を重ねるこの時間は、色々な意味で堪えた。


 熟慮と推察、そして内省とを繰り返していると、彼は、己自身を含めた全てを打ち壊してしまいたくなる。身体が端から腐り落ちて行くような気さえする。


(何故、俺が……!)


 心中に、その理不尽に対する憤りがあった。

 体の中に熱いうねりのようなものを感じる。これまでも度々感じたそれが、体を突き破り、表に出てくるのは、最早時間の問題のように思った。


 今朝のアキラは、テレビの前に、ちょんと正座して朝のアニメに夢中になっている。


 昨夜は落ちつきなく、パンツも履かず部屋中をうろつき回ったアキラだったが、夜半過ぎ、開き直った。じたばたしてもしょうがない。そういうことらしい。


「…………」


 毒気を抜かれたような気がして、レオは呆れたように短く息を吐き出した。

 レオが決定的な意味で自棄にならずにいられる大きな原因の一つに、アキラ・キサラギの存在がある。

 初対面での強い拒絶と、つい先日病院で見せた好意の吐露。どちらがアキラの本意だろう。そんなことを考える。

 ――アキラ・キサラギという女性は複雑なのだ。少なくとも、彼という男に理解できない程度には。



 アキラ・キサラギをパーティに加える。



 アキラ・キサラギという女性が寄せてくれる好意に関しては、ありがたく思っている。『鍵開け』スキルで帰宅が叶ったこともそうだが、セシリアの一件を思い出す。

 アキラが『レオンハルト・ベッカー』に寄せる好意が、度々、彼を救っている。


 アキラ・キサラギの望む『レオンハルト・ベッカー』でいてやりたい。


 ――今は、まだ――


 その思いが、彼を『レオンハルト・ベッカー』として現実に縫い止めている。


 それとは別に、アキラ・キサラギのことに関して何事か失念しているように感じるのも事実だ。何か大きな勘違いをしているような気がする。


(アキラ・キサラギは特別なキャラクターだ……)


 レオは首を振って、思考を追い払う。

 『アキラ・キサラギ』が『レオンハルト・ベッカー』にとっての何であるか。それを知るには情報が足りない。まだ、彼女に対して態度を明確に出来ない。

 アニメに夢中になっているアキラを見つめ、レオは言った。


「アキラ?」


「うん……」


 アキラはテレビから視線を外さず、適当な返事を返した。


「外出しようか?」

「……」


 くりっ、と振り向いたアキラのコバルトブルーの瞳には驚きの色が滲んでいた。



◇ ◇ ◇ ◇



「ほ、ホントに……?」


 この三日というもの、無用なトラブルを避けるため、レオは外出を固く禁止していた。

 アキラは、ぱちぱちと二、三度瞬きをして、疑わしそうに言った。


「一度だけなら、ウソって言ってもいいよ……?」

「嘘じゃない。インスタントも飽きたし、ぱっと外に出て、メシでも食いに行こう」


 『らーめん』はアキラの舌を魅了したが、この三日でそれも少し食傷気味であったから、この申し出はとても魅力的なものだった。

 アキラは、ごくりと息を飲む。


「ご、ごはんを……ボクと……二人で……?」

「ああ、いい店を知ってるんだ。行こう。その後はモールで買い物でもしよう」


 それが終われば、この現実でのバケーションを終わりにする。砂時計に掛けた『赤錬金』を解き、メルクーアに帰還するのだ。

 彼の居場所は、もう何処にも存在しない。ただ一つ、この『現実世界』に思い残すことがあるとすれば、それは――


(ナナセ……)


 レオは、ポケットの中で、つい持ってきてしまった携帯電話を握り締める。


(逢いたいよ)


 興奮したアキラはTシャツ一枚の姿で右手を強く振り回した。


「行こう! 今行こう! すぐ行こう!」


「ああ、うまいもん食ってから、お土産でも買って帰ろう」


 そう言って、レオは笑った。



◇ ◇ ◇ ◇



 この外出に至り、レオが特に注意を払ったのは衣装だった。

 机の上に置いたままにしてある砂時計を見つめる。


 ――『時の砂時計』――アーティファクトだ。


 外見からして、一旦、中の砂が減り出すと、尽きてしまうのに3~5分といったところか。

 推測に過ぎないが、そこで帰還の運びになるだろう。少なくとも、何かは起こる。不意の帰還、移動により、所持品……特に武器を失うのは避けたい。

 レギンスに足を通しながら、レオはふと思い立ち、ジーンズを手に取り、ステータス画面を開いた。


「うっ! レギンスより防御力が高い!」


 その事実にレオは驚愕した。それでは、自慢の革ジャンはどうだろうか。革ジャンを手に取る。


「なかなか優秀じゃないか! ……よし、ジーンズと革ジャンを装備してその上にマントを――」


 彼には少し、残念なところがあった。


◇ ◇ ◇ ◇


 ややあって、くたびれた表情のレオがリビングに現れる。

 結局、レオのいで立ちは騎士のレギンスにトーガ。この『現実世界』は夏の盛りということもあり、マントは着けずに現れた。

 見た目とその後のことを考えた結果だった。防御力重視で考えれば、ジーンズに革ジャン。ライダーブーツがベストだ。その上にマントを着込み、ヘルメットを被ればなかなかのものだったが――


 姿見に映る厨二男を見たとき、レオは頭を抱える嵌めになった。


 夏の盛りに革ジャンとマント……メルクーアに帰る前に不審者として捕まる可能性すらある。

 結果、レオは思いついた奇抜な格好を諦めた。騎士のいで立ちも目立たないこともないが、殊更、咎められることもないだろう。その思いがあった。

 大きめのスポーツバッグにマントを押し込み、黄金病についての考察結果を纏めたレポートを突っ込む。グリムは布で巻き、腰に吊った。


 それから、レオは携帯電話の待ち受け画面を少し見つめて、振り切るように視線を外すと、隣室で着替えの最中だろうアキラに呼びかけようとして――瞬間、ぎくりとした。


 騎士である『レオンハルト・ベッカー』の索敵スキルは広範囲有効なものではないが、このマンションの一室ぐらいは十分カバーできる。常時感じていたアキラの気配がない。


「アキラ!?」


 隣室に通じるドアを開け放つと、そこはもぬけの殻だった。


「あ、あいつ……先に出てったのか?」


 軽い目眩を感じ、レオは難しい表情で眉間を揉んだ。遠くに行ったとは思えないが、ろくな予感がしない。

 パーティウインドウを開き、アキラのステータスを確認する。

 ゲストメンバーは基本独自の思考で動き、戦闘中の一部連携や、アイテムの効果範囲外であるものの、ステータスを覗くことはできる。


「う……」


 ステータスを覗いたところで、レオは絶句した。

 アキラの所持金が6340円になっている。メルクーアの通貨呼称『GP』ではない。

 ニンジャであり、元『盗賊』のアキラは『スティール』スキルを持っている。このスキルはショップやNPC等から『盗み』を働くためのものだ。


 感傷も風情も何もない。

 レオは、飛び出すようにして自宅を後にした。



◇ ◇ ◇ ◇



 『現実世界』に帰還して三日。食料品や雑貨の買い出しのため、一人での外出はしていたものの、アキラを伴う昼間の外出は初めてだ。


「…………」


 マンションの七階部分から見下ろす風景に、一瞬、レオは足を止めた。

 通勤ラッシュのため、車輛で混雑する道路を一瞥して、プレイヤーズマップを開くと、アキラ・キサラギの所在を示す青い光点が地下駐車場で点滅している。


「少し目を離した隙に……とんでもないやつだ……」


 ニアなら、この状況下での単独行動は謹むだろう。

 エレベーターを待つ短い時間、レオは、ニアを思い出す。

 ニューアークに帰還すれば即『戦争』フェイズに移行する可能性がある。こうしている間もニューアークでは時が流れ続け、危険な状態だ。『レオンハルト・ベッカー』というキャラクターは、アルタイルに指名手配されている。常識的に考えれば、パーティメンバーであるニアやリンに追及の手が伸びても不思議ではない。


 あれほど焦がれた『現実』だったが、今の彼は――帰りたい。


 メルクーアに、帰りたい。そして、何もかもを――壊したい。


(誰でもない男、か……)


 彼は、戦いたいのだ。


 アキラ・キサラギは、エレベーターを出て直ぐの地下駐車場で見つかった。

 時刻は通勤時間ということもあり、人影はなく、駐車場に残された車輛も少ない。光源が確保されているとはいえ、やや薄暗く見える地下スペースの奥まった一角にある自動販売機の前で、アキラは、あぐらをかくようにして地べたに座り込んでいる。

 一瞬、レオは目を疑った。


 自動販売機が、扉のように『開いて』いた。


 あぐらをかいたアキラ・キサラギは、硬貨を種類別に地面に積み上げていた。レオには、『6340円』であることがすぐ分かった。

 かしゅっ! と軽い音がして、アキラが呟いた。


「……しゅわしゅわするな。変わったポーションだ……」


 アキラが自動販売機の中にあるジュースを一口づつ味見している……。積み上げた硬貨の横にジュースの缶が一列に並んでいた。


「ああ、レオ。ようやく来たんだね。先にやってるよ?」


 特に違和感なく言うアキラの瞳は、好奇心で輝いている。コンクリートの床に綺麗に並べた『6340円』を指差す。


「これ、こっちのお金だよね。ボクは持ってないからさ。なんだかよくわからないこれは、キミにあげるね。ボクには少し固すぎる」


 そう言ってアキラがレオに押し付けたのは紙幣だった。

 硬貨しか存在しないメルクーアに於いて、『紙幣』の概念はない。アキラには紙幣の価値が分からないのだ。

 レオは、なんとなく紙幣を受け取りながら、訝しげに言った。


「固すぎる……?」


 アキラは、ぽっと頬を赤くして手招きすると、身を屈め、耳を寄せるレオに囁いた。


「……………………………………」


 それを聞いたレオは、額に青筋を浮かべて、キッと眦を吊り上げた。


「固すぎてケツ拭く紙にも使えんから、俺にくれてやるだと!?」


 スラム育ちのアキラ・キサラギは、時折、とんでもなく下品な言葉を使う場合がある。


「俺の国の偉人を、よりによって、ケツ紙扱いか!」


 レオの張り上げた怒声が、地下駐車場に響き渡った。



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