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S・D・G  作者: ピジョン
第2章 黄金病

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第23話 いつか、帰る日に

 夢。


 夢を見ている。


 最期に見る夢。


 愛するひと。


 いつまでも、きみの胸の中で夢を見ていたいけれど……


 今は、この残酷な夢の続きを――


 でもせめて、溢れる涙を、拭ってあげたくて――



◇ ◇ ◇ ◇



「う……」


 机の上で、突っ伏すようにして眠っていた彼――レオンハルト・ベッカーは、小さく呻いて、眠そうな目を擦る。


 窓から青白い朝日が射し込んでいて、匂いのように室内に漂っている。


 どうやら作業中に、眠ってしまったようだった。

 現実世界に於いて、彼自身の住まいであるマンションの一室にて『黄金病』の解析を始め、二日目の朝がやって来ようとしている。

 レオはデスクトップpcのディスプレイに目を凝らす。

 フォルダ名『黄金病』のファイルをクリックしたところで、ふと膝に感じる暖かい感触に、ぎくりとして視線を落とすと、膝に頭を乗せ、アキラ・キサラギがTシャツ一枚のあられもない姿で眠っていた。

 短く息を吐き、レオはアキラの髪を指で梳く。そしてまた、pcのディスプレイに目を凝らすと、『黄金病』に関してまとめたレポートをプリントアウトして、紙面に落として行く。


「う……ん……」


 プリンターの稼働音に反応し、アキラが呻く。目を覚ました。


「おはよう、アキラ」

「ん……、おはよ……レオ……。何か、入れるね……」


 アキラは眠そうな目を擦りながら、キッチンの向こうに消えて行った。

 レオは視線を伏せ、難しい表情で考える。

 このゲームの行く末に何があるのか。時を経て、疑問は増えて行くばかりだった。

 マウスをクリックして、『SDG』の関連サイトに跳ぶ。



 商品名

 Sadistic

 Dramatic

 Game


 発売元

 株式会社アルキメディアン社



 株式会社『アルキメディアン』社は既になく、『SDG』は絶版。攻略に関連するサイトはまだ残っているものの、情報は過去五年間更新されていない。


「アルキメディアン……どこかで聞いた覚えがある……」


 レオは唸るように呟き、一頻り思考した後、ふと思いついたようにキーボードを叩き出す。


(アルキメディアンで検索……)


 表示された検索結果の一つに、レオは僅かに身を乗り出して、殆ど睨むようにして画面に見入る。


(そうそう、アルキメディアン・スクリューだ。発明者はアルキメデス……)


「興味深いな……」


(アレクエイデス……アルキメデス……誤植? 何かのアナグラムか? 両者共に科学者……その生涯には謎が付きまとう。無視できない相似性だ……)


 考えなければならないことは山ほどあった。レオは腕組みしたままの姿勢で微動だにせず、思惟の檻牢に身を沈めて行く。


 彼自身、メルクーアとこの現実世界を行き来して、思うところは多い。


(メルクーアは実在する可能性がある……)


 所々、歪ではある。同一の言語として、日本語を使用している所や、エルフ、獣人などの『亜人種』。『ドラゴン』。『魔法』。この現実世界には存在しないものの存在。

 だが――

 現実にも存在する食物。アルタイルの『電化製品』。彼の常識で推し量れるものも多い。あるところまでは推察しているが、情報が足らない。推理の域を出ない。


 ゲームの目的は? 何故、作った?

 サディスティックシステムとは? 何故、存在する?

 仮にメルクーアは実在するとして、それは何処にある? 現実――『地球』との因果関係は? アルタイルとは何者だ? 彼らの『文明』は何処からやって来た?


「アレクエイデスに会う、か……」


 強制イベントの一つだ。いずれ、全ては明らかになるのだろうか。

 レオの口元が不敵に綻ぶ。


(見つけてやるぞ、絶対に……!)


「ここって、狭くっていい感じだよね」


 背後から聞こえたアキラの声に、レオは殴られたような顔になった。


「くそっ。狭くても俺の城だ。文句言うな」

「……? 言ってないよ?」


 小首を傾げるアキラが、コーヒーのマグカップを差し出してくる。

 アキラは、この現実世界での生活に対応している、というより、『電化製品』自体は『アデライーデ』にあったものと差して変わりがないことから不自由を覚えないようだ。

 レオは湯気を立てるコーヒーを口にしながら、Tシャツ一枚のアキラと視線を合わせ、二、三度首を振ったかと思うと、訝しげに言った。


「アキラ……下に何も履いてないように見えるのは、俺の気のせいか?」

「気のせいじゃないよ?」

「そうか……」


 その一瞬後に、レオは盛大に鼻からコーヒーを吹き出し、激しくむせ返った。


「ぐはっ! げふげふっ! なんか履けよ!」


 アキラは笑った。


「あはは、変な顔。いいじゃん、大事なとこは見えないんだから。そもそもキミが、とらんくす、だっけ? 借してくれないからいけないんじゃないか」


「用意してやったのがあるだろ!」


「あの薄い胸当てと小さな布切れのこと? なんか、締め付けられる感じがしてヤなんだよね」


 アキラは、くるりと一回転して見せる。サイズの合ってないTシャツの裾が膝の上にかかっているが、それを持ち上げる長い尻尾の陰に、小さなおしりがちらりと見える。


「くそっ! 俺は星人だぞ! やめろ!」


 彼は女性の胸にロマンを感じるタイプの漢だ。帰る星は宿命により決まっている。少年体型のアキラ・キサラギの身体には哀れみしか感じない。


「セイジン? なにそれ?」

「それはなあ――」


 きょとんとするアキラに説明しようとしたところで、彼の第六感シックスセンスが警鐘を鳴らす。それは、とても危険な行為であると。

 何とか踏みとどまったレオは、一つ咳払いしてごまかすと、それからまたpcのディスプレイに視線を戻した。

 アキラはミルクの入ったマグカップを片手に、ぺたりぺたりと足音を響かせ、室内を練り歩いた。


「それで、黄金病については何か分かったの?」


 レオは答えず、プリントアウトした紙面の幾つかをアキラに手渡した。


「ふむふむ……」


 とアキラは紙面を読みながら、小さくおしりを振り振り、ベッドの方に歩いて行った。


「神経毒?」

「ああ、人格障害や壊疽なんかも説明がつく。これは……」


 メルクーアで自然発生する毒ではないと思われた。おそらくそれこそが、『レオンハルト・ベッカー』が黄金病の病理解析をせねばならない理由だろう。


「外因性……用量依存……?」

「黄金病の原因だ。つまり、黄金病は外部環境から摂取された毒素が一定の値を超えたとき発病する」

「ええと……環境汚染ってこと?」


 レオは難しい表情で下唇を引っ張った。


「まあ、そうだが……ことはそんなに単純じゃない。全くの推察だが……『赤い川』の河口から、海岸線の辺りの環境に変化があったんだろう。

 猫の獣人は馬鹿じゃない。目に見えて異変があればそれに気づくし、対処もする。だが何もしていない。猫の獣人だけじゃない。ニューアークに住む誰もが分からない異変……。俺は港でサバント相手に戦ったが、異臭がしたり、海面に変色があったり等の異変は見られなかった。変化は、もっと根深いところで起こっている……」


 レオは続ける。


「近辺海域が汚染されて、何かが毒性を持つようになった。食品かもしれないし、日用品かもしれない。どちらにしても、身の回りのものだ。変化は目に見えない所……おそらく生態レベルのものだろう。それがこの『黄金病』を複雑にしている。原因は、サバントが海に撒き散らした『何か』だと思う……。

 元々メルクーアに存在しないもので最も不自然なもの、且つニューアーク独自のものと言えばあれしかない。俺は最初、サバントに流れる有害な液体金属を疑ったが、あれには強い匂いがあり、黒い色をしている。違うだろう。

 サバントが撒き散らした『何か』。港の桟橋にあったあの『ドア』の向こうから持ち込まれたもの……」


 独白の響きを帯び出したレオの言葉に、アキラは息を飲む。そこからは大きな謎と秘密の強い匂いがした。


「ドアの向こうの、『何か』……?」


 ごくり、とアキラは息を飲む。貴族としての生活や、高級軍人としての地位を捨ててでも求める価値のある冒険の気配がある。その予感に昂揚し、アキラのコバルトブルーの瞳は一層輝いた。

 不意に、レオは強い苛立ちを覗かせる。


「気分が悪くなるような話だ……」

「心当たりがあるの……?」

「……」


 レオは、じっと手の甲を見つめ、それから手のひらを見つめる。言った。


「これ以上の推量はよそう……それより、アキラ。おまえの話を聞かせてくれないか?」

「あ……うん……」


 アキラは唇を尖らせ、やや不満げな顔をして見せた。



◇ ◇ ◇ ◇



 この二日というもの、レオはpcを弄るか、難しい表情で思索に耽るかのどちらかだ。それに疲れれば、アキラの話を聞く。主に、彼自身がロストしていた間の出来事だ。

 元のパーティメンバーの現況。特にイザベラ・フォン・バックハウスのこと。

 ニーダーサクソンを始めとした諸国の現状。アルフリード、ノルドライン、ザールランド、ボルトライン、そして『アルタイル』。

 話は様々な事柄に言及し、アキラが答える間、レオは深く考え込むように俯き、話に聞き入っていた。

 アキラは質問に受け答える一方で、レオに様々な事象に関しての説明を求めたが、これに関する理解は芳しくなかった。

 アキラには『ゲーム』という概念が、どうしても理解出来ない。


「その『ゲーム』とやらは、やっていれば、何かいいことがあるの?」

「あるとしたら、ひたすら自己満足だけだろうな……」

「? なんで、『ゲーム』をするの? キミだけがやっていることなの?」

「そんなことはないが……」


 更に具体的な説明を求めると、レオは一つ頷いて、


「それに関しては、実際その目で見るのが一番、手っ取り早いだろう」


 そう言って、レオは外出した。


 しばらくして近所の貸し倉庫からレオが持ち帰ったのは、一昔前のゲームハードと埃塗れのパッケージに包まれたゲームソフトだった。

 ハード本体に関しては、ちらりと一瞥くれただけのアキラだったが、埃塗れのソフトには露骨に眉を顰めた。

 色あせ、埃塗れのそれは年代を感じさせるパッケージの中央に書かれたイメージイラストは健在で、それがアキラの目に止まったのだ。


 イラストの中央で大きく翼を広げる赤黒い巨躯の竜は、紛れもなく皇竜であった。その横では、黒い仮面の騎士――ダークナイトが光り輝く剣を構えている。


 イラストはデフォルメされ、多少美化されていたものの、両者の特徴をよく捕らえており、実際に刃を交えたアキラを戦慄させるのに充分なものだった。


「まだ動作するかね……」


 レオはぼやきながら、ハードとテレビを接続し、ゲームソフトをセットする。


 『SDG』はオートセーブ方式のロールプレイングゲームである。

 『セーブ』のコマンドは存在せず、プレイ中、タイトル画面に戻るにはコンフィグの『ゲームの中断』を選択せねばならない。無論、プレイヤーとしての彼は『ゲームの中断』を選択した覚えはない。ハードの稼働直後は、オートロードするはずだ。


 コンセントを繋ぎ、ハードの電源を入れると、ぶん、と独特の稼働音がしてテレビの画面はブラックアウトした。


「起ち上がった……!」


 レオは短く言って、瞬きすらせず、テレビの画面に集中する。画面の端には、


 now loading…… と表示されている。


 それを見て、レオは、ぎゅっと眉間に皺を寄せた。

 黒い画面には白抜きの文字でこうある。



 ☆レオンハルト・ベッカー

 ――単独行動中――

 所在地 リアル


 1 ニア

 ――待機中――

 所在地 ニューアーク


 2 ジークリンデ

 ――待機中――

 所在地 ニューアーク


 GUEST アキラ・キサラギ

 ――同行中――

 所在地 リアル



 ――『ニューアーク』市街に第三軍までの戦力出現を確認しています――



 1 アルタイル――敵性

   指揮官 アレクサンダー・ヤモ――death(死亡)

   アルタイル兵(赤) 30

   アルタイル兵(青) 900

   アルタイル巡航艦  2


 2 ニーダーサクソン――中立

   指揮官 マルティナ・フォン・アーベライン

   エミーリア騎士団 1800


 3 猫目石――友軍

   指揮官 アキラ・キサラギ――missing(行方不明)

   エミーリア騎士団 1732



 頷きながら情報を何度も咀嚼し、動きを止めるレオの横で、アキラは、ぎょっとして目を見開く。


「な、なにこれ……?」


 SDGの使用言語は日本語がベーシックのため、アキラにも読解可能である。

 しかし、ゲームシステムによる現状把握がアキラにもたらしたものは、納得より先ず、大きな混乱であった。俄には信じ難いが、これを信用するならば、


「アルタイルが、もうニューアーク入りしてるだって……?」


「……」


 心当たりは十分すぎる程ある。レオは黙ったままだった。

 一方、アキラは嫌悪を露に吐き捨てた。


「丸太!?」


 イザベラが未だニューアーク入りしないのは、アルタイルとの対峙を恐れてのことだろう。元帥であるイザベラが、直接アルタイルと衝突すれば同盟の破棄どころか戦争に発展する危険すらある。だが、配下のマルタなら、仮に衝突しても事態の収拾は可能と踏んだのではないか。

 出所に問題があるが、アキラには理解可能であり、現実的な情報である。指揮官としての思考に没入するアキラは、ぽつりと呟いたレオの言葉を聞き逃してしまうことになる。


「マルティナ・フォン・アーベライン? ……ああ、あのぼんくらか。エミーリア騎士団に入ったのか。あんなのでも騎士になれるんだな……」


 レオは小さく首を振ると、疲れたように呟いた。


「ニューアークに帰ったら即『戦争』フェイズだな、こりゃ……」


「こ、これって、信頼できる情報なの!?」


 動揺混じりに確認を取るアキラに、レオは頷いて見せる。


「間違いない」


「ありえない……」


 呟いて、アキラは絶句した。

 これが『レオンハルト・ベッカー』の見る世界だとしたら、それはアキラの理解を超えている。困惑して、言った。


「ね、ねえ……これから、どうする……どうなるの?」


 レオは不吉な笑みを浮かべて見せた。


「さあ、どうなるんだろうな」


 無責任に言って、レオは会話にも飽きてしまったのか、再びpcのマウスを操作し始めるのだった。


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