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S・D・G  作者: ピジョン
第2章 黄金病

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第22話 これより後、知る者はなく(完全版)

 レオンハルト・ベッカーが星の部屋に消えて、三日が経過しようとしている。

 高級宿場アデライーデの正面ロビーでは、ニアが今にも泣き出しそうな表情で、窓ガラス越しに空を見上げている。

 キャラクターの居場所を特定する超能力『サーチ』の網にも掛からない。これは八年前皇竜との決戦後の状態と同じだ。マジックアイテムで身を隠しているか、特殊な場所にいるかのどちらかだ。


 どんよりと曇った空を見上げるニアは、過ぎ去った日のことを思い出す。


 時は溯り、メルクーア暦6120年のことだ。

 ――ゲンジツ。

 レオンハルト・ベッカーは其処へ帰ったのだと、イザベラは語った。

 皇竜がいなくなれば戦いは終わり、平和が訪れる。

 暗黒騎士との決着以降、遠ざけられるようになったのは、全て皇竜のせいだと頑なに信じていたニアにとって、それは晴天の霹靂だった。戦いが終わり、平和になってしまえば、二人はまた元通り、仲良しの二人組に戻ると信じていた。

 だが、レオは行ってしまった。ニアを置き去りにして、別れすら告げず行ってしまった。

 これは何かの間違いに違いない。そう考えていたニアに向けられたイザベラの言葉は辛辣だった。


「あんた、十一歳だっけ? ああ、それでか……身体ばっかり育って、いやね……。だからレオは、やめたのか……」


 納得したように頷くイザベラは、青い瞳に凍るような冷気を漂わせており、何故かニアは責められているような感覚に陥った。


「あんた、レオが病気だって知ってた?」


「……」


 ニアが頷くと、イザベラは一瞬だけ憎悪と嫌悪と、そして軽蔑の色とを表情に浮かべた。

 この時のイザベラの表情が、ニアには忘れられそうにない。

 口元に馬鹿にしきったような笑みを張り付け、イザベラは言う。


「あんたって、結構えぐいことすんのね……」


 その言葉は意外な鋭さを持って、ニアの心に突き刺さった。


「レオは、大丈夫だって言ったんだ……」


 ニアが言い訳したのは、隣に立つアキラに向けてだった。イザベラはもう、ニアと視線を合わすこともしなければ、口を利くこともなかった。


「おまえは馬鹿なんだからさ、黙ってろよ」


 とは、アキラの言い分だ。

 そのアキラに対するイザベラの言葉は、更に辛辣だった。


「ああ、泥棒。レオは、あんたに払う報酬のこと、最後まで気に掛けてたわよ?」


「――!」


 アキラは、びくっと肩を震わせ、身を小さくする。取り返しの付かない悪事を咎められた子供のように、罪悪感と後悔に震え、脅えていた。


「あんたのもんよ」


 イザベラは笑わず、細く形のよい眉を寄せ、銀色の円筒――ライト・セーバーをアキラの胸元に突き付けた。

 ライト・セーバーには赤黒い血がこびりつき、レオンハルト・ベッカーの最後の戦いが、想像を超えて壮絶なものであったことを強く物語っていた。


「売って、金にしなさい」

「……」


 アキラは、コバルトブルーの瞳に大粒の涙を浮かべ、俯いている。

 イザベラは続ける。


「私が買い取ってあげる。言い値でいいわよ」

「ぼ、ボクは……」

「遠慮しなくていいのよ? ……さあ、これに値を付けなさい」


 皇竜との決戦を経て、イザベラが竜の巣から持ち帰ったレオの所持品は『ライト・セーバー』だけだ。

 アキラは――


「うぁ……」


 その場に膝をつき、激しい嗚咽と共に泣き出した。

 イザベラは『帰った』と言ったが、泣き腫らした目元や、尖った口調が端的にではあるものの、レオの死を言外に匂わせている。


 ニアを除いたパーティの誰もが、竜の巣にてレオンハルト・ベッカーの存在が永遠に損なわれたということを理解している。

 イザベラは、大事そうに銀の円筒を懐にしまい込む。その頬は、アキラと同じように涙で濡れている。その涙を拭うことも、隠すこともせず、悲涙に咽ぶアキラに言う。


「あんたみたいなクズは、最悪な日も心地よく感じるんでしょうね」


 イザベラ――『性悪女』の毒舌は、ルークとアレンにも言及した。


「私は、あんたたちのことは、よくわからないし、理解するつもりもない。けど、あんたたちがレオにしたことは、絶対に忘れないわ」


 イザベラは、二人がレオンハルト・ベッカーが病身と知りつつ、常に矢面に立たせたことを真っ向から非難していた。

 イザベラは言った。


「ハンブン。あんた、『神』とやらに逢いたいの?」


 ルーク・エリオットは強くイザベラを睨み返した。口に出すことこそしないが、言い分があるのは明らかだった。


「ああ、僕はそのために旅を続けていたからね」


 その言葉に、イザベラは薄い笑みを浮かべる。


「そ……ま、頑張りなさい」


 おまえに『神』は遠すぎる。イザベラの笑みが言外に告げていた。


「髭」


 イザベラは腕組みした姿勢で、アレン・バラクロフと向き合った。


「あんた、歳はいくつだっけ?」


 その質問に、アレン・バラクロフは一瞬、ぎくりとしたように顔を歪ませた。


「……三六だ」


 短く答え、視線を逸らすアレンに、イザベラは言って退ける。


「見えない。とうに四〇は超えてるように見えるわ。そう言えば、あんた、娘がいたわよね。いくつになった?」

「娘……? ええと、そりゃ、あれだ……。今年で四つくらいに……」

「そんなんだから、あんたは置いて行かれるのよ」


 度重なる『死』がアレン・バラクロフという男から、若さと記憶を奪っていた。


「あんたにいたのは息子よ。奥さんの名前を言える? 二人のために、まだ泣ける?」


 短い髪に髭がトレードマークのアレンは、人懐っこい顔を苦汁に歪ませている。


「……そいつは、そいつは……」


 アレンは、普段の豪快な彼からは想像もつかないほど、弱々しく小さな声で呟くように言って、それから俯き、口を噤んだ。

 強すぎる復讐の炎が彼の愛と、思い出の全てを焼き尽くしたのだ。


「髭。レオは、あんたにだけは、幸せになって欲しいと言っていたわ」


 ――言っていた。過去形で告げ、イザベラはパーティの面々に視線をやる。


 竜の巣に冷たい風が吹き抜ける。

 その風が、全ての終わりを告げていた。


 レオンハルト・ベッカーという男は、不器用ではあったものの、彼なりのやり方で、パーティの皆を愛していた。種族も違えば出身も違うパーティの面々を結び付けていたのは、不器用ながらも真摯な、彼のその思いだった。

 その彼が損なわれ、パーティが崩壊するのは自然の成り行きだった。



◇ ◇ ◇ ◇



 高級宿場アデライーデの正面ロビーでは、ニアが今にも泣き出しそうな表情で、未だ帰らぬレオンハルト・ベッカーを待ち侘びながら、窓ガラス越しに空を見上げている。


 上空には二つの巨大な円筒が停止している。宇宙移民『アルタイル』の飛行艇だ。


 ニュアークの街には赤と青の二種類の『バトルスーツ』を着たアルタイルの兵隊たちが巡回しており、駐留拠点として、冒険者ギルドのニューアーク支部を接収している。

 アルタイルは予てからの指名手配犯であり、及びアレクサンダー・ヤモ殺害の嫌疑が掛かる『レオンハルト・ベッカー』の身柄を拘束しようと動いているが、『ニーダーサクソンの姫将軍』イザベラ・フォン・バックハウスがこれに待ったを掛けている。

 ニューアーク近郊の街道『真っすぐな道』には、イザベラ率いる『エミーリア騎士団』の三個師団――三六〇〇〇の軍勢が陣を張っており、レオンハルト・ベッカーの身柄を――こちらは保護のため――捜索している。


 現在、ニーダーサクソンとアルタイルの間には、暫定的ながらも同盟が結ばれており、正式な同盟締結の前に、国家間の関係を考慮するならば、エミーリア騎士団のトップにして元帥のイザベラが一騎士であるレオの身柄を放棄し、騎士としての身分、及び爵位を廃するのが本流である。

 しかし、イザベラはレオの引き渡しを拒み、アルタイルとの交渉を続けている。


「バックハウス嬢も無理するねえ……そんなにレオンハルトくんがいいのかな?」


 不意に聞こえた背後からの声に、ニアはハの字に眉を寄せて振り返る。


「ウチのキサラギは、何処で油を売っているんだろう」


 短いモスグリーンの髪に、モスグリーンの瞳。つい先日、接触して来たニーダーサクソンの女騎士『マルティナ・フォン・アーベライン』が頬に柔らかな笑みを浮かべ、ニアを見つめている。


 マルティナ・フォン・アーベラインは、見た目こそ完璧にエルフだが、『ハーフエルフ』だ。本人は何も言わないが、鋭い嗅覚を持つニアには分かる。ルーク・エリオットと似た匂い。少しだけ人間の匂いが混じっている。

 ニアは、このマルティナ・フォン・アーベラインのことをどうしても嫌うことが出来ずにいる。


「ところで、ニア。レオンハルトくんとは、もう寝た?」

「……」


 唐突に問われ、ニアにとっては悩ましすぎる閨でのあんな夜や、こんな夜が思い浮かび、思わず赤面してしまう。


「やあやあ、これはバックハウス嬢との出会いが楽しみだ! レオンハルトくんをゆするネタが一つできた!」


 ニアは、目の前で朗らかに笑っているこのハーフエルフが嫌いになれない。彼女がアキラを嫌っていることも大きな理由の一つだが、獣人に対する偏見がなく、雰囲気が人間に近いせいか、一緒に居て妙に落ち着くのだ。


「私のことは、マルタでいいよ」


 言って、マルタは厳しい表情で空を見上げる。今もまだ、上空に停留するアルタイルの飛行艇を睨みながら、言った。


「ハートレスが近づいてる」


 ハートレスドラゴン――『心ない竜』が、五年の沈黙を破り、ニューアークに接近している。このドラゴンの不審な挙動こそ、イザベラがこの辺境の地に三個師団もの騎士を動員させた最も大きな理由であり、ニューアークを前に足踏みした理由だ。


「――!」


 途端にニアは落ち着きをなくし、焦ったように垂れた耳の裏を掻いた。


「あれは……いまさら、なんで……」

「レオンハルトくんが関係していることは間違いない……バックハウス嬢は、システムがどうとか、難しい話をしていたな。私には、よく分からなかったよ」

「レオは……レオは……!」

「大丈夫。レオンハルトくんは、きっと許してくれるさ」


 そこまで言って、マルタは表情を引き締めた。


「ところでニア。どうしてもバックハウス嬢と合流する気にならない?」

「……」

「過去の経緯は、この際考えない方がいい。バックハウス嬢も、そう思うからこそ私を差し向けたんだ」


 ニアは腕組みしたままの姿勢で柱に凭れかかり、しばらく思い悩むふうだったが、眉間に嫌悪感を漂わせ、言った。


「嫌だ……! 性悪女と一緒なんて、死んでも嫌だ!」


 その答えに、マルタは肩を竦める。


「これまた……バックハウス嬢も、何をしたのやら……嫌われたもんだ」


 ニアは怒りに肩をゆらしながら、マルタに背を向け、柱を強く蹴り飛ばした。


「あんなやつ、嫌いだ!」

「そっか」


 従卒の騎士が馬を引いて来るのを見やり、マルタは一つ頷いた。


「間もなく、ニューアークは戦場になる。ウチにアルタイル。ハートレス。キサラギのやつも『猫目石』を紛れこませてる」


 猫目石――一個連隊――約二千人程で編成された軍勢の隠称で、エミーリア騎士団では最も実戦経験が豊富であり、傭兵上がりと、血の気の多いならず者ばかりで編成されているこの部隊は、結成当初からアキラ・キサラギが隊長を務めており、元帥のイザベラより、アキラ個人に忠誠を抱いている。弱卒が多いとされるエミーリア騎士団に於いて、最も強力、且つ残忍という評価を得ている。

 マルタは、ひらりと馬に跨がった。


「私は、もう行くよ。ニアには悪いけど、バックハウス嬢に付く。これでもエミーリア騎士団員だからね」


 マルタの馬を引いて来たのは、見覚えのある二人組だった。以前、赤い川に流そうとした騎士の二人組だ。どうやら、マルタの部下らしい。

 ニアは、内心、小さく呻いた。

 マルタとの出会いは、『予知』にはなかった光景だ。


「今のニューアークは火薬庫同然だ。火花一つで大変な騒ぎになる。言ってること、分かるね?」


 火花……レオンハルト・ベッカーだ。

 全ての物事は彼――レオンハルト・ベッカーに集約している。


「これから、どうなるんだ……?」


 ニアは、馬を飛ばして去るマルタの背中を見送り、予測のつかない未来に思いを馳せるのだった。



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