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S・D・G  作者: ピジョン
第2章 黄金病

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第21話 いまにも、こわれそうなキミに2

 ベッドの真横にある小型のモニターが、ピッ、ピッ、と規則正しい電子音を病室に響かせている。


 レオは、しばらく落ち着かない様子で病室の中を歩き回っていたが、不意に、窓際に置いてあった薄く小さな板を手に取ると、それをじっと見つめた。


「なに、それ?」

「携帯電話……」

「ケイタイデンワ……?」

「この国で使用できる小型端末のことさ。結構、高かった」


 レオは呟くように言って、携帯電話を操作している。

 ややあって、窓ガラス越しに映る彼は、頬を緩ませて見せた。その様子に、ただ事ならぬものを感じたのは、アキラの女の勘としか言いようがない。


「それ、ボクにも、ちょっと見せてくれないかな?」


 尖った声を出すアキラに、レオが緩んだ顔を向けたとき――



 ――ピッ!



 『青年』が眠るベッドの横にある小型のモニターが、一際大きな電子音を鳴らした。


 レオは、ぎくりとしたように表情を強ばらせ、そちらに視線を走らせる。


「う、嘘だろ……」


 小型のモニターは、画面上に鋭角な山を刻み込み、警告音に似た電子音を打ち鳴らし続けた。等間隔で鳴り続けていた電子音は、その間隔を狭めている。バイタルに変化があったのだ。それが知らしめる一つの事実――


「……目を、覚ます……?」


 モニターが鳴らす警告音の中、心臓の鼓動がうるさかった。レオは瞬きすら忘れ、その光景に釘付けになる。


 『青年』の目が、ゆっくりと、開いた。

 黒い瞳には、驚愕の色が滲んでおり『意志』の存在が確認できた。視線は周囲をぐるりと一周して、まずアキラ・キサラギに留まり、続いてSDGの主人公『レオンハルト・ベッカー』に釘付けになった。

 同じ顔。同じように黒い瞳の色。同じ魂。


 だが――違う。


 二人の『彼』はそれを認識した。

 視線を合わせる二人の表情が、はっきりとした『恐怖』に歪む。

 レオは口中に湧き出した唾を飲み込んだ。震える声で言った。


「な、なんで、おまえが目を覚ましてしまうんだ……俺は……俺は……」



 ――何処に帰れというのだ!



 そのレオの懊悩に答えるように、バイタルサインを表示したモニターが激しい警告音を打ち鳴らした。『青年』がパニックに陥ったのだ。

 レオは理解できない、といった感じで何度も首を振りながら、よろよろと『青年』の方へ歩み寄った。


「くそっ……! 眠れ……眠れ……!」


 青年の頭を枕に押し付け、スリープの魔法を施したが、効果はなかった。それが一層、レオを焦らせ、事態を剣呑なものに変えて行く。


 モニターのバイタルサインは赤文字で表示され、響き渡る警告音は悲鳴のように聞こえた。

 その悲鳴が鳴り止まぬ病室内で、アキラが叫んだ。


「レオ! 誰か来る!」


 モニタリングされているバイタルは、ナースステーションと情報を共有している。やって来るのは、この異変を察知した看護師と予想できた。

 レオは血が滲むほど額を掻き毟った。青年と同じように、彼も大きなパニックに陥っている。思考は寸断され、心は千々に乱れた。

 そのレオを急かすように、アキラが再び叫ぶ。


「レオ! どうする!? 指示を――」


 アキラは身を低くした姿勢で、腰の脇差に手を掛けている。


「~~~~!」


 苦しみ、悶える青年の様子に、レオの表情も苦悶に歪んだ。


 考える時間も無ければ、迷う暇も無い。


 レオは青年を一瞥し――ドアを開け放つと、リノリウムの床の通路に出た。消火栓の赤い光が見える通路の向こうから、パタパタと足音が響いて来る。


 足音が響く方向とは逆へ駆け出したレオに、アキラも続く。

 レオの額に、冷たく粘ついた汗が流れる。駆け出した道は、先の見えない闇の中だった。 それでも、時間の砂時計は時を刻み続ける。


 ゲームは続いている。



◇ ◇ ◇ ◇



 全身にまとわりつく闇を振り切るように、レオンハルト・ベッカーが駆けて行く。

 階段を駆け降り、投薬番号を表示する電光掲示板がある広い受付を抜け、レオは屋外へ飛び出した。

 逃げている。というのがアキラの印象だった。

 少し前までは、流れる空気を楽しみ、人込みを楽しんでいたレオンハルト・ベッカーは、今ではもう、全てを拒絶するかのように、背後に続くアキラの姿を確かめることもせず、ただひたすらに駆けて行く。

 見知らぬ街。

 見知らぬ風景。

 赤や青のネオンサイン。

 輝く色とりどりの電飾が支配する世界。

 レオンハルト・ベッカーの故郷――『現実』。

 アキラ・キサラギは駆けながら、不測の事態に対応するため、脇差に手を掛けようとして――やめた。

 ここは命の心配をしないで済む場所なのだ。それがアキラの見解だった。武装する必要のない平和な世界――『現実』がレオンハルト・ベッカーの故郷なのだ。

 不意に、アキラはとてつもない不安に駆られた。

 平和な世界――『現実』から逃げ出すようにして駆けて行くレオンハルト・ベッカーは、一体何処へ行こうというのか。


「レオ! 止まるんだ!」


 アキラの制止の声は届かず、レオは振り返ることもせずに駆けて行く。

 二人は無数のテールランプが装飾する大きな通りを抜け、治水工事の行き届いた河川の上に掛かる橋を渡る。

 アキラの知っているメルクーアの景色とは違う。違い過ぎる。


 ――異なる世界。ここは、アキラ・キサラギを決して受け入れない。


 アキラは痛感する。

 だから、レオンハルト・ベッカーは帰りたかったのだと。決して自分を受け入れることのない『世界』から、自分の『世界』へと帰りたかったのだ。


 だが、レオンハルト・ベッカーは駆けて行く。せっかく帰って来たこの世界から逃げ出すようにして駆けて行く。

 対向に現れた車のライトを避けるようにして、レオとアキラは土手を駆け降りて行く。


 街灯の明かりを避けた橋の欄干の下で、レオは立ち止まった。ほどなくして追いついたアキラが膝に手をついた姿勢で、荒い息を吐き出す。


 レオは、へたり込むようにして、その場に座り込んだ。握った拳を振り上げ、


「あ、ああああああああああああ!!」


 魂を切り裂くような悲鳴を上げると共に、力の限り地面を殴りつけた。


「嘘だ! 嘘だ嘘だ嘘だ! 俺は、こんな奇跡を求めていない! 俺は、こんな代償を支払いたくない!」


「――!」


 くしゃっ、とアキラの表情が歪む。

 意味が分からない。レオンハルト・ベッカーは酷く動揺していて、現状の理解に欠けるアキラには、打つ手がない。先程、覚醒したレオに生き写しの『青年』に深い関係があるということだけは理解できる。

 レオは、今にも消え入りそうな声で呟いた。


「せっかく、帰って来たのに……」


 絶望に染まった息を吐き出した後、もはや声もなく、静かに涙を流した。


「……」


 アキラは、この状況に戸惑い、途方に暮れた。

 それでも時は流れ続ける。

 レオは、ただ涙を流し続け、アキラは無力感に苛まれながら、沈黙を続けるという選択をした。

 アキラは考え続ける。張り裂けそうな胸を押さえ付け、今、何をするべきか。どの言葉、どの選択が最良か。

 やがて、レオが力なく、呟いた。


「俺は……俺は、誰なんだ……?」


 アキラは、血が滲むほど唇を噛み締め、苦しみ、考え続け、そして――最悪の言葉を選んだ。


「キミは、レオンハルト・ベッカーだよ……」


「そうだな……」


 永遠とも思える長い沈黙を挟み、彼は、小さく頷いた。


「今は、まだゲームを続けよう。それしかない……」


 レオンハルト・ベッカーが、涙に濡れた面を上げる。

 月明かりを受け、黒く輝く瞳は暖かみが欠けている。

 状況を冷静に分析し、考察する『プレイヤー』の瞳からは、人の温もりという色が欠けていた。



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