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S・D・G  作者: ピジョン
第2章 黄金病

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第20話 現在地――リアル――2

 レオにとっては見覚えのある総合病院の敷地に入り、門を抜ける。


「ありがとう、アキラ。もう落ち着いた」

「あっ……」


 レオが肩に回した腕を解くと、アキラはとても残念そうな表情になった。

 夜間であるためか人影はない。受付に入った所で、僅かに鼻に衝く消毒用アルコールの匂いにアキラが眉根を寄せ、すんと鼻を鳴らした。


「錬金の匂い? でも、なんだろう。キミが使う融解液とは少し違う……これは……」

「なんだ、覚えがあるのか?」

「うん……ああ、そうか。アルタイルだ。アルタイルのビョウインで嗅いだことがある」


 『寺院』での魔法による治療行為が一般的なメルクーアでは、『病院』という概念は薄い。そのためか、アキラのイントネーションには違和感があった。


 その後、アキラが喉の渇きを訴えたため、二人は連れだって、受付の側にあったウォータークーラーで水を飲んだ。


「……なに、この水。すごく不味い……」

「塩素が入ってる」


 レオは、出入り口付近にある自動販売機を見つめる。当然だが、メルクーアの通貨は何の役にも立たなかった。

 アキラはレオの視線を追い、言う。


「どうしたの? ああ、あのアイテムボックス、そこら辺に、いっぱいあるね。開けようか?」

「……」


 『アキラ・キサラギ』は元『盗賊』だ。鍵開けのスキルも持っている。しかし、ゲーム内のスキルがこの現実世界で通用するかどうかは、一切謎だ。


「開けられるのか?」

「たぶんね。クルーエルにあったものより、仕組みは簡単そうだし……」


 その答えにレオは少し鼻白む。ここは法治国家日本だ。どこかの無法地帯とは違う。それは犯罪だった。

 アキラが小首を傾げる。


「どうしたの? トラップがあるの?」

「あ、ああ……」


 レオは頭が痛くなってきた。だが精神的には持ち直して来た。水を飲んだことと、このシュールな内容の会話で気が紛れたのだ。


「ありがとうな、アキラ」

「? どういたしまして」


 またしても首を傾げるアキラの肩に手を置いて、レオは口元を引き締めた。


「行こう……!」

「うん!」


 アキラ・キサラギは、見た目こそ人間の姿をしているが、ホビットと猫の獣人の血を引くハイブリッドである。両種族共に好奇心旺盛な種族だ。この不可思議な現状に血が騒ぐのか、少し嬉しそうだった。



◇ ◇ ◇ ◇



 目的である第六病棟には階段で向かった。夜間とはいえ、警備員や看護師などに出くわした場合、武装した彼らは不審者そのものだ。逃げ場のないエレベーターの使用を避けたのだ。


 第六病棟は、入院患者の間では終末病棟と呼ばれている。一度入れば、出て来られないとも。そこへ向かうレオの足取りは重い。

 重苦しい気配を察してか、アキラが言った。


「なんか、ヤな雰囲気だ」


「……」


 夜の病院には死神が棲むと言う。通路の壁に掛けられた時計は、午後八時半を超えたばかりだったが、通路に明かりはなく、人気はない。

 気を集中させると、人の気配は察しがついた。近くのナースステーションに若干名待機している。索敵スキルは健在のようだ。


 レオは後ろに続くアキラに、一瞬だけ視線を走らせる。


 アキラ・キサラギがいる。これがどういうことか。

 SDGのセカンドプレイで、アキラ・キサラギが選ばれたヒロインであるとして、ここに送り込まれた意図は、


(ゲームを続けろということか……)


 彼――『レオンハルト・ベッカー』というキャラクターは、未だシステムの手の内ということになる。


「アキラ、どうやってここに来た?」

「ん?」


 第六病棟へ続く勾配のある通路で、二人は一度立ち止まった。窓ガラスから月明かりが射し込み、難しい表情のアキラを照らした。


「いきなり転送されたんだ。その様子だと、キミじゃないね。誰の仕業なんだろ……」


「……」


 レオはその『誰か』に強い心当たりがあったが、敢えて説明を避けた。

 アキラ・キサラギというキャラクターは敵ではない。助けられてばかりの現状を思えば、信用するに吝かでないが、SDGのシステムに躍らされるのは避けたい。その思惑があった。


「そう言えばさ、こんなものが後から落ちて来たんだ」


 思い出したようにアキラが差し出したのは、小さな砂時計だった。


「三〇〇円」


 レオは砂時計を受け取りながら、皮肉っぽく批評した。

 値段の批評は置き、レオは受け取った砂時計を月明かりに晒し、見上げるようにしてじっくりと観察する。

 中身の砂は、さらさらと一定の速度で落ち続けるが、上部の砂は尽きる気配を見せない。横に向けても下部に流れ落ち続ける様は、レオの目には不気味に映った。

 アキラが言う。


「これ、マジックアイテムだろうけど、なんなんだろ」

「違うな……」


 レオは厳しい表情で首を振る。


「この場合、これが『何か』ではなく、『どういう意味か』だ」


 レオは首を傾げ、睨みつけるようにして砂時計の観察を続ける。

 見覚えがある。それがすくそこまで出かかっているが、出て来ない。砂時計は茶色い『地』属性のエリクシールに包まれている。


「凄いスピードで砂が流れるんだ。なんかヤな感じがしたからさ……術でゆっくりにしてある」

「術……? 赤錬金のことか?」

「忍術といってもらいたいね」

「ふむ……」


 呼び方はどうでもよかった。更に考証を重ねるため、レオは思いつきを口にする。


「一度、術を解いてもらえるか?」

「いいけどさ、どうなっても知らないよ?」


 一度断ってから、アキラは砂時計を軽く撫で、ふっと息を吹きかけた。

 地属性のエリクシールが吐息に流れて消えるのと同時に、砂時計は猛烈なスピードで時を刻み始める。


「…………」


 砂時計を月明かりに透かすようにして観察を続けていたレオだったが、次の瞬間には表情を青くして、震える声で言った。


「タイムリミットか……!」


 見覚えがあるはずだった。それはヤモ将軍の暗殺イベント時にも画面の隅で静かに時を刻んでいたし、その他のイベントでもずっとそうだった。猶予時間は文字色でも判別出来るため、あまり意識しなかったものだ。やはり、ゲームは続いている。レオは咄嗟の動作でステータスウィンドウを開く。

 現実世界でも開けたステータスウィンドウに一瞬怯んだが、イベントの進行欄には、



 黄金病の謎に迫れ!



 と赤字で表示されている。強い指示表示。『迫れ!』とある。つまり、この現実世界に『黄金病』の謎を解くヒントがあるのだ。確かに、彼の望む環境がここにある。

 更に直感に近い閃きがレオにあった。

 砂時計の流れ落ちるスピードは、ゲーム内時間とリンクしている。こうしている間は、メルクーアではとんでもないスピードで時間が経過しているということになる。

 彼が『プレイヤー』であり、ゲームをプレイしている間、ゲーム内での時間経過のスピードは現実世界のそれとは比例しない。当然の話だった。


「ああああ、アキラ!」

「あー、はいはい。もう一度、術を掛けるんだね」


 パニクるレオを前に、この展開を予想していたのか、アキラに慌てた様子はなかった。素早く印を切り、再び術を施す。


 緩やかに、だが確実に時を刻み続ける砂時計を見つめるレオの額に、びっしりと汗が浮かぶ。砂時計の砂は減らないのではない。減ってないように見えるだけだ。砂がなくなった時、恐らくその時が――メルクーアへ帰還の時。


「マジかよ……」


 苦々しい溜め息と共に、レオは言葉を吐き出した。


(急がなければ……)


 時間は有限だ。やらなければならないことは山ほどあった。

 幸い、『黄金病』は強制イベントではない。優先して確認するべきことがある。レオは、再びその足を第六病棟へ向けた。


「わわ、どうしたの?」


 重苦しい足取りが一転、速度を上げたレオにアキラが続く。

 レオは唇を強く噛み締める。

 今は恐れるべきではない。躊躇している時間は毫もなかった。



◇ ◇ ◇ ◇



 606号室の病室では、一人の青年が懇々と眠り続ける。

 身体中に、延命のための様々なチューブや器具をまとわりつかせた痛々しい姿を前にして、レオは口元を押さえ、視線を逸らした。


 ベッドの真横にある小型のモニターが心拍数、血圧、体温、脈拍等のバイタルサインを表示している。

 静かな室内では、その小型のモニターが鳴らすピッ、ピッ、という規則正しい電子音と、ベンチレーター(人工呼吸器)の鳴らす吸気音だけが耳を打つ。


「……」


 その青年を目にしたアキラは、まず驚き、それから言葉を失った。

 青年の喉に着いたベンチレーターが素晴らしく気に障ったようで、アキラは反射的にチューブを引き抜こうとしたが、


「よせ、死ぬぞ」


 というレオの制止の言葉に立ち止まり、断念した。


 アキラは肩で荒い息を吐き続け、はあっと熱く苦しそうな息を吐き出した。


「こ、このひと……」


 そこから先は、言葉にならなかった。

 ベッドで眠り続ける青年は痩せ衰え、余命が残り少ないのは一目瞭然だった。

 その青年には、面影があった。


「あ、ああ……あああああああ……!」


 不意に、ずたずたに胸を切り裂かれたといっても通用しただろう。アキラは、青年に縋り付いて泣き出した。

 レオンハルト・ベッカーの面影がある。似ているという言葉で済ませることが出来ないほど、アキラが愛した男の面影がある。


「ああ、神さま、神さま……どうしよう……どうしたら……」


「神なんかいない」


 痩せ衰え、眠り続ける青年を見下ろし、レオンハルト・ベッカーは静かに言った。


「なぜ泣く……」

「キミに、そっくりだ。それだけで、十分じゃないか……」


 アキラは一瞬、びくりと震え、ベッドの上の青年と、レオの姿を見比べた。


「このひとは……」

「俺だ」


 短く答え、レオは、首を振った。信じろと言うのが無理な話であったし、信じさせる自信もない。彼自身、懐疑的な思いがあるくらいだ。

 アキラの吊り目がちな、ぱっちりとしたコバルトブルーの瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。


「……信じるよ。後でいいから、全部話してよね……」


 ヒロイン補正だろうか。話が早いのは助かる。レオンハルト・ベッカーという男を信じないことの意味を知るアキラ・キサラギだからこそ、そうだとは思わない。

 小さく頷くレオに、アキラは言った。


「治すんだよね……」

「そのつもりで来た」


 SDGのシステムは、この奇跡を自分に見せたかったのか。だが、一抹の不安がある。SDGのシステムは、この奇跡の代償に、何を求めるのか。


 レオは一度深呼吸して、それから『己自身』と向き合った。



◇ ◇ ◇ ◇



 『レオンハルト・ベッカー』は集中を深めながら、厳しい面持ちで、窶れた『青年』の額に触れた。


「……」


 ステータスは、確認出来なかった。

 ここで眠り続ける『己自身』がシステムの管理外であることの証明だろうか。

 グリムを使用した傷痕の残る右手が、ずきんと痛み、レオは不快感に眉を顰める。アキラに止血を施されているため、出血は止まっているが痛みが酷い。集中力を散らすその痛みが雑音に感じる。

 レオは詠唱破棄による治癒魔法『ヒール』で怪我の回復を試みた。

 魔法の使用には不快感が伴う。酩酊感を伴うマジックドランカーの症状は25%以上のMPを消費すれば始まり、残MP30%を切ると失神の危険が出て来る。この傷を治しても十分に余裕はある。その思惑からの行為だったが、エリクシールの希薄さは魔法の効果にも影響があるようだ。効き目は薄く、完治までにヒールの使用を三回必要とした。


 ――現実世界。


 レオは強く意識する。

 ここは『レオンハルト・ベッカー』の所属する世界ではないのだ。『魔法』という『技術』は拒絶されて当然だった。


「どう? 治せそう?」


 不安の色を隠せないアキラの問いに、レオは一つ頷いて見せ、腰に下げたポーチから特殊霊薬『エーテル』を取り出した。

 このような事態を想定してのことではなかったが、『救急箱』とあだ名される彼のことだ。準備のよさに、今更アキラが感心することはなかった。


 特殊霊薬『エーテル』。

 透き通った菱形の容器に詰め込まれているのは、メルクーアでは自然発生する『エリクシール』を超圧縮したものだ。錬成に必要な錬金レベルは70と高いが、一時的に魔法の無効空間を中和できる他、魔法効果を増大させる働きがある。


 『現実』の己自身のステータスを確認することはできない。治癒を確認できないということだ。そのため、レオの表情は厳しい。


(一発勝負に近いものがあるな……)


 『エーテル』の使用効果は時を置き、徐々に弱まる。魔法の効果は一回目が一番重く、強い。

 レオは口元に薄い笑みを浮かべ、言った。


「アスクラピアの加護を……」


 メルクーアにて、治癒を司る神『アスクラピア』は蛇を象る。

 まだ神に縋るか。だが、テオフラストに祈るのだけは嫌だ。そんなことを考えながら、レオは手中の『エーテル』を握り潰した。

 エーテルを握り潰したレオの右手から、七色に光り輝くエリクシールが溢れ出す。左手は白いベッドで眠り続ける青年の額に触れたままだ。


 キュア・ヘヴィ・コンディションの魔法を使用する。パワーレベルは勿論マックスだ。


 レオの右の手のひらから放たれたエリクシールの光りは、次の瞬間には左手に集中し、治癒を意味するエメラルドグリーンの輝きに包まれる。そして――


 周囲は、沈黙と静寂に包まれた。


 成り行きを見守っていたアキラが、ごくりと息を飲み込む音が響く。


「やったの……?」

「わからない……」


 レオは短く言って、視線を伏せた。

 周囲に立ち込めたエリクシールは、徐々に霧消しつつある。


「大分、顔色が良くなった気がするね」


 言って、柔らかく笑むアキラが、今もまだ眠る青年の髪を指で梳く。

 確かに血色が良くなったような気がする。その青年の顔と、アキラを見比べながら、レオは不思議そうに言った。


「嬉しそうだな……」

「おかしい?」


 真顔で答えるアキラと、レオの視線が重なる。


「え? いや、俺は、その……えと……その、ありがとう……」


 アキラの言動の全てが、明確すぎる好意を告げている。どきん、と鳴った胸に手をやり、レオは慌てて視線を逸らした。

 そんなレオを見つめ、頬笑むアキラの心境は、


(二人とも、ボクのものにしよう……)


 というものだ。

 あり得ない事象の中、あり得ない欲求を膨らませるアキラの心境など露知らぬレオは、気まずそうに一つ咳払いして、狭い病室の中を窓際に向けて歩いて行った。


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