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S・D・G  作者: ピジョン
第2章 黄金病

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第18話 いまにも、こわれそうなキミに1

 メルクーア暦 6128年。

 ニューアーク市街のバンク前の路地では、ニアとアキラがお互いに背を向けたままの姿勢で、立ち尽くしている。

 行き交う人々の視線を避けるように、アキラが言った。


「レオは、バンクにはいなかったな……」

「……」


 ニアは、つんっとそっぽを向いて答えない。

 GPバンク、ニューアーク支店には気難しそうなエルフの支店長の他に、警備兵が数名と何名かの従業員が居ただけだった。珍しい何物もない。通常営業だった。


「なあ、星の部屋って言ったよな。どこだよ、それ……」


 期待に胸を躍らせていたアキラだったが、いつまで経っても変化を見せないこの事態に、段々と白けてきた。


「つまんないな……。おい、ここで待ってたら、レオは帰って来るのか?」

「……」

「なんか言えよ、こらっ!」

「……おまえなんか、嫌いだ」

「なんだとう……ボクだって、おまえなんか、大っ嫌いだ!」


 互いに睨み合う二人だったが、リーダーの不在という状況の不味さは痛感している。ふんっ、と鼻を鳴らして、再び背を向ける。

 今は争っている場合ではない。アキラは、しかめっ面で癖っ毛をかき回した。


「嫌いと言えば……ほら、アレだ……あのちっこいの、何て言ったっけ……」


 話題を変え、先に鉾を収めたアキラの様子に、ニアも難しい表情になる。現在はパーティ行動中だ。喧嘩は御法度である。

 ニアは少し考えて、それから、ぴしりとアキラを指した。


「ボクじゃないっ! アレだ! アレ! 狼の……!」


 憤慨しながら否定するアキラの様子に、ニアはまた少し考えて、


「リンのことか……?」

「そうそう、それだよ」


 アキラは忌ま忌ましそうに言った。


「なんなんだ、あのガキは。朝っぱらから、レオの膝に……図々しい」


 これにニアは即座に同意の姿勢を見せた。


「レオは、あいつにはすごく甘いんだ」

「ああ……レオは、ガキには、べらぼうに甘いからな……」


 この大と小の組み合わせは、『失われた英雄』の従者ということもあり、とにかく人目を引く。何事か、とちらちら通行人が視線を送っているが二人は構わず、腕組みしたまま難しい表情で唸る。

 ややあって、アキラが、すらりと取り出したタクト(指揮棒)でブーツをぴしゃっと引っぱたいた。


「そうだ、あのガキ、ムセイオンに送っちゃえよ!」


 ニアは、疲れた表情で首を振る。


「レオが許すわけない……」


 アキラが言っているのは、獣人の超能力養成施設『ムセイオン』のことだ。

 歴史に名を残すような完成された獣人の戦士は、この『ムセイオン』での修行を最低でも一年は経験している。獣人が『超能力』を完璧に修得するためには、この『ムセイオン』での修行が必要不可欠と言われる所以であるが、その修養過程は殺人的に厳しい。

 超能力の完全な修得の為には、精神の修行は勿論、肉体も同様に鍛えなければならない、という理念のためだ。

 超重量の重りを背負ったままの遠泳や、一週間以上にも渡る断食、苦痛に対する耐性を付けるための拷問じみた訓練。訓練生の一年辺りの死亡率は、実に五〇%を超える。レオはこのムセイオンを蛇蝎のように嫌っている。

 曾て、アキラがニアのムセイオン入りを提案した時のレオの言葉は、


『あの殺人施設にニアを……? 試しに、お前が入ってみるか、ええ?』


 というものだ。


「それは……」


 本気で嫌悪感を露にするレオの表情を思い出し、アキラは残念そうに肩を竦めるが、ふと思い立ったように言葉を継ぐ。


「だったら、お前も一緒に入ってやれよ! それなら、きっとレオも承知するんじゃないか!?」

「――いやだ!」


 馬鹿にしたような笑みを浮かべるアキラを、ニアは獰猛に牙を剥いて睨み付ける。あまりにも短い呉越同舟は、ここに終わりを告げた。


「アキラさーん! 従者さーん!」


 折よく、路地の向こうから息を切らせて駆けて来るエルとアルの姿があった。



◇ ◇ ◇ ◇



 エルとアルの姉妹は、肩で大きく息をしながら、ちらりとニアに一瞥すると、二人ともアキラへ向き直った。


「レオンハルトさまは……?」

「それだよ……」


 渋い表情で説明を始めるアキラに、ニアは煙るような視線を送る。

 普段、猫の獣人は孤独を嗜むが、大きな決断や重要な行動を起こす際は互いに『つるむ』傾向がある。アデルが言うところの『臆病、惰弱』の性質だ。その言は穿ち過ぎかも知れないが、決して的外れではない。ひそひそと話し合う三人組を見やり、ニアは眉間に皺を寄せる。

 臆病、惰弱の性質に併せ、互いの心情を通わせる種族固有の能力――『猫のシンパシー』。集団で悪巧みを行うには打ってつけの組み合わせだ。

 アキラは勿論のこと、エルとアルの姉妹にしても、内緒話に興じる様は、うさん臭いことこの上ない。

 ……これだから、猫の獣人は信用できない。

 平穏を好む犬の獣人の協調性は、猫の獣人の持つそれとは非なるものだ。利己に走らず、収穫は分かち合い、トラブルには共にあたる。いざ、という時にだけ都合よく発揮される猫のものとは違うのだ。犬と猫の獣人の間には種族間の対立意識こそないが、決して受け入れることのできない大きな溝があり、共に住処を一所にしないのにはこうした事由がある。

 だが、この状況で三匹の猫の関係に多少の変化が見られた。


「それでレオンハルトさまは、どこに行かれたのでしょう」

「星の部屋だってさ。また不思議なことをしてるんだろうね。カレが何らかの行動を起こさない限り、こちらでの現状打破は難しいように思う」

「きっと、王さまなら大丈夫だよ。戻って来たら、お腹が空いてると思うから、何か準備しておこう……よ……」


 難しい表情で話し合うアキラとエルに比べ、アルの方は少し困惑気味に言葉を紡いでいる。会話の内容もアルだけが少し、というより大分ずれている。種族間で同調しあう猫の獣人には珍しい光景だ。

 ニアは、以前、レオが口にした言葉を思い出した。



『犬の獣人に比べ、知性が高く敏捷性に優れ、魔力を持ち、更には危険察知に優れる猫の獣人だが、一つ大きな欠点がある』

『うん』

『猫の獣人には《ヘイト》の悪癖があってな。これが頻発する傾向にある』

『へいと?』

『種族間には相性設定がある。通常、この《ヘイト》というやつは、相性の悪い他種族間でしか起こらないんだが、猫の獣人に限っては同種でも起こり得る』

『?』

『こればっかりは、いつ起こるかプレイヤーの俺にもわからん。猫の獣人は気まぐれ過ぎるのが難点だ。ただ、これが成立すると非常に厄介でな……』



 具体的に何が起こるかについてもレオは言及していたが、何分、十年前の話だ。もう少し真面目に聞いておくんだった。ニアはそんなことを考える。

 アキラが言った。


「エル、この前の話は考えてくれた?」

「あ、はい。それでしたら、もう少し時間をいただけませんか? きっと色よい返事ができると思います」

「うん、受けてくれるのなら、ボクもキミに報いたいと思ってる。きっと素晴らしいことになるよ」

「え? え? おねえちゃん、アキラさん、なんのこと……」


 やはり、おかしい。

 ニアは油断なく、アキラに気づかれぬように三人組に注意する。


「アル、先からうるさい。黙ってろよ。ボクはエルと話をしてるんだ」


 アキラが、ぴりぴりと声を尖らせて言う。

 この一方的な言い草を目の当たりにしても、姉のエルはすました表情だ。頓着する様子がない。

 ――『ヘイト』だ。

 何が契機になったかは、ニアには分からないが、アキラとエルの二人が、アルを『ヘイト』しているのは間違いない。

 肉親でもおかまいなし。その性分は、ニアには受け入れることのできないものだ。

 だが今は、どうでもいいことの一つだ。もう一度レオの行方を探ろうと、ニアが集中を始めた時、エルの悲鳴に近い声が上がった。


「アキラさん!」


「ん?」


 猫の声は、いつもニアの気に障る。

 鼻面に皺を寄せ、何事かと視線を走らせたニアの見たものは、体の末端から、うっすらと実体を失いつつあるアキラの姿だった。


「おやおや? ……これは……ああ、そういうことか」


 我が身に降りかかるこの不測の事態を、アキラはのんびりと切り捨て、口元を吊り上げ、笑った。


「絶対に何か起こると思っていたよ。やっぱり――」


 不敵に笑むアキラと、仰天し、目を剥くニアの視線が合う。


「思った通り、ボクは特別だ。おまえじゃない。ざまあみろ」



◇ ◇ ◇ ◇



「あ、アキラさん! 何処に……」


 そのエルの問いに、アキラはウインクして見せた。当然のことのように言った。


「もちろん、ボクのヒーローの所に行くんだ。それ以外に何もないよ」


「ニアも一緒に……」


「――!」


 瞬時にアキラは飛びのいて、身体に触れようとしたニアと距離を取った。眉間に嫌悪に近い苛立ちを込め、低く言う。


「……少し馴れ馴れしいぞ? ボクとおまえは、いつから仲良しになったんだ?」


 アキラは腰に差した脇差に手を掛け、すっと腰を落とす。険しい視線をニアから逸らさず、言った。


「ディルク! フランツ!」


 遠巻きに見守るだけだった民衆の中から、二人の男が走り出て、臨戦態勢を崩さないアキラの前で膝を折った。


「!」


 いつもレオとニアを尾行していた平服の二人組だ。


「イザベラはどれだけ連れて来る」

「三個師団」

「ボクの『猫目石』も紛れ込ませるんだ。以上」

「「はっ!」」


 このやり取りの意味は、ニアには分からなかった。ただ、この無駄のないやり取りから強く感じられるのは、よく訓練されているということだけだ。

 命を受け、平服の二人組が、ぱっとアキラの前から飛びのく。


「これこそ、神の思し召しさ……」


 パチリ、と音を立て、アキラは僅かに脇差を抜き放つ。瞬速の抜き打ち――『居合』の構えだ。その獰猛なまでの殺気と悪意に、ニアも牙を剥いて対抗する。


「泥棒猫……何を考えてる……」


 不敵に嘲笑い、アキラは応える。


「ずっと気に入らなかったんだ。全部、壊してやる。そして……」


 物語の向こうまで。


 ニアと睨み合うアキラの四肢はゆっくりと、だが確実に実体を失いつつある。最後に、


 ――チンッ!


 ニューアークの街角に、不敵な笑みと軽快な鞘打ち音を残し――アキラ・キサラギの小柄な身体は、跡形もなく消え去った。



◇ ◇ ◇ ◇



 軽い目眩がして、続いて足場の喪失感があった。墜落している。アキラはそう認識した。視界に、極彩色のエリクシールの迷彩が飛び込んで来る。その景色自体は、以前レオが『大魔法』使用時に見たものと同じだが、その性質はまったく違う。


 『転送扉』――三年前、アルタイルが生み出した『魔導科学』の最先端技術『ゲート』。正確には『アストラル・ゲート』と呼ばれるそれを潜った時のものと同じ感覚がアキラの中に存在する。

 『アストラル・ゲート』の性質は、簡単に言えば『瞬間移動装置』である。

 『何者』かにより『瞬間移動』させられたアキラだが、その『転送先』は『空中』だった。

 自然、引力の性質に従って、今度は紛れもない墜落を体感するアキラは地面に激突する寸前で、くるりととんぼを切って回転し、四本の手足を使って着地した。

 強い衝撃がアキラの五体を突き抜ける。

 この転送を行った者は、よほど慌てていたか、他者の身体に気遣いをしない何者かであろう。落下の衝撃を拡散させるため、四本の手足全てを使う必要があった。それほどの高所からの落下だった。


「くはっ……!」


 四つん這いの姿勢で、身体中を駆け巡る衝撃に呻きを上げたアキラだったが、跳ね上がるようにして立ち上がると、僅かに身を沈め、右手は背負った長刀『菊一文字』の柄に、左手は腰の脇差に掛け、『二刀流』の姿勢で即座に警戒態勢に入った。


「…………」


 この不意の転送が、必ずやレオンハルト・ベッカーの行き先に繋がるものと信じるアキラだが、理想と現実は別物である。

 つま先立ち。――猫足立ちの姿勢で周囲を警戒するアキラは、油断なく鋭い視線を辺りに走らせる。

 ニューアークでは昼間だったが、周囲は既に夜の闇に包まれている。

 その闇の中、アキラの視界に飛び込んで来たものは、赤と青のシグナルランプだった。


 ――電化製品。ニーダーサクソンの高級将官であるアキラは、それなりに見識が高い。アルタイルでよく似たものを見た覚えがある。


(シンゴウキ、だったか?)


 それ自体は交通の便を潤滑に移行させるためのもので、危険な代物ではない。

 続いてアキラの目に入ったのは、鎖の付いた板と、鉄の棒で組み上げられた四角い建造物だったが、それからも暴力的なものは感じない。

 足元は狭く区切られた場所に砂の地面が広がっている。


「……」


 アキラは、ゆっくりと警戒を解く。ここから感じられるものは、危険な場所から漂う剣呑な気配でなく、むしろ平和な場所から漂う静かな平穏の気配だった。


 ふう、と息を吐き出すアキラの頭に、落ちて来た『何か』が、こつんっとぶち当たる。


「痛っ!」


 油断した。アキラは両手で頭を抱えて蹲る。足元には小さな砂時計が転がっていて、どうやらそれが頭に当たったようだった。


「なんなんだよ……もう……」


 ぼやくアキラを笑うように、四角い鉄の箱が放つ二つの光が、向かいの通りを走り過ぎて行く。


(クルマ……? それじゃ、ここは……)


「アルタイル……?」


 だが違う。よく似てはいるが、違う。アキラが目にする文化体系は、メルクーアの一般的なものと比べ、随分先を行っているが、アルタイルほどではない。遅れた感じがある。そもそも、アルタイルの『クルマ』は浮いている。車輪というものを必要としない。しかし、同じ気配。同じ『匂い』がここにある。

 『魔導科学』を使うアルタイル独特の空気。メルクーアでは自然発生するはずの『エリクシール』が、薄い。ここで魔法を使うのは骨が折れるだろう。そんなことを考えながら、アキラは足元に転がる砂時計を拾い上げる。


 砂時計の砂は、猛烈な勢いで下部に流れているが、上部の砂は減っていない。マジックアイテムの一つであることに疑いはないが、


 ――まずい!


 突如、アキラを襲ったのは原因不明の危機感だ。危険察知に優れる猫の獣人の血が強く訴えるのだ。これをこのまま放置するのは、非常にまずい、と。

 そしてアキラには、この危険に対処する方法がある。

 このマジックアイテムである『砂時計』の中に流れるのが本物の『砂』であるなら、地水火風のエリクシール(精)を利用する『赤錬金』――アキラは『忍術』と呼んでいるその技術で対応可能だ。

 アキラは印を切って、地のエリクシールに強く命じる。


(止まれ、止まれ……!)


 だが、周囲のエリクシールが薄すぎる。この影響から完全に脱するためには特殊霊薬『エーテル』を散布する必要がある。

 集中を強めるアキラの額に、冷たい汗が伝う。集めたエリクシールは予想の半分にも満たない。砂の流れは速度を落としたものの、ゆったりと流れ続ける。ここではそれが限度のようだった。

 若干、アキラの危機感は緩和したものの、事態の不明さは増すばかりだ。


 鉄の金網の向こうにある路地の先に、光る大きな箱がある。箱は夜の闇の中、煌々と光を放ち、内部には色とりどりの円筒が並んでいる。

 アキラには謎の物体だった。アイテムボックスだろうか。後ろ髪引かれる思いだったが、レオンハルト・ベッカーがここに居るなら、即合流するべきだ。その思惑から、誘惑を振り切って歩きだす。


 狭い砂地の空間を抜け、形よく切り揃えられた植え込みの向こうの開けた敷地で、レオは空を見上げ、立ち尽くしていた。


「レオ……!」


 レオの足元には、血に濡れた黒い蔦が落ちている。魔剣『グリム・リーパー』の解放を促すそれを見て、アキラは笑みの形に綻んだ頬を引き締めると再び警戒も露に駆け寄る。


「レオ、無事かい……?」


「…………」


 レオは応えない。その頬には――


「キミ、泣いているの?」


 レオの頬に白い涙の筋が流れ落ち、顎を伝っている……。

 何故か胸を震わせるその光景に、アキラは胸が締め付けられる思いがした。


「……ねえ、ここ何処なの?」


 遠慮がちに放たれたアキラの問いに、彼は、こう答えた。


「……現実、世界……」



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