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S・D・G  作者: ピジョン
第2章 黄金病

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第16話 気付き

 レオは次の話題に移った。


「先日、俺が開いた臨時の診療所で、黄金病による死者が出た」


「――!」


 瞬間、会議場には困惑と動揺が沸き返った。

 事情を知っている何名かのギルマスたちは頭を抱える。これで港の一件を蒸し返すことは難しくなった。

 そして、知らない者は慌てたように腰を浮かせ、この場から逃げ出そうとする。


 つい先日の混乱を彷彿とさせる空気が場内に漂う。


 レオはそれを横目で見ながら、背後の出入り口に陣取るニアに、頷いて見せる。


「ん……」


 ニアが出入り口から離れた。

 レオンハルト・ベッカーはつまらなそうに視線を伏せ、成り行きを見守る。


 場内は困惑にざわめいたが、一人として逃げ出す者はない。流石に無法都市を取り仕切る者たちは、それなりに腹が据わっているようだった。話の続きを促すように、ぐっと堪えて口を噤み、再び席に腰を下ろす。


 マティアスは唇を噛み締める。これでこの会合の主導権は、完璧にレオンハルト・ベッカーに移った。


「結構」


 意外そうにレオは言って、続ける。


「集まった諸兄に、俺からも一つ、動議させてもらいたいことがある」


 そこでタイミングを見計らったように、二人のメイド――エルとアルが大量の紙束を持って場内に入って来る。

 エルとアルは静かに一礼し、それから、円卓に腰掛けた連中に手に持った紙面を一部づつ、配って回る。


「オットマー・バウムガルドは?」


「――死にました」


 エルが静かに答え、レオが頷く。

 場内には再び緊張した空気が立ち込めたが、口を開く者はない。

 この手際の良さと、落ち着き払った態度。彼がこの会合の主導権を意図的に奪ったことに、なんの疑いもない。


「オットマー・バウムガルドは治癒者だ。立場を神官と偽り、戒律に縛られることなく無法を行い、言動は礼を欠き、立場に相応しくない。故にこれを誅したが、異論は?」


 一同、皆視線を伏せ、黙り込む様子にレオは小さく頷く。


「ここはニューアーク(無法都市)だったな。罪人に咎を償わせるのに、証拠も裁判も必要ない。栓ないことを言った」


 そう言って、レオは乾いた笑いを場内に響かせる。


 ――公正。


 皆の胸中にあるのはその言葉だ。オットマー・バウムガルドは、非礼と日頃の悪徳を、その身を持って贖った。

 命を選ぶ神官騎士。慈愛はあれど、容赦なし。謳い文句に嘘、偽りはなかったのだ。


 つまり、レオンハルト・ベッカーは、理由があれば、『そうする』。

 このニューアークで、臑に傷を持たぬ者がどれだけいるだろう。唯一、力だけが法と言ってよいこのニューアークで『アレクエイデスの目』、『テオフラストの剣』と呼ばれる神官騎士は、どのような存在なのだろう。

 高級宿場『アデライーデ』で奉公する獣人たちは、レオンハルト・ベッカーを『王』と呼び、持て囃している。


「……配布した手元の資料を見てもらいたい」


 そこには昨日の一見が詳細に記述されている。

 死亡した猫の獣人と具体的な症状。名は伏せられていたがセシルの一件も詳しく記載されてあった。


 一時の時間が流れ、居合わせた面々に新しい動揺が広がって行く。この『黄金病』を一大事と捕らえていたマティアスの驚きは取り分け大きなもので、卓上に身を乗り出して声を荒げた。


「治るのか!?」

「高位の神官になら、それは可能だ。下級職である治癒者ヒーラーには手に余る病状だな……」


 レオは首を振って、手に持った資料を叩く。


「だが、それは非効率で非現実的だ。一番の解決法は、この『黄金病』の仕組みを理解し、その原因を避けることのように思う」


 高位の神官としての力を持つ『レオンハルト・ベッカー』でも、一日の治療可能人数は数名といったところか。

 苦痛に満ちたセシルの表情が脳裏を過り、振り払うように、レオは短く息を吐く。


「そこで、諸兄らの出番だ。この黄金病に関しての情報が、徹底的に不足している。情報の提供に協力願いたい」


 レオのその呼びかけに幾人かは深く頷き、幾人かは興味がなさそうにする。それを除く幾人かは熱狂的に席を立ちあがり、口々に叫んだ。


「英雄どのにお願いが……!」

「私の妻が――」

「兄が――」


 その全てに対し、レオは冷たく首を振って見せる。


「断る」


 全力で彼が尽くしたとしても、その方法では、多くの者は救えない。大を生かすため、小を殺さねばならない。命というものは数字で論じられるべきではないが、この状況でその理想論は許されない。今、行動を制限されるべきではない。

 だが、目的に向かって彼らを動かすためには、報酬が必要だった。


「生命の水……」


 何をするにも先ず、情報だ。現在の彼には、それが最も欠けている。


「黄金病に関してもそうだが、これの出所も知りたい。有力な情報には、個人的に礼を持って報いたいと思う……」


 レオのその言葉を皮切りに、周囲の面々が、ひそひそと耳打ちしながら会話する。


「生命の水……聞いたこともないな……」

「うーん、聞かんな……」


 レオは言った。


「一同に言っておく。『生命の水』は、得体の知れない劇薬だ。命が惜しければ、絶対に口にするな」


「なんと……!」


 そしてまた、周囲ではひそひそ話が繰り返される。

 レオは視線を伏せ、耳を澄まし、成り行きを見守っている。そのレオに、アキラが耳打ちする。


「レオ、彼らは何も知らないみたいだ」


 このニューアークの雑貨……武器防具から始まり、装飾品、薬に至るまで様々な物資を取り扱うショップの親父ですら、怪訝な表情を浮かべている。


「この件は、黄金病とは切り離して考えるべきかもな……」


 レオは俯き、思案に暮れたまま言う。


「ひねるな……。しかし、とすれば……ストーリーの展開上……」

「なに? キミには心当たりがあるの?」


 暫くの沈黙を挟み、レオは呟いた。


「おそらく、関与しているのは……………………………アルタイル」

「え、なんだって!?」


 その答えにアキラが仰天して鼻白む。


 アデルは筋金入りの無神論者だ。そのアデルが寺院を当てにするとは思いづらい。故に、生命の水の出所は、寺院とは考え辛い。

 『アデライーデ』の施設設備は、ほぼアルタイルの製品で統一されている。そのどれもがニューアークのショップでは求めることが出来ないものばかりだ。これはつまり、アデルには、アルタイルに、或いは、そこに繋がりの深い何者かとの間に強いコネがあるということだ。

 今朝方から、レオが考え込んでいたのはそのことだ。


(だとすると……こいつは、ぱぱっと片付けられる問題じゃない……)


「どうぞ」


 エルが携帯していた水筒から紅茶を注ぎ、思案に沈むレオに突き出す。


「ん、すまんな……」


 紅茶を一口含み、心地よい香気が鼻を抜けたところで、レオは一段落置いて、視線を上げる。


「……まあ、いいさ」

「おいおい、キミ、よくはないだろ。さっき、とんでもないこと言ったよな?」


 突っ込みながら、アキラの頬には笑みが浮かぶ。


「ねえねえねえねえ、キミ、今度は、何をやらかすんだい? 面白そうだ。ボクにも手伝わせろよな」

「なになに? ニアも混ぜて……」


 興奮して身を乗り出すアキラを押しのけ、ニアが割り込む。


「二人とも、慌てるな。今は情報だ。動きようがない」


 アキラとニアを窘めたのは、『パーティリーダー』のレオンハルト・ベッカーだ。

 適当なように見え、案外思慮に重きを置く、信頼に足る彼女たちのリーダーが彼だ。


 ふ、と思い立ったように、レオは言った。


「アキラ……この辺りで、データベースにアクセス可能な端末が使える所はないか?」

「た、端末?」

「ああ、少し調べ事がしたい」

「ごめん、よくわかんない……」


 アキラは、しかめっ面になった。その件に明るくないことは、見るからに明らかだった。

 その様子に、レオは納得したように頷いた。


「アルタイルには、あるだろうな……」

「?」


 ネットで調べ事がしたい。メルクーアの民であるアキラとニアには、想像もつかない発想だが、彼にはこれが当たり前の発想だ。

 膨大なデータベースにアクセスできるインターネットなら、『黄金病』に付いても各種症状を検索することで情報を得ることが出来る。宇宙船をも製造可能な科学力を持つアルタイルになら、パソコンのような端末があって然るべきだろう。

 レオは、うんざりしたように息を吐く。


「アルタイル、か。まあ、無縁ではいられないと思ってはいたが――」

「おいおい、アルタイルって、キミは指名手配されて――」

「――待て!」


 突如、レオは卓上に手を着いて立ち上がった。


「いたぞ……一人だけ、pcを使ってたヤツが……!」


 周囲は、皆それぞれの思惑から個々の話に興じていたのだが、ただ事でないレオの様子に、口を噤んで注目する。


「あの女だ……」


 ――チュートリアルの女だ。

 レオが知る限り、この世界でただ一人、pcを使っていた。

 くすんだ金髪の女。星空のスクリーンの中、彼女が叩くキーボードの音を思い出す。


「ナメやがって……!」


「え、英雄どの、何処に行かれる!?」


 中座して去ろうとするレオに、慌ててマティアス・アードラーが制止の声を掛ける。


「バンクだ!」

「はあっ?」


 そして会合の席は不可思議な沈黙に包まれるのだった。



◇ ◇ ◇ ◇



 ついにレオンハルト・ベッカーが激発した。

 アキラとニアの胸にあるのは、僅かな困惑と、大きな期待感だ。


 星の船を駆り、『暗黒騎士』を打倒した男。

 幾多の戦乱をくぐり抜け、その果てに『皇竜』を討ち取った男。

 いいようにされて黙っているわけがない。そのレオンハルト・ベッカーがどう動く?


「間抜けめ……! 間抜けめ……! 何故、もっと早く気づかなかった……!」


 レオは口汚く罵りの声を上げた。

 最初は肩を怒らせて歩いていたのが、徐々に速度を上げ、冒険者ギルドの支部から出るときは既に、飛び出すようにして駆け出していた。


 マントをはためかせ、ニューアークの路地を駆けるレオの背中を追いながら、ニアは若干の不安を感じている。


 ――予知と一致しない。


 リンを保護してというもの、起こった出来事の幾つかが、ニアの想像を裏切っている。


「どうなるんだ……?」


 アキラは、期待にきらきらと瞳を輝かせ、叫んだ。


「とんでもないことがはじまるのさ!」


 普通に生きていたのでは味わえないような、奇跡のような冒険の予感。それがアキラの胸を震わせている。ホビットの奇運が、アキラ・キサラギを何処に連れて行くのか。


 レオンハルト・ベッカーが、身を低くした姿勢で、ニューアークの町並みを駆けて行く。素晴らしいスピードだが、アキラとニアが追うには問題ないスピードだ。


「そろそろバンクだ!」

「よし、追いつくぞ!」


 アキラとニアは、追い足の速度を上げる。そして、バンクに至る寸前で、


 レオンハルト・ベッカーは――消えた。


 煙のように。或いは、夢のように。


 この不思議に、アキラは足を止める。


「な、なんだあ!?」


 ニアも立ち止まり、険しい表情で石造りのバンクの方向を睨みつける。


 全速力で駆けるレオは、身を低くしていた。前方の衝撃に耐える構えだ。彼は、バンクに押し入るつもりだったのだ。だが、その姿はバンクを目前にして煙のようにかき消えた。

 アキラは、はっとして叫んだ。


「ニア、超能力だ! レオは何処に行った!?」

「ルルル……」


 ニアは気分が悪そうに喉を鳴らした。


「ニアに指示するな……!」


 だが、あまりにも不可思議なこの事態。渋々ニアは腕組みし、呼吸を整えると瞑想に入った。


「ニア! ニア! なあ、レオは何処に行ったんだ!?」


 期待と興奮に上ずったアキラの声が、この事態にささくれ始めたニアの神経に障る。

 瞑想状態のニアは、次のように言った。



「レオンハルト・ベッカーは、星の部屋にいる」



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